♪春なのに~2011 「鉄道(27071)」

この日(3/27)、リンゴよりひと足遅く特急運用に入った栗ようかんでしたが、午前中は雲の多い天気で、満足の行くカットを撮影することはできないまま、お昼前に、おなじみの桜沢~都住の山バックのポイントに移動し、湯田中からの折り返しを待つことにしました。

この時間、まだ正面に日は回っていないと思っていたら、意外や意外、すでにほぼ桜田順光状態に近づいています。晴れ予報で急遽出動のハチマル29さんに現地で遭遇しましたが、相変わらずミリ単位の(笑)アングル微調整を寸前まで繰り返しています。その彼の三脚の下に、これまた微調整しながら、頭ひとつ、入れていただきました。

そういえば、知る人ぞ知る某有名ブログでは、雪をかぶったA編成の写真に「別れの朝」と題して、ペドロ&カプリシャスの名曲をオーバーラップさせておられました。懐かしJ-POPなら、負けるわけにはまいりません。柏原芳恵の名曲で、栗ようかんを送りましょう。受けて立とうではありませんか(爆)

♪流れる季節たちを ほほえみで 送りたいけれど
♪春なのに お別れですか 春なのに 涙がこぼれます
♪春なのに 春なのに ため息 またひとつ

戦士たちの休息 「鉄道(27071)」

最初に須坂を出区し、信州中野折り返しのB特急に入ったリンゴ編成を、小布施の鉄橋で待ち構えました。この有名ポイント、自分は撮影するのは初めての場所で、これまたやっと宿題を果たすという感じだったんですが、見事な桜田順光に誘われて、多くの鉄が集結しました。

次々と現われる友人知人と挨拶を交します。それがいつもと少し違うのは、皆さんそれぞれの表情に、微妙な緊張感やら何やらが漂ってることでした。被災地に失礼とか、鉄はレジャーだから自粛だとか、そういうことではなく、それぞれの生活や仕事に、今回の天災は多大な影響を与えていて、それぞれの土俵で戦っている。つかの間の休息が、桜田順光での撮影となれば、それにこしたことはないのでは。。。

心配されたゲリラ雲に邪魔されることもなく、D編成がフル露出のもと、美しいカラーリングを輝かせて鉄橋にさしかかります。同行の皆さんは立ち位置がバラバラになってしまいましたが、レンタカーの後部座席から「今日も奇声を」とおっしゃっていた鉄人騎士さんは、おそらくとんでもない叫びを上げられたのでしょうね(笑)

須坂。3月27日朝。 「鉄道(27071)」

先週に続いて、土曜夜に長野に入りました。いつもの居酒屋、信州長屋酒場へ。今回はいつものGontaさんに加えて、我が鉄友のなかでも宴会ならこの人、S屋さんも満を持しての長野入り。仕方ありません、やはり鉄は鉄らしく、休日に一定の消費をすることにいたしましょう。。。

新幹線を降りる前からちらちらと降っていた雪が、夜になっても断続的に続いています。ひと晩で積もるほどではなさそうですが、明朝はもしかして雪景色?と思うと、3月末で可能性が低いとわかっていても心が騒ぎます。ま、信州の美酒酒肴、ほろ酔ううちに、どうでもよくなってしまいましたが(笑)

翌朝。ゆけむりと雪猿を休ませて、日中の特急運用に入る、栗ようかん&リンゴの最後の競演を前に、栗ようかんはまだ雪をうっすらとかぶっていました。その後ろに、先に出区するリンゴが登場、まさに昇りつつある朝日を浴びています。この時点で見守る鉄はまだ数人でしたが、これから繰り広げられるラストショー、どうやらドラマチックなものになりそうな予感がしました。



明日でお別れ 「鉄道(27071)」

朝に須坂~長野を1往復したリンゴ編成が、小布施へ回送された後に側線に展示され、その横を普通列車運用のマルーンや、特急のロマンスカーやNEXが次々に行き交うというのが、この日(3/20)の粋な計らいでした。

駅のホームでは、さまざまな2000系グッズが販売されていましたが、これがなかなか、出来がいいんですね。中でも、リンゴのコインケース、栗ようかんのマグカップなどは秀逸で、私も思わず購入。次々にやってきた友人知人達も、皆さんついつい財布の紐を緩めておられるようでした。

お昼前、この日のメイン、マルーンとの並びカットも何とか押さえて、信州中野からの折り返しを沿線で待つことにしました。晩秋ならばリンゴがたくさん実っていたであろう、まだ春浅い枯れ野のアップダウン。昼から雨の予報に反して、まだ太陽のパワーは残っていて、栗ようかんの顔が誇らしげに光っていました。

そして明日。2000系A編成は、最終運用の日を迎えます。

リンゴ出動 「鉄道(27071)」

この日(3/20)の長電ですが、リンゴこと2000系D編成も朝の普通列車運用に入り、栗ようかんことA編成名残りの一日に花を添えました。夜明けとともに日が差してきた長野市内、続行で上っていく2本を桐原駅で撮影後、そのまま折り返しを待つことにしました。

三角屋根の木造駅舎に、有人の出札口も残る、好ましいストラクチャー。実際の出札はほとんど券売機になっているものの、昔日の地方私鉄の駅を今に伝えるホーローの駅名標や注意書きが随所に残っていて、ぼんやり見ているだけで、あっという間に待ち時間が過ぎていきます。

そういえば、上信、上州からここ長野、日本海に抜ければ富山、福井など、信越から北陸にはまだまだ古い時代の地方私鉄の匂いが残っていますね。リンゴと栗ようかんのおかげで、こうした昭和の香りのする駅を記録することができました。残された機会にきちんと仕上げたいと思いつつ、小布施へ向かうリンゴ編成の後ろ姿を見送りました。

夜明けのマルーン 2 「鉄道(27071)」

夜明け前に長野へ向かったA編成は、今日(3/20)は信州中野往復の日中の普通列車運用に充当されることになっており、我々も走行写真を狙おうと、朝陽~附属中学前の有名ポイントへ移動しました。今日の天気では、バックの山は期待できそうになく、正面がちにマークを強調しようかと思っていました。

ところが、現地に着くと、ゆっくりと上がってくる朝日に淡く照らされて、バックの山々がくっきり浮かび上がっていて、冬にはよく見えなかったスキー場の様子までが見てとれます。あとは、目の前の線路まで何とか日が差してくれますように。。。

3月中旬の朝6時半。かなり明るくなったとはいえ、雲の切れ間から太陽が顔を出さなければ、まだ苦しい露出です。やがてファインダーに姿を現わした栗ようかんは、どんよりした画面の下に沈んでしまいそうでしたが、カーブを描くにつれて、前面窓が鈍く光り、通過と同時に、同行のGontaさん、鉄人騎士さんから奇声が上がりました。

夜明けのマルーン 「鉄道(27071)」

長電にはいくつか古い駅舎が残っていて、2000系とのコラボレーションの記録は、残された課題となっていました。ことに、長野市内の桐原は、車窓からも見える三角屋根が印象的で、2月にロケハンはしていたのですが、実際に撮影には至っていませんでした。

夜明け前。すっかり常宿となったコンフォートホテルを出発し、古い町並みを縫って、桐原ヘ向かいます。いわゆる旧市内というのでしょうか。古い伝統産業を継承する人形屋があったかと思えば、つい最近まで日本の何処にでもあったような酒屋や本屋があったりして、嬉しい気持になります。

今日の予報は曇りのち雨。白み始めた東の空は、朝日の色を帯びてはいませんでしたが、室内灯の優しい明かりは、まだ照明の落ちていない駅舎の三角屋根と絶妙のハーモニーを奏でて、いよいよ引退迫る栗ようかんの旅路を照らしていました。

前日。雪晴れ 「鉄道(27071)」

次の富山発を婦中鵜坂の陸橋あたりで撮ろうと、クルマはいつものコースで速星駅前に差しかかりました。何気なく通り過ぎようとすると、同乗の鉄人騎士さん、さすがの注意力です。「あ、キハ、止まってる! 交換?!」

あとから調べると、この849Dはもともと交換待避で停車時間があり、加えてこの日(3/10)
は対向の特急が少し遅れていたために、思いもよらぬもうけモノとなったわけでした。急いでクルマを停め、駅のはずれにカメラを構えます。

千里でときどき顔を出していた太陽が、すっかりフル露出となって、美しいサイドライトを演出しています。駅の古い跨線橋をバックにしたこのアングル、いつかやろうと思っていた課題の一つが、最後の最後に、こうした偶然で達成できるとは。。。

翌日、最終運転を迎える飛越線のキハ28・58。このあとの1往復も、晴天で押さえることができて、充実感のうちに富山空港へ。午後からはいつもどおりに仕事をこなし、翌日も、いつもどおりの金曜日の朝を迎えました。午後の定例会議が終わったそのときから、こんなに自分の生活さえも一変するとは、想像もつきませんでした。

夜が明けて 「鉄道(27071)」

越中八尾で始発の28・58を見送ったときに降っていた雪は、夜明けとともに止んで、雲の間から薄い日ざしが差してきました。富山からキハが戻ってくるまでに若干の余裕があるので、千里のセブン-イレブンで朝食を兼ねた休憩としました。

そうか、ここ飛越線に来ると、いつもこのセブンか、速星のローソンだったけど、もう来ることはないだろうなあ……そう思っていたのに、意外と、すぐまた来てしまう、鉄はその繰り返しだなあ、などと、今考えたら随分のんびりしたことを思っていたものです。

同行の鉄人騎士さんと、この雪ならクリスマスツリーが狙えるかな、などと話していたのですが、雪は思ったよりも早く、溶けていきそうです。とりあえず、オーソドックスなアングルで確実に行こうと、目星を付けていた踏切にアングルを決めました。

849D通過5分前。まさかまさかの背後の山の稜線もうっすらと見えてきましたが、ここはキメ打ちのアングルで行こう、と贅沢な迷いを振り切って、「ありがとう28・58」の雪景色シチサンに集中しました。

3月10日朝。なごり雪。 「鉄道(27071)」

先週木曜日の朝は、富山にいました。前日から無理やり休みをとって、「ありがとうキハ28・58」のお名残り鉄。前夜の越中八尾往復の乗り鉄も、激パというほどでもなく、ガキ鉄時代から慣れ親しんだ国鉄形急行気動車の乗り心地に、しんみり身をまかせていました。

例によって居酒屋でブリ刺し食って、外へ出ると、大粒の雪が降っていました。夜の間に止むとの予報どおり、5時前に富山のホテルを出発するときにはすっかり小降りになっていましたが、越中八尾への小一時間は再び大粒の吹雪の中、慎重な運転を強いられました。

なごり雪にしては、なかなか派手な雪だなあと思いながら、駅のはずれの歩道橋に上がっていくと、窓の外には、2月に見た雪の夜とはまた趣の違った、夜明け前の幻想的な風景が広がっています。

ゆっくりと、明るくなっていく3月、春の宵。やがて富山からの回838Dが到着。「ありがとう」のヘッドマークには白いフィルターがかかってしまっていて、折り返しの一番列車の発車時刻を迎えても、雪はまだ深々と降っていました。

MY SWEET HOME 「鉄道(27071)」

仙台出身の知人のブログで、毎日働く東京から、故郷に寄せる思いを綴った素晴らしい文章を読みました。そうか、家族や友人がいくら心配でも、今は新幹線でわずか2時間弱の故郷に帰れないのだなあ。それって、のぞみで京都に帰れないのと同じことか、と我が身に置き換えてみると、厳しい局面が、ほんの少しだけ、わかるような気がします。

阪神大震災のとき、我が京都の両親や友人、大阪の妹一家や友人も、幸運にも無事でした。なぜかすぐに電話が通じたため、事態の深刻さを知ったのは、夜にテレビを見てからでした。それと同じどころか、それの何倍もの深い思いが、今日も計画停電で間引き運転の通勤電車の中に、いくつも交錯していたのでしょう。

夜になると、人通りが少しまばらになり、道行く人にどことなく緊張感が漂っているように見える状態が、いつのまにか当たり前になろうとしている東京の街。明日も頑張ろう。それぞれのMY SWEET HOMEに思いを馳せながら。

頑張ろう 「鉄道(27071)」

被災地の皆さまにお見舞いを申し上げてしばらくブログを休むか、しばらく経ったら何もなかったかのように再開するか、迷いました。迷った結果、そのどちらでもない方法をとることにしました。今日からまた、鉄な写真を見ていただこうと思います。

このブログをご覧いただいている皆さま、金曜日以来、さまざまな困難に直面する皆さまと、ご家族、ご友人、仕事の関係者の皆さま、とりわけ人生半ばを過ぎて公私共に奮闘する同年代の皆さまへ。

頑張ろう。私も、皆さまの頑張りを励みに、頑張ります。

ありがとうの春 「鉄道(27071)」

EF81貨物や、これまた今改正での引退が報じられた583系改造の「食パン電車」こと419系を立山バックで撮ったあと、幸運にも「北越6号」が国鉄色でやってきたのですが、時すでに薄雲たなびく夕暮れとなり、Vカットの量産とはいきませんでした。

18時半、富山駅でレンタカーを返して、キハ58・28の定期運用をバルブしようと、入場券でホームに入ります。買おうと思っていた「ありがとうキハ」の記念乗車券・入場券のポスターにはすでに「完売御礼」の貼り紙があって、いささかガッカリでしたが、、、

わずか2輌分、4つの乗車口にすでに長い列をなして乗り鉄の皆さんが待ち構える中、「ありがとう」のヘッドマークを付けた国鉄急行色ユニットが入線してきました。そういえば、旧車両引退時の「ありがとう」というフレーズ、ここ数年ですっかり定着しました。今回のおわら盆のイラスト入りのマークも、越中の風土に年中行事にありがとうって感じで、微笑ましくて好感が持てますね。

19時11分。懐かしいタイフォンをホームに残る撮り鉄の耳に響かせながら、888Dが発車。運転席背後と通路には、たくさんの鉄が立っていて、土曜夜に家路をたどる、いつもの乗客の皆さんが肩身が狭そうです。すみません、あと数日なので、何卒ご容赦お願いしますね(笑)

立山連峰 2 「鉄道(27071)」

昨日(3/5)はまた、富山へ行ってきました。ほんとうは平日に「ありがとう58・28」のヘッドマーク付きを撮りに行きたいところですが先週はチャンスなく、うまくすればまた昼間の代走でもないものか、との魂胆で、盛り上がるC61公開運転をよそに、羽田からNH883搭乗と相成りました。お~、我ながら何という天邪鬼(爆)

はい、魂胆は外れました(笑)晴天の婦中鵜坂の陸橋に鉄の姿なく、やってきたのは所定のキハ120単行……夜のバルブまで、氷見に魚でも食いに行って温泉でも入るかと思ったところで、先日の代走時に、Gontaさんの影武者が「立山バックの有名ポイントはこのあたりから意外と近い」と話されていたのを思い出しました。

ナビに東富山駅を設定、i-phoneで検索して水橋寄りの鉄橋の手前、小さな神社を目指します。いやはや、今さら言うまでもありませんが、便利な時代になったものです。ひと昔前なら、あてずっぽうで地図を見ながら。ちょっと前でも、ケータイで誰かに電話して「あのポイント、どうやって行くの?」と尋ねたものですなあ。。。

踏切脇の神社はすぐに見つかり、すでに10数人の鉄な方が待機していました。眼前に広がる立山連峰の美しさは、まさにハッと息をのむものでした。年間晴天率の低さでは全国屈指だという富山で、この光景が見られること自体が、あまりにもラッキーなのかもしれません。

やがてやって来た長いコンテナ貨物の先頭に立つのは、EF812号機。JR-Fの81更新機の常で、前面と側面に白帯を巻いていますが、もはやそんな小さいことはいいでしょう。40年の雨や雪に耐えてきた風格が、背後の霊峰に一歩もひけをとらず、ファインダーの中に聳え立っていて、こちらも負けないように気合を入れて、シャッターを押しました。



立山連峰 「鉄道(27071)」

土曜日はすっかり靄の中だった立山連峰ですが、前回の訪問時(2/2)には、冬空に聳え立った姿を、くっきりと見せてくれていました。順番が逆になりましたが、このときも幸運にも昼間の代走があり、そのおかげで、こうした朝にはみられない光線状態で、立山バックをものすることができました。

それにしても、このときご一緒したパンタの下の中段さんにもコメントいただいたように、この雪景色が20日余りですっかり春めいてしまいました。沿線高校の中間・期末テストに合わせて、この代走は春にも初夏にも、秋にもあったわけですから、四季の立山連峰と国鉄色キハのコラボを撮れなかったのが、今さらながらに悔やまれますが、仕方ありません。雪景色が最後に撮れただけでも、良しとしましょう。

いよいよ始まったヘッドマーク付きのラストラン、今日は順当に国鉄色が充当され、記念券はすでに一部が売り切れるなど、富山からのネット上の便りが気になります。もうこれだけ撮れたから十分だよな、という諦めと、やはり最後にもう一度、という欲望が、微妙な交錯を始めています(笑)

土曜日の代走 「鉄道(27071)」

いよいよ明日(3/1)からは「ありがとう」HMが装着され、さよならの記念乗車券も発売される富山のキハ58・28ですが、この週末の土曜日(2/26)、沿線高校の期末テストによる昼間の代走がありそうだという推測で、無理やり(笑)行ってきました。

2日前の木曜夜から、定期運用がジャージこと高岡色から国鉄色のユニットに差し替わっていて、沿線T高校のHPを見ると、「2月の行事予定」に「期末テスト~2/26」の文字が……1校だけで代走が発生するかどうかはわからないままに、えいままよ、とNH便の予約を入れました。

速星貨物を婦中鵜坂の陸橋と到着後の入換で押さえて、いよいよ正午前の代走タイム。残念ながら立山連峰は靄の中、稜線も姿も現わさない一方で、千里カーブの雪景色も数週間前が嘘のように、田園は雪解けで水ぬるむ春を迎えています。

踏切が鳴り、緊張の一瞬です。美しいツートンかジャージか、はたまた代走なしでキハ120のままか、、、雪解け水の泥田にところどころ影を落として、国鉄色の登場に、同行某氏(休日出勤のはず…笑)と思わず快哉を叫びました。
プロフィール

Author:品川530
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