夕陽が泣いている 「鉄道(27071)」

完璧バリ晴れの土曜ほどではありませんでしたが、曇り予報に反してまずまずの晴天に恵まれた、リンゴ編成定期運用最後の日曜日(2/20)。夜間瀬では懸案の駅前食堂のラーメン食って、駅手前インカーブのお立ち台アングルもクリアして、折り返しの停車風景をスナップしようと、再び、湯田中へ向かいました。

改札越しのリンゴをスナップしていると、JAPANレガシィをいったん自宅へ置いてきたのでしょうか、どこか身軽な雰囲気と思いきや、それでも大仰なビデオの三脚を抱えたKさんの姿が見えました。当方を見つけると、「ほらほら、Sさんだぞう!」……「わ、ほんとだ、Sさんだ!」傍らには、10数年ぶりにお目にかかる、奥様の笑顔がありました。

時は80年代半ば。春爛漫の伊豆多賀で、ロクイチの土曜踊り子を待っていると、通過20分前、九州から上京した遠距離恋愛の彼女を桜の有名アングルまで拉致ってきたKさんの笑顔と、「う~ん、もう! 伊豆へ桜を見に行こうというから来たのに、何よ、いるのはSさん!!」と彼女の泣き笑い顔が、いま懐かしく思い出されます。

旅の最後は、附属中学前の山バックのアングルにしました。何度来ても、なかなか思うように晴れなかったこの場所ですが、最後の最後に、今にも泣きそうな赤い夕陽の光が、線路面とその向こうの連山に綺麗に当たっています。去年から今年、予想だにしなかった頻繁な長野通いでしたが、旧友と酌み交わした酒、そして新旧問わず、一緒に線路端の時間を過ごした鉄友の皆さんのおかげで、いい感じのフィナーレになりました。

旧友のレガシィ 「鉄道(27071)」

湯田中バルブを終えて長野に戻ると、もう時計は夜10時を回っていましたが、今日は珍しい泊りがけでの撮影行、居酒屋タイムを欠かすわけにはいきますまい。駅前の路地裏に入って、ゴハチ時代からの旧友・長野のKさんに教えられた郷土料理の店を目指しました。

KさんのJAPANレガシィといえば、面識があろうがなかろうが、長電沿線に通われた方なら、ああ、あのクルマね~となるのではないでしょうか(笑)この日の昼間も、夜間瀬、上条、桜沢と3か所で遭遇、夜の居酒屋までご一緒できなかったのが残念ですが、俊敏な動きと天性の笑顔は相変わらずで、20年ぐらい前に戻ったような雰囲気でした。

翌朝(2/20)、まだ明けやらぬ須坂で早速JAPANレガシィと遭遇、今日はお別れにリンゴに乗るのだというKさんと別れて、桜沢へ向かいます。Gontaさんは有名な雄大俯瞰ポイントへ、私は例によって平面撮り、アウトカーブの踏切近くでスタンバイします。

ドン曇りやゲリラ雲を考えたら贅沢は言えませんが、今日は彼方の山も薄く霞んでいて、昨日ほどのド晴れにはなりそうにありません。信州中野で折り返してきた、ラストサンデーのリンゴB特急を後追いで、慎重にタイミングを測って、連写に入りました。

湯田中バルブ 「鉄道(27071)」

長電のリンゴ編成撮りに行ったこの前の週末やけど、やっぱり長野ちゅうのは微妙に東京と大阪の真ん中で、撮影地では関西から来はった鉄な人にぎょうさん会いましたわ。夜になって長野に到着しはったGontaはんと湯田中へバルブしに行ったら、風呂上がりの奈良のWはんから、こっちはもう上がりや、がんばってやあ~と声がかかりましたでえ。

京都の枯れ鉄はんは、今もようこのへんにスキーしに来たはるみたいですなあ。自分は大学から東京へ行ってしもうたけど、関西で大学生してたら、うちらの年代は志賀高原へスキー行って青春してたんかもしれませんわ。あ、そやそや、大阪から異国のロンドン行かはったHさんはどうやったんやろなあ。えらい遊んだはったんとちゃうかなあ(笑)

湯田中の駅やけど、今も温泉旅館の看板とかぎょうさんあって、雰囲気ええなあ。旧駅舎に足湯とかあって、ナマ足のかわいい姉ちゃんがおったりして、Gontaはん、目の色変えたはるわ(爆)自分もついついドキドキしてしもうたけど、今日はしっかりバルブせんとあかんでえ。夜のリンゴ編成見るのは、たぶんこれで最後やからなあ。。。

Dear Yoshi!
メールおおきに! うれしかったわ。これでええか(爆)北びわこ、シゴナナ撮りに、いつか行こな。楽しみにしてるさかいな!

