三度目のシュガー・トレイン 「鉄道(27071)」

明日からちょっと早めの夏休みに入ります。早速ですが、明日のJL725便でジャカルタへ。今年は、3年ぶりのインドネシア、シュガートレインを訪ね歩いて、ジャワ島の製糖工場をうろうろしてきます。

いくつかの工場でカマの火が消え、DLやトラック輸送に切り替えられたようですが、思ったよりはカマが残っていて、もう一度、「岬めぐり」よろしく、ワゴン車で工場まわって古い機関車をめぐる旅が実現した幸運を、感謝する今日この頃です。

撮るぞ、バガス花火。撮るぞ、フィールドへ出たカマ。撮るぞ、子供、お姉さん、オジサン。あの扇形庫はまだ残っているのかな。機材が良くなったから、夜の走行なんていうのにも少しは挑戦してみたいし。

帰りは8/3になります。その間、ブログはお休みしますが、同じく早い休みの皆さんもいい夏、いい鉄を。まだの方は、夏休みのプランニングを肴に、いい酒を。ではでは、行ってきます。

旧色の夏 「鉄道(27071)」

ちょっと所用があって(謎爆)、この週末は米子へ行ってきました。合い間に山陰線の気動車をスナップしたのですが、JR西の単色塗色変更がかなり進んだのか、タラコが次々とやってくるのには驚きました。まさにタラコ街道! この朱色がまた、夏の青空によく似合っていました。

首都圏での話題は何といっても、185系「斜めストライプ」の復活でしょうか。いやあ、これは私も撮りたい! はい、昔から実は、けっこう好きです。ロクイチの「サロン踊り子」とか撮った後、贅沢してビールにこゆるぎ弁当で帰る自由席。また、やってみるか(笑)

キハ40・47では、烏山線に続いて、JR東海の高山線や参宮線でも「国鉄色もどき」が走り出したというニュースが、すでに報じられています。北海道では711系も旧色に戻った編成があるのかな。はたまた、松本電鉄の新村では静態ながら「青ガエル」まで復活とか。いやはや、忙しいけれど、今年はどこへ行ってもうれしい夏になりそうですなあ。

40年前の祇園祭 「鉄道(27071)」

枯れ鉄さんのところで、昔の祇園祭と市電の写真が紹介されていて、さすが理科系鉄、ポールどうしたんだとか、電気どうしたんだとか、、、文科系鉄には昔も今もさっぱりわかりませんが(笑)、ついつい懐かしくなって、ハーフサイズのネガを取り出しました。

1970年といえば大阪万博の年、たしか京都ではすでに市電四条線の廃止が取り沙汰されていて、祇園祭の鉾と一緒に撮れるのは今年が最後かもしれない……撮影に行く動機付けは今とまったくおんなじ発想です。「これが最後」、40年変わりません(爆)。このときも、廃止がけっこう延び延びになって、実際にはもう1年、この組み合わせは見ることができたのでしたが。。。

たしか、放課後に四条通までチャリンコで行ったのかなあ。今から考えると、夜になると市電は運休になったのでしょうか。薄暮の状態で、鉾に灯がともったところで、バルブしたかったなあ。あ、そうか、カメラ、ハーフサイズしかないやん、そんな写真撮るの無理やで(爆)

40年後の宵々山、久しぶりにそぞろ歩きと行きたいところでしたが、実家に泊まって茄子の炊いたん食べたから、まあ良しとしましょう。翌日の昼過ぎ、東京に戻って、夜に宵山のにぎわいをテレビで見ていました。今回はちょっと残念だったけど、来月は大文字がある。ちょうどその頃に仕事がありそうなので、そろそろ懸案の関西オフ会といきますか、枯れ鉄さん、somtamさん、皆さんご都合いかがですかあ!?

