架線のない京都

140629umekoji1.jpg
今週末は羽越線へ出撃を計画していましたが、予報の悪化と、485系カウントダウンの「いなほ」に国鉄色どころか新潟色も入らないのに意気消沈、ふらりと京都に行ってきました。怖いもの見たさ(笑)で、そろそろ梅小路の市電ひろばに行ってみようと、お昼前の新幹線に飛び乗りました。

下調べをしていれば簡単にわかることですが、行き先は我が故郷、どうしてもそのあたりが甘くなります。もとN電が走ってたほうに市電がいるのだとばかり思って行くと、そこは仮称梅小路博物館の建設フェンスに覆われており、京都駅寄りの水族館側に広場も運転線もあることに気づくまで、若干の時間を要してしまいました。

怖いもの見たさ、その1。架線のない展示線を走るN電27号ですが、ご覧のように、京都タワーバックという抜群のシチュエーションに、ついつい見惚れてしまいます。いや、しかし、何かがない。デジタルで消すのでなくて、足しましょう、架線を(爆)う~ん、やっぱり複雑ですが、実は架線がないこと以上に違和感があったのは、蓄電池モーターの唸り声?だったのを、ご報告しておきます。

まあ言ってみれば、松山の坊っちゃん列車みたいなものなんでしょうね。それよりは、レプリカとして、よくできています。そう思えば、さすが我が街・京都、今後加速度的に困難になる古い車両の動態保存に一石を投げかける試みと言えないことはない?! ただ、起終点でポール回しやるなら、空に向かってポール上げて走ってもいいのになあ、などと、どうでもいいことを思ったのでしたが。

長者丸踏切 1997.9

970906meguro-ebisu9343EF5861_1.jpg
すっかり休眠状態にある我がHPから、件の205系にカブられそうになった、長者丸のロクイチの写真を引っ張り出してきました。そうか、もしかしたら、この後、もうここでロクイチは撮ってないかもしれないなあ。たしか高崎の旧客にまだトイレが整備されていないという理由?で、この頃の旧客にはこうして必ず12系が付いたものです。

おお!そうだ、そうだ、この「←目黒 恵比寿→」の看板、ここのシンボルだったなあ。先日は気がつかなかったけど、もうないんだなあ。。。画面の左にレベルの勾配標、右にこの「← →」看板を入れるかどうするか、というのが、いつもここでの考えどころでした。そして、後方のアーチ状の歩道橋がアクセントになることは、言うまでもないことでした。

この1997年当時、まだ埼京線電車の客扱いは恵比寿までで、折り返しや留置のため、すべての電車が大崎まで回送されていました。「埼京線が延びたおかげで、カブリの確率が増えたよなあ」などとぼやいたのを、懐かしく思い出します。そして、湘南新宿ラインの中距離電車の運転はさらにこの5年後のことで、長者丸踏切には、ロクイチやパックの団臨が時おり出現するという、ひとつ前の時代の雰囲気がまだ残っていました。



テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

風の街

140621harajuku3.jpg
♪道のむこうで 手を振った 大きな声で サヨナラ言った
あいつを ふと思い出す 今も元気で いるだろか♪

かぐや姫解散直後の1970年代半ば、たしかTVドラマ「あこがれ共同隊」の主題歌だったでしょうか。山田パンダさんの「風の街」が、夜の原宿のホーム端に立つと、ふと口をついて出てきました。そうだよなあ、20代の頃は、原宿にペニーレーンがあって、まだあまりメジャーでなかったフォア・ローゼスなんかを、粋がって飲んでいたよなあ。

何度も何度もカブられていた夜の原宿通過シーン、今夜はやっとハエ28編成を写し止めることができました。さすがにバーボン飲んだ後ってわけにはいきませんが、時間つぶしについつい飲んだウーロンハイ2杯、ペニーレーンの奥のショットバーで無茶していた時代を思えば、ほんと、弱くなったものだなあ、自分。。。

