ああ鳥取御召 「鉄道(27071)」

今日(10/31)、山陰本線の鳥取~倉吉で、全国豊かな海つくり大会への行幸啓に伴う御召列車が運転されました。前日から新幹線乗継で、あるいは当日朝のNH便で現地入りする知人友人を尻目に、はい、平常通り、働いておりました。はい。。。

JR西管内の非電化区間の通例で、DD51重連+大サロ5Bの編成でした。心配された旗も付いたようです。最も集中した泊~松崎の築堤は直前に曇られたとか……各撮影ポイントで晴れ曇りの悲喜こもごもが展開されたようで、まったくもってご同慶の至りです(笑)

今の自分は、週の前半に東京を離れることが絶対的に困難な身の上です。7月に一度だけ、週末に運転された12系使用のハンドル訓練を撮れただけでも、ここは良しとしましょう。遅ればせながら、今日、その写真をアップしておきましょう。今回が最後の客車御召?……そんな話は聞かない、聞かない(爆)

「名」と「浜」の時代 「鉄道(27071)」

9月末に三重に非鉄な所用があり、その帰り道に遅ればせながら、JR東海のリニア鉄道館に行ってきました。名古屋から初めてのあおなみ線に乗って、おいおい、ここは貨物が来るのか、お、原色のDDだ、などとド素人そのものの短い道中でしたが(笑)

この博物館に収蔵された保存車両のうち、最も見たかった2輌の機関車が、アクリル?の通路を挟んでではありますが、並んで展示されていたのには、ちょっと感動を覚えました。名古屋機関区のC57139号機と、浜松機関区、そしてJR東海静岡運転所のEF58157号機です。

C57139は厨房の時に名古屋駅で1枚だけ撮ったことがあり、その後、DD54故障の代替予備機として梅小路に待機していたのをドキドキしながら撮りました。そして、イゴナナはJR東海最後のゴハチとして、とくに飯田線に入るようになってから、数えきれないほどの思い出があります。

かたやC57が梅小路の時と同じような御召機さながらの装備であるのに対し、イゴナナは茶色、原型小窓に戻されて印象がかなり変わっていますが、こうして「名」と「浜」の時代を象徴する機関車が、当時の姿を確実に伝えて博物館に君臨している、、、何と素晴らしいことではありませんか。それは、C62より、新幹線よりも。

海辺の駅、再び 「鉄道(27071)」

長崎へ向かう復活急行「雲仙・西海」を、冷水峠の次は肥前大浦あたりの海沿い区間で迎え撃とうと思ったのですが、その前に佐賀平野で一発と欲張ってしまった結果、白浜の有名ポイントには間に合わず、小長井に停車中のキハにやっと追いつきました。

いつの間にか天気は晴れ、島式ホームの向こうの青い海がキラキラと光っているのを見て、急遽、停車中のスナップを撮ることにしました。例によって乗客の皆さんがホームに降りてきて、ミニ撮影会の真っ最中、ヘッドマークが二つ付いているのはご愛嬌ですが、陸橋の中ほどから海入りのアングルが容易に得られました。

長崎の海沿いの駅といえば、3年前に通った島原鉄道の駅を思い出します。そうそう、この駅と同じように、堤防のすぐそばまで海が迫っていて、キハ20が朝夕にやってくると、それは素晴らしい光景が眼前に繰り広げられました。

ほんとうは、もう少し早く晴れてほしかったけど、ザ・冷水峠なアングルは晴れると逆光のようでしたから、これはこれで良しとしましょう。ま、晴れるとわかっていたら海沿いに直行したのに……などという戯言はやめておきましょう(爆)

冷水峠のアングル 「鉄道(27071)」

新飯塚の停車中に先行して、冷水峠へ向かいました。昨年の「復活急行」運転時に2度ばかり、この区間に来ているのですが、新しい有料バイパスへ入ると峠の区間のポイントのありそうなところをスルーしてしまったりで、なかなか冷水峠らしい写真が撮れませんでした。