ラボとスリーブとルーペと 「鉄道(27071)」

フィルム時代の思い出、ちょっと続けます。月曜の夜、19時前は終わり間際のラボに駆け込んで、スリーブの上がりを受け取り、そのままビューワーでルーペを覗き込むのが楽しみでした。今と違って、あの露出は当たっていたのだろうか、あのバルブの秒数はどうだったのか、ドキドキしながら、袋から出したスリーブをパラっと広げたものです。

そんなとき、隣のデスクで同じことやってる見知らぬスーツ姿のサラリーマンから声がかかり、よく見ると、撮影地でよくお見かけする方だった、なんてこともたびたびありました。デジタルRAW現像の時代となった今、パソコンの画面との孤独な対話、それはそれで楽しいのですが、ときどき、あのラボの空気が無性に懐かしくなります。

今まででいちばんの晴天に恵まれた土曜日(2/19)の長電、夕方の上り特急は、ここのところ気に入っている桜沢~都住の踏切で撮ろうと、同行のS屋さんをお連れしました。桜田順光よりは正面がちの光線ですが、この日も前面窓の曲線ギラリが印象的なライティングになり、帰ってからRAW現像で少しシャドウ補正をしただけで、イメージ通りの色合いになりました。

リンゴ最後の週末 「鉄道(27071)」

週末に泊りで撮影に出かけて、まだ疲労の残る月曜の朝。連続する会議が気になりながらも、カバンに撮影済みのフィルムを入れて、昼休みには足早にラボへ……数年前までは、月曜はいつもそうでした。今朝、家を出るとき、「おい、フィルム持ったかあ?自分」などと、久しぶりに思ってしまいました。

この週末は、久しぶりの1泊2日の週末ベタ鉄(笑)でした。実はこうみえても、鉄以外にいろいろやることはあり(爆)、フィルムで撮ってた昔と違って、土日でもほとんど日帰りなんです。が、長電リンゴ特急、最後の定期運用の週末に好天の予報とあらば、今週だけは、行くしかありませんですなあ。。。

リンゴこと2000系D編成は、栗ようかんことA編成が定期運用から撤退した後も、2/25まで、元NEXが就役するまでの間、代走運用に入っています。数日前には代走の代走に元日比谷線が入ったという情報もあり、リンゴ編成がはたして最後の週末を飾ってくれるのか、ちょっと心配でした。お昼少し前から靄が晴れて雪の残る山々も美しい姿をみせる中、孤高のランナーが、麗しい前面の曲線を早春の日差しに光らせながら、1往復目の長野へのラストスパートに入りました。



梅小路発の蒸機列車 「鉄道(27071)」

1972年・きたぐに51号の妄想はさておき、50代のオヤジと化した横浜の大学生・S屋さん(笑)と京都の高校生の2011年湖北への旅は、シゴナナ&12系の素晴らしいコラボレーションを愛でながら、無事、夕刻、米原でのビール反省会に至りました。

ふと思い出してみると、1972年、梅小路開館当初の、あのC622牽引「SL白鷺号」も、D511牽引の「伊賀号」も、みんな客車は12系でしたね。計画では、天橋立に行くコースなんていうのもありました。これはたぶん、シゴナナが12系牽いて、保津峡走ったんだろうなあ。あ、そうそう、悲劇の「京阪100年号」も12系でした。

今なお走る「北びわこ」は、その時代から連綿と続く、梅小路発の蒸機列車のイメージを色濃く残しているように思えて、嬉しくなります。一時は、京都発着に延長し、東海道線内はゴハチ、なんていう噂が流れたこともありました。イゴマルが本線にほとんど出なくなった今、それも、夢物語になってしまいましたが。。。

いつの日か、「北びわこ」に梅小路の別のカマの登板や、京阪神からそう遠くないところにもう1か所ぐらい、蒸機+12系の走る線区の選定を、JR西さまにお願いしたいところです。そして、梅小路へ帰ったC571号機には、今年もすぐ、「やまぐち」の季節がやってきます。

妄想~きたぐに51号 「鉄道(27071)」

1972年冬。すっかり電化工事の進んだ羽越本線に、C57牽引の臨時急行「きたぐに51号」が運転されました。いつもは在来型客車の長大編成になることの多いこの臨急ですが、今日は最新鋭の12系、それも5輌という、ファンにはありがたくない短編成で、平野部のポイントに陣取ったマミヤやペンタSP、ニコンFの砲列からがっかりした嘆声が洩れています。

今日のカマは、新津のスター・1号機か、はたまた地味ながらも美しい若番の19号機でしょうか。ファンの間では、梅小路入りを控えた1号機が、間もなく土崎工場に入場する、どうもそれで植樹祭の御召整備をするのではないか?という噂が、まことしやかに流れています。いずれにせよ、雪国新潟から、暖かい京都に行ってしまう1号機には、最後の雪との闘いのシーズンになるのですね。

1号機の雪景色は最後だねえ、と横浜からの大学生がつぶやくと、横に三脚を立てていた京都の高校生が、「京都も日本海側とか滋賀県の奥のほう行ったら、けっこう雪降りまっせえ。数十年後に、イベント列車で意外と見られるかもしれへん」と、言葉を返しました。

妄想、終わります(笑)この写真は2/6撮影です。今年の北びわこ、雪とシゴナナという素晴らしいシチュエーションが実現、12系原色車とのコンビも絶妙で、しばし40年近く前の世界に、心地良く浸ることができました。

孤独の旅路 「鉄道(27071)」

70'sの二ール・ヤングの名曲とは何の関係もありませんが、夕暮れに栗ようかんを見送ってしばらくすると、予報から数時間遅れの雪が降り始めました。あっという間に大粒になった雪が、湯田中から帰ってきた栗ようかんのさよならヘッドマークを隠すだけでなく、レンズに吹き付ける雪片が乱反射し、須坂でのバルブは散々な結果に終わりました。

まさかまさかの夕陽の幸運を抱いて、もう今日は店仕舞いにしますか。心はいつしか、長野駅の居酒屋の、毎度おなじみ1000円の晩酌セット……同行のGontaさんと、どちらからともなく、そういう結論になり、18時過ぎにやってくるリンゴのB特急をスナップして、長野へ戻ることにします。

そうか、明日からはもう、リンゴだけなんですね。この日(2/12)限りで、栗ようかんは3月のイベント運転を残すのみとなり、あとはスノーモンキーのデビューまでのわずかな日々、リンゴ編成が定期運用で、孤独の旅路を続けることになります。それも、わずか10日あまり、、、雪に打たれるリンゴの後ろ姿が、昨日までよりずっと、寂しげにみえました。

花束特急 「鉄道(27071)」

こちとら急な出撃にもかかわらず、レンタカーでピックアップしていただいた先乗りのGontaさんと、夜間瀬から桜沢に移動し、夕方のA編成を迎え撃つことにしました。どうもここのところ、信州中野から長野寄りの平野部のほうが、晴れを引く確率が高いことからの、藁をも縋る(笑)判断です。

ここまで山を下りてくると、線路面の雪はすっかりなくなっていましたが、いい感じの斜光線がまだパワーを保っていて、栗ようかん通過までのあとわずか数十分、ただただ、鉄の神様に、最後の僥倖をお祈りします。結果的に、1/2段ほど露出は落ちましたが、マルーンの車体や前面窓の曲面にキラリと最後の夕陽が輝いて、思いもよらなかった晴れ写真をいただくことができました。

ちょっとこの写真ではわかりにくいかもしれませんが、栗ようかんの運転席には、花束が置かれています。帰りの新幹線で、モニタで拡大して初めてそれがわかったのは、Gontaさんも同じだったようで、翌朝、ケータイにその旨、メールをいただいて、通勤電車の中で、思わず、じ~んときてしまいました。



誰が名づけた、栗ようかん 「鉄道(27071)」

昨日(2/12)は、長電2000系A編成の定期運用最終日でした。この連休は、初日に仕事があったり、ちょっと風邪気味なせいもあって、長野出動は見送るつもりでした。それが、桜沢激パとか、スキー連盟レガシイ登場とか、現地からGontaさんのツイートが逐一入ってくるにつれて……はい、急いで仕度して、10時過ぎのあさまに飛び乗ってしまいました。

しかし、誰が名づけた栗ようかん。小粋な和菓子が揃う小布施をはじめとして、いやはやこの沿線の落ち着いた雰囲気にふさわしいネーミングですね。おそらく、マルーンっていうのが最も一般的なニックネームでしょうが、栗ようかん、ちょっと軽い感じもしますが、捨てがたいニュアンスです。あ、酒呑童子さん命名の茶坊主、というのも、これまた小布施や松代の古い町並みにしっくり来そうです。