♪表参道 原宿は なつかしすぎる 友達や
人に言えない 悲しみすら 風が運んで しまう街♪

竹下通りに気恥ずかしくて入れずに、手前の中華料理屋で、ほろ酔いになりました。そうかあ、もしかしたらもう20年ぐらい、表参道や原宿では飲んでないのかもしれないなあ。後追いを撮ろうと思ったところで、すぐに内回りがやってきて、さすがにもうワンカットは果たせませんでした。学大のいつもの店も今日はお休みです。懐かしすぎる友達を思い出しながら、今夜はおとなしく帰ることにしましょうか。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

長者丸踏切

140621chojamaru2.jpg
一度、自宅へ帰って用事を済ませた後、新木場~川越を往復してきた205系を再び撮りに出かけることにしました。天気は曇りのまま、どのみち近場鉄、、、あ、灯台もと暗し、久しぶりに長者丸踏切へ行ってみるか。自宅から歩いても30分ばかりの距離ですが、何せ、デジタルになってから行ったことがない(笑)

古くから山貨の撮影名所として有名なこの踏切で、最後に編成写真を撮ったのは、たしか167系の集約臨か、「アルプス」か何かの165系のイベント列車だったように記憶しています。そうだよなあ、ロクイチ最後の鎌倉御召、新宿まで入った本番の方転回送が、実はここで撮れたと聞いて、地団駄踏んだこともあったよなあ。夏休みに毎日走った「サロン横浜博」も懐かしいし、もっと前は宇都宮のゴハチの最後の定期運用、荷2631レ。。。

さすがにもう今は編成写真は撮れませんが、山手電車線の高架の下の古びた壁や、クルマを通さないための?錆びた柵は、昔とまったく変わっていませんでした。そういえば、碓氷峠廃止の直前、品川からロクイチで旧客が走って、ここで205系にカブられそうになったこともありました。目黒駅からの道、ラブホの裏を通って、古い洋館の前から踏切に向かって坂を下る、その独特の雰囲気も、昔とあまり変わっていませんでした。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

土曜日の05運用

140621shinonome1.jpg
週末の土曜日、とくれば、埼京線ハエ28編成の動向も確認いたしましょう。この日(6/21)も、やはり毎週恒例05運用、これは近場鉄にふさわしいターゲット、急ぎ、八丁畷から都内に戻って、「ありがとう」マークのときに十分に撮れなかった、りんかい線唯一の駅撮りポイント、東雲へ向かいました。

2月の賑わいも今は昔、最後の205系を迎えるは、小学生の少年二人連れと自分のみ。まだ3年生か4年生ぐらいでしょうか、首都高湾岸線を走るトラックのコンテナにさえ歓声をあげながら、それでいて205系がいつ来るかはわかっていて待機するその様子は、微笑ましくもあり、今の時代を見事に映しているようでもあります。

数年後にはまた、首都圏の電車事情は大きく変動するのでしょう。りんかい線と京葉線の直通がいよいよ具体化し、東京上野連絡線や泉岳寺新駅の開業で、国鉄世代どころか、JR第一世代の電車も、ほとんど代替わりしてしまうのでしょうね。この少年たちにとっては、我らのガキの時代の73系あたりが、205系や211系なんですね。りんかい線直通、というのは、湘南新宿ラインと並んで、首都圏交通事情の変化をまず最初に体現したように思います。その旗手、205系最後の1編成が、土曜日のベイエリアを今週も、ごく普通の表情で駈けていきます。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

久しぶりに、ニーナ

140621hacchonawate2.jpg
週末の近場鉄は、土曜の朝にちょっとゆっくり起きだして、ネットで貨物ガマの動きを確認することから始まります。天気は曇り、撮影ポイント選択の範囲は広がりますが、そうか、ニイニイは前日の甲種に入ったあと行方不明か、ロクヨンの原色は首都圏運用からは外れたのか、と今週末の首都圏はネタガマ不作のようです。

ニーナはどうした? 相変わらず、変運用に桃代走、複雑な行程でメインラインを往来しているようです。お、5070レ、東京へ上ってくる時刻は?……羽沢928、これなら今からでも間に合います。急いで乗換案内で検索して可能なポイントを探します。よし、スーパーマークの時に何度もカブられて苦杯をなめた八丁畷でワンショットと行きましょう。