コンビニへ寄っているうちに時間がなくなってしまい(笑)、すでにキハは桂川を発車……それでも、まわり道覚悟で旧道に入り、サミットの先を目指します。これで見る鉄になったら、いったい何のための遠征なのか、と冗談とも本気ともつかない会話を車内で交わしていると、国道の脇に駐車車両が数台、、、鉄だ、撮影ポイントだ!(爆)

切り通しを抜けてくる線路を見下ろす陸橋上に、正面アングルのかたが数名、なるほどなあと思ってふと逆側を見ると、後追い狙いのかたが数名、、、あれ~、あ、あ、このアングル、アウトカーブ、おいおい、これぞ、ザ・冷水峠!

その昔、この地を訪れたガキ鉄の時代、たしか「天草」が筑豊経由で、DL牽引ながら後部補機がまだD60でした。あまりにも軽やかに峠を駆け下りてきた客車急行の後ろにぶら下がったカマを、柄にもなく流し撮りしたことを思い出します。アングルを決めるなりやってきたこの日の「雲仙・西海」も、同じように軽やかな足取りで、峠を下っていきました。

筑豊育ちのキハ 「鉄道(27071)」

昨年夏、「ファイナルひかり」で終了したと思っていたJR九州の国鉄色キハによる「復活急行」、どっこい走っていました。先だっての週末は、今も長崎・大村線で定期運用に入るキハ66・67を使った「雲仙」「西海」が門司港~長崎間で運転されました。

国鉄色に塗り直されたキハが4輌あると聞くたびに、早いうちに長崎へ行かねば…と思ってはいたのですが、なかなか果たせぬままでした。その4輌が長距離を走破すると聞くと、やまぐち行き過ぎ(笑)の昨今ではありますが、Gさんの青組解脱(謎爆)にも便乗して、早朝のNH241便で福岡に向かいました。

日田彦山線・後藤寺線から冷水峠を越えて原田に至る2日目のコースは、筑豊暮らしが長いキハ66・67にとって、通い慣れた道ですね。あいにくのドン曇りの空ではありましたが、ボタ山をバックに何度も向きを変えながら進む国鉄色のツートンは、筑豊の風景にしっくり溶け込んでいました。

現役蒸機の時代、デコイチの夕方ギラリで有名だった石原町や採銅所のあたりも、この日(10/23)は天気の回復が遅れ、光線状態を気にしなくてもいいまま、キハ4連の通過時間を迎えました。ほんとうは、渋い駅舎をじっくりスナップしたかったのですが、やはりここまで来たら冷水峠の魔力捨てがたく、先を急ぐことにしました。

やまぐちは蒲鉾 「鉄道(27071)」

今週は久しぶりに、やまぐちに行かない週末でした。といっても、今日は日帰りで別のところに鉄活しに行ってるんですが(笑)、重連+青い12系感動のシーンの数々を反芻する毎日が、しばらくは続きそうで、まだまだ名残惜しいのですが、ご報告は今日で終わりにしようと思います。

上り9522レ撮影のフィナーレといえば、やはりこの有名空き地(笑)になります。ちょうどこの季節は、晴れれば、ですが、今まさに山蔭に隠れようとする秋の西日が、高速で通過する列車をキラキラと照らし出し、もう大変なことになってしまいます。

この日(10/8)も、モニタを見てシャッタータイミングを確認しながら、素晴らしい色になったなあ、と悦に入っていると、客車の一部が別の色に反射していることに気づきました。いったい何の色?と考えて、同行のGontaさんが、はたと思い当ってくれました……蒲鉾屋の建物の色だ!

