「梅」は、なべぶた

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閉館前日の「スチーム号」仕業を終えた8630号機が、転車台上でぐるぐる展示の後、山陰線の高架に近い整備スペースに入りました。よく見ると、区名札の「梅」が、ちゃんと、なべぶたになっています……と言っても、こんなこと、気がつくのは枯れ鉄さんぐらいかな、いや、理系だから漢字がどうこうとか、興味ないかも(笑)

梅小路最後のシゴナナの時代、「梅」の右側は必ず上が「なべぶた」で、決して「きへんに、毎日の毎」ではありませんでした。古い時代の東海道の名機の写真を見ても、みんな「なべぶた」で、蒸気機関車館開館後、なぜ「きへんに、毎」になってしまったのか、40数年前のガキ鉄は寂しく思ったものです。それが、最後の動態仕業に就くハチロクと、この横で展示されていたC56160号機にのみ「なべぶたの梅」が挿されているなんて、中のどなたかの小粋な配慮としか思えませんでした。

自分を含めて、「梅小路」の名が消える!と騒いでまいりましたが、JR西の現業機関としての梅小路運転区は、とりあえずそのままでしょう。京都鉄道博物館になっても、車籍を有する動態機には所属区所と、区名札が必要なのは、言うまでもありません。大ムコが京キトになって久しい昨今ですが、来年、「なべぶたの梅」に再会できることを、40数年前の京都のガキ鉄は、願ってやみません。

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語り継がれる名機

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蒸気機関車館最終3日間のイベントとして、転車台上での特別展示が事前にリリースされていました。その中の「静態保存機を含む」というフレーズにググッときていたのですが、扇形庫のカマの間から、ターンテーブル上のC5345号機の姿が見えたときは、おおッ!と、まわりの混雑かえりみず、奇声を上げざるをえませんでした(笑)

このカマを大阪の弁天町で初めて見たのは、小学校何年生のときだったでしょうか。自分がかろうじて走るのを見られたC59やC62の前の代の、戦前からの東海道栄光の特急機です。鉄の物心ついたころに、すでに伝説の存在だった3シリンダーが、実は新製配置も最後の所属もそうだった、ここ梅小路に帰ってきた後、昭和36年の鷹取整備時のような本線走行をどこかで夢見ながら、屋外展示も撮ったりしましたが、転車台上は今日(8/29)が初めてでした。

大向こうを唸らせながらの、ぐるぐる展示は4周、扇形庫をバックに撮れる位置を確保して連写、乱写、あっという間の数分でした。曇り予報のこの日、なぜかこのときだけ、ほんの少しの日差しが、伝説の名機に当たりました。名機関車を次のシーンに語り継ぐ、素晴らしい一瞬でした。JR西の関係者さま、京都博物館のオープン後も、こうした屋外展示をたまには企画していただきますよう、切にお願いしておきたいと思います。

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閉館前日~梅小路

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土曜の朝、ギリギリIC早得の使える品川発6時50分台の「のぞみ」で、京都へ。ロザで京都観光へ向かうお姉さんたちに囲まれてしまうとは、いやいや皆さんよく御存じで……数十年ぶりの「チキン弁当」、味は相変わらずだったなあ。しかし、これ、ついつい売店で選んでしまったのは、日本人として、仕方ありませんね(笑)

908京都駅着、開館20分前に梅小路に着くと、すでに信じられないほどの長い列ができていました。いや、待てよ。43年前の開館直後の頃も、けっこう行列だったよなあ。どれぐらい待ったのか、まったく記憶にありません。ただ、人で埋め尽くされた梅小路というのは、それまでに見たことがなく、やっと入った扇形庫で、1両ずつ、正面の写真を順番に撮っていったのを、つい昨日のことのように思い出します。

列に並ぶこと30分と少しで、入口に達しました。閉館記念の硬券をゲットしてひと安心、とりあえずは「頭出し」のカットを狙うことにいたしましょう。青い看板がそのままなのは残念ですが、子供連れがこれだけたくさんおられれば、安全のためには仕方ありませんね。あいにくの曇り空、先週の某友人の写真のように、スワローエンゼルがギラリとはいきませんでしたが、あの混雑の中でとりあえず1カット、必修科目をこなしました。

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小雨に煙る~北広島

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赤い電車を眺めながらの昼飯、旨かったなあ。あとは来た道を戻って、最終8008レ通過時に晴れてくれれば、気分よく「北斗星」訣別の短い旅を締めくくることができます。千歳に帰る前に、よく「トワイライト」を撮った昔を思い出しながらの撮影地ロケハンの上でポイント決定、アングルを見定めた8008レ通過1時間前には、時折、強い西日がちゃんと差していました。

駄菓子かし、そうは問屋が卸さないのが、鉄の世界の常ですね。おいおい、そんなところまでコドモ連れて入って大丈夫かよ~というニワカな皆さんもお揃いになった30分前から、厚い雲が空を覆い始め、通過10分前には小雨まで降り出しました。そうか、小雨の函館から始まった、今回の旅は、こうして小雨で終わるのだなあ、、、残念だけど、仕方ありません。

この1時間半後、噴火湾に夕日が沈む寸前のわずかな光を浴びたDD重連が、劇的に南へ走り去ったようです。その同じ頃、千歳空港のラーメン横丁で小腹を満たした私は、ラウンジで青便の搭乗を待っていました。羽田着いたら、学大帰って、いつもの居酒屋へ。最後までアマノジャクな自分は、翌日、上野やヒガハスへ後藤さんを迎えに行くことはありませんでした。でも、自分らしい見送り方ができて、よかったなあ。さらば、北斗星。ちょっと鬼っ子だった、最後のブルートレインよ。

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赤い電車、安息の地

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そして、夕刻札幌を発車する上り最終「北斗星」に向けて、多数のバリ鉄な皆さんは黄金や北舟岡で長時間待機に入られたようですが、当初から千歳線内での撮影を計画していた我々は、空き時間を利用して、岩見沢の郊外に保存設置された赤い電車、711系を見に行くことにしました。島松から栗沢まで、夕張鉄道ゆかりの地をかすめながらの小一時間、晴れ間の出る時間が徐々に多くなってきました。

おそらく日本初と言っていい、インターネットを利用して出資者を募る、クラウドファウンディングの手法による鉄道車両の保存です。個別に寄付を募っていたらとてもこのスピードでは集まらない額が、今回は集まったようです。当然、手数料が発生するところに、是非の余地はあるかもしれませんが、私もささやかな出資をさせていただき、車内に掲出された一覧表に名前があるのを見つけて、とりあえず、安心いたしました。

それよりも、この環境! いやあ、いい雰囲気だなあ。なぜ3両じゃないの?とか、架線がないなあ…などといった不満は、あっという間に夏の終わりのそよ風に吹き飛んでしまいました。で、併設のレストランでいただいた、シュラスコ・ビュッフェの美味しかったこと! 窓の外には、北の大地の緑と、青い空、白い雲、赤い電車。秋にはもう「北斗星」は走っていないけれど、「カシオペア」撮った後にやってきて、夕陽の時間までぼんやりしていたいなあ。今年の秋、なかなか素敵な宿題ができました。

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島松アップダウン

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最終8007レ「北斗星」と一緒に、静狩から道央道を北上、途中、白老で途中下車→迎撃の後、恵庭インターから千歳線きっての有名ポイント、島松~北広島のアップダウン区間に到達しました。しかし、某友人GT様、ほんと、運転お疲れさまでした。これで、10年近く前にさんざん通った、思い出深いポイントで、札幌終着前のラストを見送ることができます。

昔はちょうどこの位置から、300mmぐらいの望遠で、ググッとアップダウンしてくるところを撮るのがメジャーだったんだよなあ。それが、千歳方の樹々の成長で叶わなくなり、その結果、今はもっと札幌寄りの陸橋のたもとで構えるのが多数派になりました。300mm以上のレンズを持ち合わせていない自分には別世界ですが、皆さん、400mmとか、もっとそれ以上で構えておられるのかなあ。。。

もしかしたら、編成が入らないかもしれない……不安はあったのですが、やはり、最後は大好きだったアングルで見送ることにしました。カマの後ろは森バック、細い標識をカマで隠したところで、いざ、シューティング! 轟音とともに最後の下りブルートレインが走り去って行った後、余韻に浸るよりもモニタの列車最後尾を確認してしまう、浅はかな自分を今日だけは許してやろうと、いくぶんセンチに思ったのでした。

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静狩陸橋

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七重浜から、大沼をやり過ごして、道央道を北上しました。雨はすっかり止み、国縫付近では晴れ間さえ覗きます。相変わらず、ほとんど交通量のない道央道ですが、さすがに短い函館停車の間に特急列車を抜こうとするのですから、時間に余裕があるわけではありません。長万部インターから、久しぶりの海沿いの道へ。もしかして、もしかして、晴れてくれないかなあ、と一縷の望みを、だいぶ明るくなった曇り空に託します。

今回、下り最終「北斗星」は、ここで撮りたい、となぜか切望していました。いまのスジは、昔の遅いほうのスジだよなあ。ならば、順光で、非電化直線を威風堂々と突っ走るイメージなら、静狩陸橋しかない。宇宙軒カーブも、申し訳ないけど、最後まで行かずじまい、どうも好きになれませんでした。8年前、ド桜田でここで1枚撮って、ああ、北海道のブルトレはこれだよなあ、と思ったアングルで、最後を見届けたかったのです。

8007レ、3分遅れ!  ご丁寧なことに、線路沿いのスピーカーから、無線が聞こえました。つい10分少し前まで出たり入ったりだった太陽は、残念ながら、すっかり厚い雲に覆われてしましました。もう、晴れることはないよね。ISO感度を800に上げて、高速シャッターを確保いたしましょう。非電化区間を行く、最後の下りブルトレを、しっかり写し止めるために。

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小雨に煙る~函館

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金曜夕、上野を出発した8007レは、夜明けの青函を渡って、小雨そぼ降る函館に達しました。その最終下り「北斗星」の上野発から2時間あとの羽田からのJL便でこちらも函館入り、前夜は地元客で賑わう居酒屋で活イカに舌鼓を打ってるうちに焼酎が進み、気がついてみたら、いつの間にやら千鳥足(笑)、翌朝は二日酔い気味の身体を友人運転のレンタカーに任せて、駅撮りの名所、七重浜へやってきました。

やっと間にあった、最後の「前チョンマゲ北斗星」ですが、定期(に準ずる臨時)列車の最後は、何のデコレーションもないのが最近の通例で、これじゃあドン曇りの「撮っただけ」写真、最終下り列車だと言っても、わかる人にしかわかりません。駄菓子かし、今回、半ば無理やり、北海道まで最終「北斗星」を狙いにやってきたのは、そんな、ごくふだん着の、ブルートレインの最後を見届けたかったからなのでした。

しかし、「北斗星」よ、ずっと邪険にして悪かったなあ。ブルトレというと、まずは九州ブルトレ、そして関西ブルトレ、あるいは「日本海」……JRになってからの新参の「北斗星」は、先輩ブルトレたちと、どこか顔立ちも性格も違うような感じでした。そのブルトレの末っ子が、こうして青い客車の歴史を締めくくる。それも、ブルトレ全盛時代には想像もつかなかったような、北海道で。その、2015年晩夏のシーンを、今日(8/22)はしっかり目と胸と、デジタル画像に焼きつけたいと思います。

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8月のカウントダウン 3

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深夜から早朝の通過のため、本州や北海道に比べて目立ちませんが、海峡区間のED79牽引「北斗星」も、あと1往復を残すのみとなりました。チョンマゲでもいい、たくましく終わってほしい(笑)こちらも「カシオペア」「はまなす」は少し続くものの、ED75から続いた赤い交流電機が先頭に立つブルートレインは、いよいよ終焉を迎えます。

思い出せば、「はまなす」を青森口で撮り始めた頃、その少し前に下り「北斗星」がやってくることは、あまり意識していませんでした。上り列車の後ろパンのほうが、何となく写真として「座りがいい」ように思えて、「片前パン」になかなか馴染めなかったこともありました。それが最末期は「カシオペア」との隔日運転になり、一度はちゃんと最後に撮りたいなあと思いつつ、今夏の海峡行きは、偶然ですが、いつも「カシオペア」運転日になってしまいました。

函館口なら、もう少し露出が稼げるはず、と木古内に泊って撮影を試みたこともありましたが、残念ながら、いつも晴れませんでした。明日の朝も、天気は芳しくないようですが、最後に一度だけ、撮りたいなあ、チョンマゲ北斗星。いよいよ田端では、最後のヘッドマークをつけた後藤さんが、客車に連結されて待機に入ったようです。北へのブルートレイン、いや、日本のブルートレインの最後の旅立ちが刻一刻と近づいています。

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8月のカウントダウン 2

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そして、北のDD51重連「北斗星」もまた、8月のファイナル・カウントダウンを迎えています。「カシオペア」のほうがほんの少し生き長らえるものの、機関車と客車がブルーで統一され、轟音と油煙とともに北の大地を突っ走る、JR化以降のブルトレの屈指の名場面は、記憶の彼方へ消え去ってしまいます。

当初は、あ~あ、原色のときに撮っておけばなあ、などと思ったものですが、8年前、「はまなす」と合わせて何度か渡道を繰り返すうちに、DD重連の迫力に、すっかり魅せられてしまいました。当時はまだ、室蘭線にも石北線にもDD51の貨物が走っていて、北海道に行くのはほとんどが、DDの撮影が主目的でした。朝の「はまなす」から始めて、日によって「トワイライト」「カシオペア」、そして昼前に2本目の「北斗星」を撮り終えると、さて、温泉でも探すかと、ほっと一息、いい気分になったものです。

すでに道内からDD51の貨物もなくなってしまい、道内どころか、DDの定期運用はもはや「はまなす」と名古屋周辺の貨物のみ。山陰に舞台を移した「特別なトワイライト」や、高崎のイベント用はあるものの、ついにやってきた、国鉄を代表するディーゼル機関車の名機、DD51の終焉にまた、寂寞たる思いで、胸が詰まります。

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8月のカウントダウン

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あと数日を残すのみとなった臨時「北斗星」ですが、後藤さんこと、EF510には最後まで思い入れがなく、今夜も、明後日の夜も上野発の最終を見送ったり、そのあと某東十条で宴会したりすることもなく、最後のブルートレインの落日を心ひそかに見送ることになりそうです。

でも、EF81の置換用として、「カシオペア」を含めた客車豪華編成牽引のために華々しく登場した、JR化後初の旅客会社の新製電機が、今こうしてすでに貨物会社に譲渡され、日本海沿いで貨物をのんびり牽いているのを見ると、ああ、邪険にして悪かったなあ、こんな光景ならまた撮ってもいいなあ、と文科系アマノジャク鉄の心を捉えるのです。

金曜日のヒガジュウ、日曜日のヒガハス。おそらく大変なことになるのでしょうね。すでに、宇都宮工臨あらため宇都宮配給で短いホキの先頭に立つ後藤さんの姿をネット上で見ると、機関車界の有為転変のスピードアップにも、なかなかついていけない気がします。ほんとは、最終列車は8181か8195が牽いてくれたらなあ。「北斗星」の終わりは、東京北局の名門「田端」の落日でもあると思うと、寂寞たる思いで、胸が詰まります。

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開館10日前

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そして、翌昭和47年秋、10月14日の鉄道記念日に、梅小路蒸気機関車館の開館を迎えます。全国から集められたスターロコの数々が徐々に梅小路に集まってきて、前年の映画撮影後そのまま転入したC551号機に続いて到着するカマの入換は、C56160号機の担当でした。幸運にも開館10日前に、ほんのわずかの時間、撮影するチャンスがありました。

おいおい、何だかみんな厚化粧だなあ……それが、開館当初のカマたちに対する印象でした。今の動態保存機に比べても、挿し色や飾り帯、煙室ハンドルなどが目立ったように思います。当時はまだ、関西線にも山陰線にも現役の蒸機がいた時代ですから、煤けた現役至上主義が、黒光りするカマを毛嫌いするのは、仕方なかったのかもしれませんね。

閑話休題。たしか、蒸気機関車館開館後もしばらくは、扇形庫の上の「梅小路機關區」の旧字体の字看板が残っていたように思います。今あらためて見ると、渋いなあ。これぞ、重要文化財、という感じがします。JRWの関係者さま、京都鉄道博物館のオープンのあかつきには、この旧字体の看板の復活というのはいかがでしょうか。梅小路で鉄の産湯を使ったオヤジ鉄からの、故郷への思いを込めた提案とさせていただきたく。。。

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突然の大集合

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梅小路最後のシゴナナは、定期運用の終了後も、5・39号機が東海道・山陽本線の姫路までのイベント列車に登板したりしていましたが、それも2か月ばかりのことで、15・190の2両は廃車、残りの4両は山陰や九州に散っていきました。入換用のC1196のみが寂しく煙を上げていた、その年の10月、突然の蒸機大集合に京都のガキ鉄たちは涌きかえりました。

すわ、もう動態保存が始まったのかと思いきや、C622やD511は来たものの、C571やC581はやって来ない……鉄道100年記念映画の撮影のためで、動態保存候補機を集めるけれど、関西で間に合う形式は関西で、というのが、この不可思議なラインナップの理由でした。それでも、懐かしの5号機が、前面形式ナンバーを失っていたとはいえ、シゴナナの代表だったりしたのを、嬉しく思ったものでした。

厳重な警備の中で映画撮影が行われた後、現場の粋な計らいで、たしか30分だけ、我々のためにも、頭出しの撮影タイムが設けられました。この当時のカマたちは、翌年の蒸気機関車館開館時のような装飾がなく、きわめて現役っぽい煤けた姿でした。春の現役シゴナナ最終日に続いて、高校生がこの一瞬に立ち会って、一眼レフで撮影ができた僥倖を、あらためて噛みしめる今日この頃です。


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「梅小路」の名が消える

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まだまだ先と思っていた、梅小路蒸気機関車館の閉館が、あと2週間に迫りました。京都鉄道博物館の一部となるための発展的解消ですが、京都のガキ鉄時代から、40年以上にわたって慣れ親しんだ「梅小路」の名が消えることには、万感、胸に迫るものがあります。今日は古いモノクロネガから、私にとっての梅小路といえばこの日、昭和46年4月25日の写真をスキャンしました。

♪背のびしてみる梅小路 今日も汽笛が遠ざかる♪……中学生のとき、ガキ鉄が他愛もなく歌っていた「港町ブルース」の替え歌です。ハーフサイズカメラで撮り鉄(という言葉はありませんでしたが…(笑))を始めた頃、山陰線には梅小路のシゴナナの定期旅客が5運用残っていて、ぼくらの鉄活は、6両のシゴナナを中心に回っていました。

それが、その年の正月に3運用に減り、春4月、最終運用の出区前に、ヘッドマークを付けたスターC575号機を中心に、昼間の臨時運用で不在の1両を除く5両と、入換のC11がズラリ並んで、今で言う「頭出し」でファンに披露されました。梅小路の現役蒸機最後の日、ここから、梅小路は動態保存基地としての第2の人生を歩み始めたのです。それから、40数年。あと2週間のうちに、もう一度だけ、行けるかなあ。行きたいような、このままにしておきたいような。。。複雑な気分で、故郷の街に思いを馳せています。

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写真はもう少し努力を

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竹島紀元さんが、旅立たれました。数年前に、Iさんのお誘いで、有難くも小さな宴席に同席させていただく機会があり、ほんの少し、お話ししました。昭和40年代初めの、京都のガキ鉄がいかに創刊当初のRJ誌に憧れたかをお話しすると、「そうですか、そうでしたか」と静かな微笑みをたたえておられたのを、思い出します。

ガキの頃からの文科系鉄、RP誌は難しくてよくわからない、RF誌は写真が綺麗で素敵だけど、近所のN君がとってるので、オレはRJ誌にしよう……社会派プラス叙情派とでもいうのでしょうか、当時のRJ誌のトップの特集、それもルポルタージュ系の、肝になる企画は、いつも竹島編集長自らの手になる、流麗で研ぎ澄まされた文章でした。

誌上で何度か募集された「鉄道カメラルポルタージュ」なるコンテストに、「年少の部」で二度、入選させていただきました。最初が中3のときの「小浜線の思い出」、そして高1のときは「C5741のこと」。竹島さんの選評に、「文章はよく書けているが、写真はもう少し努力を」とありました。そうだよなあ、今もなかなか写真、上手くならないよなあ(笑)40年の間に、何度かふと、この一言を思い出すことがありました。これからも、忘れず、精進したいと思います。合掌。

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夕陽フェチの10年

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パンカで撮影を終えた私たちは、ぺカロンガンからの列車で、ジャカルタ、ガンビアへ向かいました。あとは、ジャカルタ市内で夕飯食べたら、スカルノハッタへ戻って、成田へのJL便に搭乗するだけです。相変わらず、ちょっと冷房の効きすぎた列車内、長袖のシャツを持ってこなかったのを悔やむのも、10年前の初ジャワツアーのときから変わりません。

そうか、初めての訪問が2006年だから、今年でちょうど10年になるのだなあ。♪赤い夕陽が西へ沈んでいく 野山を染める♪と、懐かしのシューベルツの名曲を口ずさみながら、こうして沈む夕陽とカマのシルエットにカメラを向けるのが、ジャワへの旅の、至上の愉しみでしたが、今年はついに、そんな機会もなくなってしまいました。

西部の砦、スンバルハルジョがこのまま落ちてしまうとしたら、こうした夕陽のシーンを堪能できるのは、来年の夏は東部の牙城、オレアンだけになってしまうのでしょうか。ホワイトバランス調整や夜の高感度撮影など、この10年のジャワでのメインカットの習熟は、デジカメ進化の歴史でもありました。もう来年ははたしてジャワ撮影ツアーが成立するのか心配ですが、せめてそれまでに、我がペンタックス噂のフルサイズが世に出てくれれば、と思う今日この頃です。

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そして、パンカ

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まさかまさかの、スンバルハルジョ夕陽NGで、テガールでの今年の夏のジャワ最後の夜は、ちょっと複雑な気分で更けていきました。え? スラギもカマはまったく動いてない? あの、前面をグレーにして、炎天下を走り回っていたカマたちが? かろうじて、パンカでチャーターができそうだ、という知らせが入り、やっと落ち着いて杯を重ねることができたのでした。

翌朝(8/1)、かつては2つのヤードを結ぶ複線を蒸機が並走することもあったパンカの工場内も、時おりDLの入換音が聞こえるものの、かつてのカマの往来が信じられないほど静まり返っていました。昨夜の段階では心配された蒸機の運転士の確保がどうやら何とかなったようで、やがて、朱色に塗られた2号機が動き始めました。ああ、これで、ジャワ西部、すべてドボンは避けられました。。。

急なチャーターゆえ、これは仕方ないというレベルの範疇ですが、カマに連結された積載ローリーは、わずか1輌でした。そうだ、たしかこの並木の前で、2輌だか3輌だかの並びを撮ったなあ。そうそう、夜の2台並び花火だって、撮ったよなあ。なぜか今日は、昔のように寄ってくる子供たちの姿もなく、もしかしたら、夏のジャワの旅も、これで終わりかもしれないなあ、という思いが、ついに、胸に去来し始めていました。

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スンバルよ、おまえもか!

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灼熱の、といっても東京よりは全然過ごしやすい(笑)、7月末のインドネシアに戻ります。好首尾に終わったアンバラワから向かったのは、ジャワ西部のフィールドのメッカ、スンバルハルジョです。現地ガイド氏の事前調査では、どうやらカマはあまり動いていないようだが、稼働可能なカマがいるかどうかは、行ってみないとわからない……え? あのスンバルハルジョが? そう言われても、にわかに信じがたいのは、この10年、ジャワのシュガートレインを追った鉄に共通する感情だと思います。

他が落ちても、あのスンバルが落ちるはずがない。理由は単純、ここのカマたちほど、今も現役としてフィールドに出て、夕陽や水牛、子供たちがらみと、幾多のシーンを味わせてくれた存在は、他にはないのです。そのグリーンに塗られたカマたちが、こうしてズラリ火を落としてクラの中に静かにたたずむ様子を目の当たりにしたとき、現実はガイド氏の事前調査以上の「今年はすべてトラクター輸送。蒸機どころか、DLもまったく動かない」という冷徹なものであることを認識せざるをえませんでした。

スンバルよ、おまえもか! アンバラワから移動の3時間、夕陽の写真を撮れるものだと、どこかで信じて疑わない、不思議な気持ちがツアー参加者の誰もにあったようです。例によって「来年は来年。カマを使うかどうかは、わからない」という不透明な状況ですが、カマたちがきっちりとクラの中に入っていることに、一縷の望みを賭けたくなります。スンバルの夕陽が撮れない夏のジャワ……まさか、今年、こんなことになるとは、今でもまだ信じられない気持でいます。

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曇りアングル~蟹田

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そりゃあ写真は晴れたほうがいいに決まってるんですが、いつもいつも、そういうわけにはまいりません。週末の日中を非鉄な所用で費やさなければいけない8月、天気予報の意見は分かれていたのですが、行くなら、今週しかない。で、行ってきました、海峡線。で、見事に曇られました、はまなす(笑)

でも、一度は撮りたいと思っていた、この午後順光の海バック。11両増結編成でキッチリ撮れたのだから、文句を言ってはいけませんね。このポイントで202レを迎える鉄は、わずか4名。今日(8/9)は新幹線工事の関係で30分ほど繰り下げのダイヤになっていて、そのおかげで、1/2段は露出が稼げました。通過後20分でピーカンになっただけに、喜んでいいやら(爆)

しかし、もう、最後の夏?は、すでに終わりつつあるんですね。5時前に通過する「カシオペア」は6~7月の朝陽が嘘のように、ISO3200設定の「撮っただけ」写真になってしまいました。ファイナル・カウントダウンに入った「北斗星」と違って、「カシオペア」「はまなす」の行く末はまだ不透明な状態が続いていますが、せめてもう一度、朝日を浴びたED79を、との思いを胸に、踵を返して、青森空港から羽田に戻りました。

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畦道に山バック

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海外でのフォトランの醍醐味は、駅間のポイントで列車を降りて撮影、また乗って次のポイントへ、という、日本国内ではまず考えられない、言わば「乗って追っかけ」ではないでしょうか。駄菓子かし、それには事前知識と熟練が必要です。今回のアンバラワでも、昨年もB5112をチャーターし、沿線状況を熟知したSさんのリードがなければ、とてもこんなにバリエーション豊かな撮影はできませんでした。

列車を降りたら、シチサンアングル求めて、畦道を早足で歩きます。朝も9時半を過ぎると、バックの3つの山にも、そろそろ雲がかかってきました。真横狙いなら、畦道を避けてフレーミングするのが常道ですが、ここはやはりシチサンと両方撮りたいもの、サイドは畦道をあえて入れ込んで、と咄嗟の屁理屈で対応したのが、結果オーライ、何とものんびりした古典機の情景となりました。

この写真、当日、モニタをスマホで撮ってFBにアップしたのですが、非鉄な友人から、「どうしてお客さんが乗ってないの?」というツッコミが入りました。なるほど、考えてみればそうだよなあ。ここが、チャーターの限界です(笑) かといって、どこかの博物館みたいに、人形もチャーターするわけにもいかないしなあ(爆) ともあれ、アンバラワ、晴れ。B5112、捕獲に成功せり!

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ビゴイチが行く

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この日(7/31)のアンバラワは、B5112チャーター列車の運転中、見事な晴天に恵まれました。そうか、B51だからデコイチならぬビゴイチか……そういえば、旧駅のまわりには静態保存のC51やD51、さらにC12までいたなあ、とカタチはまったく違えど、日本の鉄には馴染み深い形式称号のせいか、ここのインドネシア国鉄保存蒸機には、不思議な親しみを覚えます。

ここアンバラワの旧線を利用した保存運転線には、ラックレールの急勾配区間と、今回B5112が走っている平地区間の二つがあって、こちらの平地区間は実は初めての撮影でした。折り返し駅近くでは若干の切通しがあったりするものの、大多数の区間は広がる田圃のところどころにヤシの木が植えられているという、のんびりとした雰囲気です。

その中をこうして、桜田状態で走ってくるビゴイチ! 後ろに続く客車はラック区間と共通ですが、こちらもなかなか古びれて、いい感じです。このカマと同年代の梅小路の1080号に、京都博物館ができたらその記念に、スチーム号の距離でいいから、古い客車を牽かせてみたらどうだろう、などと、遠くインドネシアから妄想が広がるばかりでした。

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B5112始動

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翌日(7/31)、インドネシア保存蒸機のメッカ、アンバラワに至りました。今回のチャータの主役は、昨年から動態復帰したB5112号機、1900年ドイツ・ハノーバー製、日本のカマでいうと、日鉄羽鶴から梅小路に移った1080号機とほぼ同年代。このフォルムはまさに、矍鑠たる「明治のカマ」といったところです。

昨年、復帰当初のこのカマのチャーターが、参加したツアーに組み込まれていたのですが、日程の都合で途中エスケープせざるをえなくなり、後から皆さんの話を聞いて、地団駄を踏みました。今年こそ、と思い描いて到着した朝のアンバラワ鉄道博物館は、すっかりリノベーション工事が進み、目当てのオールドロコが、すでにクラの中で遅い朝日に照らされて、煙を上げていました。

いやあ、細い煙突に、たんこぶ1つ! ボイラに向かってはみ出すスポーク動輪も、いかにも1900年代初頭のカマって感じがして、痺れますなあ。これが、これから動くというのです。やっぱり、入換チャーターより、こっちがいいなあ(笑) 2年ぶりのアンバラワ、旧駅舎のまわりの静態保存のカマたちも次々と修復されていて、明治のカマの走行フォトランに、期待が高鳴るばかりでした。

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ジャンル : 趣味・実用

キューロク残照

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「キューロクもどき」こと6号機の存在で、ジャワ島中部の製糖工場の中でも人気の高いタシクマドゥですが、現地旅行社からの事前情報では今年はすべてDLで稼働、何とかチャーターして運用をカマに差し替えることができそう、という連絡が入ったのは、ツアー先発隊の出発前日のことでした。これは、現地に行っても何があるかわからない……半ば、空振り覚悟の移動です。

そして、ここでも我々が撮影できたのは、プルウォダディ同様の、いわば「入換チャーター」。かつては複数のカマが元気に走り回っていたヤードから、併用軌道みたいな道路沿いのわずかな区間に、キューロク+ローリー数両を往復させてもらうことが、かろうじて可能だったのです。

工場に着いたときはドン曇りだったのが、キューロクが走り始めると、ほんのわずか、夕陽が差し始めました。4年前のように、とてもギラリとはいきませんが、最早、予備機として静かに余生を過ごすこの機関車にふさわしい、鈍く、ほのかで美しい残照です。こいつには何度も、いい写真を撮らせてもらったなあ。2015年夏、インドネシア。工場巡りの初日で、こんなに感傷的になるとは、夢にも思っていませんでした。

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これも、チャーターなのか

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夕方のGA国内線でスラバヤへ入り、夜には、オレアンで夕陽を堪能してきたツアー本隊の皆さんと合流しました。翌朝(7/30)の列車でマデューンへ、今年の製糖工場巡りは、2つのヤードを結ぶ数百mの短い距離ながら、中間に古い鉄橋があったりして、気ぜわしく蒸機の行き交うプルウォダディからスタートしました。

フィールドへ出るカマは、もはや絶滅に近いけれど、こうしてヤードの入換のカマはまだまだ元気だなあ。ほっとすると同時に、例年通り嬉々として撮影を始めたのでしたが、何かが違う……ローリーの編成も短いなあと思ったら、この入換自体がDLを蒸機にこの時間だけ差し替えたチャーターだったのです。我々のために、ガイドのスギアルト氏が予め準備してくれた。。。

ほんの5~6年ほど前、インドネシアでチャーターといえば、アンバラワやチェプの保存鉄道だけで、そのうちだんだん、フィールドへ出るDLをカマに差し替えるのも、チャーターの一種として増加を辿りましたが、入換のカマは行ったところで動いてるのを撮るもので、まさかチャーターすることになろうとは思いませんでした。次のタシクマドゥも、どうやら情勢は厳しいようです。はたして、例の「キューロクもどき」がちゃんと動いてくれるのか。夕陽が出るかどうか、と二重の不安を抱えての移動となりました。



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田都、大井町、ジャボタベック

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ジャカルタへ渡った東急車のうち、「伊豆のなつ」に続いて8039Fさよなら運転編成にも会いたかったのですが、前日エントリーに補足したように、先頭車差し替えという意外な措置により、もはや叶いませんでした。その一方で、8500系は何度かやってきたのですが、8000系と違って、正面ナンバーが消されていたり、フォントが違ったりするので、今ひとつ、昔の面影がありません。そして、205系の大量投入により、次に消えるのはこのあたりかなあ、と後ろ向きに考えてしまいます。

そして、この場所のような、いかにも東南アジアのダウンタウンという風景が、ジャカルタ市街地の整備により、そろそろ秒読みに入っています。一時よりはましとはいえ、ジャカルタ中心部の駅構内の撮影は基本的にNGで、沿線撮影の出来るところを探したほうが早い、という奇妙な状況になっています。

いまや、田園都市線を8500の幕車が走れば、けっこうそれなりの鉄を集める時代です。大井町線で活躍を続ける短編成車も、まだカメラの砲列に晒されることはありませんが、老い先がそんなに長くないのはたしかでしょう。東京に帰ったら、ジャカルタの僚友の近況を伝えがてら、今なお力走を続ける8500系にしみじみと拍手を送りたいと思います。

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伊豆のなつ、ジャカルタの夏

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インドネシアから今朝(8/2)、帰ってきました。例年通り、世間様からはちょっと早めの夏休み、現地撮影は正味3日半の駆け足でしたが、ジャカルタで日本から移った電車を撮って、スラバヤから製糖工場と保存鉄道を巡る旅、今回は日式電車の代替わりと、製糖工場の稼働蒸機の激減という現実に遭遇する結果となりました。

ひと昔前なら、日本時代の方向幕やナンバーを付けたまま走っているのがジャカルタ近郊電車の通例でしたが、今はもう、顔つきが変わったり、ナンバーが取り外されたりしたほうが多数派となり、この東急8007Fのように、前面車番が懐かしい日本と同じフォント、というほうが珍しくなりました。東急時代の最後には「伊豆のなつ」塗装で人気だったこの編成が、夏のジャカルタのダウンタウンを、こうして砂埃を上げて走ってきたときは、いやあもう、年甲斐もなく、うるうるしてしまいました。

今回はもう、もしかしたら205系ばかりしか来ないのかなあ、と思って現地入りしましたが、結果、東急8000、8500、営団7000、05、東葉1000、そしてJR203、205と正味3時間強で、けっこうなコマ数を稼ぐことができました。駄菓子かし、一時はジャカルタ譲渡電車の象徴ともいうべき数を誇っていた103系や都営6000の姿はすでになく、海を渡った電車の第二の人生にも、代替わりが進行しているのだなあ、と深いため息をついていたのでした。

(補足 2015/08/06)
8039Fの現況が気になって、ちょっと検索かけてみると、意外な事実が判明。この写真に写っている現在の8007F先頭車は、最近、8039F先頭車を改番して差し替えたもので、もはや8007Fも8039Fも、東急時代の編成は存在しないとか。嗚呼、こうして、東急ステンレスの名車の第2の人生にも、陰りが見え始めていたのです。。。



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伊婆健在

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しつこくも、玉里からDLを前に付けて花蓮へ回送されるCT+客車編成を途中駅でバルブしようと計画しましたが、ダイヤ変更、ホーム真っ暗であえなく玉砕、最終のプユマ号で台北へ、ホテルへチェックインしたときには、深夜12時を回っていました。いやあ、それにしても、充実した1日だったなあ。晩飯がビール片手にゆっくり食べられたら、もっとよかったのですが(笑)

翌日(7/27)、TSA>HNDのJL便は午後の出発、ホテルでゆっくり朝飯を食べながら、さて、なにか1枚ぐらいは午前中に撮って行こうと、ターゲットをあれこれ検討します。あ、そうだ、1988年イタリア製、EMU300の自強号! 幸い、10時前に七堵から下って行くスジがありました。区間車でのんびり、駅ホームまたは駅至近のポイントがないか、ロケハンに入ります。

ちょうどこの日、桃園の新ホーム切替が行なわれ、古い駅舎やホームがまたひとつ、姿を消しました。その様子をまのあたりにした直後の内歴の手前で何とかなりそうな踏切を発見しました。近所のコンビニで涼をとりながら、目当ての電車を待つという、ニッポン同様の100パーセント現代撮り鉄、障害物は多いものの、それなりの編成写真一丁あがり!で、今回の弾丸ツアーを何とか締めくくったのでした。

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