行こうぞ東北

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明日からのGW、前半の鉄は先週末の続き、いよいよ桜前線到達というわけで、磐西から始めようと思います。咲花温泉のおかみ日記には、見事な桜の写真がすでにアップされていて、さらに進んで鹿瀬は? 上野尻は? 喜多方は?……桜街道を行くシゴナナに思いを馳せ、好天の予報に心躍るゴールデンウィーク前夜です。

先週末(4/21)、返しの8233レも山バックを狙って、ここ松野踏切からスタートしました。塩川のあたりでは、ほんのわずか、咲き始めた桜を見かけましたが、喜多方は三洋電子もまだ蕾以前という桜未満な状態、舞台田にも松野にも鉄の姿はまばらで、のんびり山を眺めてシゴナナを待つ小一時間の心地よかったこと。。。

その磐西が、おそらく明日は多くの鉄で賑わうことしょうね。いや、ネタ鉄の皆さんは臨時の「日本海」かな? そうそう、それも撮らなくてはいけませんね(笑)ゴールデンウィーク前半3連休、磐西から羽越、奥羽の遅い春を楽しみながら、うろうろしてこようと思います。



飯豊連峰春景色

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今日は手持ちの気楽さであっという間に撤収して、日出谷でわずかな停車のシゴナナを横目に、先を急ぎます。この交通量、撮り鉄の量なら、いつもはなかなか困難な、上野尻への追っかけも、可能性がありそうです。行く手の西会津、こちらも予報は晴れマーク、バックの飯豊連峰が靄で霞んでいないか、あとはそれだけが心配でした。

上野尻、何とか間に合いました。飯豊連峰もほんの少し靄っているものの、雪を被ったままの美しい山脈が、あと数分でやってくるシゴナナを、昔と同じように、迎えてくれるはずです。そう、磐西の180号機、何が素晴らしいかというと、何といっても、遠い現役時代に、ずっとここを走っていた機関車なんです。昭和30年代も、40年代も、今日のように晴れ渡った春の日、茶色い客車を牽いて、飯豊連峰に抱かれるように走っていたのですね。

本来は下り勾配で煙スカもやむをえないこの場所で、ガキの頃と同じように(笑)接近する列車にこちらの存在を示すがごとくに手を振ると、煙突から煙が上がりました。偶然かもしれませんが、こういうのって、いいなあ、と思います。撮り鉄もまだまだ捨てたもんじゃないなあと思います。感謝の気持をこめて、真横を過ぎ去るキャブに敬礼すると、カタチもタイミングも見事に決まった敬礼が返ってきました。

平瀬絶景

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鹿瀬小学校脇の桜が咲いていないのを一応確認して、10分と少し前に平瀬に到着しました。待ち構える鉄のクルマもやっと10台というところでしょうか。今年も、山里の遅い春の到来を寿ぐかのように、素晴らしい山容が眼前に広がっていて、絶景とはこういうものをいうんだなあ、と思わず息をのみます。

早速、いつもの50~70mmアングルに構えようとすると、なぜか今日は鉄がまばらで、踏切至近のカブリツキに集中しています。そういえば今年の写真はカブリツキが多いなあ、とふと思い出しますが、たしかに何かがおかしい……シャッターチャンスの線路際に何やら新しい棒が立っているのに気づくのに、1分ほどかかりました(笑)

急いで踏切際に移動し、大きな距離標識が列車にかからない位置を何とか探したそのとき、平瀬トンネルを抜けたシゴナナの短い汽笛が聞こえ、軽やかな足どりで、絶景のファインダーの中を迫ってきました。気温が上がって煙が少ないけど、まあこれぐらいは良しとしましょう。山肌に雪の残るこの時期は、磐西の山々が最も美しい季節といえるのではないでしょうか。これワンショット撮れただけで、桜の前にやってきた甲斐があったというものではありませんか!

磐西の遅い春

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ということで予告通り(笑)、昨日(4/21)は磐西に行ってきました。今年の初ばん物、昨年はDD重連のガソリン物語号が悲壮な雰囲気で走っていたのかと思うと、あれから1年経ったことが、まだどこかで信じられない気持です。例年ならばそろそろ桜も始まりそうな時期、咲花温泉の若女将日記を毎日チェックして、まだまだ蕾ということはわかっていました。でも、全国的な曇り/雨予報の中で、新潟下越と福島会津だけが終日晴れ予報……シゴナナ会いたや、桜はまだか、と、はやる気持を押さえきれずに、東京発700、いつものMaxとき303号で新潟へ向かいました。

新潟市内ではそれなりに咲いていた桜も、磐越道を安田ICで下りる頃には、ポツリポツリと時折見かける程度。咲花はもちろん、もしかして…と密かに期待していた馬下の桜も、かろうじてピンクの色を帯び始めた段階でした。桜をあきらめて、五泉の鉄橋に向かおうとすると、猿和田あたりから、けっこう咲いています。そうか、磐西の桜前線、有名ポイントの手前までは来ているのか、惜しい!(笑)

鉄橋の先、猿和田の手前で何とか桜を入れ込んだアングルを確保しました。編成の後ろが見えない? 工事のクルマが隠せてない? これでも、努力したんです(爆)今日だけは、磐西に遅い春の到来ってことで、許してください。心地よい雰囲気の白煙を軽くたなびかせてシゴナナが通過して、ふと行く手の山のほうを見ると、朝は靄っていた稜線や雪の残る山肌がくっきりと出ていました。よし、今日は山バックで行きます。となれば、次は平瀬あたりかな。桜がまだということで、今日は鉄も少なそうです。では、のんびり急いで(笑)、いつものように、追っかけの流れに乗りましょう。

桜、テキに間に合わず

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先週末の土曜日(4/14)、えちぜん鉄道の永平寺口では、ラッセル用の凸型電機、テキ521+522を主役にした地域活性化のイベントが行われました。通常ダイヤの空き時間に、テキ重連を桜並木とクロスする鉄橋に停車させて撮影タイムを設けるという、粋なプランニング。冬季でも撮影にはハードルの高いテキを、雪はないとはいうものの、春の絶好のロケーションで撮影できるというイベントでした。

例年の満開の時期に合わせた日程でしたが、残念ながら今年の桜は遅咲きで、ご覧のようにかろうじてピンクに色づき始めたところで、当日を迎えてしまいました。実は前日、地元の観光協会に開花状況を電話で問い合わせたのですが、「まだかろうじて咲き始め、ってところなんです。あ、でも、来ていただけますよね」……ご担当は半分、泣き声でした。こりゃあ、行かないわけにはまいりませんなあ(笑)

というわけで、桜は間に合いませんでしたが、永平寺口の古い駅舎では、地元の女子高生のブラスバンドが入って、ファンファーレとともにテキにシャンパンをかけるなど、心温まる、いいイベントでした。予報より早く天気が回復、午後の運転では日が差して、桜も朝よりはだいぶほころんだようでした。えちぜんの桜はまた来年を期待して、鉄な桜前線は、いよいよ、もうひとつのシゴナナ桜街道、磐西に移ります。

シゴナナ集煙考

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やはり、しだれ桜帰りのクルマで国道の交通量はやや多く、長門峡には9522レに数分の遅れで間に合わず、いつもなら篠目の発車に駆けつけるところですが、今日は桜鉄に徹底しましょう。篠目の駅への小道を左折せず直進、葉桜がホームに残る大歳に直行することにしました。

10分前に何とか到着、いつの間にか、空はすっかり晴れあがっていて、素晴らしい光線の下、シゴナナの入線を待つばかりとなっていました。葉桜をバックにやってきた1号機は、交換の特急を待つために、しばしの小休止、何度か秋に出現した「真っ黒」スタイルに比べると、金帯や縁取り、白線が気になりますが、ずっと集煙装置を付けているのが当たり前だった時代から考えると、夢のような、美しいいでたちです。

9年前の桜の季節、集煙なしのスタイルは、メモリアル運行で限定で出現した、きわめてレアなものとして、この2日間だけかもしれない?!という緊張感で撮影したのを思い出します。その後、徐々に集煙なしで運転される期間が増えて、ここ数年は半々ぐらいでしょうか。あれほど嫌われた集煙付のいでたちも、「やまぐち運転当初のオリジナル」として、鉄の間で風変わりな(笑)評価を得るに至りました。

ステンレスの気動車特急が見えなくなると、ゆっくりとシゴナナが終着駅に向けて、動き出しました。次にやまぐちに来るのは、水鏡の頃あたりでしょうか。このカマとの付き合いも、40年になりました。元気で走ってくれよ、と再会を約して、春の夕暮れに光る後ろ姿を見送りました。

花見のあとの寂しさは

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津和野では、もしかしたら♪城址から見下ろせば~♪のお城に登って、街と桜、やまぐち号を絡めて撮ろうかと思っていましたが、肝心の川沿いの桜がすっかり散ってしまっていて、断念。奥に入って白井方面も考えたのですが、あとの追っかけを考えると、徳佐へ戻って、素直に駅の発車を狙うことにしました。

この街の桜の名所、八幡宮のしだれ桜が、この日、満開から散り始めを迎えていました。花見最後の週末に繰り出した地元近郊の人たちで、国道9号は時ならぬ局地的渋滞で、上下列車とも2回ずつ、という(自分には珍しい…笑)堅実な策をとらざるをえませんでした。国道とクロスする桜のトンネルは、今年最後の桜を名残惜しそうに楽しむ老若男女で賑わっていて、遠来のただの撮り鉄の心も和みます。

15時41分、花見帰りの人々の待つ島式ホームに、シゴナナが姿を見せました。駅構内の桜を指さしながら、これまた名残惜しそうに談笑していた人々の姿がみんな列車内に消えてしまうと、煙が上がり、すぐに発車時刻です。そのとき、この駅で降りた2人連れの女性が、全速力でシゴナナの横まで走ってくるのが、ファインダーの中に見えました(泣)

あ~あ、桜田順光台無しかぁ~~、鉄じゃないから、オブジェ、オブジェ!(笑)まあいいか……と思って連写モードに入ったとき、1枚ケータイで撮ったら、二人はすぐに踵を返して、いい感じの後ろ姿になってくれました。阿東路は、この日で今年の桜もほぼ終わります。花見のあとの寂しさを愛でるような艶やかさで、我らが美しきパシフィックが、散り始めの桜の駅を発車していきます。

9年ぶりの桜やまぐち

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昨日(4/15)は、急に思い立って、山口に行ってきました。もちろん、今年初のシゴナナやまぐち号、桜の季節となると、実に9年ぶりになります。2003年4月の山口線80周年記念で、当時にしては珍しくシゴナナが集煙装置なしで運転されて以来です。その後、この季節は意外と集煙が付くことも多く、出撃機会がありませんでした。

大歳~矢原の短い鉄橋の桜は、先週末が盛りだったことをネット情報から知ってはいました。それでも、やまぐち号の桜追っかけといえば、このあたりからスタートするのが常道というもの、昔、何度か発車を撮った、大歳の山口方の桜の木が跡形もなくなくなっていたのには驚きましたが、ホーム隣接の桜並木は、はらはらとした桜吹雪の一歩手前で、シゴナナの通過シーンに絡めることができました。

次はやはり、長門峡でしょう。予想通りのほぼ満開、線路を挟んで両サイドの桜を入れ込んだアングルを確保、あとはシゴナナの到着~発車を待つばかりとなったのですが……春風のいたずらで、煙が前に倒れてしまい、ご覧の写真のあとのメインのタイミングでは、雲隠れならぬ、忍法煙隠れ(笑)となってしまいました(泣)

それでも、春朦朧とした花日和、シゴナナの行くところ、野に山に可憐な一木の桜花あり。9年前は長門峡とほぼ同時に満開を迎えていたはずの津和野町内の桜が散り際を迎えていたのは残念でしたが、東京都内の花見もほぼ終わった週末に、こんなに西に移動して、シゴナナと一緒に花見を楽しめるとは、ニッポンに生まれてよかったなあ、ずっとシゴナナ追っかけていてよかったなあ、とささやかな感動に浸っていたのでした。

海とキハと皿うどん

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わずかな停車のあと、波おだやかな入江をぐるりと回り込んでいった国鉄色キハ2連が、海辺をすべるように走り去っていくのが見えました。当然、こちらのアングルも、思わず奇声をあげたくなるような桜田順光です。画面を彩る桜の木があればもっといいのですが、そこまで贅沢は言えません。

ウチの近所の長崎の和食の店、ここ大村湾とは反対側の長崎市の海沿いの地名、外海(そとめ)を看板に冠しているので、若い店主もてっきりそちらの出身だと思っていました。ところがどうして、喜々津に育って、諫早の高校に通学していたとか。当ブログの更新を知らせるフェイスブックにコメントいただき、早速昨夜、その話題で飲んできました(笑)

最近、その店では、ちゃんぽんに続いて、皿うどんがメニューに加わりました。これが旨いんだなあ。もともと、ちゃんぽん&皿うどんヲタの私も、今まで食べたことないような、長崎直送の麺を使って、カマボコが彩るあんかけも微妙にスパイシー。濃口の醤油につけた刺身でビールから始めて、締めは太麺の皿うどん、これ、かなりの極楽であります。

閑話休題。諫早の高校生にとって、「長与経由」は「遅いけれど、景色がいい」(笑)、今でも思い出すのはこの海と、この線路だそうです。♪入江の向こうで 見送る人たちに 別れ告げたら 涙が出たわ~~♪と歌われたのは瀬戸内海ですが、こんな美しい海辺の町が故郷っていうのも、ちょっと羨ましいですなあ。

40年前から、来たかった

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大草から長与へ移動して、市街地の国道沿いの桜並木で次の国鉄色キハを1本撮って、再び大草の隣り駅、東園へ戻りました。しかし、ナビで駅検索して目的地を入れようとすると、出てこない……ずっとトウゾノとばかり思い込んでいたこの駅、ヒガシソノだったのですね。こんなに長く鉄やってても、知らない駅は国内にまだまだあって、こういう思い違い、まだまだありそうです。

このホーム1面の海辺の無人駅を挟んで、喜々津から大草に至る大村湾沿いの区間では、廣田さんの「魅惑の鉄道」の表紙、門デフのシルエットを始め、朝の海岸を行くC61のブルトレ、DD51のブルトレと、ニッポンの鉄道写真の歴史に残る、多くの名作が生み出されてきました。

来たかったなあ、40年前。1972年、新線の開通直前、高校1年の冬休みでした。一度は両親の許可をもらった九州撮影行の日程に、この地の訪問がありましたが、たしか祖母の病状悪化で、許可は取り消されました。当時は悔しかったけど、今思えばあたり前だよなあ(笑)。。。

その年の夏休みに九州行きは実現しましたが、シゴナナの運用のなくなった長崎本線は、もはや撮影の対象外でした。猛暑の唐津線で倒れそうになって、撮影やめて長崎観光しましたが、その時の移動で新線と長与線のどちらを通ったのかも、今や遠い記憶の彼方です。

駅のはずれで、桜と海をファインダーにインして撮れる、桜田アングルが見つかりました。次の国鉄色は後追いになるけど、よし、ここでいこう。三脚なしの急な出動、アングルが動かないように、慎重に態勢を整えます。次のキハは少し遅れているようです。背後からの接近にじっと耳をすませていると、空耳に、シゴナナの汽笛と、小気味良いブラスト音が聞こえたような気がしました。

桜鉄は突然に~長与線

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前回のエントリー、田端からの流れで行くと、今年の桜鉄が飛鳥山の都電あたりから始まりそうですが、今年の桜前線を追う鉄活は、いきなり長崎からスタートしました。ずっと気になって出動機会を狙っていた、国鉄色のキハ66・67が定期運用で、風光明媚な非電化単線を走る長崎本線の旧線、通称・長与線です。

2輌×2編成の国鉄色の運用、確実な晴れ予報、ネットが知らせてくれる地元の開花情報、そして何よりもそんな日に出動が可能かどうか……都内でもようやく花見らしきものが始まったある日、すべての条件が、クロスワードパズルを解くがごとく幸運にも瞬間的に一致しました。

前夜、島鉄南目線廃止以来の諫早に入りました。最近は東京の自宅近くに長崎の和食の美味しいのを食べさせてくれる店があるので、数年前と違って居酒屋も早上がり。翌朝5時にホテルを出て、線路に沿った桜並木で有名な大草にレンタカーを走らせました。初めての道、初めての線路、初めての撮影ポイント。蒸機現役時代にも計画しながら訪問が果たせなかったこの路線、すべてが初物で、夜明け前から心躍ります。

西の日の出はまだ遅く、6時過ぎにこの日1本目の国鉄色キハが長崎からやってくる時間は、まだ桜並木のわずかな部分にしか日が当たっていませんでした。それがどうして、その後の20分少しで日が昇り、ご覧のように喜々津ですれ違ったもう1編成のキハが来る頃には、満開を迎えようとする桜に半逆光の春の日差しが、キラキラと彩りを添えるようになりました。こんな素晴らしい桜と国鉄色のコラボに、迎える鉄は私ともう一人だけ、、、後追いのカットもビシッと決まって、見知らぬ鉄の肩を思わず抱きたくなりました。

田端(所)、撮影会今昔

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東京が花見日和の快晴に恵まれた今朝(4/7)、JR東の田端運転所で電機を並べた撮影会に行ってきました。びゅう旅行商品として、都区内パスや弁当、記念品がパックになった日帰りツアー、たしか3回目の開催ですが、知ったのは締切後とか、今度は行ける!と思ったら仕事でNGだったり、と、今回が私は初めての参加でした。

桜も満開を迎えた田端駅からのスロープを下りていくと、入口の手前には、懐かしい顔がいくつも見えました。声をかけながら受付へ向かう道すがら、そういえば、田端の構内に入るのは、いったい何年ぶりなんだろう? 尾久で毎年あるフェスティバルは架線のないエリアばかりだし、もしかしたら国鉄末期か、JR初期以来かもしれない、としばし懐旧の情に耽りました。

思い出してみると、昔もツアー参加者限定の構内撮影が多かったようです。EF80さよなら重連の旅の日は雨で大変だったなあ。ここで撮ってからパックの牽くアクセス列車で東大宮、なんていうのもありました。みんな参加者限定だったけど、いやいや、鉄道記念日か何かにED75の御召装備持ってきたのは、一般公開だったような。。。

国鉄末期に動力車の車両基地の名称が旅客は運転所(または運転区)、貨物は機関区に改められて20年以上が経ちましたが、考えてみると、ずっと「運転所」の名前を保っているところは、もはや少なくなりましたね。高崎などは、貨物は今も機関区ですが、旅客は高崎車両センター高崎支所でしたっけ?! その昔の運転報の「田端(所)(品川)」なんて文字が、「臨A801」なんて運用番号とともに、青空の下、ふと思い出されました。

P.S.
今日、自分のいくつかの不注意が重なり、ケータイ中心の撮影にならざるをえないところ、現場でお会いしたAさんの予備機をお借りして、このような並び写真を撮影することができました。Aさん、ありがとう!ご恩は磐西のギラリでお返ししたいところですが、それはなかなか自信がないので、とりあえずギラリ祈念の会の一献でお返しします!

リンゴの花咲く頃を待たずに

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屋代線最終日の夜、定期列車のあとに走った2000系リンゴ編成の団臨は、信濃川田へ向かう3500系+2000系A編成の片道列車と、綿内で交換したそうです。須坂へ戻るリンゴはハイビームのままで、最後にすれ違う僚友・栗ようかんを照らしながら、惜別の長いタイフォンを鳴らして、発車していったそうです。

昨夜は、暴風雨が止むのを待ちながら、新鶴見界隈EL撮影で知り合った友人と、春の宵、一献を酌み交わしていました。地方私鉄には興味がないと公言する彼が、シークワサー割りを片手に、ふと、ほろ酔いでつぶやきました。あ、そうだ、あの長野の電車はいいですよねえ、そう、リンゴ。え、もうなくなったんですか、惜しいなあ。。。

会社に行くと、厳しい業界状況の下で共に戦う須坂出身の戦友がいて、社員食堂で会うと、たまに、また長電行ってきたよ、と声をかけます。彼がガキの頃から、長電は「地方私鉄の雄」として誉れ高く、2000系を頂点とする自社開発の特急車両は、まさにその象徴だったのでしょう。一瞬、箸を休めて、声が弾んでいました。

最後の数日間、長野線の定期列車に入ったD編成をもう一度、自分が撮ることは叶いませんでした。おそらく今頃は須坂のクラでゆっくり翼を休めているであろうリンゴは、川田へ移動した保存車両の代わりに小布施へ行くのでは?という噂が流れています。やがてゴールデンウィークの前後には、沿線のリンゴの花も、開花を迎えます。最後の夜を見送らなかったかわりに、その頃、ふらっと会いに行きたいと思っています。

静かな最終日

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帰りの新幹線は、長野18時過ぎ発をとっていました。綿内でなごり雪撮って、信濃川田で保存車との並びを撮ったのですから、もう早めに切り上げてもよかったのかもしれません。夜のリンゴ編成ラストランはとても悲しくて見送る気分にはなれませんでしたが、あと1本だけ、日比谷線を撮ろうと、この日のラッキーポイント、綿内に戻りました。

信濃川田と違って、保存車両が留置されてるわけでもない、ただの古い木造駅舎の前では、地元のイベントテントの後片付けのさなかでした。ふと気づいてみると、あれほどいた鉄はわずか数人、須坂行を待つ人々も普通のジモティばかりで、最終日の夕方のほんのわずかの時間、夜の喧騒を前に、エアポケットが出現したようです。

ついに、うっすらと日が当たってきました。う~ん、若穂の片ポール区間に行けばよかったのかな、と一瞬迷いが生じましたが、このまま駅のホームでスナップすることにします。もちろん、自分と並んで、数人の撮り鉄が対向ホームからカメラを構えているのですが、赤線なしの3500系が入ってきても、信じられないほど、ふだん通りの駅の表情です。

日暮れ前に、ここまで立ち会えれば、もう夜は遠来の撮り鉄の出番はないでしょう。長野へ戻る車中で、もう一度、夕陽がギラリと光りましたが、余韻を残して撤収、撤収と自分に言い聞かせながら、2012年3月31日の未練を何とか断ち切りました。

この駅の行方

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なごり雪がすぐに雨に変わり、小雨もやがて止んで、現金なもので撮影意欲回復、せっかくですから留置車両絡みのワンカット確保を兼ねて、信濃川田へ様子を見に行きましょう、と同行の鉄人騎士さん、Gontaさんと話がまとまりました。めざすは、前日、鉄人騎士さんがひと足先にいい写真をゲットされている、構内外れのロープ越しのアングルです。

小布施からここへ移動してきた保存車両の行方にも、まだいろんな噂があり、当方はまだ確たる情報を得ていません。さらに、この日の深夜には、マッコウクジラに牽引された栗ようかんこと、2000系A編成までここへ回送され、須坂行のホームに横付けされたのですから、まずは駅跡を利用した保存施設ができる、というのが常識的な推測ではあるのですが、、、

駅舎も古びた雰囲気を残したまま、再整備されるのでしょうか。沿線のホテルや旅館の広告、あるいは「不動産のご相談は長電へ」なんて看板も、残ったらいいなあ。そして、廃止を前に掲示された地元の子供たちの絵も、どこかに貼ったままだといいなあ。そして、栗ようかんの車内や吊革の広告なんかも、そのままで。。。

ホームに群がる鉄や地元の人々を、駅舎ごと列車で隠してしまうと、さようならのヘッドマークがなければとても最終日とは思えない、静かな雰囲気のショットになりました。この日、残念ながら、2000系リンゴ編成は夜の団臨まで出番がなく、夕方に長野を離れる自分が別れを告げることは叶いませんでした。そして、マーク付きで忙しく最終日の屋代線を往復する旧日比谷線の電車も、そのおおかたが今日を限りに、歩みを止めることになるのでしょうか。



春の嵐、春の雪

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長電屋代線廃止から一夜明けました。非鉄な休養日曜日、東京都内は嵐のあとの快晴、ウチの近所では、やはりもう桜が咲き始めています。この調子では、来週末はもう、あちこちでお花見日和ですね。そう、3月のお別れ鉄が終われば、鉄はまた桜前線とともに、春を愛でなければなりません(笑)毎年、これの繰り返しです(爆)

しかし、昨日の春の嵐、すごかったなあ。首都圏でもJR各線のダイヤが大幅に乱れたようですが、「リバ志賀」の2本目撮ったお昼前から、長野も撮影意欲を大幅に減退させる雨と風に見舞われ、気分的には「日本海」の青森や秋田より寒い感じでした。そんな中、松代の城址側の特設テントには、記念切符やグッズを求める鉄の長蛇の列が……1時間以上待ちと聞いて、へタレな撮り鉄、すぐに諦めました。

まあ、帰り道だし、もう一つの記念券発売駅、綿内に寄って行くかと、雨脚の衰えない中を、レンタカーを走らせます。幸いにこちらは列は短く、記念切符はすぐに手に入りました。地元の人たちの模擬店が駅前広場に並んで、特設ステージでは、古い木造駅舎を背に、女性演歌歌手が「屋代線」を歌っています。いいなあ、昭和のヘルスセンターって感じで。今後もどこか廃止になるときに、彼女が必ず一曲、というのはいかがでしょうか?!

ちょうどやってくる須坂行の列車を撮ろうとホームに入ると、雨が大粒の雪に変わりました。さすがに♪汽車を待つ君の横で~はもう何回も使えませんが(笑)、それでもここは使いましょう。う~ん、なごり雪も降る時を知り~♪というのは本当ですね。やっぱり、正やんは凄いなあ。スナップだけのつもりで、ふらっとクルマから持って降りたミラーレスが、どうやら今日のメインカットを写し止めてくれたようでした。
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