山口は有名な「宇部かま」をはじめ、蒲鉾の美味しいところです。この有名空き地手前、踏切至近のベージュの壁の蒲鉾店も、地元ではけっこう有名なところのようです。次回は空港で宇部かま買うのをやめて、ここの蒲鉾屋さんで、お土産を買うことにいたしましょう。それが今年の紅葉か、はたまた来年の桜か、いずれにせよ、やまぐちとも、しばしのお別れです。

煙に巻かれる前に 「鉄道(27071)」

地福と同じく煙が手前に倒れることの多い徳佐のSカーブに何とか到着、ここでも幸運にも3度目にして客車にも煙がかからないカットをものすることができました。下りの徳佐、そして上りの本門前の晴天リベンジを果たせば、あとは追っかけの流れに乗って、PPらしい写真をもう1枚、押さえたいところです。

短い停車のある鍋倉の先は、この季節、サイドライトが綺麗だったことを思い出しました。よし、ここは思いきって、後追いで行くか。本来、このポイントは普通に撮るのと後追いと、同じ踏切から両方が可能ですが、ここはサイドがちに構えて、後追いオンリーでいくことにしました。

先週の篠目発車では、イージーに後追いが成功しましたが、実はこのテのカット、走行中、駅間になればなるほど、シゴロクの煙が巻いてしまい、特徴あるテンダや後ろのナンバープレートが見えなくなってしまうのです。う~ん、これには気がつかなかったなあ。。。

ここなら発車直後だし、、という理由で選んだポイントでもありました。この1枚目のアングルでは何とかテンダもはっきり見えていましたが、この後、ズームを望遠側に振ってアングルを立て直すと、すでにシゴロクの後ろ姿は煙に巻かれていたのでした。

黒煙二条 「鉄道(27071)」

篠目発車を撮影してすぐにクルマをスタートさせると、長門峡に停車中か発車直後の9521レを追い抜いて行くことになります。いや~、圧倒的多数のギャラリーの前をこちら参加することなく通過していくのは、何だか不思議な気分であります。

やまぐち号運転開始直後は、たしか長門峡の次は三谷で停車があったのでしょうか。ある時期から地福に変わって、構内外れの直線を抜けた踏切は、オーソドックスなアングルを得られる、格好の撮影ポイントになりました。

ところが、踏切の手前で煙が終わってしまうことも多く、風の悪戯にもたびたび邪魔されてしまうのが、ここの難しいところです。今回もあるときは煙が手前に倒れ、またあるときは先頭のシゴナナの、その翌日は次位のシゴロクの煙が薄かったりで、リベンジを最終日に託す結果となっていました。

踏切からはよく見えないのですが、篠目と同じように乗客が客車に戻って、長い汽笛が山と山の間の平野部に響いて、二つの黒煙が立ち上ります。よ~し、そのまま、そのまま……幸いにして風もないようです。やがて縦二条のまま、ファインダーを煙が横切るとすぐ、最後のポイント・徳佐に向けて、こちらもラストスパート(笑)に入ります。

下り篠目発車 「鉄道(27071)」

重連最終日(10/16)に戻って、12系やまぐち、もう少し続けます。この日の下り9521レ、峠の先の撮影は、前週に惜しくも直前に曇られてしまった、篠目の発車をリベンジすることにしました。UBJ着陸直後からゲリラ雲が大活躍しており、いつもながら、あとは時の運。。。

篠目の発車というと、上りの給水塔バックが有名ですが、前週に上りの後追いを撮ったときに、そういえば下りの発車をずいぶん前に狙ったことを思い出しました。で、現地ヘ行ってみると、柔らかいサイドライトがやや後方から当たって、背後の山にも陰影のコントラストがいい感じに出ていました。

上りと同じく、短い停車時間に乗客の皆さんがホームへ出てきて、発車寸前になると、あっという間に列車に戻っていきます。まだ時間はお昼前、津和野での折り返しもたっぷり時間があるため、上り列車と違って、淡々とした雰囲気が山あいの踏切に漂っています。

重連がゆっくりと動き出したとき、ゲリラ雲が消え、ファインダー全体が明るくなりました。急いで露出を変え、バックの電柱の重なりとのタイミングを測って、連写に入りました。

