丸瀬布・廃線跡を歩く 「鉄道(27071)」

146kmから生田原に戻って、ほんとうは泊まりたかったノースキングで朝食の後、雨宮21号と旧鶴居町営軌道のDLの同時運転が行われる、丸瀬布・いこいの森へ。この日(9/25)はちょうど、地元の夢里塾(むりじゅく)による武利意森林鉄道廃線跡を歩く会が開催されることを直前に知り、主催者の皆さまのご厚意で急遽、参加させていただきました。

いやしかし、勉強になりました。次から次へ、感心することばかりでした。現在の丸瀬布駅の北側旭川寄りに、森林鉄道のヤードがあって、石北本線をオーバークロスしていたこと。紅葉ショットの激パポイントで有名な100kmポストには昔から線路を俯瞰する小山があって、石北線と並走する森林鉄道の雨宮を俯瞰した写真が残っていること、、、

そして、いこいの森で雨宮が走る現在の軌道の一部は、森林鉄道時代の軌道敷を使っていて、ご覧の写真のように、その当時のものと思われる排水のための土管や擁壁が残っていること。この部分の解説は、いつも21号の運転に尽力されているKさんの解説を現地で伺ったので、静かな森に歴史の息吹が押し寄せてきたみたいで、凄い臨場感がありました。

そのほかにも、何か所か橋梁の土台や、線路の築堤の一部が残っているところをご案内いただき、55歳にして、遅まきながら廃線鉄デビューを果たしたような、怖くて怖くて、果たしてないぞと自分に言い聞かせているような不思議な気分でした。いやはや、ここ丸瀬布とは、すっかり深い付き合いになりました。。。

石北146kmポスト 「鉄道(27071)」

遠軽で小休止して、スイッチバックの後に発車する8071レに先行して、常紋越えきっての撮影ポイント、146kmポストへ久しぶりに向かいました。生田原を過ぎて、八重牧場までの舗装路がやがてダートとなり、轍にハンドルを取られないように、慎重に、慎重に……何しろ、数年前にはレンタカーのお腹擦って、JAFのお世話になったことも(爆)

すっかり山深くなって踏切を渡って数分、到着時にまず驚いたのは、林道からいきなりSカーブの線路が見下ろせることでした。以前は、木立の斜面のケモノ道を中心に三脚が並んだところに、今は林道から簡単にアングルが得られるようになっていました。

その代わり、Sカーブ途中にかかる木が成長して、以前より若干アングルが限定されるようになっていました。ま、これは初秋だからの事情で、晩秋から冬になれば、枯れ、やがて雪に覆われ、どうってことはなくなるのかもしれませんが、、、

編成の向きが変わって、後部のDDの前がわずかな積車となり、ちょっとアンバランスな見え方になってしまいましたが、秋の紅葉に思いを馳せながら、現役蒸機時代から続く、いわば日本屈指の有名アングルを堪能しました。

残った! 石北貨物 「鉄道(27071)」

水上の転車台広場で「重連レトロみなかみ」撮影を切り上げた三連休中日は、上毛高原から東京に戻って、夕方のADO/NH便で女満別へ。夜には久しぶりの北見の居酒屋で、ホタテ刺身にホッケ焼き魚を楽しんでおりました。締めの塩ラーメンはちょっと余計でしたが(爆)

翌朝(9/25)、これまた久しぶりの石北貨物を撮ろうと、まずは瀬戸瀬へレンタカーを走らせます。来春の廃止が取り沙汰されていたDD51の名物PP編成ですが、2014年春までの存置が地元新聞に報道されたばかりで、あと2年少し、撮影のチャンスが延長されたのは、とりあえずうれしい限りです。

連休最終日の8071レは、今までに見たことのないスカコキが連なる編成、逆にそのおかげで後部のDDがはっきりと顔を見せるという珍しいショットをものすることができました。原色機登場とならなかったのは残念ですが、爽やかな秋晴れの一日になりそうです。146kmでもう一度撮って、丸瀬布へ向かいましょう。

掉尾を飾る~重連旧客 「鉄道(27071)」

群馬DCのラストシーンを彩る「SL重連レトロみなかみ」号がこの3連休(9/23~25)に運転されましたが、なんとなんと、3日間ともヘッドマークなし! 最近の蒸機イベント列車にしてはきわめて珍しい、「普段着レトロ」が演出されました。JRE・高崎支社のご担当者さまに、大きな感謝と敬意、そして拍手をお送りしたいと思います。

てっきりヘッドマーク付きと思い込んで、出撃をためらっていた当方も、中日の下りだけですが、いてもたってもいられず、参加してきました。大阪のライブから帰ってきた翌朝、快晴の空の下、八木原、後閑、水上と移動する間に、会った知人友人数知れず(笑)、皆さん現地ではバタバタと失礼いたしました!