予報は午後から下り坂で、良くても粉雪の中の撮影を覚悟していました。それがどうして、まさかの日が差しています。それならば順光アングルを、と先週、沿線で久しぶりにお会いしたtecchankuroさんに教えていただいた夜間瀬進入に決定。やや薄日にはなりましたが、ほぼ晴天露出+雪レフという素晴らしい条件下、ねぎらいのヘッドマークを付けた栗ようかんが、耳に優しい独特のモーター音とともに、カーブを回ってきました。


寝た子を起こす子守唄 「LIVEに行って来ました♪(36855)」

今夜は、豊島たづみさんのライブに行ってきました。小田急線を祖師ヶ谷大蔵で降りて、商店街をまっすぐいった、書店の3階の謎のカフェ。お客さんの数は、休日朝の夜間瀬鉄橋の鉄と同じくらいの12、3人でしたが、いやあ、いいライブでした。行ってよかったなあ。

豊島たづみさんといえば、何といっても「とまどいトワイライト」がメジャーです。え?知らない?……すみません、今日は歌謡曲ヲタ、いきますので、わからない方もお許しを(笑)1979年、TBS系ドラマ「たとえば、愛」の主題歌。そういえば、このドラマの主役のDJ・九条冬子を演じていた大原麗子さんも亡くなっちゃったんですね。。。

ちょうど社会人になる年の冬から春にかけて放送されたドラマでした。脚本の倉本聰さんがまだ北海道に行く前でしたが、「とまどい~」が流れるタイトルバックには雪中を行くDD51の客車列車が登場していました。これから新生活の期待と不安を胸に、木曜10時、テレビの画面に見入っていたように記憶しています。

シングルのB面が「寝た子を起こす子守唄」。今日のライブではこれも聴けたし、再デビュー後のオリジナルの数々も楽しめました。DE10とキハ58。1979年当時はあまりにもあたりまえだったこの並び、30年後の今、わざわざ富山なんて~とおっしゃる向きにも、寝た子を起こすのに十分なシーンではないでしょうか(笑)

千里カーブ 「鉄道(27071)」

夜明け前の西富山でパンタの下の中段さんと合流して、まずは千里のカーブに向かいました。現地に着いてしばらくすると、だんだんと明けてくる東の空に、立山連峰の稜線がうっすらと浮かび上がってきます。どうやらVな天気(笑)になりそうです。

ここまで晴れそうだと、逆光側から撮るのもなかなか魅力的です。踏切を行ったり来たりで迷った挙句、結局は光の当たる側に構えることにしました。もう二度と撮れないかもしれない、千里カーブの雪晴れ、やはり慣れないことはやめておこう、との判断です。。。

実は、バックの雄大な景色のわりには、線路の至近に障害物が多いのが、この撮影地の難点というか、ウデの見せどころでもあります。これまたズーミングをさんざん迷った挙句、いくつかのシャッターチャンスを設定しました。結果的に、300mmで遠景を捉えたファーストショットが、この朝の空気をデジタル画像に残してくれました。

雪あかりの夜 「鉄道(27071)」

越中八尾から富山に戻るキハ58・28の車中は、行きと違って閑散としていて、パンタの下の中段さんとゴハチ(EF58です…念)時代の思い出話をしているうちに、すぐに富山到着の時間となりました。北陸線のダイヤの乱れのせいか番線が変更され、所定では入らない4番線と聞くとバルブせざるをえなくなり(笑)、回送を見送るともう9時近くになっていました。

駅を出て、三脚を抱えたまま大急ぎで居酒屋を探します。冬の富山、キトキトの魚を食べないわけにはいきますまい。ブリ刺し、ブリ大根、ホタルイカ。生ビールとこれだけじゃあ、バランス悪いけど、今日はいいバルブだったし、まあいいか(爆)

平日の夜に、地方都市の居酒屋で飲むなんて、次はまたいつのことになるか……後ろのテーブルからは、地元のOLお姉さん二人連れ、会社の先輩と後輩なのでしょうか、部長がどうの仕事がどうの、に混じって、彼氏がどうの結婚がどうの、、、富山では昨日と同じ夜が、居酒屋でもやはり、深々と更けていくのでした。

ホテルまで、ネオンと雪あかりの街をいい気分でフラつきながら帰って、翌朝、まだ夜明けやらぬ西富山から、これが最後になるかもしれない、名残りの急行気動車との半日がスタートしました。予報は午前中晴れ、58・28のライトが線路面の雪を煌々と照らすだけて、まだ山の稜線は姿を現わしていませんでした。

ああ屋代線

ツアー客の皆さんが車内に戻ると、須坂への発車時刻です。駅舎の本屋側から対向ホームに戻って、後追いで駅舎がらみのカットを押さえることにしました。2000系A編成が屋代線を走るのは、おそらくこれが最後の機会でしょう。信濃川田の何気ない昭和とも、お別れです。

なあおまえ~~、Myoldsteamerさんご指摘のとおり、フォークルです。北山さんの声です。そういえば、退官後の北山さん、ステージでこれやるようになりましたね。というのはさておき、やはりsenrobataさんもそうでしたか。リンゴ、リンゴと言ってたけど、渋くていいじゃないか、マルーンも(笑)信濃川田でお会いした、senrobataさんの真剣な表情、むべなるかなですなあ(爆)

その長電屋代線ですが、地元協議会による廃止方針決定のニュースが、一昨日、伝えられました。古くは上野からの直通急行が湯田中へ向かったメインルートも、今や閑散たるローカル路線に凋落してしまい、社会実験の効果やさらなる具体策もなかったのが残念です。

昨年、この駅舎で写真展をされた米屋浩二さんの写真展「アジアン鉄道で行こう」が新宿で開催中です(2/10まで)。中国やタイ、インドなどの鉄道と人々をめぐる素晴らしい作品を拝見しながら、もう一度、この駅舎で写真展を!とお願いしてしまいました。

越中八尾、冬深々と 「鉄道(27071)」

先週の火曜日(2/1)、定例重要会議のない、奇跡のような平日が訪れました。飛越線ではどうやら、急行色キハ28・58の運用が継続しているようです。北陸の豪雪も一段落の予報、これは行くしかない、と夕刻の羽田からNH便で富山へ飛び立ちました。

おわら盆やセンター試験を除いて平日限定の高山本線28・58は、いつ運用がジャージこと高岡色に変わってしまうかもわからず、勤め人にはきわめてハードルの高い存在です。懐かしきツートンが夜の富山駅に入線してきたその瞬間、迎える数人の鉄とともに、思わず歓声を上げたくなりました。

ゴハチはゴハチでも、EF58時代の知人にバルブ場面でばったり。ご一緒に越中八尾までの乗り鉄を楽しむことにしました。富山発19時11分。冬の夜、家路をたどる学生の群れ、(まるで我が鏡を見ているような)疲れた感じのオヤジサラリーマン、文庫本を読むお姉さん、人々の生活を映し出しながら、キハのアイドリングの音が優しく夜のとばりに溶けていくようです。

折り返しの越中八尾の駅は、冬の闇にぼんやりと浮かび上がっていました。おわら盆の賑わいほどではありませんが、冬も週末には町のあちこちでライトアップや民謡まつりが行なわれていると聞きます。今日は何もない平日の夜、ただ深々と、夜が更けていきます。

信濃川田葡萄色 「鉄道(27071)」

次のリンゴ代走はお昼過ぎなので、その間に、屋代線で運転されるマルーン編成のイベント列車を撮りに行くことにしました。Gontaさんともども、屋代線は不案内なので、昨年、米屋さんが素晴らしい写真展をされた、信濃川田駅の木造駅舎をとりあえず目指します。

ほんとうは電車移動ならもっと気分も盛り上がるのでしょうが、クルマで近づくときでさえ、おお、この先にはいい木造駅舎がありそうだなあ、という雰囲気がちゃんと漂ってるから、嬉しくなります。そして、ひと昔前なら日本の田舎のどこにでもあったような、期待に違わぬ佇まいが、我々を待っていてくれました。

マルーン編成が入線すると、ツアー客の皆さんが降りてきて、撮影会になりました。我々も端っこでご一緒させていただいたのですが、ひと通り編成写真を片付けたあと、お~そうだそうだ、駅舎がらみを押さえなければ、と待合室の側に移動します。

リンゴ編成より先に、ダイヤ改正と同時に引退することが決まっている葡萄色のA編成の存在感が、木造駅舎の風合いをフィルターにして、しっとりと心に迫ってきます。なあ、おまえ、リンゴリンゴと言ってるようだけど、と何処からか鉄の神様の声が聞こえたような気がしました。
プロフィール

Author:品川530
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR