大沼小沼惜別

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前回エントリーの七飯発車、何を好きこのんで電化工事現場の写真を、とお思いの向きも多かったことと思います。はい、次の駅、新幹線接続の渡島大野で過渡期写真をもう1枚、というのはやめにして、停車の間に、大沼手前の超有名アングルに先行しましょう。実はこのアングルのゲットが、今回の弾丸渡道の最大の目的でした。

この「SL函館大沼号」最大のハイライトシーン、今まではついつい追っかけの効率を優先して、スルーしてしまっていましたが、なくなるとなると、そうはいきません(爆)編成が入らないとか、せめて奥の線路を通ってくれよとか、言い出したらキリがありませんが、42年前の春休み、静かに走るデコイチの貨物を撮って以来のアングル、これはなかなか感無量なものがあります。

そして、地図で確認すると、バックの水面は大沼小沼のうちの、小沼なんですね。もちろん、昭和47年の京都のガキ鉄も大沼とばかり思っていました。長い北海道旅行の最初と最後がここでした。当時、C62急行ニセコはすでになく、ここでカマを撮るのは最初で最後だなあ、とデコニの長い貨物を見送りました。その40数年後に、いったん眠りにつく動態保存蒸機を、こうして見送ることになろうとは、夢にも思いませんでした。

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電化前夜 in 2014函館

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この週末は、函館へ飛びました。長らくC11171号機と207号機の2両体制で道内各地で運用されてきた、JR北のC11が、釧網線の「SL冬の湿原号」を除いて今年度で引退、秋に検査期限の迫る207号機はもう全検を通さない……相次ぐ事故に対応する安全基準の見直しとあっては致し方ないのでしょうが、この残念極まりない事態を、とりあえず、自分の目で見届けたいと思ったのでした。

その、命旦夕にせまる蒸気列車のひとつ、「SL函館大沼号」の走る函館本線函館口では、新幹線新函館北斗駅へのアクセス向上のため、開業時には渡島大野までの電化が予定され、すでに架線柱や碍子設置の工事が進んでいます。しかし、現役蒸機引退から40年も経った今の時代に、電化工事たけなわの線路を、余命いくばくもない蒸気列車が煙を吐いて驀進する、こういった事態が実際に起こるとは、何だかいつの時代に生きているのか、一瞬わからなくなります。

ましてや、171号機の不調で、もしかしたら二度と走らないのでは?と噂された207号機が、急遽、旭川から函館に呼び寄せられたのです。これ、現役末期の検査期限パズルを組み合わせての蒸機配転とどこか通じるものがあり、昔を思い出しながらゾクゾクっとします。まずは架線柱の立ち並んだ七飯の発車を、過渡期の記録として、狙うことにしました。そういえば、この旧客もどきの14系も、今となっては貴重ですね。二ツ目のライトを誇らしく輝かせながら、引退間近い207号機が最後の旅路を踏みしめながら、21世紀の電化前夜の駅を発車していきます。

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仕上げは蒲鉾?!

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三連休の前半に出撃した庄内鶴岡の夜は、古いバーのカクテルで仕上げましたが、最終日の山口では、残念ながら泊って居酒屋というわけにはまいりません。やっととれた赤便で羽田に戻る前、撮影の仕上げは、これまたお約束の、蒲鉾店ポイントに落ち着きました。

山口市内の渋滞も予想される三連休最終日、篠目で撮ってからここ、というのはかなり大胆な選択でしたが、クルマの流れも順調で、若干の余裕をもって到着。次々にやってくる鉄な皆さんの会話を聞いていると、大山路の逆撃ちやって、ここ?……なるほど、煙も下り坂も関係ないとなると、そのテがあったか! まだまだ修行が足りません(笑)

そうか、まだ太陽の位置が高いこの季節なら、かまぼこ屋のビルの色が客車に写り込むこともないのだな、などと細かいことを考えているうちに、踏切が鳴り、いつもよりやや遅いスピードで、DDが姿を見せました。ご覧の通りのド桜田、トップライトに悩まされる夏の撮影も、こうしてたまには夕陽のご褒美が待っているのですね。

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正調DLやまぐち号

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何だか今年は夏に入ってから、動態保存蒸機の受難が続いています。釧網線を除く北海道の蒸気イベント列車の休止発表から始まって、磐西は自然災害で津川折り返し、大井川のトーマスはみんな喜んでるからまあいいとして(笑)、やまぐちのシゴナナは運転2週目で不調に見舞われ、あえなく降板となりました。

で、走り始めたのが、正調DLやまぐち号。正確には臨時快速ですが、DD511043号機がヘッドマークなしで地福折り返しの往復を牽引するという、これはこれで素晴らしい編成が実現しました。先代844号機の時にはこの編成を撮ったことがありますが、1043号機に代わってから、マークなしはまだ未撮影で、梅雨明け寸前の三連休最終日(7/21)、勇躍出撃となりました。

晴れたり曇ったりの往路に比べて、復路は徐々に夕陽の色を帯びながら、素晴らしい光線の下、DDの客レという、世にも貴重なアイテムを堪能することができました。まず最初はお約束の渡川国道俯瞰、赤いDDと茶色の客車が、すっかりニッポンの箱庭におさまっています。折り返しの合間に、すっかり変貌した白井の様子も見てきましたが、シゴナナの復帰を待つ間、正調DLやまぐち号の力走に、精いっぱいの拍手を送りたいと思います。

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夏のローズピンク

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再び、月山道路を経由して庄内に戻ると、雲は多いながらも、晴れ間が広がっていました。はい、実はこれを期待して、逆向き牽引の「SL山形日和」復路を捨てて、羽越本線に残る唯一の81昼間貨物に転戦した、というわけです。が、見事な夏のトップライト、順光ポイントなし。ま、こんなものです(笑)

何とか羽前大山の先で、わずかに線路の向きが変わって、サイドに光が当たるポイントにたどり着きました。照りつける日差しを避けながら待つこと30分、白帯に加えてナンバーのフォントまで変わってしまいましたが、ローズピンクの81が遠くに見えました。とりあえず、戻ってきた甲斐あり、です。

負け惜しみに聞こえそうですが、64やPFの国鉄色ツートンよりも、81のローズピンクはガングロになると、いかにも夏の貨物列車という感じに見えますね。ガキの頃の夏休みのけだるい昼下がり、セミの声を浴びて木陰で昼寝していると、踏切が鳴り、長い貨物が通過していく。コキの両数をいま数えるのはちょっと面倒だけど、雑多な貨車の両数を飽きずに数えていたあの頃の夏休みが、一瞬、甦ったような気がしました。

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山形微煙日和

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平野部に入って、その山形交通三山線が分岐していた羽前高松の前後から、「SL山形日和。左沢線号」のロケハンに入りました。現役時代から含めてまったくの初訪問、初撮影の線区で、山形郊外の半・市街地を縫って走る平坦線、なおかつ煙が出ないので有名、とくれば、せめて夏の光が燦々であれば、と今日の曇天が恨まれます。

途中、寒河江で15分ほどの停車があり、羽前金沢のド田圃地帯から、羽前高松手前の森バックというコースに決定、順調に追っかけをこなしましたが、やはり煙はまったくといっていいほど出ず、曇天シチサン写真を2枚撮っただけ、という結果に終わりました。沿線の鉄の姿もまばらで、過去に何度も運転されてるとはいえ、微煙がここまでデメリットになったのか、という感じです。

しかし、この独特ののんびり感、意外や意外、悪くないんですね。他の復活蒸気のイベントよりも数は圧倒的に少ない鉄が、地元の見物の人たちと、何となく溶け込んでるんです。で、そこを軽やかに走ってくる短い旧客編成、ヘッドマークもそれほど派手ではなく、好感が持てます。北海道のC11の動向が心配な昨今、325号機にはこれからもいろんなところへ出張してもらって、蒸気列車の魅力をふりまいてほしいと、切に思いました。


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昔、出羽三山へ

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早朝の583系撮影から鶴岡のホテルに戻って朝風呂&充実のバイキング朝食の後、山形道から月山道路を走破して、「SL山形日和」の運転される左沢線を目指します。東北と縁の薄い関西人としては、月山、羽黒山などというと奥深い修験道の聖地、まさかこうしてレンタカーでその傍らを通り抜けるとは、昨日の昨日まで思いませんでした。

再び山形道に入って、西川インターを出てすぐ、日本酒の蔵元の酒造資料館に山形交通三山線の保存車両があることをスマホで検索し、ちょっと寄り道することにしました。三山、ついつい最初はミヤマと読んでしまいましたが(笑)、出羽三山のサンザンですね。左沢線の羽前高松から分岐して、出羽三山へ向かう老若男女を輸送したわけです。大正末期の開業時に新造された電車が、1974年の廃止時まで事業用車として残存、かつての路線跡に近い場所に、こうして姿をとどめています。

しかし、東北の各地には、昨夜の居酒屋やバーと同様に(?!)、地方私鉄華やかなりし時代を走った車両が、こうしていい環境で点在していて、嬉しくなりますね。そりゃあ、現役時代を見たかったなあ、という気持ちがないといえば大嘘になりますが、それは言わないお約束(爆)、東京に帰ってから文献を探すのもまた楽し、今日は少しの二日酔いに身をまかせつつ、この電車が走った遠い時代をぼんやりと偲ぶことにいたしましょう。

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海沿い一人旅

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三連休初日の土曜日、夕方の青便で庄内へ向かいました。「あけぼの」狙いで発券した5月のチケットが不良債権化し、ここのところ583系の運転が週末にあるたびに出撃機会を狙っていたのですが果たせず、今週も天気予報は今ひとつでしたが、鶴岡の居酒屋も行きたくて、えいやっと出撃しました。

しかし、鶴岡、いい街ですね。いい酒、いい居酒屋、いい肴、仕上げに古いバーまで堪能して、ほろ酔いでご帰還。翌朝の鉄が心配になるのは当然ですが、こういうときに限って、583系のスジはいつもTDL臨より思いっきり早い吹浦の海沿い通過5時数分前、、、仕上げの仕上げのラーメンだけは我慢して(笑)、何とか3時半に起床しました。

さすがにこのスジでは、いくら最後の583系といっても、わざわざここで撮るのは酔狂なのかもしれません。そうは言っても、2,3人はいるだろうと思いきや、台湾の大里最後的復興号に続いて、なぜか海沿い一人旅。山影の朝陽がうっすらと海を照らし始めたといっても、それはまだ、ごくわずかのこと。夜を徹して走るという、この電車本来の姿は、むしろこれぐらいの光の下が、実は最も美しいのかもしれません。

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復興号客車の行く末

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白鐵仔DR2700が光華号のヘッドマークを掲げて万雷の拍手を浴びて疾走し、台東週末復興号がプユマ増発の陰にあえなく廃止された、今回の台鉄ダイヤ改正でしたが、花東・北廻線の復興号客車使用の区間車にも、少なからぬ動きがあったようです。

朝、DR2700の4連を撮り終わると、次に台東からやってくる区間4163次は、バリ順を浴びてやってくる好ターゲットでしたが、どうやら電車化されたようで、北廻線の和平まで入る区間車は廃止の憂き目にあった様子です。北廻線には1往復の団体列車が残存しましたが、花蓮~宜蘭間の運転で、もはや大里の海バックを撮影することは叶わなくなりました。

でも、この水色の客車、まだまだ撮りたい、追いかけたいと思わせる魅力に満ち溢れています。今回も残存した屏東・南廻線の区間車も一度チャレンジしてみたいし、花蓮の少し北あたりにも、貨物とあわせて撮影可能なポイントが点在しているようです。8月には台東線シゴナナ運転という大きなネタもあり、こうして、行きタイワン病はまったく回復の兆しをみせないのですなあ。。。

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海と空と水色準急

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そしてまた、台北でゆっくり泊るのも久しぶりで、ずっと行きたいと思っていた誠品書店の3店舗を見に行って、街角で牛肉麺食べて、早々にホテルに戻りました。で、モニタを見ながら考えました。そうか、水色のみの編成ならば、大里の海バック、超メジャーポイントも選択肢に入るのか、、、ここまで来たら、一発勝負、賭けてみようではありませんか。

12時前の区間車で、大里に到着、駅から徒歩8分というお手軽さも、酷暑の季節には嬉しいところです。復興号の1時間前のプユマと筥光号を狙う先客鉄路迷が」一人いらっしゃって、身振り手振りで楽しく会話しながら列車を待ちましたが、いよいよ次の復興号の時にはどこかへ移動してしまい、台東行き週末復興号、最後の南下列車は、意外や意外、たった一人で見送ることになりました。

直前までゲリラ雲が行ったり来たりするのは、撮り鉄の宿命みたいなもので、この日(7/13)も数分前まで気を揉みましたが、これワンカット撮れれば、もう何も言うことはありません。白鐵仔DR2700の陰に隠れて、いささか地味なムードのままで走り去っていった週末水色復興号、その爽やかなカラーリングとは裏腹に、現在の台湾鉄路の鬼っ子的存在になってしまったようで、柄にもなく切ない気持ちになりました。

宜蘭北廻往還

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考えてみると、台北から花蓮へ向かう、宜蘭・北廻線を通るのはいつも夜ばかりで、明るい車窓を見ること自体、今回が初めてでした。蘇墺までの宜蘭線にも、それ以南の北廻線にも、絶景の海沿い区間があり、ほんとうはそのどこかへ行きたいところですが、台北松山空港10時着では、海の手前の福隆が限界で、急ぎ北上683次の同じ駅間の撮影ポイントへ汗を拭き拭き移動するしかありませんでした。

玉里の計程車の黄先生に教わったのですが、台湾の稲作は二期作、さらに地域によっては三期作と収穫が何度もあるそうで、この福隆の街はずれの田園地帯も、すでに見事な稲のグリーンに覆われていました。少し日が差したところでやってきた北上復興号も、先ほどの南下列車同様に、水色客車のみの8両編成! いやあ、これはほんとに来てよかったなあ(笑)

昨日のエントリーにもコメントいただきましたが、自強号や莒光号よりも運賃が安くて、それでいて場合によっては速かったりするという、稀有な存在がこの台東行きの週末復興号でした。昨日のダイヤ改正でこのスジは消えてしまいましたが、廃止と復活を繰り返してきたのが、近年の復興号の、これまた不思議な事情のようです。こうして撮影は何とか間に合ったけれど、乗り鉄の機会はなかったなあ、とため息をつきながら、台北へ戻る自強号の揺れに身をまかせました。

なぜか、オール水色!

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先週末の土曜日(7/12)、なぜかまた台北に降り立ちました。台東線で思わず遭遇したEL復興号、考えてみれば、北廻・宜蘭線ではもともとEL牽引ですが、列車自体が今回のダイヤ改正で廃止されるのですから、EL牽引の長編成の水色客車もまたカウントダウンに入っています。そう思った瞬間、台北往復の格安航空券を探し始めていました。

朝イチ羽田発のCI便で台北松山着、松山駅からすぐに筥光号で南下します。おいおい、なぜこんなに、と思うほどの混雑ぶり、隣り合わせた日本語勉強中の若者に聞くと、当方下車予定の福隆で、今日は大規模な音楽祭があるのだとか。なるほど、駅周辺道路も混雑しているわけです。事前にネットで検索しまくって、やっと選んだ撮影ポイントまで歩くこと30分、そこはイベントの喧騒とは別世界で、鉄がてんこ盛りということもなく、一人でプユマや区間車を何本か見送ります。

南下する復興号684次は、残念ながらドン曇りの空の下、やってきました。ところが、ン? 何かが違う……そう、いつも機次に連結されている筥光号色の電源車がなぜか繋がれておらず、結果、客車はオール水色の編成になっていたのです。数年前に一度は全廃の憂き目にあった、昔の準急か、今の全車指定快速に相当する復興号ですが、これはまた、素晴らしい最後の編成美になりました。

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玉里新旧邂逅 2

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今日の夕刻17時20分、玉里を発車したDR2700最後の定期列車、普快4677次は、当初6連の予定が何と8連で運転! 往年の光華号の菱形ヘッドマークも凛々しく、台東から回送された6連に玉里で2連が連結される現場中継が、刻一刻とFBにアップされるのですから、いやはや、凄い時代になったものです。

そして、火曜日のド平日、現地に行けずに地団駄を踏んでいる、日本の鉄路迷の皆さんが、次々に惜別のメッセージと過去に撮った画像をアップするに至っては、自分も気持ちは同じながらも、何だかヘンな感じがしたものです。そして、明日朝の返却回送は10連?などと、ダイヤ改正前後特有のかまびすしさが続いています。

写真は先々週の土曜(7/5)、玉里でやっとリベンジを果たしたDR2700と「ハデプユマ」の並びですが、今日はここに写っているDRが全部連結されて走った、そう思うと、やっぱり凄いなあ、と思います。そして、明日以降もプユマ号は誇らしく疾走するけれど、玉里の駅に行っても、中線に屯していた白鐵仔の姿はないのですね。8月初旬に予定される台東線での蒸機運転、そのとき、白鐵仔のいない花東路に、長い嘆息をつくことになるのでしょうか。

季節はずれの撤退~485系いなほ

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いよいよ明後日のダイヤ改正を前に、台湾では留置車両の回送が混合長大編成で走ったり、週末北回り復興号が最後を迎えたり、鉄路迷の東奔西走が続いているようですが、こちら日本国内でも、485系「いなほ」がE653系化、上沼垂色のT編成が定期運用の最後を飾り、「一村一山号」で首都圏へ回送された国鉄色のK1編成は、一部区間で「いなほ」幕を掲出というサプライズもあったようです。

私は最後まで、国鉄色の「いなほ」を撮ることは叶いませんでした。夏臨で485系運用のわずかな設定は残りましたが、国鉄色が入ることはきわめて低い確率でしょう。そして、数週間前には国鉄色K2編成が長野へ回送され、あえなく、解体場へ送られました。わかっていることとはいえ、最近のリバイバルカラーはほんの一時的な「最後のはなむけ」で、引退時期が来ると、ものの見事にあっさり撤退してしまいます。

新潟485系は、国鉄色もK1、T18の2編成が引き続き残存し、「くびきの」運用はもとより、たまには「北越」にも入って、もう少しの間、我々を楽しませてくれるのでは、と思います。「あいづライナー」の仙台車、「にちりん」の九州車とともに、麗しのカラーリングの特急電車が、少しでも長く活躍してくれて、それを撮る機会の増えることを切に願う今日この頃です。

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白鐡仔再見

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そしていよいよ、白鐡仔ことDR2700柴油車の定期運用も、ダイヤ改正までの、あと4日となりました。何せ、21世紀にまで残った非冷房車、東急車両製で、どこか東急の湯たんぽ6000系と通じるシルバーフェイス、そして、初代光華号として西部幹線を疾走した栄光の残り香……この気動車の魅力は、語りつくせないものがあります。

プユマ号が台東方面へ走り去った後、のんびりと普快4675次が玉里を発車、開け放たれた窓から花東の夏の風をいっぱいに取り入れながら、花蓮への通い慣れた路を辿っていきます。三民との駅間にあった、大禹駅跡の踏切でこの日(7/4)待ち構えましたが、すでに発表されている15日の6連さよなら運転、ここならなかなかの光線状態でしょう。悔しいなあ(笑)

ダイヤ改正が平日なのも仕方ないし、その前日の平日にさよなら運転があるのも、仕方ありません。ましてや、その翌日の平日に回送を兼ねた8連があることも、仕方ありませんね(泣)DR2700は一部が動態保存される計画と聞きます。いつかきっと、光華号のヘッドマークでイベント列車が撮れることを念じて、遠く東京の空から、静かに見送りたいと思います。

EL復興号来了

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そしてまた、夕方の三民にやってきました。幸いにして、夕陽の沈む西の空に雲は少なく、1か月前のドン曇り時に思い描いた通りの、素晴らしい光線状態が、あの懐かしき旧線との分岐区間に、現実のものとなっています。10日後のダイヤ改正で廃止される水色客車の復興号通過まで、あと15分。。。

やがて、斜光線を浴びながらやってきたのは、「EL復興号」でした。実はこの前にも1本、莒光号がEL牽引でやってきたのですが、去年の夏、すっかり魅せられてしまった爽やかなカラーリングの復興号が、こうして電機牽引でやってくると、何だか呉線電化直前のEF58牽引「安芸」みたいで、疾走するプユマ号よりも、花東新時代を実感します。

海端陸橋と違って、この日(7/4)午後の三民では、鉄な方を見かけることはありませんでした。意外とパニッてないんだなあと思いきや、帰ってFBを見ると、俯瞰写真のオンパレード! いやはや、台湾鉄路迷の皆さまのステージが、一気に上がっているようですなあ。