しかししかし、いいですなあ。これぞ動態保存蒸機のファントリップ! イベント列車のヘッドマークはファミリーの記念撮影のために不可欠、という長く巷間ささやかれている説がありますが、もういいでしょう、これからはマークなしで(爆)

これで上り勾配になる下り列車が随所で順光になればもっといいんですが、贅沢言っちゃあいけませんよね。半逆光に微妙に黒光りする重連と、後に連なる普通の客車を見られただけで、最高でした。運転頻度の高い上越線だからこその「たまにはマークなし」だったのかもしれませんが、C61復活号でも見られたマークなし、これからもぜひ、レギュラースケジュールに加えていただくよう、切にお願いしておきましょう。

君と歩いた青春 「LIVEに行って来ました♪(36855)」

昨日は大阪へ日帰りでした。画像は上信デキが続きますが、今回は非鉄、伊勢正三プロデュースのライブ「君と歩いた青春」、ベタベタなタイトルでどうかなあと思いましたが、堪えきれずにチケット購入、環状線のオレンジの201系で大阪城ホールに向かいました。

正やんにこうせつ、二郎さん、山本潤子さんにイルカ、太田裕美、尾崎亜美といったラインナップで、ある一定以上の関西人男女12000人。いやはや、このイベント、今回で4回目だそうですが、こういうのが東京でなく大阪で興行として成立しているところが、なんか凄いですなあ。。。

不覚にも「好きだった人」で思いっきりグッときてしまいました。あと、よかったのはイルカ&尾崎亜美の「オリビアを聴きながら」、二郎さん&太田裕美(!)の「祈り~prayer]
など。それぞれが持ち歌をただやるのではなく、微妙にセッションが小洒落ているのが、正やんのプロデュースゆえ、のようでした。

最後は正やん「君と歩いた青春」に続いて「ささやかなこの人生」スタンディング! 帰りのひかり号で旨いビール飲んで、自宅トランジットで北へ向かおうとするところで、群馬から上越重連ヘッドマークなしのニュースが……仕方ない、下りだけ撮っていきますか!

上信デキ 「鉄道(27071)」

ジョウシンとアルファベットで入力するだけで、タイガースのユニホームの袖広告かあ?!と思うほどの(笑)上信ドシロート。数年前にクローズドのチャーターイベントに一度参加したことがあるだけで、前夜の付け焼刃の予習で目星を付けた撮影地は、すでに狭い道に駐車スペースなく、数十人の鉄てんこ盛りとなっていました。

ほぼ順光になるこのポイントは、どうやら上信きっての名撮影地のようです。デキが1両不調で単機牽引になったのは聞いていたので、重連なら無理でも、デキ1+PC1なら入るアングルを何とか確保しました。ヘッドマークが付くのが通例だそうですが、ま、駅からハイキングみたいなものですから、良しとしましょう。

聞くところによると、高崎での撮影会へのデキ貸し出しの代わりに、10数年ぶりに旧客を上信に貸し出したとは、JRE高崎支社のクリーンヒットですね。群馬DCの後半を飾るイベント列車ですから、窓からの顔出し手振りも、この際いいでしょう(笑)とりあえず、ドシロート、ビギナーズラックで桜田ゲットの巻でした(爆)

残暑酷暑も彼岸まで? 「鉄道(27071)」

三連休中日(9/18)は、週末唯一の好天予報に誘われて、久しぶりの1日フル自車鉄(笑)で、群馬県内をうろうろしてきました。家を出るときは関越渋滞なしの情報でしたが、練馬入ると、川越で事故渋滞、おいおい、へたしたら間にあわない、、、

何とか「SLレトロ碓氷」の通過40分前に群馬八幡に到着。先乗りの鉄人騎士さんと合流して、鉄橋手前の小築堤、昔の仲間うちのフレーズでいうと「ラブホ下ポイント」に、最初のアングルを決めました。いつもそうなんですが、このあたりは鉄橋に比べると人出は数段少なく、どことなくのんびりしたムードが漂っています。しかし、暑い。ほんとうに、今年の残暑酷暑も彼岸まで、なのでしょうか?!

そういえば、群馬DCも最終章が近づき、C61復活当初よりはそれなりの秩序が沿線に生まれてきたように思います。その結果、伸び伸びとまではいかないにせよ、当初のピリピリした雰囲気から離れて、撮影を楽しめます。ま、来週の重連では、元に戻るのかもしれませんが(爆)

旧客4両に、EF641001号機を従えたC61は、これまた当初のグイグイ突っ張った走りではなく、いかにもローカルな風景に溶け込んだ姿をみせてrくれました。10分停車の安中の先は、ゲリラ雲に陰られてしまいましたが、気をとりなおして、上信デキのイベント列車の撮影に移動することにしました。

ありがとうスカ色 「鉄道(27071)」

今日(9/19)、昨日に続いて運転された「ありがとう113系横須賀線」号を、東神奈川の歩道橋で1枚、スナップしてきました。間もなく引退を迎える千マリの所属車両ですが、なんとわずかに4両編成。短さを強調するやり方もあるなあと思いましたが、ここはそれよりも、正面の「横須賀線」幕をしっかり記録するアングルを優先しました。

20年以上前、末期のゴハチの団臨や「踊り子」、はたまた最近の(笑)「富士ぶさ」に至るまで、このポイントにはほんとうによく通いました。障害物が若干増えたとはいえ、今も往年に近いアングルが得られるのは、うれしい限り。スカ色の通勤電車はいつもいちばん山側を走っているので、カブリで鉄に恨まれることもなく、颯爽と走っていました。

ほんとうは掘割になる青木橋から撮るのが、横浜らしいなあと思ったのですが、障害物が多くて断念、結局、いつもの歩道橋で待つことにしました。北鎌倉、田浦といったところが今回も最も鉄で賑わったようですが、横須賀線を通勤に使う経験のない当方には、横浜のこのあたりの風景が、いちばんスカ色に似合うように思います。八トタのスカ色115系がホリデー快速で入線することはこれからもあるかもしれませんが、今日見送った「横須賀線」幕の113系の顔、なかなか感慨深いものがありました。

お月見列車 「鉄道(27071)」

花火の夜に続いて、丸瀬布にはまた明るいうちに到着しました。暗くなるまであと小一時間……いつものやまびこ温泉に入って夜を待つのか、微妙なところですが、え~い、入ってしまえ! ちょっと早風呂になり、湯冷めしないか心配でしたが(笑)

今日は晴れれば中秋寸前の名月が、山の端の上のほうに見えるはずですが、残念ながら夜空は雲に覆われ、月の光の位置もよくわからない状況です。それでも、大きくカーブを描いたナローゲージの線路に、旧井笠鉄道の客車を従えた雨宮21号が鎮座し、スポットライトに浮かび上がっています。時おり夜空に響く汽笛とともに、スチームが上がるのを狙って、バルブの秒数を重ね合わせます。

今日は夏祭りの花火の日と違って、丸瀬布・武利意の森は、深い静寂に包まれています。照明がたとえ演出にせよ、大昔の森林鉄道の夜の列車は、きっとこんな雰囲気だったんだろうなあ。あるいは、「銀河鉄道の夜」って、こういう感じなんだろうなあ、、、ぼんやり思いを遠い昔に馳せていると、数少ない乗客の待つホームへ向かって、初秋のナイトトレインがゆっくりと動き始めました。

幌内線、1987年夏?! 「鉄道(27071)」

国鉄分割民営化まもない1987年夏。辛うじてJR北海道に継承された幌内線は、民営化後わずか4か月で廃止されることになりました。今日は三笠までキハ82のイベント列車が入線です。道内を縦横無尽に駆け巡ったこの特急気動車も、最近ではすっかり、こうした波動輸送に使用されることが増えました。

D⇒Jからさらにチャレンジ20000kmの時代、次々に廃止される北海道のローカル線には、SL時代とは異質の鉄道ファンの姿がたくさん見受けられるようになりました。国鉄全線完乗などという趣味のジャンルが確立したのもこの少し前の時代でしょうか。後の時代の「乗り鉄」という言葉はまだありませんでしたが、RM創刊の頃から、鉄、鉄ちゃんという言葉は、すでに浸透を始めていました。

……というのは夢うつつで、これ、9月10日の三笠鉄道村、クロフォード公園と称された第2ゾーンのスナップです。いやはや、今にも動きそうとか、いかにも現役らしいとか、もうそういうレベルを超越していますね(笑)かねてから写真で見て、凄いシチュエーションだなあとは思っていましたが、その気動車特急の臨場感たるや、全盛時代を彷彿させるに十分で、筆舌に尽くしがたいものがありました。

三笠鉄道村 「鉄道(27071)」

次の週末(9/10)、8月の花火に続いて、再び丸瀬布へ。「お月見列車」運行というナイトイベント、残念ながら中秋の名月にはほんの数日早かったようですが、華やかな花火とは打って変わって、静かな雰囲気でじっくりバルブ撮影を楽しんできました。

日の暮れるまでは、保存車両巡りがお約束です(笑)。今回は旭川空港から三笠鉄道村にレンタカーの進路をとりました。前回のクラウス15号と同様に、一度は…と思いつつ、訪問を果たしていなかった、動態保存蒸機を擁するテーマパーク(?!)です。

旧幌内線の施設を利用しながら、おいおい、こんなに集めて大丈夫かよ~というぐらいたくさんの旧国鉄車両が、山あいにズラリ展示されています。レストランに利用されている旧客とキハを除いて、おおむね原型の状態で保存されていて、好感が持てます。

鉄原コークスのS-304号が、トロッコ風の車両を牽いて、わずかな距離を往復していました。本の中の写真で見ているだけでは、ふ~ん、こんなもんかなあ、という印象ですが、本物を実見するとなかなかどうして。折り返し地点直前の勾配を煙を上げて登ってくるシーンは、バックの緑や木々にも恵まれ、けっこう現役っぽい、いい雰囲気でしたよ~

新津転車台 「鉄道(27071)」

今回の「馬下ばん物」には、新津帰着後、シゴナナが入庫前にターンテーブルに乗って回転する様子を公開するという、小粋なおまけイベントが付いていました。会場で待ち構えるわずかな鉄の前に現れた180号機は、お~、これまたヘッドマークなし!

日頃のばん物運用の場合、朝の出区前、晴れると逆光側からしか撮れないんですが、今日は、普通ではありえない14時の入庫ですから、順光のカットが狙えることになります。2周半の間に、最も順光になるシーンをメインに、さまざまなバリエーションを押さえることができて、またまたJRE新潟支社のスマッシュヒットに、感謝感謝です。

思えば、昭和46年、SLブームで構内立ち入り厳しき時代、新津の駅までは来たのに、この機関区の門は、固く閉ざされていました。ダメもとで事務室まで来て、断られて、諦めきれずに入口でしばらく立っていました。あのときは、悔しかったなあ……その時代の扇形庫を改装した一部、3線のみが残っていて、40年の時の流れを噛みしめるように、同じ転車台にシゴナナの煙がたなびいています。

馬下逆アングル 「鉄道(27071)」

馬下での小休止を終えた「SL初秋体験号」は、そのまま後部のDE10が先頭になって、新津への短い復路を辿ります。ばんもの、そしてガソリン物語でも勝手知ったる新津方二つ目の踏切へ向かいますが、11時半すぎですから、光線はまだ夕方とは逆から当たっています。

すでに、数名の先客が待機する馬下逆アングルに、こちらも初めての挑戦です。夕方のいつものアングルより、背後の山が大きく迫る感じになり、こちらはこちらで、悪くない雰囲気です。いくつかの障害物も、列車の編成で何とか隠せそうです。

やがてDE10の長い気笛に、数秒遅れてシゴナナの汽笛が秋の空に響きました。DE10単機牽引のばん物編成、お~なかなかの威風堂々ぶりです。往路のシゴナナよりも煙をくゆらせながら(笑)、まるで急遽シゴナナを救援に向かったような趣きで、新鮮なアングルの中を、原色のDE10が横切っていきました。

もう秋の空

7月の豪雨で部分不通が続く磐越西線。ばん物も運休となり、シゴナナはこの夏から初秋、馬下往復の臨時快速に週末運用されるだけの、のんびりした日々を過ごしているようです。まあ、わざわざ行くほどのネタでもないなあ、と思っていたのですが、先週末(9/3、4)、ヘッドマークなしと聞いて、大人の休日パスで日参(笑)してきました。

折りしも台風12号に見舞われた日本列島の中で、新潟だけが晴れときどき熱風、気温36度。5両に減車されたばん物編成を牽くシゴナナも、後尾にDE10がついていることもあってか、すっかりスカで、昔のばん物に戻ったようです(爆)

馬下での折り返し時間も、これまたのんびりしたものでした。吹き出る汗とは裏腹に、見上げるともう、秋の空が広がっています。家族連れの記念写真も、すぐに途切れて、空を強調したこんな写真をじっくり撮ることができて、満足!

ヘッドマークなしのばん物、門デフ装着時には度々ありましたが、非電化区間では試運転を除いて、あまり見かけませんね。そして、試運転は平日だから、自分はなかなか行けません。沿線の鉄も、今日は思いのほか少ないようです。これは意外や意外、充実した一日になりそうです。

木漏れ日ナロー 「鉄道(27071)」

仙台の公園で木漏れ日に光る保存機撮って駆けつけた正やんのコンサート、最高でした。よほど余韻を楽しんで泊まりにして飲んで帰ろうかと思いましたが、美酒はこの日を心待ちにされていた地元の皆さんにお任せするのがスジでしょう。フォーク酒場の「正やんナイト」は、ライブの曲順通りの凄い盛り上がりを見せたようです。

結局その日はビールに駅弁で帰宅して、翌朝(8/28)はまた先週と同じ小松空港へJL便の客となりました。この日は、尾小屋鉄道の車両を動態保存している粟津の公園鉄道「なかよし鉄道」で、年に2度の増発運転が行われる日だったのです。

ふだんのキハ1両に客車が増結され、小さなDLまでが登場、いやはや全盛期の尾小屋でも見られなかったような長大編成(笑)が出来上がり! 公園内のわずかな区間とはいえ、現役のナローを思わせる森の中の762mm軌間を、ゆっくりと走るのですから、これはもう、たまりません。

引きで撮れないとか、順光で編成に光が当たらないとか、文句言うのは野暮ですね(泣)夏の最後の灼熱の晴れ間に恵まれ、マンダーラでしか撮れないのが残念でしたが、木漏れ日の中を走るナローの列車に、子供たちより、数人のオヤジたちの歓声がこだましていたのでした。

杜の都へ、風ひとり旅 「LIVEに行って来ました♪(36855)」

8/27の午後、大井工場からそのまま、仙台へ向かいました。目指すは4月の予定が震災で延期された、伊勢正三・風ひとり旅コンサートin仙台。ロクイチ不在の傷心を断ち切って、鉄オタからフォークオタに変身(笑)、正やん追っかけ旅がらすとなりました。

しかし、我が青春の正やんが声が出なくなったとお嘆きの貴兄、ぜひ一度、ライブへ足をお運びになってください。還暦を迎えようとする彼が、なぜ、今なお歌っているのか。風の初期に「終わりのない唄」という短い曲がありますが、時は流れても、まさにそのままの旅を続けるフォークシンガー、素晴らしいです。そして、昔と同じように、いや昔よりずっとカッコいいステージに、きっと感動されることと思います。

ライブの前に、仙台の中心地に保存されているC601号機を見てきました。中学生で鉄を始めた頃、「国鉄最後の蒸気機関車19形式」とよく言われましたが、その19形式の中で、私が唯一間に合わなかったのがC60でした。東北筋で優等列車を牽いて活躍したこの機関車は、杜の都の守り神のごとく、夏の終わりの夕暮れ、木漏れ日に照らされていました。

公開今昔 「鉄道(27071)」

今年も、大井工場、もとい東京総合車両センターの夏休み公開が8/27に行われました。去年の私は不参加、いきなりロクイチがクラの奥深くから登場し、旅先から地団駄を踏みましたが、今年は淡い期待もむなしく教祖様のお姿はなく、人ごみに揉まれに行っただけって感じでした。

しかし、こういう基地公開のスター車両も、すっかり様変わりしましたね。去年のここにはDD51842が来たのかな。その前年はEF6019でした。ま、ここ数年、そうした高崎のカマがJR東の東京圏のイベントの主役だったんですが、ついに、後藤さんが主役を張る時代になったようです。

北斗星マークの後藤さんと、湘南色ウソ電の並び、、、今回の公開で最も撮り鉄が群がってたのは、この一角でした。慎重にファインダーを覗きながら、人がいなくなったところで、今だ!とシャッターを切る。この作業への忍耐力が並びカットをゲットする唯一無二の条件であることは昔も今も変わりませんが、最近は、画面に入る「手だけ」、そう、ケータイシロートさんたちの動きにも細心の注意が必要になりました(笑)

思えば、教祖様だけでなく、ここにはクモハ12やもっと古い保存車両もあり、夏の公開時の虫干しが楽しみでした。いろんなところに分散されていた車両が大宮の博物館入りしたいま、蒸機を擁する高崎以外のイベントは、みんな、こうした並びがメインになっていくのでしょうね。時の流れとはいえ、複雑な気持ちになりますなあ。。。

昭和33年の御召機 「鉄道(27071)」

松任工場(現在は金沢総合車両センター)の資料館で、もう涙ものの古い写真が展示されていました。我らが世代の関西ガキ鉄・垂涎のカマ、C575号機の御召装備です。そうそう、梅小路へ来る前は金沢所属で、あのツララ切りもたしか金沢時代に装備されたのでしたね。

当然、ここ松任が担当工場だったのでしょう。写真の説明文には昭和43年福井国体とありましたが、資料をひも解くと、実際には昭和33年のようです。写真をあらためて凝視すると、この段階で、すでにキャブのナンバープレートは形式なしに交換されていて、区名札・仕業札入れの位置も、梅小路時代と変わらないことがわかります。

実はこの数日前、京都で計画した関西オフ会は、残念ながら皆さんのご都合がつかず、枯れ鉄さんとしばし一献、に縮小(笑)となりました。somtamさん、C5741郷愁紀行さん、ひくまさん、そのほか、関西でこのブログをご覧いただいている皆さん、今回は残念でしたが、また次回、こういうネタで一献傾けるのを楽しみにしています。

まっとう 「鉄道(27071)」

しかしこの歳になっても、思い込みとか思い違いがあるもので、工場のある北陸の松任、てっきり、まつとうと読むのだとずっと思っていたら、まっとう、とスキップするのですね(笑)先日(8/21)の工場公開に行って、初めて気がついた次第です。。。

引退からすでに久しいキハ28・58が展示されるらしい、という事前情報に、当日朝、思い切って出動を決めました。ま、ダメならダメで、一度も行ったことのない、伝統の工場の公開です。それなりのお宝公開はあるだろうと、小松から松任へ、ローカル電車に揺られていきました。

結論。ギャンブル成功せり(笑)工場ほぼ中央の屋外スペースに、懐かしい急行色の28・58が、飛越線当時の2両ユニットのままで、やや色褪せた姿を横たえていました。車籍はまだあるのかわかりませんが、もうここにしかない、現役の急行色です。時まさに、おわら臨の運転が迫る頃、あれから1年経ったのだなあ、とついついつぶやきが詠嘆調になってしまいます。

さらに奥に行くと、糸魚川の52で、ひとりここに残されたタラコも展示され、これまた大糸線時代の思い出に浸ることができました。解体作業場には、使命を終えた食パン電車の哀れな姿がありましたが、昔の栄華を偲ぶ何かがどこかにあるはずと、こじんまりした資料館も、帰りがけに見に行くことにしました。

片隅の古豪 「鉄道(27071)」

しかし、ゴハチフリークやロクゴ追っかけをやってた時代からは想像もできないほど、保存車両巡りが増えた我が鉄な日々ですが、日本のあちこちに、ああ、これ、一度は見たいなあと思いつつ、公開日程にタイミングが合わず、宿題となっている車両がいくつもあります。

そのひとつ、静岡鉄道の電動貨車デワ1号を、毎年開催される「電車まつり」(8/14)でやっと実見してきました。残念ながらパンタグラフは上がっていませんでしたが、いやはや、これは渋い。古い木造車体は木のトゲが刺さりそうだし(笑)、バッファ連結器なんていうのも、古色蒼然としています。

聞けば1926(大正15)年製、長く電機の代わりとして貨物のちに工事列車の牽引に使用され、数年前までは車庫内で自走の機会もあったとか。何の変哲もない郊外電車の車庫の奥深く、こんな車両が残されていること自体、まさに平成の奇跡、ですなあ。

深夜、ブログを更新し、ひととおりネットサーフィンした最後に、電鉄倶楽部のサイトを拝見して、地方私鉄や保存団体の公開情報を確認するのは、いつしか、1日の終わりの無上の楽しみになりました。Kさん、ありがとう。またどこかでお会いするのを楽しみにしています。
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