ゼロロク、というEF66-0番台の呼び名も、すっかり定着しましたね。ニーナを筆頭に、復活ののちに活躍を続けるカマが9輌も存在することは、平成の世の小さな奇跡のように思います。スーパーライナーやブルトレの面影を今も感じられるのは、更新色の秀逸さと、活躍舞台が変わらないことにあるのでしょう。ご承知の通り、そう長く続くことではありません。編成切ってしまったこんな写真も、撮れるうちにいろいろ撮っておきたいと思います。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

三民再見

140607tamasato-sanmin5.jpg
今週は、近場鉄の週末でした。その報告は次回以降にさせていただくとして、最近はFBで台湾の鉄路迷の皆さんから、台東電化前の試運転列車や変則重連、はたまた新線をブッ飛ばすDR2700今日の1枚、なんていうのが刻々スマホに入ってきて、埼京線ハエ28編成待ってても、気が気ではありません。

7月16日のダイヤ改正まで、あと週末は3回かぁ……そのうち2回は金曜夜に仕事の予定が入っているのか、いやいや、やめておこう、もういいじゃないか(笑)旧線の最後まで立ち会うことができただけでも幸運だったのに、こうして切替の新旧の線路を同じ画面に記録することもできたのですから。。。

そういえば、今年の夏の集集線、南投火車好多節はどうなるのかな。デコイチの調子が悪いと聞きますが、え、まさかシゴナナじゃないよなあ、ほんとにそうだったら困るよなあ(爆)……これでは、きりがないので、この復興号の後ろ姿で、とりあえず、三民再見、です。さよならは再見、きっと再び会いましょう。こんな美しい外国語を、いまだに他には聞いたことがありません。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

電柱内側承知

140607tamasato-sanmin2.jpg
玉里へ向かう白鐡仔4連を見送ったところで意外や意外、、雲の合間から薄日が差してきました。このあと区間車、筥光号、復興号と連続する客レラッシュ、逆光側からの新アングルを考えていたのですが、そういうわけにはいかなくなりました。大急ぎで順光側へ移動、真新しい電柱が手前に写ることを承知で、アングルを探します。

そう、国内でもたまにありますよね。光線の都合でやむをえず電柱の内側から撮らざるを得ないケース。成田線や津軽線でもありましたし、架線柱ではありませんが、朝の津軽鉄道なども、そうですね。桜田順光もこのときばかりは痛し痒しで、シルエットならともかく、やはり光を浴びた側を優先することになります。

昨秋と比べると若干の時刻の変更があり、水色客車の区間車がまず最初にやってきました。空の色は曇り空のままですが、光の当たった線路面はほぼフル露出、ここもまた、架線と電柱が加わっただけで、第一級の撮影地であることは変わりません。三民で交換してやってくる筥光号も、しっかり電柱内側承知・サイドライトで待ち構えることにしました。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

白鐡仔ラストスパート

140607sanmin-tamasato1.jpg
翌朝(6/7)、夜明け前の玉里で両方向に待機する白鐡仔ことDR2700をスナップしたあと、豊坪渓橋の新線切替の終わった三民までの区間で、旧線の思い出を振り返りながら、10時過ぎの復興号まで、撮影することにしました。まさかまた食べることになると思わなかった朝食の魯肉飯、黄先生にしたがって店に入ると、おおアンタまた来たか、と指差されました(笑)

まず最初のターゲットは、DR2700が唯一、4連でやってくる8時前の普快4676次です。晴れたら旧線区間で後追いばかり撮っていた昨年の切替前でしたが、今日のような曇天にふさわしい新たなアングルが、新線の完成とともに出現しています。そうか、となると、ここは昼過ぎが順光になるのだな、7月16日のダイヤ改正までに、もう一度撮りたいのが人情ではないか(爆)

幸い、シルバーのクラシック・フェイスを先頭に、往年の特急気動車が、かつての駿足を彷彿させるようなスピードでブッ飛ばして来ました。台鉄では、このDR2700は4両を動態保存する計画だといいます。定期運用が終わったら、光華号のヘッドマーク付けて、8連のイベント運転とかやっていただけないものでしょうか。ま、その前にまず、新線ならではのアングルをしっかり開発することにいたしましょう。


テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

驟雨開車~冨里

140606tomisato1.jpg
日暮れとともに、夕立になりました。玉里で折り返してくる旧客代走の普快車が、同じく普快車のDR2700と交換する冨里で、何とか並びに近い写真が撮れないものか、真っ暗寸前の駅構外から、アングルを探しますが、折からの雨、それも時おり激しい夕立、驟雨とあって、なかなか上手くはいきません。

やがて入線してきた旧客2Bの短編成、先頭のDLはハイビームのままで、停車シーンの三脚撮影は諦めざるをえませんでした。あとは思いっきり感度を上げて、発車シーンを狙うしか方法はありません。我がK-3初のISO12800、シャッター速度は1/250、置きピンも含めて、ダメもとで連射しましょう。

その結果が、この1枚です。C社やN社のフルサイズなら、もっときれいに撮れるのかもしれませんが、我がPENTAXも、HOYAになったりリコーになったりしながら、よくぞここまで来たものです(笑)今夜の宿は、黄先生に予約していただいた、玉里駅前のいつもの旅社です。駅前食堂での夕食は、この日偶然鹿野渓橋からご一緒したSさんとの、楽しいひとときになりました。う~ん、これだから台湾鉄、やめられませんなあ!

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

復興号ラストスパート

140606umibata-sekiyama3.jpg
自強号をやり過ごして関山を発車した旧客を、昨秋と同じように海端陸橋の手前で撮り、今度は行き違いでやってくる台東行きの復興号を、陸橋の上で待ち構えます。台東線随一のお立ち台として有名なこのポイント、ポールと電線がアングルに加わったというだけで、超一級の撮影地として、しばらくその地位が変わることはなさそうです。

水色の爽やかな色合いの客車を連ねた台鉄の準急列車、復興号も、どうやら台東線では電化後のダイヤ改正で廃止されることになりそうです。区間車の短編成では残る? あるいは普快車の旧客の一部を置き換えるのでは? などと、台湾鉄路迷の皆さんは先刻ご承知かもしれませんが、海を隔てた日本鉄路迷は気が気ではありません。

いずれにせよ、旧型の客車や気動車のラスト・パラダイスは、あと1か月を切ってしまいました。そうだ、この陸橋の上からも、朝の順光では撮れていないよなあ。何せ、大昔、といってもほんの30年ほど前まで、ナローの客車や気動車がブッ飛ばしたという伝説の鉄路です。我々鉄路迷を捉えて離さない魔物が、電化直前の今も住んでいるようです。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

旧客と駅弁と温泉と

140606sekiyama-snap1.jpg
さて、電化前夜の台湾・台東線に時計の針を10日ばかり戻すことにいたしましょう。今回(6/6)は、初めて台北松山から空路で台東入り、笑顔で再会となった黄先生の計程車に出迎えていただき、結局、昨秋からずっと継続している旧客代走の普快車を追いながら、途中、自強号待避で小休止の関山に至りました。

自強号到着まであと数分、ホームで客車をいろいろスナップしていると、段ボールで風情はありませんが、駅弁を抱えた青年が地下道を渡ってホームに現われました。駅弁の博物館まである池上を筆頭に、花東線のこのあたりは、主要駅で駅弁がホーム売りもされています。そういえば、最近は某一般誌の鉄道特集に、台湾駅弁の旅、なんていうのも出ていました。私自身は池上と玉里は実食済みですが、ここ関山の駅弁はまだ食べてないなあ。

そして、韓国に代わってどうやら今年は台湾がキテいるみたいで、今日、書店では中年男性向け情報誌で「台湾温泉特集」を見かけましたし、某社女性週刊誌でも、近々、本格的な台湾特集があるそうな(笑)北部の北投あたりと並んで、温泉も実はこのあたりが密集地帯で、日本統治時代からの渋い木造の宿も残っているようです。翌日の早朝鉄を考えると、なかなか温泉泊りとシャレこめないのが、最後まで残念なことになりそうですなあ。。。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

Pトップ東京駅へ

140615tamachi2.jpg
ブルーのロクゴが続きます。今日(6/15)、JR東・横浜支社のイベントで東京~横須賀で旧客5輌がPトップと64センイチのPPで運転され、朝の東京入線場面だけでしたが、スナップしてきました。朝9時過ぎ、さながらブルトレ時代を思い出すような時間帯に、上り方に501号機! これは、品川~東京間でそれらしい写真をワンカットといきましょう。

ま、実は海側から何とか客車のサイドに光を当てて撮れないものか、いろいろロケハンをしたのですが、何せ海側に新幹線が並行し、昔は撮影可能だったビルの上階にも上がれず、万策尽きての原点、田町ホーム撮りです(笑)そうか、これなら、ブルトレ時代を偲ぶ光線ってことで、サイド潰れも説明がつきます(爆)

思い出してみると、70年代半ば、20系の撤退近い時代に、初めてこのホームで上りブルトレにカメラを向けました。大学入りたてだから季節は春ですが、それでもサイドが潰れていた記憶はないから、その日は曇っていたのでしょうね。思い出すなあ。青い機関車と青い客車。JR東にブルトレ編成があるうちに、一度ぐらい、あさかぜあたりのマーク付きで撮りたいなどと、妄想が広がるばかりでした。


テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

ニイニイ捕捉

140614kagohara1.jpg
台湾鉄の報告をお休みして、梅雨の合間の好天となった今日(6/14)の首都圏に舞台を移します。今度はまた、台湾鉄や正しい蒸機鉄の皆さんには何のこっちゃ?!って感じですが、ニイニイといっても、彰化か台中の動物園のパンダの名前ではありません。EF65PFニイニイ、今やわずか2輌となってしまったJR貨のPF原色機、2121号機のニックネームです。

改番前は1121号機、新製配置は下関で、長く西で活躍の後、貨物会社に移ってきました。もしかしたら、20系末期の臨時「あさかぜ」で上京したシーンを撮っているのかな。今度、古いポジを探してみましょう。ともあれ、JR東のPFはやや濃い目の土崎ブルーとなったいま、JR西のPFとともに、国鉄時代のPFの面影を色濃く残す、貴重な存在と言えましょう。

籠原手前のこのポイント、久しぶりに行きましたが、まったくといっていいほど、変わっていませんでした。曇りの日に、ロクイチのサロンそよかぜを撮ったり、今日のように晴れた午後、P535やF520の貨物を撮りました。雲がいささか多くなりましたが、今日は夕立はなさそうです。今も変わらぬ高崎線午後の貴重な順光ポイントを、満コンの2085レが颯爽と下って行きました。

彰化をめぐる鉄道 3

140607seiko1.jpg
追分、渓湖ときたあと、彰化をめぐる鉄道の第3幕は青空の二水に入線するCT273、となると綺麗にまとまるのですが、残念ながらそれはまた次回です。鉄路節の前々日(6/7)、雨の中を旧山線から帰ってきたCK124の回送列車で今回は納得することにいたしましょう。

コンプレッサーから軽く蒸気を吹き上げながら、CK124がファインダーに入ってきたとき、ヘッドマークがないのに気づきました。そう、台鉄イベント列車特有の、かつての釜石線みたいな(笑)大型のマーク。そうか、営業運転の終了後、外したのかと思いきや、何と、今回は本列車もヘッドマークなし!……う~ん、それなら、行けばよかった(爆)

都合のいいように解釈すれば、彰化の庫に復活蒸機が4両揃ったいま、ようやく本格的な鉄サービスも模索が始まったのかもしれません。6/9のシゴナナ復活運転のヘッドマークも、小ぶりのシンプルなデザインだったようです。そうなると、毎夏に運転される集集線の蒸気列車も、あらためて目が離せません。次回は必ずや、シゴナナの走行シーン邂逅を約して、電化直前の台東線に戻ることにいたしましょう。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

