筑豊育ちのキハ 「鉄道(27071)」

昨年夏、「ファイナルひかり」で終了したと思っていたJR九州の国鉄色キハによる「復活急行」、どっこい走っていました。先だっての週末は、今も長崎・大村線で定期運用に入るキハ66・67を使った「雲仙」「西海」が門司港~長崎間で運転されました。

国鉄色に塗り直されたキハが4輌あると聞くたびに、早いうちに長崎へ行かねば…と思ってはいたのですが、なかなか果たせぬままでした。その4輌が長距離を走破すると聞くと、やまぐち行き過ぎ(笑)の昨今ではありますが、Gさんの青組解脱(謎爆)にも便乗して、早朝のNH241便で福岡に向かいました。

日田彦山線・後藤寺線から冷水峠を越えて原田に至る2日目のコースは、筑豊暮らしが長いキハ66・67にとって、通い慣れた道ですね。あいにくのドン曇りの空ではありましたが、ボタ山をバックに何度も向きを変えながら進む国鉄色のツートンは、筑豊の風景にしっくり溶け込んでいました。

現役蒸機の時代、デコイチの夕方ギラリで有名だった石原町や採銅所のあたりも、この日(10/23)は天気の回復が遅れ、光線状態を気にしなくてもいいまま、キハ4連の通過時間を迎えました。ほんとうは、渋い駅舎をじっくりスナップしたかったのですが、やはりここまで来たら冷水峠の魔力捨てがたく、先を急ぐことにしました。

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Re:筑豊育ちのキハ(10/25)

キハ66・67!若造時代を福岡県で過ごした身には懐かしいクルマです。大学の部活で合宿に赴いた際事情で途中抜けた際(各部の役員会が大学であってそれに参加)同系で運用された列車に乗りました。転換シートと両開きドア付近のロングシートが対照的でした。急行運用もあった(未乗)そうですが流石にロングシートで急行料金は嬉しくないだろうな?と感じました(^^);
あの頃はまだ筑豊地区の各線も残っていて極めて複雑でした。添田線、漆生線、室木線、宮田線、香月線、勝田線はいずれも過去帳に、また田川線・後藤寺線・伊田線は平成筑豊鉄道に…今も残っているのは香椎線と日田彦山線位でしょうか?

機会があったらまた沿線を訪ねてみたいものですが…およそ30年も経つと街並みも変わり当時の面影は殆ど残っていないでしょうね。
(筑豊本線や篠栗線など電化されて817系なんぞが走っていますから…)

Re:筑豊育ちのキハ(10/25)

青列車さん
そうですか、学生時代福岡で過ごされたのなら、ある時代を風靡したこの気動車には、思い出がたくさんあるのでしょうね。汎用気動車と言われた特殊な存在、筑豊と長崎でしか走っていない、ユニークな生涯をすごしたキハですね。筑豊の線路や駅はすっかり変わりましたが、飯塚の街は嘉穂劇場んまど古いところが残っていて、往時を偲ぶことができそうです。
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