関西線時代の499 「鉄道(27070)」

枯れ鉄さんや私が丹波口や二条で撮ってた頃の499は、京都のガキ鉄の密かな宝物のような存在でしたが、72年に亀山、そして奈良に転属し、佐倉さんのような遠来のお客様にも、関西線で慣れ親しんでいただくようになりました。

呉線のC62が北海道へ、奥羽線のC61が宮崎へ行ったような、検査期限たらい回しの関西近距離ヴァージョンだったのでしょうね(笑)こうして今、関西線での写真を見ると、福知山時代のランボードの白線も消え、イベント列車に活躍するヘンなデフのカマたちを横目に、黙々と定期仕業に精を出していたようです。

佐倉さんがご記憶の「フタが開いていた」のも、one of themの現役機ならではのご愛嬌だったのかなあ、と思います。それなのに、福知山時代の末期に外された動輪マークの跡だけは、いつまでもくっきりと残っていました。

72年5月。加太峠を越えて、499牽引の貨物が、静かに麓の駅、柘植に進入してきました。同じネガには、今は電車化されている草津線の通勤列車を牽く499の姿もありました。柘植駅は蒸機が行き交うわりには、奇妙な静寂に支配されたところでした。線路の数が少なくなった今も、あまり雰囲気は変わっていないと聞きます。

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Re:関西線時代の499(05/09)

柘植駅の思い出は、急行「志摩」で柘植駅に着いた時、草津線のC58単機が勢いよく煙を上げていたことです。ガキ鉄なりにびっくりしました。ところで、管理人様のGWの中国は、非鉄だったのですか?(爆)

記憶の途絶え

品川さんと貴生川、柘植へ行ったあたりが最後あるいはラス前の関西線詣でだったのでしょうか。
そのあたりから、プッツリと記憶が途絶えています。
499が、関西線に移ったことを知ったのも、ごく最近のことです。
山陰線C57、D51のラスト、関西線D51のラストがまるで記憶にも、記録にもない。
現実逃避していたみたいですね(笑)
ランボードの白線は、福知山時代になくなっているみたいです。私の写真には、どちらが先か分かりませんが、両方ありました。

Re:関西線時代の499(05/09)

somtamさん
急行志摩! 懐かしいなあ。津に親戚の家があり、京都から行くときはいつもこの列車でした。中在家信号所で交換した長い貨物、煙に覆われた亀山の操車場……我が忘れじの名列車のひとつです。中国はすみません、データ整理中です。しばしお待ちください(笑)
枯れ鉄さん
山陰線C57、D51のラスト(71年)はよく覚えていますが、関西線D51のラスト(73年)は受験にかかってしまったため、出動はできず、私も少し送れて記憶が途絶えています(笑)現実逃避したくなかったのですがやむをえず(爆)ランボードの白線は、福知山や梅小路のカマはたしかに、時期によってあったりなかったりでしたね。
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