玉ノ浦の朝~熊野灘1985

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そのまま、復鉄2年目の30歳、若手サラリーマン鉄の、紀勢本線撮影の旅を続けましょう。1985年10月の大ネタは、サロンエクスプレス東京の新宮入線、満を持して登板した竜華のスター、EF5866号機を追って新宮に到達した我々は、そのまま翌日の天リウ座の団臨を中心に、海沿いや鉄橋のポイントで撮影を続けました。

当時、団臨用のカマを回送するため、定期の客レが重蓮で運転されることが時おりありました。この日も朝イチの121レが重連となり、下里~紀伊浦神の玉ノ浦と呼ばれるシーサイドを、朝の光を浴びながら、すべるようにやってきました。キラキラ輝いて最高にキレイだったけど、このコマの後、巻き上げ不良が発生、ベストタイミングは撮れずに終わったのでした。

古いポジケースに「121レ EF58139+EF5839」と書いてあるのを見て、そうだ、こんな当りのカマが重連で来たのに、どうしてもっと寄って撮らなかったのか、と通過直後に後悔したことを、ふと思い出しました。28年後の今回のトワイライト出撃、実はこのアングルを再現したいというのが、ひとつの決断理由でした。それほど、この朝の2両のゴハチの輝きは、海の色とともに、深く深く脳裏に刻まれていたのです。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

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No title

おはようございます。

紀伊本線、重連の58豪華共演がこの頃あったんですね。
この頃は、SLがほとんど姿を消して鉄から卒業していました。

ずっと続けていたら、もっといろいろなものが撮れたのでは
と思う今日この頃です。

(^0^)

No title

間近に見ると豚鼻ライトが残念な竜華のカマも、サイドからロングショットで見るとゴッパー本来の流麗な姿が映えますね(^o^)/基本単機で重連総括制御を持たないゴッパーですから運用上重連になっても荷35レ以外はまず回送重連で次位無動(ただ冬季は暖房供給は必須でしたから次位機も必ず後ろ側のみはパンタを挙げていました)でした。
編成が短いとはいえ12系の先頭に立ち朝日を浴びる姿、生意気盛りの頃の夏休みわざと徹夜した明け方、朝日を浴びつつ長距離夜行急行(寝台車・座席車混結在来一般型客車編成)や季節臨や団臨の12系・14系座席車をエスコートして颯爽と雁行してくるEF58を眺めていたものでしたが、その頃を彷彿とさせてくれます(^o^)/殊に海辺を走る姿は当地と似ていて親近感を覚えます。
紀勢本線のEF58も逢いたかったのですが当時は社会人になったばかり、時間的にも金銭的にも余裕がなく行けずじまいに終わりました(後に社内研修で和歌山市に行く機会はありましたが紀勢本線の海沿いの区間は未だ未到の地です)

RE:玉ノ浦1985

EXTRAさん
私も10年ほどの休止期間があり、よく後悔します(笑)でも、後悔してもその時の写真は撮れないので、そのぶん、今もっと撮りましょう(爆)
青列車さん
このあたりの風景は、たしかに山陽筋とどこか似ていますね。それを見て育たれたというだけでも、十分羨ましいです。
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