長笛二声 「鉄道(27071)」

SL見物の観光客で賑わう長門峡の駅をやり過ごして、篠目駅手前の踏切までやってきました。発車を狙うため駅の仁保方まで行こうとしたとき、おい、ちょっと待てよと、何年か前、この踏切から12系の後追いを撮ったのを思い出しました。

この季節はちょうど、篠目停車の9522レの全体に日が当たる最後の時期で、青い12系客車のサイドに、秋の夕陽が差しています。同行のGontaさんも、後追い選択に(無理やり?!)ご賛成の様子、そうだそうだ、縦位置のアングルだよなあ、そうだそうだ、300mmだよなあ、と数年前を思い出しながら、発車時刻を待ちました。

あれほどホームに溢れていた列車の乗客が、あっという間に車内に戻って、ホームには一組の親子連れだけが残りました。専務車掌が窓から前方後方を確認すると、やがて二つの長い汽笛が、山あいの給水塔のある駅に鳴り響きます。

浜田の検修施設が何らかの事情でままならず、益田の入換に使われているC56が、今日は12系団臨の後部回送で小郡へ検査に向かうことにでもしましょうか(笑)そんなこじつけも楽しいけれど、このシーン、2011年秋の日本の鉄道情景としてでも、十二分に美しく、素晴らしいと思います。感動のうちに三脚をたたんでいると、峠に挑む2両のカマの、今度は短い汽笛が、遠くの山あいに響いていました。

渡川オーバークロス 「鉄道(27071)」

やまぐち号1979年運転開始以来の撮影ポイントといえば、下りの長門峡発車とともに、上りの渡川の国道オーバークロスを、まず最初に思い出します。当時はたしか、この少し津和野寄りに、「SL展望台」とかいう下り列車向きのお立ち台もあったような気がします。

大山路も、徳佐のSカーブも、初めの頃はそんなに一般的ではなかったように思います。猛者はみんな峠の山へ登っていて、平地で編成写真を撮ること自体が、多数派ではなかったのかもしれませんね。津和野の本門前も、最初からの有名ポイントではありましたが、今みたいな順光側からのシチサン写真は、雑誌の誌面でもあまり見たことがなかったような、、、

本来は「スカ」承知で待ち構えるこのポイント、この日(10/8)は幸いにも、シゴナナ、シゴロクとも煙に恵まれました。秋の夕方特有のイエローを帯びた順光線の下、ニッポンの田舎の箱庭ここにあり!といった風景の中を、大向こうを唸らせるように堂々と、9522レがカーブを回っていきます。ほんのわずか、煙が客車にかかりましたが、これは満足のショットになりました。いやあ、間に合ってよかった!

重連、12系、また来年 「鉄道(27071)」

今日(10/16)は、この秋のやまぐち重連運転の最終日でした。実はJL便の予約だけは入れていて(笑)、前日にC56の不調から補機にはDDが登板との情報を聞いてちょっと迷ったのですが、報道発表では翌日は所定復帰予定とのこと、思い切って行ってきました。

空港のレンタカーカウンターのお姉さんに「毎週ですね」と言われて苦笑い。はい、3週連続です。さすがに、目あてのポイントはひと通り撮ったので、今日は晴れ間と煙の向きの納得いかない部分のリベンジが目的になります。篠目と地福ではほぼ及第点のリベンジカットが撮れましたが、津和野では大失敗……まだまだ修行が足りません。

現地で聞いたところでは、来年は12系の運転日が増えるらしいという噂もあるようです。真偽のほどは現状では定かではありませんが、そりゃあ困るなあ、しょっちゅう行かなきゃいけなくなる(爆)ま、来年の心配はあらためてするとして、今年の秋の重連+原色12系、ほんとうに素晴らしいものを楽しませていただきました。

ラストカットは後追いで締めることにしました。追っかけを走破して最後のカットを撮り終えた鉄な皆さんの姿が、夕陽に光る12系編成に重なっています。たまには、こんな写真もいいでしょう。そして、重連、12系、また来年、やまぐちでお会いしましょう。

ブルトレHM並び、再び 「鉄道(27071)」

今日(10/15)は大宮工場、もとい大宮総合車両センターの公開イベントが開催されました。雨模様の天気が心配でしたが、朝の風雨も次第に収まってきたので、おっとり刀でお昼過ぎから行ってきました。

何といっても今回の注目は、20数年大宮に保管されながらも風雨に身をさらしていたEF60510号機の化粧直しです。高崎からEF65535も参加するとあって、これはもう、往年のブルトレ牽引機並びを期待するしかありません。

国鉄末期からJR初期の時代、とくに首都圏各区所で頻繁に開かれた一般公開や撮影会のスターは、当時人気のピークを迎えたゴハチとともに、EF65PとEF60PのブルトレHM並びでした。今も高崎で活躍するEF65501と、横川で保存されたEF60501との並びが多かったように記憶していますが、すでに東海道ブルトレはEF66の時代、一昔前の栄光があの頃はまだ燦々と両機の姿に輝いていました。

そんな期待通り、2両のブルトレ牽引機がドン曇りの空の下、ピッタリと並びました。私が到着した時間は535が復興HMを付けていて、それはそれで良かったのですが、次の時間帯は「あさかぜ」と「あかつき」が並んで、激しい人ごみの中でも、思わず感涙にむせんでしまったのでした。

PPアングル 「鉄道(27071)」

いつも通り、津和野の「なごみの里」で昼飯にして、上りの9522レはここ数年懸案だった、プッシュプルならではのアングルを選択しました。PP運転日に初めての晴れ間です。やはり、本門前で確実に……と迷いましたが、幸いにして余地あり。あとはゲリラ雲と、暴れる(かもしれない)煙との勝負になります。

しかし、30年前の津和野は若者の乗るレンタサイクルがいっぱい町を闊歩していて、小川の鯉も遠慮がちにしていたような記憶がありますが、今は中高年夫婦のおだやかな歩調ばかりが往来していて、町はいつものんびりした空気に包まれているように思えます。

1979年、社会人1年生でした。駅前の貸自転車店でチャリ借りて「そうか、殿様はカメイだけど、自転車屋はカマイかあ」などと、どうでもいいこと考えながら、郊外までペダルを漕いでいきました。釜井さんの店は、今も健在です。店先に並ぶ自転車の数は、だいぶ少なくなったようですが。。。

15時20分。盆地に響く2つの汽笛が、30年の時を一気に2011年の秋に引き戻してくれます。先頭のシゴナナが正面に顔を向けたとき、今年も始まった秋の斜光線が鈍く光り、それとほぼ同時に、後尾のシゴロクがファインダーに入ってきました。

長門峡今昔 「鉄道(27071)」

仁保の峠の手前で撮った鉄のうち、かなりの割合が長門峡に集まるのは山口の常ですが、この三連休の賑わいは、近年の「なにわ」や「あすか」絡みと並んで、30年の間でも最高レベルだったように思います。

障害物が増えて、古くからの撮影ポイントが姿を消すことの多い昨今、この場所は珍しく、数年前に手前の電柱と電線がなくなり、アングルが得やすくなりました。以前は不可能だった、鉄橋の先の築堤で、手前のボックスに重連2輌をかけずに撮ることも可能になりました。

そうそう、1979年の運転初日のここの写真がたしかRJ誌に載っていて、けっこう高い位置からのアングルでした。初めて現地に行ったとき、そんな高さの場所がないことに驚き、どんな高い脚立を使ったのかなあ、などと思ったものです(笑)

アングルとともにお立ち台もやや後ろへ移動、今回は私も初めて、新たな後方の写列から、鉄橋を渡って築堤にさしかかる重連を狙いました。先週の写真を見ていただければわかるように、この位置まで下がらないと、編成が入らないのです。レトロ客車は5輌、今回の12系は6輌……この違いに、先週は思い至らなかったのです(爆)

市電秋宵 「鉄道(27071)」

昨日から今日、広島へ出張でした。仕事の会合に出席の後、魚料理で軽く飲んで街に出たら、時計はもう、10時を回っていました。試運転のためカバンに忍ばせてきた(笑)ミラーレスを取り出し、フルオートで路面電車にカメラを向けました。

いい感じでほろ酔っていて、おいおい、道に出るときは注意しろよ自分!と言い聞かせながら、秋の夜風に吹かれる紙屋町。やってくる電車は、真新しいヨーロピアンタイプの連接車が続いて、これは意地でも単車待ちするぞ!と言いながらも、もう1杯のビールが恋しくなったりします。

待つこと20分。懐かしい1900が、これまた懐かしい音を響かせながらやってきました。元気だったのか、よかったなあ。市電廃止寸前の京都離れて幾星霜、50代も半ばにさしかかった酔眼で見るグリーンの電車は、今も変わらず、優しい表情をしていました。

簡易軌道、遥かなり 「鉄道(27071)」

丸瀬布いこいの森に、雨宮21号の予備機存在として動態保存されているDLは、鶴居村営軌道で使われていた札幌・運輸工業1959年製のミニロコです。この日は、いつもは雨宮が牽いている林鉄(もどき?)のミキスト編成を牽いて、年に何度かの晴れ舞台を堂々務めていました。

北海道の各地に昭和のある時期まで張り巡らされていた開拓用の簡易軌道。1972年の春、最後の現役となった浜中町営軌道を、RF誌でみた素晴らしいグラフ「ミルクを飲みに行きませんか」に惹かれて訪問したことがあります。あと数か月で廃止されることがたしかわかっていて、北海道ツアーをご一緒した仲間の誰かが、半ば強硬に拉致して連れて行ってくれました。

根室本線の茶内にほど近いところに、小さなヤードと車庫があって、たしかこんなDLもいたような気がします。残念ながら、実際に走行する姿を実見することはありませんでしたが、自走客車といわれるDCがミルク缶を積んだ貨車を牽いて走っていて、この時代もまたその予備機的存在だったのでしょうか(笑)

この編成の客車もまた、木曽森林鉄道からやってきたと思いきや、出自をたどっていくと、北海道内の林鉄で使われていたという、曰く因縁に包まれた存在です。いやはや、深いなあ、林鉄。深いなあ、ナロー。この秋、林鉄の面影を探しに、木曽にでも行ってみたいと思う今日この頃です。

秋晴れのやまぐちへ

はい、somtamさんのお勧めを待つまでもなく(笑)行ってきました、秋晴れのやまぐち。好天率が高いことで知られる体育の日絡みの三連休、は今年もすべて晴れ予報。前週、宇部空港のラウンジでお会いしたTさんは力強く「はい、3日間!」と仰ってましたが、当方は今日(10/10)のみ別件の所用があったため、2日間の出撃となりました。

それでも、久しぶりの1泊撮影ツアー、重連とPP、1日目はこの場所で、2日目はあの場所で、とあれこれ悩むのも楽しく、さらにもうひとつ、夜は居酒屋の楽しみが待っています。あとはゲリラ雲との戦いあるのみ。日ごろの行いは今さら直しようがないので、せめて「爽健美茶」より「十六茶」を買ったほうが晴れる、などと、ゲン担ぎしかありません(爆)

晴れたら、やはりここから始めましょう。やまぐち下り唯一の、ほぼ順光ポイント。手前のボックス、背後の家、編成後部にかかる叢と、障害物は増えましたが、この素晴らしい光線には変えられません。10分前にうろうろしていたゲリラ雲も去り、いつものようにグイグイと加速した列車が、緩いカーブを回って、順光のファインダーに入ってきました。後ろに続くは、青い12系6B! これは、幸先よいスタートダッシュになりそうです。

秋桜の駅 「鉄道(27071)」

♪薄紅の秋桜が秋の日の 何気ない陽だまりに揺れている♪

先週末のやまぐち、往路の大山路から始まって、随所に秋の花が線路端を彩っていました。残念ながらドン曇り、せっかくのコスモスが秋の日差しに光る、というわけにはいきませんでしたが、篠目駅の9522レ発車シーンは、可憐な秋桜の花に迎えられました。

本門前、渡川と移動して篠目停車中に何とか到着、先客の皆さんの背後から、フェンス承知のアングルを選ぶと、何と後部のC56までがファインダーインして、結果オーライのアングルになりました。

同行のGontaさんはやまぐちは1982年以来とか。「ここ、晴れると順光なんですけどねえ」「ここらで、サイドが光ると綺麗なんだけど…」各ポイントの晴れた場合の状況を彼に説明しながら、やがて最終地点の例の空き地で終了しました。空港へ戻る帰り道では、苦難を乗り越えて好天の日にリベンジする方向が、だんだんと明確になっていました(爆)

やまぐちPP 「鉄道(27071)」

そして、今年のやまぐち重連運転は、全期間返しの9522レがプッシュプルで運転されることが予告されていて、今まで帰った翌日だったりケツが入らなかったりでPPとは縁のなかった私にとっては、初めてPPをまともに記録する機会を頂戴いたしました。

やはり、まずはやまぐちの「原点」といわれる、本門前踏切へ。曇り空ながら何とか場所を確保し、慣れたポイントとはいいながら、背後の山はどこまで? 手前のトタン屋根をギリギリでカットして、煙が立ち上るとファインダーはどれぐらい上を? と、慎重にアングルを選定します。

で、あとは煙が手前に倒れないか、後部のC56が煙で隠れてしまわないか、あとは運を天に任せるしかありません(笑)津和野発車の汽笛が遠くに聞こえ、やがてカーブを力強く回ってきたときの緊張感! 最後に少しでも日が差すのでは?という期待は儚く消えましたが、初めてのPPは煙に邪魔されることもなく、ピッタリとK-5のファインダーに収まりました。

12系やまぐち 「鉄道(27071)」

今年もやまぐちで、重連運転が始まりました。6月の重連、7月、8月の重連と主に今までは夏の重連がいわば山口の風物詩でしたが、初めての秋のシーズンに走る重連、それも客車は12系原色車使用とあらば、行かないわけにはまいりません(笑)

振り返ってみれば、原色12系は1979年運転開始以来のやまぐち号の定番ですが、集煙装置を外したシゴナナとの組み合わせとなると、北びわこなどの他線区では例があれど、山口線ではほとんどなかったことのような気がします。

今回の運転は、行きは重連、返しはプッシュプルと予め発表されており、この週末(10/1~2)は、先週末の上越から移動してきたかごとくのオーソリティの面々も加わって、沿線は重連シーズン独特の華やかな賑わいをみせていました。

JRWの12系は、JRマークが入ったままなのが少々残念ですが、30年も経って実現したノーマルシゴナナとのコンビネーションは、煙に隠れずに6両のブルーが見えたとき、それはそれは、素晴らしいものがありました。

軽便、林鉄、夢うつつ 「鉄道(27071)」

この日(9/25)は、丸瀬布いこいの森で、雨宮21号+井笠客車とDL+林鉄編成の続行運転が行われ、2つの編成が機関庫の裏の側線を使ってすれ違うという、凝りに凝った趣向で我々を楽しませてくれました。

考えてみれば、この丸瀬布の動態保存線、林鉄というよりはむしろ、良き時代の日本の軽便鉄道の姿を今に伝えている要素が強いように思います。そこに、地元本来の林鉄としての要素が加わって、最強の保存ナローとなっているのでしょう。車両面からみても、軽便と林鉄車両が程よくミックスされていて、それでいて違和感がありませんね。

例によって園内を駆けっこ追っかけして(笑)、何とか機関庫裏に到着すると、すでにDL編成が、カマ編成の接近を待っていました。やがて黒煙を上げて雨宮21号が側線へのポイントを渡るとDLもゆっくりと動き出し、幸運にもファインダーにピッタリ二つの編成が収まりました。
プロフィール

品川530

Author:品川530
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR