海風

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「海風」といえば、風の後半のアップテンポの名曲で、今でも正やんのコンサートのアンコールの少し前、ちょっととうのたった客席の皆さんが盛り上がるのに欠かせないナンバーですが、府屋での短い停車の後、海辺の街並みをバックにしたアングルもまた、海風で煙が手前に倒れました。

でも、これまた、ガキ鉄の時代のリベンジが果たせたようで、いい気分でした。いかにも日本海側、という屋根の連なる街、いちばん手前の、屋根の上に石?が積まれた家などは、現役蒸樹の時代から、羽越路のイメージそのものでした。山陰本線の米子管内でも同じような「家並みの向こうに日本海」というアングルがありましたが、やはり本場はこのあたりです。笹川流れには、かないません(笑)

逆光のままなら、家々の屋根が光るところですが、薄曇りになったおかげで、カマや列車がちゃんと引き立つ結果になりました。庄内平野を行くシゴナナも気になるところですが、羽越線ビギナーには上出来の結果と納得してここで終了、来た道を新潟へ戻ることにしました。

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羽越路のパシフィック

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村上を昼に発車して、午後の日本海沿いを酒田へ向かう「SLうまさぎっしり庄内号」は、海バックのアングルではほぼ逆光となり、回復した空模様がちょっと裏目となりました。たしかに、昔から、順光の写真は見たことなかったなあ。かといって逆光でもなく、曇りの写真が多かったような、、、そして、煙はいつも、海風に煽られて手前に倒れているか、もしくは今でいうスカだったように思います。

昭和47年、1号機の御召直後、ちょうど今頃の季節のRF誌で「羽越路のパシフィック回想記」と題して、C51以来の新潟のカマたちの集大成的な記事があったと記憶しています。その前年、1日だけ笹川流れを訪れていましたが、荷2048レでやってきた1号機は、巻き上げ不良でシャッターがおりず……自分は満足に撮らないまま、ここのシゴナナは終わってしまったのだなあ、と何度もそのRF誌のページを繰っていました。

そして、平成の180号機もまた、間島ではスカ、府屋ではご覧のように煙が倒れました。でも、40年前に撮りたかったアングルが撮れたというだけで、感慨深いものがありました。羽越路のパシフィック、その言葉の響きに憧れたガキ鉄の時代が、海の向こうにぽっかり浮かんでいるようでした。

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追憶~昭和47年御召

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先週末は、羽越本線の海沿い区間で運転された「SLうまさぎっしり庄内号」に出動しました。笹川流れには、蒸機現役時代以来、何と40年ぶりの訪問です。いつも磐西行きで乗る、東京発700、Maxとき303号で新潟へ。すぐにレンタカーを借りて、まずは村上までの回送区間で、EF81+C57を待ち構えました。

新津~村上といえば、昭和47年5月、C571号機による御召列車が走った区間です。京都の高校生の身で、もちろん出撃はかないませんでしたが、雨のそぼ降る平野部を走る写真や、新津の機関区で御召装備でたたずむ1号機の美しい姿は、当時の鉄雑誌で、まさに穴のあくほど眺めたものです。

その御召牽引を前に、土崎工場へ入場した1号機は、正面ナンバープレートの位置がぐっと下へ移動して、顔つきがかなり変わったのに驚いたのを覚えています。そういえば、やまぐちで一度はやってほしいなあ、形式なしプレートで、昭和47年御召仕様。ちなみに、180号機はすでに小学校の校庭に入って、火を落とした後のことでした。

平木田の先で、ここで御召を撮ればよかっただろうなあ、という森バックのポイントが見つかりました。羽越電化の直前、あまり電蒸運転は行われなかったようですが、ちょうどC571御召運転の頃は、まさに日本列島を縦断する鉄道網が電化で繋がれる時代でした。御召直前までの新津区の最後のシゴナナ定期運用には、たしか村上往復の区間運用もありました。いつか来た道を走る180号機は、EF81に先導されて、まだ控えめな走りを見せていました。

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夕暮れ時はさびしそう

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東北に憧れた英国在住・元関西人Yoshiから、再びメールが届きました。岩手といえばもうひとつ、NSP、知ってますか?……はい、知ってますとも(笑)ただ、岩手は一ノ関の高校の同級生が結成したバンドとは知らなかったなあ。そして、もうひとつ。姫神と同じように、リーダーがすでにこの世を去っていることも。。。

名曲「夕暮れ時はさびしそう」は、一ノ関のどこかの川辺を歌ったものなのでしょう。今日(6/23)、東北新幹線の開業30周年の記念列車が運転されましたが、1982年の開業時に新幹線「やまびこ」のイメージソングを作って歌ったのもNSPだったといいます。宮沢賢治から、姫神、NSP、、、最近まで遠い存在だった岩手の風景が、詩歌や旋律に託されて、しみじみと心に迫るようになりました。

花巻から東北本線に入った「SL銀河ドリーム号」は、夕闇の迫る架線下を北上へ、そして列車名を「SLイーハトーブ号」に変えて一ノ関へ向かいます。なかなか夕陽ギラリには恵まれませんでしたが、最終日は小雨が上がって列車の通過後、虹が出たといいます。次の機会には、素晴らしい岩手の夕暮れ時を期待して、北上から、東京行き「はやて」に身をまかせることにいたしましょう。


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姫神~遠い日 風はあおあお

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花巻の風景はイギリス?なんて知ったふりしてキャプション書くと、イギリス在住のYoshiから、すぐにメールが届きました。こちらも、大阪は天王寺出身の割に知ったふりして(笑)、水田がなければたしかにそうだと、、、で、文末にありました、岩手といえば、姫神せんせいしょん、知ってますか?と。

はい、知ってますとも。関西人にとっては遠い遠い東北の地、姫神も白神も同じようなイメージでしたが(笑)、心に響くシンセの音、フォークやロックばかり聞いていた20歳過ぎには妙に新鮮かつ敬虔で、なんだったか忘れましたが、当時のテレビの旅番組のバックによく嵌っていたのを思い出します。

Youtubeで「遠い日 風はあおあお」を久しぶりに聴きました。ウィキで検索したところ、リーダーの星さんは数年前に亡くなられ、今は息子さんが姫神を引き継いでいるそうです。初夏6月、青々とした大地に風が吹き抜け、峠を越えてきたデコイチが、安堵の表情でゆっくりとカーブを回ってきました。

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三重連~もうひとつの大ネタ

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今回の釜石線蒸機運転で、一部ネタ鉄やDLファンの皆さんの間で大いに注目を集めたのが、上り9624レの仙人峠越えに出現した、DE10+DE10+D51の三重連でした。純粋蒸機オジサンなら忌避すべきこの編成、当方はもちろん大歓迎(笑)、引きのとれない山間部でどう撮ろうかと、アングル探しを楽しむこととなりました。

まずは陸中大橋で連結前の入換シーンを撮るのが定番ですが、あとは足ヶ瀬の到着ぐらいしか思いつきません。最初に上り列車を撮ったときはこのコースでまずは定番カットを押さえましたが、翌週は、仙人峠道路の開通により、の上有住通過に間に合うのでは?というところに思い至りました。

やはり同じ考えの鉄な方はいらっしゃるもので、大松カーブから数台が連なって、山間の小駅、上有住に到着。カミアリスミではなく、カミアリス。読み方自体が、微妙にいい感じです。ご覧のように、側線1線ぶんのわずかな引きですが、何とか編成写真といえるアングルを確保することができました。

この区間、トンネルの壁面からDLの排気で落下する現役蒸機時代の煙の煤で、D51のナンバーや煙室扉、ヘッドマークは物凄い汚れ方になります。本運転ではナンバーとヘッドマークに覆いの紙(布?)が貼られましたが、40年以上前の煤煙が固まって落ちてくるなんて、それだけで、とてつもなく、いい話ではありませんか。釜石線の煙の歴史を背負いながら、三重連が速度を上げて、峠を駆け下りていきます。

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遠野、馬の里

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今夜の東京は、台風の通過で強い風雨に見舞われています。さすがに近所の飲みメシを早めに切り上げて帰宅しましたが、釜石本運転2週目の土曜日(6/9)もまた、小雨のち本降りの悪天候に往生することになりました。撮影意欲の極端に減退する中、このカットをものすることができたのは、まさに偶然中の偶然でした。

試運転の時に、逆光ながらオーソドックスなアングルを得られた岩手二日町手前の田園地帯。この日も、めがね橋から何とか間に合って、手持ちでアングルを選んだ時には、すでに遠くにデコイチの汽笛が聞こえました。で、ファインダーにデコイチが入ってきた、まさにそのときです。同時に、並走する戦装束(?)の馬が連なって、これまたファインダーに入ってきたのです。

正直言って、最初は何が起こったのか、わかりませんでした。ここは迷わず、アングルをキープするのにやっとで、同行の鉄人騎士さんのように、馬と12系をズーミングして撮るなんて、とても考えが及ばなかったなあ(笑)

柳田国男が民話を収集する前の遠野は、奥深い山村のイメージでしたが、実は江戸時代から、三陸海岸と内陸部の中間にあって、馬を使った交通の要所だったといいます。今も生活馬の歴史を踏まえて競走馬を養成する、馬の里なんですね。そんな遠野らしい1枚を得られた僥倖を、いにしえの山の神に感謝しなければいけないようです。

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釜石再見

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昨日(6/17)、本運転の終了した東北~釜石線のD51ですが、結局、本運転にも2度、出動しました。最終週は復路の上りのみの撮影でしたが、いくつか撮り残したカットのリベンジをそれなりに果たして、ここ最近の通例となった、はやて110号で暮れなずむ新幹線の車窓を愛でながら、帰ってきました。

今回も釜石のホテルがとれず、三陸本場の居酒屋鉄は結局果たせませんでした。その前週、初めて釜石に入って、1年経って初めて実見した、津波にあらわれた被災地の風景……今頃になって、とやかくいうのはやめておきます。でも、来年デコイチの運転があったら、今度は必ず釜石に泊りましょう。橋上市場も新しくなってしまいましたが、きっと1年後なら、居酒屋の元気も復活していると信じたい今日この頃です。

昨日のリベンジは、仙人峠の釜石側、通称・大松カーブからスタートしました。前週は雨で空転を繰り返し、歩くような速度と爆煙で上っていったという、釜石線きっての難所です。夜半からの雨がやみ、時折日差しも差すなか、ほぼ無風の好条件の下、初夏の緑によく似合う真っ直ぐな黒煙を噴き上げた498号機が、今日は走るぐらいの(?!)しっかりした足どりで、山あいのカーブを描いてきました。

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遠野盆地から仙人峠へ

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宮沢賢治のイーハトーブ・花巻から、試運転列車の舞台は柳田国男の民俗学の里・遠野にその轍を移していきます。めがね橋を渡ってしばらくの勾配を登りきると、あとは遠野盆地に入ってひたすら下り、古い跨線橋の残る遠野の駅で45分の小休止、今度は仙人峠に向かって、登り勾配が続きます。

今回のダイヤでは、平倉のあたりで1回撮って、足ヶ瀬の停車中に追い抜いて、構内外れの踏切で発車を撮るのが定番コースになっていました。この後、サミットまでは切通しとトンネルになってしまうため、狭いスペースに鉄が集中します。この日(5/20)も、現場でお会いしたアルゼンチン帰りの(笑)Tさんの脚立に片足をかけさせていただいて何とか撮影です。Tさんありがとう、今度ビールでお返ししますって、あまりお飲みにならないですよね、どうしましょう(爆)

大学の時になぜか民俗学に興味を抱いた時期があって、「遠野物語」を初めて読みました。河童や天狗、妖怪が出てきて、民話の世界とは実はおどろおどろしいものだなあ、と驚いたものでした。もちろん現在の遠野のあちこちにそうした雰囲気の名所が残っていますが、バイパスの道路沿いに並ぶ商業施設は、どこにでもあるような地方都市のそれで、ちょっと拍子抜けしたりもしました。

閑話休題。5月の試運転のときはこうして緑萌える発車シーンに瞠目しましたが、6月の本運転は雨、暗い峠路に天まで届くような爆煙の下、空転を繰り返すデコイチの息吹が山あいに響いています。いずれにせよ、週ごとにさまざまな表情を見せる、ここ足ヶ瀬の発車は、今回の運転のハイライトになりそうな感じです。

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つわものどもの平泉

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試運転初日に撮影に行って、たまたまその翌週に全キャン連のM氏と宮沢賢治の朗読劇を観て、高校生の時に読んだ「注文の多い料理店」などを懐かしく思い出しているうちに、翌週日曜の試運転に、再度の出動を決めました。その間、デコイチのブレーキ故障により一度試運転が中止になり心配されましたが、好天の下、こうして川風に煙を巻かれることなく堂々の登場、うれしかったなあ。

ここ平泉のスターター・ポイントは世界遺産の中尊寺や、源義経終焉の地といわれる衣川の義経堂からもほど近く、ガキの頃にNHK大河ドラマで日本人の必須感情、判官贔屓を刷り込まれた自分などは、こうして関係ない目的でその近くにいるだけでも、弁慶仁王立ちのシーンが脳裏に甦ってきます。

そして、昭和の一ノ関の機関区には、たしか盛岡電化までD62が集結し、最後の日々を過ごしていました。夏草の季節には少し早いけれど、幾多のつわものどもの夢の跡を踏みしめるように、平成のヨンキュッパが釜石を目指して、北上川の段丘を駆け抜けていきます。

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花巻はイギリス?!

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件の宮沢賢治の朗読劇、私が行った回は、たまたま伊藤蘭さんの出演でした。となると、全キャン連の出番です。地元の近所の友人でキャンディーズ命の某M氏と幕間に遭遇、なんとなんとそれに同行してしまった妻君と結局3人で、三軒茶屋で行った居酒屋、楽しかったなあ(笑)

賢治が北上川流域の風景を称して「イギリス海岸」といったのはイーハトーブな岩手の中でも、重要なファクターに違いありませんが、川ではなく棚田チックな風景にも、十分イギリス的な雰囲気が感じられたように思います。この緑の山野と、散在する木々の感じが、2年前、イギリス在住Yoshiさんに連れて行っていただいた、彼の地の保存鉄道の風景に、どことなく重なるものがありました。

5月の半ばを過ぎても、遠くの山々は、ご覧のようにまだ雪に抱かれていました。無理せず、さりげなく、自然のままに。ある意味、開き直ろうではありませんか。この週末も続くD51の運転ですが、理想郷の原風景を行く姿に、いくつもの歴史、いくつもの人生が、重なって見えます。

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岩手、イーハトーブへ

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この週末は、デコイチ本運転真っ盛りの釜石線に行ってきました。あいにくの雨模様でしたが、さすがJR東管内きっての非電化の人気路線、イーハトーブの山野を走る素晴らしいシーンの数々と、ついでに遠野の居酒屋も堪能させていただきました。ご報告が遅れていた5月の試運転と合わせて、しばらくおつきあいいただきたいと思います。

たまたま先月、宮沢賢治の作品を朗読する舞台を拝見する機会があったのですが、「銀河鉄道の夜」のモチーフになったといわれる、ここ宮守のめがね橋を渡るデコイチの雄姿に、連日、多くのギャラリーが集まりました。夜にはライトアップされることもあるという優美な橋桁の曲線、こうして昼間に撮影するだけでも十分魅力的なポイントですが、いつか夜にバルブしたいと思うのもまた人情というものですね(笑)

好天に恵まれた試運転初日(5/13)、まずは順光側からの後追いカットを押さえました。8年ぶりの釜石線での蒸機運転、初訪問の私には、興奮頂に達する光景です。ところが、この列車の終着駅の街には今も瓦礫が残っていること、さらに、宮沢賢治の生年と没年にもまた津波や地震があったことを知るにつれて、イーハトーブ~理想郷の意味の深さに、思いを馳せざるをえませんでした。

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街はずれの鉄橋~下呂

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仕事の会合で、下呂温泉に行ってきました。名古屋で「ワイドビューひだ」に乗り換えて、高山本線の車窓を楽しみながら下呂へ。実はこのエリア、我が鉄的人生でもすっぽり抜けていました。富山口はキハ58終末期に通いましたが、岐阜口は乗るのも30数年ぶりで、撮ったことはまったくないという空白地帯でした。

キハ82の「ひだ」や28・58のDC急行も今は昔、最近登場したキハ40の朱&クリームのツートンカラーが、撮り鉄的には興味津々です。これ、国鉄色と思いきや、キハ40はすべてタラコでしたから、リバイバルともいえない「国鉄色もどき」です。ところが、山と谷を縫って走る高山線の風景に溶け込んでいる写真を見ると、悪くないかもなあ、と心ひそかに思っていました。

先日、上京されたひくまさんと杯を傾けたときに、彼が最近高山本線へ通っているのを聞き、あ、そうそう、今度、1泊で下呂へ行きます、でも運用わからないしなあ……と言うと、地元カメラ店のブログに目撃&予想情報が載っているのを教えていただきました。検索すると、すぐありました、カメラのキタムラ・高山桐生店さまのブログ、その名も「それ行け、高山鉄道部!」……HNちぢぃさま、お疲れさまです&ありがとうございます(笑)

風呂も料理も、下呂でも一流のいい宿でした。宴会が終わって、蒲団に入る前にスマホでそのブログを見ると、美濃太田から朝イチの猪谷行きに、3両のうちの2両が運用される予定になっていました。宿での朝食前の散歩にちょうどいい通過時刻で、温泉街のはずれの鉄橋まで歩いていって、仰ぎ気味のアングルを選びました。今回は温泉旅館の建物をファインダーからアウトさせましたが、後で検索かけてみると、旅館の部屋から俯瞰できるケースも多いようで、今回の宿から線路が見えなかったのをちょっぴり残念に思う今日この頃でした(笑)





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N電レプリカ鉄?!

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京都では嵯峨野観光鉄道の19世紀ホールに遅まきながら初めて行って、D51603の頭だけを見てきました。その後は、山陰線に一駅乗って、太秦映画村へ。物置と化して消息不明となっていた京都市電1818号の実在を幸運にも確認し、2000円の入場料の元は何とかとりました(笑)

しかし、さすが日本映画の殿堂、東映京都撮影所です。明治の街角を模したセットのところに、N電のレプリカが鎮座しているのです。全長が半分くらい?に縮小されているようですが、いやはや、よくできています。大道具の技を磨いた撮影所ならでは、今度はカマと客車ぐらい作っていただきたい(爆)

そういえば、明治村のN電と蒸機が長期運休に入って1年以上が経過しましたが、その後の状況はどうなのでしょうか。N電は京都市内に保存例がいくつもあり、梅小路では動態運転が継続されていますが、海の向こうのアメリカにもいまだに動態保存車が走っていると聞くと驚きます。いつか行きたいなあ、阪堺から行った1800と併せて。。。

京都駅、本線下り

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今週末は、大阪へきたやまおさむ先生のライブに行ってきました。昨年夏でひとまず終了した「宵宵山~」の流れを汲んで高石さん、二郎さんに加えて、復帰の城田さんらが登場、あっと驚くリハビリ中の永六輔さん飛び入りもあって、まるで円山音楽堂の夏を屋内に持ってきて趣向をいい感じで変えたような、楽しくもやがてをかしき2時間半を過ごしてきました。

夜は京都の実家に泊まりましたが、ここのところ、行くたびに京都市内の街の風景の変化のスピードが速くなっているような気がします。いや、こちらが年とったからだけなのかもしれませんが、ついこの間まで、古い家並みがあったところに、どこにでもあるようなマンションやショッピングビルが建っている……京都を離れて幾星霜、長いため息を何度もつかざるをえないのです。

今日の昼過ぎ、新幹線で東京へ戻る前、ふと思い立って、京都駅の在来線、東海道下りホームに降りてみました。今は南紀、鳥取方面への特急が主力ですが、大阪止まりの長距離列車や、東海道の貨物列車がここを通っていくことは、昔と変わりません。そういえば、その昔はゴハチの荷物列車も、このホームの主役でした。ガキの頃、浜松の60番がいきなり入ってきて、全速力で先端まで走っていったこともありました。

駅ビルは思いっきり変容してしまった京都駅ですが、山陰線ホームなどを除いて、ホームの躯体はほとんど変わっておらず、今でも微妙にほっとする雰囲気が残っています。おりしも、2日に一度ではありますが、ここを定期的に発着する最後の客車列車が、長い旅の疲れも見せず、颯爽と入線してきました。

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Author:品川530
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