街~2011夏 「LIVEに行って来ました♪(36855)」

金曜の夜、祇園祭宵々山の京都に行ってきました。今年の宵々山コンサートは前の週末に終わっていたのですが、杉田二郎コンサート「From My Heart」、かなり無理やり夕方の新幹線に飛び乗って、府立大学の前、府立文化芸術会館に滑り込みました。

二郎さんがMCで言ってたんですが、ここ荒神口は、京都、いや日本のフォーク史に重要な場所だったんですね。立命館の二郎さんと、府立医大の北山さんが、毎日喫茶店「シャポー」(?)で音楽談義を戦わせていた、、、立命に広小路学舎っていうのがあったことさえ、今は忘れ去られた京都の歴史ですなあ。。。

こじんまりしたホールに似合う、アコースティックなライブでした。アンコールが終わっても、拍手が鳴りやまず、予定外でしょうか、2度目のアンコールが始まりました。「祇園祭の時に帰ってきて、歌わしてもらって…」ああ、もういけません。始まったのは、なんと「街」でした。もう、目頭が熱くなって、ぼろぼろでしたわ(笑)

そういえば、京都の街はいまも建築規制があるのか、主な通りの家や建物の高さが、僕らがガキの頃とそれほど変わりません。♪下駄の音、路地裏通り、古い美術館、、、背の低い山を見て君と僕のあした~~♪ 祇園祭のにぎわいの向こうに、路面電車の音が聞こえたような気がして、ただただ涙の夏の夜でした。

「大雪くずれ」の古戦場 「鉄道(27071)」

C11の逆向き牽引となる復路の「SLオホーツク号」を、北浜の丘の上からサイドで撮って、網走の長時間停車の間に、これまた懐かしい、昔、枯れ鉄さんたちとC581号機牽引の1527レを撮った呼人の網走湖畔に行ってみることにしました。

たしか、ユースホステルに素泊まりで泊まって、朝、ガキ鉄が連なって撮りに行ったのかなあ。荷物車から寝台車までが見事に連なった「大雪くずれ」の長大編成を牽いて現れたのはなんとなんと1号機! 嬉しかったなあ。そのSカーブを望む当時のアングルはほぼ特定できたものの、並走する国道との間に30数年で木々が成長していて、今日の撮影は断念せざるをえませんでした。

女満別、美幌、緋牛内と、当時のRF誌やRJ誌で見た、朝日に輝く1527レのすばらしい写真の数々を思い出しながら、次のポイントを探します。1970年代初頭、日本の各地で長距離夜行急行列車がまだまだ鉄道の主役で、人々の暮らしや夢をのせて走っていた時代にこうして思いを馳せることができただけで、ああ、今日、来てよかったなあ、と満足感に浸れます。

緋牛内を出て、半逆光の丘陵地帯を終着北見へ向かう逆C11+PC+DLの編成を、丘の中腹の道路沿いから捉えました。あ~!という悲鳴もむなしく、踏切の傍に止まっていたクルマがファインダーの中を走り出したのはご愛嬌でしたが、京都のガキ鉄に半分戻ったような、オホーツク思い出巡りの一日が、暮れようとしていました。

北の後藤デフ 「鉄道(27071)」

「SLオホーツク号」の往路前向き運転で、海バックと花がらみをゲットできたので、あとはゆる鉄でいこう、折り返しの知床斜里で昼飯にしようか、と同行のGontaさんと話していたところで、やはりめったに来ないところでは保存車両巡りが欠かせないとケータイで検索。2つ先の駅、清里町のC5833号機を目指すことにしました。

北の後藤デフ装備機として人気のあったこのカマに、現役時代に遭遇したことは残念ながらありませんでした。意外とC58によく似合う、湾曲のない大型の後藤デフは、芸備線で別のカマを撮影したことがありますが、JNRマークはこのカマ独特で、走行写真を一度は撮りたかったものです。

斜里岳を遠くに望む公園に、33号機はデフもJNRマークもそのままに、やや朽ちた姿でたたずんでいました。ほんとうはC11よりも、こいつが今日、走りたかったのだろうなあ。7月の道東の爽やかな風に乗って、斜里で入換を行なうC11の汽笛が、ふと聞こえたような気がして、またまた時の流れの残酷さに、深いため息をついてしまいました。

花匂う浜辺 「鉄道(27071)」

枯れ鉄さんに確認してみたいところですが、1972年春の北浜では、もう1
曲、「さすらい人の子守唄」も口ずさんでいたような記憶があります
♪旅につかれた若い二人に~~、「風」に続くシューベルツのスマッシュヒットですね。

♪はまゆうの花匂う浜辺で、海を見つめて泣く二人~~京都のガキ鉄が訪れたのは流氷の季節でしたが、夏にここにやって来たら、海辺の花が色とりどりに咲き乱れ、、、カニ族の大学生のお兄さんなら、女の子と海辺で泣いたかもしれませんが、我々が歌いながら思い浮かべていたのは、そこを走るC58の牽く混合列車だけでした(笑)

翻って2011年初夏。北浜からすぐにクルマをスタートさせると、原生花園の手前で、黄色い花が咲き始めたポイントに鉄な皆さんが集まっていました。おそらく、満開にはまだ少し早いのでしょうが、ああ、これだったんだなあ、と、結局現役蒸機の時代に夏に来ることのなかった釧網本線で、長年の宿題を果たしたような気がしました。

だからわたしは北国へ 「鉄道(27071)」

翌日(7/3)はJL1183便で女満別へ向かいました。♪朝はまだ眠ってる、北国のしじまのなかを、突き抜けて一番列車がいま走り抜ける~~まるで、39年前、枯れ鉄さんたちと北浜駅を見下ろす丘に登ったときと同じように、チェリッシュを鼻歌で歌いながら(笑)

復活蒸気列車としては、初めて北見~網走~斜里の、C58の古戦場を走るSLオホーツク号。いまも強く印象に残る北浜の流氷、朝の網走湖畔の1527レ、、、上越重連2日目をさておいても、今日だけは、京都のガキ鉄の記憶に、会いに行きたかったのでした。

枯れ鉄さんたちと登った北浜駅を見下ろす丘は、今は綺麗に整備された公園になっていました。快晴のグッドコンディション、昔との比較写真を撮るには新しい障害物が多く断念しましたが、北浜入線を撮るお立ち台にアングル確保。♪恋の戦争に破れた乙女は寂しくて~~と再び同じ歌うたっているうちに、薄い煙をのんびりと吐いたC11が青いオホーツクの海をバックにやってきました。

幻の重連を思う 「鉄道(27071)」

佐倉さんからコメントいただいて、え?1971年10月に最初からC61は日豊本線の平坦区間で運用されたのでは?と思って調べてみると、あとの5輌の僚機より先に宮崎入りしたC612号機が、試験的に宮崎以南で運用されたという事実があったようです。知りませんでした、、、というか、忘れているだけなのかもしれませんが(爆)

夕方に都城を出る5590レ、これまた懐かしいなあ。「LIGHT PACIFIC 70」伝説の表紙、山之口ギラリ。今で言うところの馬下ギラリみたいなものでしょうか(笑)これを撮れた当時の大人が、今でも羨ましく思います。それが、C57とC61の重連だった時期もあったとは……撮った人がおられれば(おられるのでしょうが)、羨まし過ぎます。。。

そう考えると、今C61が行く上越路も、門石や楠ヶ丘あたりに見えてきました。そうか、青井岳の鉄橋を長く、川幅を広くしたら大正橋じゃないか(笑)SLブーム絶頂期といえども、今日の沿線のように、これほど多くの鉄が群がることはなかったでしょうが。

この日(7/2)は往路を2度撮っただけで、上毛高原から帰りの新幹線に飛び乗りました。お昼の水上、そして翌日もお祭りが続く上越線ですが、曇りアングルの成功に満足しながら、踵を返して、きたやまおさむツアー千秋楽の五反田へ。自分は自分ってわけで、アマノジャクな週末を過ごすことにいたしました。


重連の夏 「鉄道(27071)」

夏の重連といえば、ちょっと前はやまぐち号のC57+C56でしたが、今年は上越線の専売特許になりそうです。復活C61を中心に、シゴナナやデコイチ、さらに秩父のC58までゲストに迎えたデスティネーション・イベントの数々がすでにリリースされており、土曜日(7/2)はその先頭を切って、C61+C57重連が運転されました。

う~ん、これ、電化直前の日豊本線であったのかなあ、、、南宮崎への回送か何かの短い区間で運転された、ニュース欄の小さい写真を見たような、見てないような感じです。でもたぶん、1度や2度ぐらいはあったのでしょうね。あ、そうそう、C612号機の梅小路入り直前にC61+C55+C57のイベント列車というのはありましたね。

ま、過去の実績はもういいでしょう。このかっこ良さ、この煙を見れば、もう何も言いますまい。C57が前のほうが、バランスがいいんじゃないかなあ、と実際に見るまでは思っていましたが、C61の千両役者ぶりが、そんな不安を帳消しにしてくれました。

ヤギシブ大賑わいの初夏の土曜日。いろいろかまびすしい中の運転でしたが、ポールの間に2両のカマを抜かねばならないという、けっこう心地よい緊張感があって、痺れるままにシャッターを切りました。
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