彰化をめぐる鉄道 2

140608keiko2.jpg
今回のシゴナナの運転区間、彰化~二水のほぼ中間の員林から西へバスで半時間、渓湖の製糖工場には、五分車と呼ばれるナローゲージの専用線が観光鉄道として残存し、動態保存されたベルギー製の蒸機が、遊覧客車を牽いて、もとはサトウキビを運んだフィールドを走っています。

そうか、このコンクリート舗装された側道が、かつてはフィールドに縦横に巡らされた支線のひとつだったのか……工場の門から出て、最初の踏切に来るだけでも、昔日のシュガートレイン全盛時代が偲ばれて、まるでインドネシアのスンバルハルジョにでもいる気分になります。

まだ訪問する機会がありませんが、台湾中部の虎尾には、DL使用ながら、今も現役の製糖工場の専用線があるといいます。シゴナナやデコイチ同様、70年代の戒厳令下、もしかして写真が撮れたら、凄かっただろうなあ。若かりし日のSバラさんの思い出を、今度の飲み会で、ぜひ聞いてみようと思います。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

彰化をめぐる鉄道

140608oiwake-daito1.jpg
たしか70年代初めのRJ誌で、毎月、広田さんの写真が表紙だった年があって、ED77か何か交流電機が表紙なのに、特集は「富士をめぐる鉄道」という号がありました。あの時代のRJ誌のタイトル、竹島さんがつけておられたのかな。何だかオシャレで、垢抜けていて、ガキ鉄は憧れの目で活字を見つめたものです。

シゴナナの待機する扇形庫をあとにしたとき、台北からの羽田便搭乗から逆算すると、4~5時間の時間がありました。そう、彰化をめぐる鉄道、これ、特集タイトルになりそうだなあ、なんて件のRJ誌を思い出しながら、朝飯に肉圓を頬張りながら、プランを立てました。台鉄の特急列車、海線の木造駅舎、そして渓湖糖廠の五分車。。。

この2月に初めて撮影した台湾特急電車の最古参、英国婆ことEMU100に次いで、同じく吊掛式の特急電車、1988年イタリア製、EMU300の自強号がちょうど昼過ぎに海線を下って彰化に到達します。おお、これは追分の木造駅舎とあわせてプランニングと行きましょう。急いでスマホで検索して撮影地を探すと、格好の片ポール・アウトカーブが見つかりました。駅からは得意の(笑)筆談タクシーチャーター、小雨が上がって薄日が差す中を、吊掛の特急電車がカーブを軋ませて、高速で通過していきました。

台湾シゴナナ

140607shoka2.jpg
昨日(6/9)の台湾鉄路節、彰化は梅雨の時期には珍しい晴れ渡った天気に恵まれたようです。その空の下、台湾のシゴナナこと、CT273号機が復活運転、いやあ、行きたかったなあ。前日まで彰化にいたのですからなおさらですが、週明けは休めません。またの機会を楽しみに待つことにいたしましょう。

直前まで何があるかわからないのが台湾の鉄路節、もしかしたら復活運転前日にどこかの駅で展示イベントがあるかも?と、電化直前の台東線撮影を兼ねて、週末、2泊3日で訪台と相成りました。結果、シゴナナは他にイベント出動もなく、彰化の庫で、こうして待機中の顔をスナップするのにとどまりました。

それにしても、カウキャッチャー付きのシゴナナ、微妙に日本とは違うという感じがして、いいですね。それでいて、こうして蒸機3輌が並んでいるのを見ると、大昔の梅小路みたいで、嬉しくなります。さながらCK124は入換用のC1196、CK101はj浜大津の入換から引退したハチロクでしょうか。そうだ、初めて梅小路に行った雨の日は、シゴナナは39号機が顔を出していたなあ。。。

クラの正面向かって左が、現役蒸機の修繕&ネグラになっているのも、現在の梅小路と変わりませんね。30数年ぶりに復活したシゴナナ、煙突がオリジナルより太いのでは?という指摘もありましたが、次回、走行を撮る機会があれば、しっかり確認させていただきましょう。それにしても、行きたかったなあ。梅雨空の合間の、パシフィックの力走。

旧一畑電鉄色


宍道湖に沿って松江に向かう北松江線には、その日(6/5)、同じ元・京王5000系リバイバルカラーでも、旧一畑電鉄色が運用されていました。風光明媚なところを走りながら、ほとんどの区間で国道が線路と湖水の間を並走し、なかなか走行写真の撮りずらい路線のようです。

その中で、ほとんど唯一の有名シチサン撮影地、長江駅近くの井上用水路沿いも、小雨に煙っていました。やがてやって来た旧一畑電鉄色、おお、これは渋い! 京王5000のフォルムとのバランスはさておき、そうだよなあ、昔、雑誌で見た一畑の電車、西武からの譲渡車とかは、みんなこの色だよなあ、と嬉しくなります。

ガキ鉄の時代、たまに買ってきたピクトリアル誌には、モノクロの地方私鉄の古い電車の写真がいっぱい並んでいて、風邪で学校を休んだ日などは、この電車とこの電車はどこがちがうのか、そうか、荷物改造車なのか、などと蒲団の中で納得したものです。

小田急ロマンスカー然り、最近ではキハ28/58以外への国鉄急行色然り。四国の新幹線0系まで行くと、ちょっとやり過ぎって気もしますが、本来の姿じゃないよなあ、と文句言ってたのも忘れて(笑)、色だけのリバイバル、これまたをかし、と思い始めた、雨の一畑でした。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

鳥居アングル

140605takahama-yokan2.jpg
川の跡と書いて、かわと。その周辺には、大寺、美談、遙堪と、雰囲気のあるいい駅名が連なっています。そして、川跡から出雲大社へ向かう大社線に入って、2つ目の遙堪(ようかん)の手前には、「一畑の鳥居アングル」として有名な、朱塗りの小ぶりな鳥居の続く参道がありました。

田圃と住宅地が混在する、いかにも日本の地方都市の郊外らしい風景に、いきなり登場するのが、この鳥居のゲートです。神話の里の神々しさとはちょっと違う、ニッポン珍百景、という感じでもあり、広角でファインダーに入れ込むのに苦労しますが、なかなか他では見られない、一種独特のアングルです。

ネットで秋の夕陽が当たってる写真を探し当てたのですが、綺麗だったなあ。やはり、雨もまたをかし、などというのは本意ではありません(爆)それにしてもこのアングル、晴れた日に、京王色、一畑色、南海色、はたまたデハ二まで、コンプリートしたくなりますなあ。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

京王カラーの行くところ 2~一畑

140605takahama-kawato1.jpg
しかし、今日(6/5)の赤社のシステムトラブル、大変でしたね。重量管理システム、なるほど、そりゃあ飛行機にとって大事ですね。ちょうど昨日から松江に出張中で、出雲からの帰りの便がはたしてまともに飛ぶのか……天候不良による前便引き返しも重なって、気が気ではありませんでしたが、何とか1時間半の遅れで羽田着、いやはや、お疲れさまでした。

空港へ行く前、少し時間があったので、一畑電鉄でスナップしてきました。ちょうど、京王カラーに復刻された旧5000系が、大社線のピストン運用に入っていて、富士急とは打って変わって、どことなく神話の里の雰囲気の漂う、雨の田園地帯をゆくクリーム色のリバイバル、今度はぜひ、桜田順光で撮りたいものです。

それにしても、初めて浜田のシゴナナを撮りに行った中学卒業時、40年以上前の春休み以来、山陰はいつも雨です。神様が八百万といわれるほどたくさんおられるから、今日は晴れで行こう、となかなか意見が一致しないのでしょうか。雨もまたをかし、というのは本意ではありませんが、今日は次回のロケハンのつもりで、出雲の国らしい雰囲気を狙ってみることにいたしましょう。

残された日々~トワイライト

130923yamazakiEF81114.jpg
鉄な皆さんすでにご承知の通り、トワイライトエクスプレスの来春廃止が、JR西から発表されました。わかってたこととはいえ、いよいよ国内最長距離を走る寝台特急の終焉です。それよりも関西人としてショックなのは、大阪駅や京都駅を発着する優等客車列車が、もう見られなくなる、という衝撃的な事実です。

在りし日の「日本海」と同じルートをたどるとはいえ、大阪発が午後、大阪着は白昼というのは、「関西ブルトレ」の伝統からちょっと外れたものでした。それでも、デビュー当初から「北斗星」を上回る車内設備を誇り、文字通り、日本海の夕陽を見ながら優雅にひた走るという設定は、「東京とは、ちょっと違いまっせ」という関西らしいプライドが見え隠れして、関西を裏切って東京に暮らす私などには、いささか面映ゆいながらも、何気に嬉しくなったりしたものです。

今でも時々思うのですが、あのまま関西の大学を出て、大阪か京都で就職していたら、どんな関西人になっていたのだろうか、と。ひくまさん、あるいはsomtamさんみたいに、同じように鉄していたかもしれませんが、今回のトワイライト廃止をどう受け止めたのでしょうか。皆さん、これからまた撮る機会が増えるのは当然として、一度はご家族孝行で、乗り鉄したりなさるのかなあ。今はただ、西と東のはざまで、過ぎ去った時間の大切さを、しみじみと噛みしめています。

赤羽線エレジー 2

140531jujo2.jpg
眼前を電車が通過して、踏切が開くと、振り向きざまに停車中を後追いでワンカット、となるのは、最近では池上線の戸越銀座や御嶽山でクラシックよく撮ったパターンです。そうだ、数年前を思い出すと、青梅線の地元の駅で、senrobataさんがよく201系をこのパターンで撮っておられたかな(笑)いずれにせよ、このアングル、小道具は必ず、古いホームか跨線橋ですね。

こうした古い跨線橋、南武線や横浜線の駅にもあるのでしょうね。いつの時代も、メインラインから流れてきて、最後の活躍を続ける旧世代の電車を温かく見守っている、大げさに言うと、そんな感じがします。その中でも、ここ十条駅は渋いよなあ。ロータリーのあるメインの西口から入って、池袋・新宿方面に乗るには、今も、この昭和の跨線橋を渡る必要があるのですから。。

ほんとうは後追いで、テールライトも撮りたかったのですが、対向の川越行が接近し、そのアングルは次回の宿題となってしまいました。それどころか、同じ205系でも馴染みがないからそっちはいいや、と思っていた横浜線へも、古い跨線橋やホームを探しに行ってみようかなあ、と思い始めてしまったのでした。

赤羽線エレジー

140531jujo1.jpg
埼京線205系、ハエ28編成が「ありがとう」マークを外してもう3か月、まだまだ運用に入っています。それも、GW明けは毎週土曜日、決まったように05運用。新木場~川越を走破する快速の合間に、昼にりんかい線内を往復、夕方からは新宿~赤羽とピストンして、21時過ぎに都心を離れて川越へ帰っていきます。

数年前の201系トタH7編成を思い出します。そういえば、ずっと新しい電車ですが、京葉線にも209系が1編成、しぶとく残っていて、昨日は誉田までの運用に入ったと話題のようです。予備編成のやり繰りの都合で、こうして最後の力走を続ける旧世代の電車。何だか普通っぽくて、さりげなくて、いいですなあ。

101系や103系がわずかな区間を往復した時代の面影が、この沿線には微妙に残っているようです。中央線に住んでた若かりし頃、2度の乗換えに辟易しながらも、東京にもこんな路線があるのだなあ、と見知らぬ商店街を車窓から覗き込んだものです。そうだ、今も池袋~赤羽間の正式名称は、変わらず赤羽線、なんですね。

先日、十条商店街をうろうろしたときに、このアングルで一度撮ろうと企んでいました。スナック天国、どんな店なんだ、ほぼ想像はつくような気はしますが。延命堂かぁ、ハエ28編成も漢方薬か何か飲んでいるのかな(笑)ほんとうは夕暮れの雰囲気がいいけれど、今日(5/31)はバリ順で我慢しましょう?! 到来した夏の暑さとともに、ご覧のように、コントラストの強い影が伸び始めています。
プロフィール

品川530

Author:品川530
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR