写真はもう少し努力を

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竹島紀元さんが、旅立たれました。数年前に、Iさんのお誘いで、有難くも小さな宴席に同席させていただく機会があり、ほんの少し、お話ししました。昭和40年代初めの、京都のガキ鉄がいかに創刊当初のRJ誌に憧れたかをお話しすると、「そうですか、そうでしたか」と静かな微笑みをたたえておられたのを、思い出します。

ガキの頃からの文科系鉄、RP誌は難しくてよくわからない、RF誌は写真が綺麗で素敵だけど、近所のN君がとってるので、オレはRJ誌にしよう……社会派プラス叙情派とでもいうのでしょうか、当時のRJ誌のトップの特集、それもルポルタージュ系の、肝になる企画は、いつも竹島編集長自らの手になる、流麗で研ぎ澄まされた文章でした。

誌上で何度か募集された「鉄道カメラルポルタージュ」なるコンテストに、「年少の部」で二度、入選させていただきました。最初が中3のときの「小浜線の思い出」、そして高1のときは「C5741のこと」。竹島さんの選評に、「文章はよく書けているが、写真はもう少し努力を」とありました。そうだよなあ、今もなかなか写真、上手くならないよなあ(笑)40年の間に、何度かふと、この一言を思い出すことがありました。これからも、忘れず、精進したいと思います。合掌。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

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私も愛読書でした

遠征できなかった高校時代「列車追跡シリーズ」を読み自分も体験した気分になっていました。

採用されていましたか、C5741の記事読みたかったですね。
でも残念ながら引っ越しの時”鉄雑誌”は全て処分してしまいました。
私以外は皆興味がないものですし、嵩張るものは早めに整理しました。もうそんな歳が近づいてきました(笑)

でも氏の「愛しの蒸気機関車」は新書版ですので残しています。
また鉄分が欲しくなった時には読み返しSLを追いかけていた当時を思い出しています。

合掌

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Re: 修正お願い

郷愁紀行さま
こちらこそ、ご無沙汰です。
コメントは承認後表示としております。
2度目のものを表示しました。
ご心配かけました。
今後ともよろしくお願いします。

No title

先ごろレールウェイライターこと種村直樹氏の訃報に接したばかりでしたが、竹島紀元氏も旅立たれてしまいました。謹んで哀悼の意を表します。トラストトレインボランティアで種村氏にも竹島氏にも1度だけですが面識があり種村氏とはしばらく年賀状もやり取りしたものでした(竹島氏とお会いした宴席では他に小池滋比古氏や青木栄一氏も参加されていました)。生憎ほとんど会話らしい会話は出来ず唯、
「あれ?おタバコやめられたのではなかったのですか?」
「いや止めたりはしていないよ」
と言った会話のみでした。
(誌上だったか竹島氏がタバコを止めたと聞き及んだ記憶があったものですから…しかし「人間蒸気機関車」は絶気どころか増々力行運転状態でした)(^^;)
青函トンネルが完成した前後、となるともう昭和の末期ですから四半世紀以上前ですが確か当時青函トンネルの軍事利用云々で物議をかもしていましたが、其の際、元統合幕僚長栗栖弘臣氏(故人)の署名記事が掲載されたことが有りました。
タブレット欄・読者論壇欄等当然喧々諤々同社への非難も殺到しましたが、その時感じました。
栗栖氏の主張には必ずしも賛同できないが氏の主張が誌上で読めたこと、氏にその意見を発表する場を提供したことはまさしくジャーナリズムの王道を行くものであり同誌の姿勢は高く評価するに値する!
(あ!この話を例の宴席で竹島氏に話したような記憶があります)
メディアとしては決して「マス」メディアとは言い難い専門誌ではありますが、そういう同誌の態度や竹島氏の姿勢は支持できるものでした。
(尚今では栗栖氏の主張には寧ろ賛成の立場です)
そんなこんなで今でも毎月RP・RF・RJ・RMの4誌は必ず購入していたりします(^^;)
たとえ竹島氏は鬼籍に入られても、氏の薫陶を受けて育った後進各位が今後とも誌面を盛り立てて行ってくれるものと期待しています。
今頃は三途の川の向こう側で竹島氏と種村氏、思い出話でもされているのでしょうか?
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