玉里新旧邂逅

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玉里へ戻る途中、東竹で莒光号を1本撮って、池上便當で昼飯にしました。昼前後はさすがにトップライトの時間帯、一度ぐらいは沿線の日本家屋の温泉に入って、と思いつつも、結局は、いやいやそれほどの時間はない、ならばDR2700が昼寝している玉里へ、13時前にやってくる「普通の普悠瑪」(笑)との並びを撮りに行きましょう。

で、ご覧いただいてる並びショット、かなり苦しい画面構成ですが、実はDRの奥の本線下りホームに当然入ってくると思ったプユマが、主に折り返し列車が使っている手前のホームに入ってきたんですね。さらに、アンラッキーなことに、左手前のDRのお面は黄色側。後ろのクラシックフェイスを入れ込むための苦肉の策、というわけです。

それでも、電化前夜ならではの風景がとりあえず1枚、撮れました。DRのお面の色、プユマの入線ホーム、その組み合わせ方程式をキレイに解くためには、何回かのリベンジが必要なようです。次は1時間少し後に「ハデプユマ」が折り返してきます。今日のところは黄色のDRとの並びになってしまいますが、明日のために、アングルを決めておくことにいたしましょう。

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彩繪普悠瑪

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再び、台東線随一撮影地点、海端陸橋に戻って、7時前の玉里始発のDR2700から、10時過ぎの彩繪普悠瑪、すなわち限定ラッピングのプユマ号まで、撮影を続けました。この日本製の振り子式最新電車特急は、豊川から名古屋港へ続々甲種輸送され、三河大塚のカーブを行く写真が雑誌やネットを賑わせたのも、記憶に新しいところです。

もう30度を越えているでしょうか。灼熱の太陽が照りつける陸橋上に、プユマ通過が近くなると、三々五々、台湾の鉄路迷な皆さんが集まってきます。道行くクルマも何事かと路肩に停車して、プユマ、それもラッピング車が来ると聞くと、やおらスマホで撮影の準備に入っています。もはや、人気の中心はDRではなく、最新鋭プユマ号なんですね。

Yプロが先日、上手いことを仰ってました。台湾の東部幹線は日豊本線で、西部幹線=鹿児島本線より遅れていま、電化前夜を迎えているのだと。なるほど、思い出すなあ、まだ煙の上がる宮崎駅に、すべるように入ってきた485系の試運転列車。。。

陸橋上のバリ鉄だけでなく、沿線のあちこちで、プユマ通過寸前になると踏切に集まってくる、地元の人たちを見かけました。すでに電化開業の記念式典も終わり、あとはダイヤ改正まで、暫定的に旧車両が最後の活躍を見せている、という、いわばEF58→EF62置換時みたいなものでしょうか(笑)電車や電機の試運転映像も、すでにネット上にたくさん出回っています。あとは、電機牽引の客車あたりをぜひ見届けたいと思いながら、陸橋を撤収、玉里方面に向かいました。

代走終了

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金曜の朝、無理して夜行で関山に降り立ったのは、昨秋以来ずっと継続している、早朝のDR2700小運用の藍皮車代走を、もう一度撮るためでした。ところが、払暁の関山構内に待機していたのは本来のDR2700の2連で、列車自体がウヤとなった夕方の玉里往復に続いて、青い旧客の代走は終了していたのでした。

「最初、どこ行く? 鹿野の鉄橋まで行くか?」と黄先生は朝から気合十分ですが、普快4672次の発車まで、10分と少ししかありません。関山のすぐ南の開けたところで、大急ぎでアングルを探すことにします。ここでも、午前中はポールが建植された側に日が当たります。そして、思った以上の築堤の雑草に、迅速な判断が刻一刻と迫られる事態となりました。

ふと周りを見渡すと、道教か何か民間信仰の祠でしょうか、好ましい雰囲気の小道具が、田植えの終わった田園地帯に鎮座していました。朝日の色、山の色はそれは美しくて申し分ないのですが、このアングルでは編成が入りません。いつもなら、惜しいなあ、もう少し他を探そうとなるのですが、今日はこのまま、ここで撮ることにしました。もしかしたら長編成の光華号に見えないかなあ、というのはあまりに身勝手な願いでしたが、朝日を浴びたステンレスが、ちょっと今までに見たことのない表情をして、通い慣れた築堤を上ってきました。

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莒光606次

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木曜(7/3)の夜、台北に入りました。台北駅の飲食街は22時に閉まってしまうので、台東行きの夜行列車、莒光606次の発車までの1時間、駅前でライトアップされた昔日の花東線ナロー蒸機をスナップした後は、待合室でぼんやりするしかないのは、いつものことでした。

2週間後のダイヤ改正で、この台鉄最後の夜行急行も、週末のみの運転になってしまいます。冷房もリクライニングも完備した快適な車内ですが、発車直後の寝苦しさと適度な揺れは、その昔、九州まで乗った「雲仙・西海」や、まだ暗い木曽福島に降り立った「ちくま」あたりの感覚を思い出し、何だか少し気恥ずかしくなります。

花蓮までは浅い眠りを繰り返し、台東線に入ってからわずかな熟睡、気がつけばまだ暗闇の窓の外に玉里留置のDR2700のステンレスが鈍く光っていました。彼らの活躍もあとわずか、これが最後、これが最後と言いながら、今度こそ、ほんとうに、これが最後になってしまいます。

関山に近づくと、東の山並みの向こうが、少し明るくなってきました。おや、斜め向かいの席の青年も、三脚を持って下車の準備です。改札口では、計程車の黄先生の笑顔が待っていました。翌朝5時20分、海端陸橋を通過する、莒光606次のショットから、旅の報告を始めたいと思います。車窓から想像するよりずっと明るく、朝日がほんのりと最後の夜行列車を照らし出していました。

京都市電グリーン

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「市電ひろば」の4両以外に、七条通り口と大宮通り口、2方向の出入り口に案内所として市電が設置されたことも、ぼんやりは把握していたのですが、実際の場所を確認するには少々の時間を要しました。七条側の2000形の車内に入って、案内所のオジサンに聞くと、大宮側の位置が判明、来た道を再び市電ひろばを通り過ぎて、京都駅側へ向かいました。

そうか、京都水族館ってここにできたのか、とヘンに感心する、京都離れてまもなく40年になろうとする、中年どころか老年一歩手前です(笑)その水族館へ向かう人々の列を睥睨するように、ツーマン900形935号が、緑に囲まれて鎮座していました。車内には友の会京都支部の協力による昔の市電の写真が展示されていて、それはそれで、悪くないと思います。

そして、京都の市電といえば、このグリーンですね。つい先ほど、市電ひろばで見たときは少し明るいかな?と思った塗色が、緑の木々をバックにするだけで、百万遍か京都御所あたりのの緑にと溶け込むように、しっとりとした、むかしの京都の街の雰囲気を漂わせています。屋外保存の長期的問題点は数あれど、とりあえず今日のところは、40年前へのタイムトリップを、しみじみと楽しませていただいたのでした。

怖いもの見たさと追憶と

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怖いもの見たさ、その2。「市電カフェ」と化した500形505号と、「市電ショップ」と化した700形703号、現在の姿はすでにネット上でもたくさんの写真が出ていますので、そちらを見ていただくとして、自分は何とか昔日の追憶をたどる写真が撮れないものか、ちょっと苦労してきました。はい、これがやっとでした。でも、いいなあ、タイムマシンに乗って僕らのところに戻ってきた505号!

たしかに、グリーンの色目が明るいような気もしますが、45年前の引退当時、十分に色褪せていたのでしょうから、我々の浅はかな記憶よりは、図面の塗料が正しいのでしょうね。何せ、こちらはまだ中学生、ハーフサイズで追いかけた「保存決定」マークも誇らしげな鉄道友の会貸切運転、伏見・稲荷線廃止直後のことでした。

残念ながら「505」の車号表記を入れ込んだカットは困難でしたが、今も市バスや地下鉄に続いている交通局の局章をファインダーインすることができました。市電のレールの断面を三方に重ね合わせて「京」の字に似せたというこのマーク、僕らが市電のシンボルであり、なかなかどうして、今見てもなかなかのデザインではありませんか。

その交通局と建設局のテリトリーや予算の事情が、どうやら今回の保存形態に大きく影響したようです。500形の車内もぜひ久しぶりに見たかったのですが、カフェ入場を待つ家族連れの列に加わるのは、遠慮しておきました。聞くところによると、原状復帰が可能な室内の改造だそうです。大正末期から昭和の京都のヌシとして君臨した500形、本来の姿を見るのは後日の愉しみにとっておくとして、今日はこのワンショットを噛みしめたいと思います。

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