大晦日の東京 「鉄道(27071)」

大晦日、それも昼間に東京にいるのは、10数年ぶりです。世紀末の頃から、毎年、中国から帰ってくるのは夜7時過ぎで、1年の終わりの日に、街がどういう表情をしているのかも、すっかり忘れてしまいました。

今年は、恒例の中国蒸機詣でがなく、のんびり近場で鉄しながら過ごした年末でした。昨日みたいに、冷え込む街角にコートの衿を立てた人々が行き交うのも年末なら、今日のように、晴れ渡った空の下、ああ、明日は新しい年だなあ、とふと感じるのも年の瀬だと思います。

特急シンボルマークがないのが残念ですが、大晦日のお昼前、新宿へ回送される、国鉄色の特急電車を、今年は何度も何度も降り立った東中野のホームでキャッチしました。マンダーラといえばただそれまでですが、冬の日差しのスポットライトがツートンカラーの顔に当たって、この季節らしい印象になりました。

ホームには、帰省の荷物やお土産を抱えた人たちが、緩行線の電車を待っています。東京や品川から西へ向かう家族連れもいれば、上野から東北や上越に向かうお姉さんもいるのかな。ふるさと行きの乗車券、風で飛ばさないように、皆さん、お気をつけて。そして、良いお年を!

P.S
今年もこのブログにお付き合いいただき、ありがとうございました。これから私も、品川からひかりで京都へ向かいます。戻りは4日になります。来る年も、どうぞよろしくお願いいたします。

去りゆく両雄~常磐線 「鉄道(27071)」

今頃になって、EF81の代走を追う、あさはかな自分……宇都宮から3輌だけが田端所属になり、臨客や工臨に運用された20数年前のゴハチが彷彿されたりして、いてもたってもいられなくなるのです(笑)95号機が入っている安中貨物の翌日の運用、常磐線・泉発のコンテナ貨物2092レを追って、今日(12/29)は日立の先まで行ってきました。

暮れの常磐道は、高速1000円除外日のためか、大きな渋滞もなく、中郷SAでGontaさんと合流して北茨城インターへ。はい、もちろん、ここで降りるの、初めてです。いくつになっても、初めて乗る鉄道路線と同様に、初めて走る道も、いいものです。

ネット上では、やっと今日、シゴナナの新津への返却回送が行なわれることが噂されているようです。その会津に大雪をもたらした雪雲の残党が、時おり常磐路の海岸線を覆って、小雨まで降らせていましたが、8195の通過30分前には、再び、冬の青空が広がりました。

つい先日、常磐線の貨物は後藤さんになり、2012年春には651系の撤退もすでにアナウンスされています。おいおい、「スーパーひたち」っていったら、最新鋭特急の代名詞じゃないか、と思いますが、デビューから20年経つ、JR黎明期からのベテランになってしまったのですね。幸か不幸か(爆)、EF81と651系、去りゆく両雄が、一つのファインダーに収まりました。

究極の国鉄色 「鉄道(27071)」

仕事納めの今日、挨拶回りも午前中で終わり、あとは会社に戻って、良いお年を……というところで、安中貨物代走に虹ガマことEF8195号機が充当されたとのニュースが入りました。予測はしていたので、実はカメラをカバンに忍ばせていたのですが(爆)

かたや、明日の安中貨物につながる2097レには、後藤さんが登場したようです。となると、年内の代走は今回の95号機でおしまい?……12月初めの定期運用最終日といい、つくづくこの機関車は、ラストランやメモリアルランに縁があるようですね。

先日、友人のブログで、95号機の虹色にこそ、国鉄の匂いが色濃く宿っているという一文があって、フムフムと唸ってしまいました。たしかに、国鉄の末期も末期、民営化の半月前に登場したこのレインボーカラーは、当時の国鉄のジョイトレ志向、バブルへ向かうイベント志向、そして後にネタガマと称される鉄の特定機関車志向に、すべて合致するものでした。

もうひとつ付け加えると、「北斗星」の上野発一番列車も、この95号機が先頭に立ちました。民営化前後からの20年以上、田端のEF81の中でもこのカマだけが、ずっと同じ塗色で特急、そして貨物牽引の任についてきました。陸橋の長い影がファインダーの寸前まで伸びて、短い冬の夕陽に鈍く光るその色は、痺れるような輝きに満ちていました。

師走の代走鉄 「鉄道(27071)」

ここ数日、常磐線では、安中貨物のEF81代走が続いているようです。また、「カシオペア」牽引機のほうでも、青森のEF81が二度も連続で代走するという、師走の珍事が起こりました。代走鉄、大忙し。撮るほうとしては、貴重なシーンの連続ですが、新形式の増備に際して田端所検修のご苦労には、ただただ頭が下がります。

代走……考えてみると、この言葉が鉄の間でポピュラーになったのは、わりと最近のことのような気がします。形式変更、運用復帰、予備機の定期運用充当、、、今まではどういう言葉で表現していたのか、意外とよくわからなかったりしますが(笑)そういえば、大昔は蒸変運転なんていうのもありました。DD54の初期故障で、福知山のC57が……枯れ鉄さんなら覚えてるかな(爆)

今日(12/26)の安中貨物は、いまだ御召用の銀挿しが眩しいEF8181号機が充当されました。好天に誘われて、午前中の所用の後、常磐道を水戸インターへ。あとわずかの師走、忙中閑あり。11月と同じ場所で待ちましたが、居並ぶ鉄の雰囲気にも、定期運用置換え直前の尖った感じがなく、どこか長閑な空気が流れています。

EF81にはあまり関心がない、とずっと公言していた当方ですが、実はこの81号機、EF81のなかではずっと好きでした。ロクイチやパックの絡みでイベントの脇役を務めているのを、実は好ましく思いながら撮っていました。そして今でも、つくば万博御召牽引時の、キラキラした輝きを、実は深く忘れられずにいるのです。

白煙、矍鑠と消ゆ 「鉄道(27071)」

明治村の蒸気鉄道で、唯一、順光で機関車の写真が撮れるのが、起点の東京駅での転回~機回しシーンです。しかし、建物の影の伸びるのが早いこの季節は、13時過ぎのわずかな時間だけがチャンスで、最終日もここで、ギリギリまで日の当たるカットを狙うことにしました。

昭和40年代前半、まだ雪の降り積もる前の晩秋の北海道。クラウス15号もしくは17号の、小さな炭坑の駅での入換シーンが、もしかしたら、こんな感じだったのでしょうか。しかし、ほんとうは、羽後交通雄勝線の好ましい客車と一緒に、この光線で撮りたいところですなあ。もちろん、乗り物券を購入した乗客への配慮優先というのはわかるのですが、駅の発車も到着も撮れない保存鉄道というのは、う~ん、いかがなものなのでしょうか。。。

白煙、矍鑠と消ゆ。3度目のチャンスでは、もう線路まで影が伸びてしまっていました。転車台上のギラリを連写したところで、この日の撮影は終了です。出口のアンケート用紙にもついつい書いてしまいましたが、名古屋鉄道と明治村の関係者の皆さま、とりわけ、提案権や決定権をお持ちの皆さまが、もしこのブログをお読みになっておられたら、これから始まる復活へのご努力に最大の謝意と敬意を表するとともに、できましたら、もう少し、写真撮影への配慮をお考えいただくたく、切にお願いいたします。

春の記憶 「鉄道(27071)」

京都市電七条ステーションには、違う光線状態を求めて、前回より1時間ほど早く行きました。サイドライトや人物込みは履修済みとして、後は、バックの明治の町並みに光が当たっているカットが撮りたかったのです。

季節は初冬、村内のあちこちを彩っていた紅葉も、すっかり色を落としてしまいました。ふと思い出すに、40年近く前、ここに来たのは3月でした。中学卒業と高校入学を間近に控え、春の柔らかい光が10代半ばの京都のガキたちに降り注ぎ、いつか自分が50過ぎのオヤジになることなど、まったく想像もできませんでした。

つい先ほど、思い立って古いネガを取り出してきましたが、この写真と同じ路面電車に学生服のガキ達が鈴なりになっている写真は、どうも気恥ずかしくて、スキャンするのがためらわれました。そうそう、最近は20代あたりの写真さえ、そこに写ってる自分があまりに若過ぎて、思わず目を背けたくなります(笑)

ゲリラ雲が去り、古い町並みと長いトロリーポールに再び、日が差しました。今日1日だけは、遠い遠い春の記憶に、身をうずめていたいと思います。

遠足の行き先 「鉄道(27071)」

結局、また行ってきました。昨日(12/19)、カマ&京都市電、とりあえず最終日の明治村へ。雪晴れの陸東の誘惑を振り切って、早朝ののぞみ~名鉄特急を乗り継いで、先週の再履修をみっちりとやってきました。

先週帰って来てから、方々のブログを拝見していると、ここ明治村は、愛知県人の皆さんにとっては、幼少時代の遠足の行き先として思い出深い場所で、建物に対する知識は残っていなくても、蒸気列車や市電に乗った記憶は、けっこうくっきりと残っているのだそうです。

60~70年代の京都のガキはどうだったのだろうと、記憶をたどるのですが、小学校の修学旅行は伊勢志摩でしたが、遠足ははたしてどこだったか……あ、思い出しました、伏見桃山城、八瀬遊園から比叡山、ひらかたパーク。。。たしかに、当時のテーマパーク(笑)、明治村とどこか似通ったイメージがありますね。

師走の合い間の日曜日。園内に子供達の団体の姿はありませんでしたが、客車や市電の車内には、家族連れの笑顔がありました。そして、昼に園内のレストランで食べた「明治のカレー」は、片栗粉の甘さがほんのりしていて、昔の遊園地や動物園のカレーの味がしました。



閉園1時間前 「鉄道(27071)」

1年で最も日の短い季節。15時前になると、つい先ほどまでかろうじて当たっていた初冬の斜光線も、すっかり弱くなってしまいました。今日はそろそろ撤収かな、と折り返しの京都市電をもう一度だけ、待つことにしました。

緩やかな坂道の途中から、路面電車チックなアングルが、いい感じで見下ろせます。少し前には行き交う観光客で電車がすっかり隠れてしまうなあ、と思われたのに、今は通り過ぎる人影もポツリポツリで、離れたところからも人の入らない写真が何とか撮れそうです。

路面交差を整理する職員氏は、もう画面に入れてしまおう。人が通るかどうかはもう運次第だなあとカメラを構えていると、市電の到着を待つがごとくに、5人の家族連れの背中が、横一線に並びました。いつぞやの御茶ノ水ではありませんが、これなた、良き乱入になりそうです。

閉園まであと1時間。いやあ、思いのほか、楽しませてもらったなあ。「いい写真撮れましたか?」と職員氏に声をかけられ、思わずモニタを見せてしまった自分は、まだまだガキですなあ……というより、40年近く前の高校生についつい戻ってしまっていたのかもしれません。

明治の街角 「鉄道(27071)」

さて、蒸気列車の撮影が一段落したら、明治村のもうひとつの保存鉄道、京都市電のトロリーラインに移動することにいたしましょう。こちらは、40年近く前に訪れたときにはすでに動いていて、昭和46年3月、高校合格祝いに父親に買ってもらったペンタSP、私の一眼レフデビューはここでした。

たしか、路面電車っぽい雰囲気の場所はほとんどなかったなあ、、、かすかな記憶をたよりに、中間駅の七条に行ってみると、まさしくそこが、昔、1枚1枚巻き上げて、55mmの標準レンズで、心躍る気持でシャッターを押した場所でした。

何とか路面電車らしいアングルを探そうと、うろうろしていると、昼食に入った蕎麦屋の前で、バックに洋館を入れ込んで撮ることができました。そういえば、我が故郷、京都の街角には古い洋館がけっこう残っていましたが、最近はずいぶん少なくなりました。さすがに堀川通りのN電はぼんやりした記憶しかありませんが、古い銀行が並んでいた烏丸通りで市電を撮ったことが、ゆっくりと遠い彼方から甦ってきました。

これは、渋すぎる 「鉄道(27071)」

どうやら、お立ち台があるらしい、とGontaさんから情報が入ったのは、数日前のことでした。ほとんど開けたところがなく、森の中を縫うように走るここ明治村の蒸気鉄道。そのお立ち台も、行ってみると終日日陰で、桜田順光など望むべくもありません。。。

カマに完全に光の当たった写真をゲットするには、始終点の両方にある転車台を狙うしかなさそうです。お立ち台で会った鍋屋町さんたちから、午後の早い時間の始発駅が狙い目と教えていただきました。それにしても、ばけぺんさんからコメントいただきましたが、明治村がまったく鉄法か羅城かどこかのようで(爆)

その豪華メンバーが、そのまま転車台見物スペースに移動し、ゆっくりと回転する明治の蒸機の、わずかなギラリを待ち構えます。すでに手前には建物の影が伸びてきて、この光線状態もそう長くはないことが窺えます。サイドのクラシカルな切り抜きナンバーがキラッと光って、短い冬のドラマは最高潮を迎えました。

お名残り紅葉鉄 「鉄道(27071)」

この週末は、当初は首都圏でお誘いをいただいたネタがあったのですが、土曜日、急な所用で京都へ。実家に1泊したあと、帰りに新幹線を名古屋で途中下車して、明治村に行ってきました。何とほぼ40年ぶり、高校入試が終わった春、社会見学(?)で訪れて以来の、センチメンタル・ショートトリップでした。

ご承知のように、今月19日で、明治村で動態保存されている明治の古典蒸機と、京都市電が本格的なレストアのための長期運休に入ることが決まっていて、しばらく見られないとなると、これは最後の機会かも……と、時空を越えて(笑)腰を上げたというわけです。

公園保存鉄道の常で、なかなか開けたところがなく、撮影には苦労しますが、蒸機の起点駅のすぐそばで、まだまだ彩りを失わない紅葉を見つけました。この日(12/12)は初冬のクールな青空に恵まれ、画面を広角にシフトして、発車の一瞬を待ちました。

しかし、明治初期の蒸機が、よくぞ2010年の紅葉と青空に煙を上げてくれることだと思います。日本国内で数少ない、景観にも歴史にもマッチした保存鉄道はいったんお休みに入りますが、長期使用を前提とした修繕を経て、一日も早い復活を遂げてくれることを願うばかりです。

紅葉にもお別れ 「鉄道(27071)」

小布施でのリンゴ&リンゴ接近戦から、再び上条へ戻って、午後は赤く色づいた紅葉の山々をバックに、桜田順光でリンゴ編成を狙うことにしました。2週間前には、晴れれば逆光の早朝、曇りで捉えたアングルが、今日は素晴らしい光線状態で、順光晴れ露出を示しています。

来年の春から夏の引退がすでにアナウンスされている長電2000系にとっては、この季節、たわわに実ったリンゴとともに、バックの紅葉の山々とも、最後の邂逅になります。信州中野を境に、いかにも山間部の光や天候となり、美しい四季の変化を見せる沿線ですが、紅葉が終わるとやがて、白い冬が到来して、リンゴ畑も雪に覆われる日が多くなるのでしょうね。

鉄橋以外に引きのとりにくい長電沿線にあって、このわずかな直線は、素直な編成写真の撮れる貴重なポイントとなっています。順光、なおかつ正面から側面にかけてのラインがキラリと光る。リンゴ編成の美しさを最大限に引き出すライティングが、晩秋の彩りをバックに、ファインダーに広がりました。

元祖りんご狩り

いったん須坂へ入庫するリンゴ編成を、前回同様の村山橋・桜田で撮って、次はいよいよA特急代走を、まだまだ残るリンゴ・コラボで捉えようと、小布施へ向かいました。観光地として知られるここはまた、昭和38年、さる農場で初めて外部客向けのリンゴ狩りが始まったように、リンゴとは切っても切れない土地柄のようです。

この日(11/25)は午後早い時間までの晴れ予報、嬉しいことに、まだもぎ取りの済んでいないリンゴには晩秋の短い日差しが、しっかりと当たっています。そうなると、今度は逆に緑の葉にリンゴの赤が溶け込んでしまいそうで、これはこれでアングルに迷うなあ、と贅沢このうえない悩みに心地良く身をまかせます。

やっと遭遇した、リンゴ&リンゴのコラボ、晴れバージョン。ほとんど地面に座り込んでのスタンバイ。後追いでの微妙なシャッターチャンスを逃さないように、3輌目がファインダーに入った瞬間から、連写モードに集中しました。

代走の朝 「鉄道(27071)」

あわただしい師走の日々が続いています。明日の朝はかなり冷え込みそうですが、冬が来る前に~♪(笑)、もういちど~♪(爆)晩秋の長野に戻ります。ずっと行きたいと思いながら行けなかった2000系のA特急代走、先々週の木曜(11/25)に、初めて堪能してきました。

前夜に長野に入り、偶然にも連絡がついた旧友Kさんと、同行の新友(笑)Gontaさんと、郷土料理の旨い居酒屋へ。昔や今の鉄な話で杯を傾けながら、20年の時があっという間に過ぎていくような、いい時間を過ごすことができました。

翌朝。払暁の夜間瀬鉄橋に現われたのは、うれしいことにリンゴ編成! このまま、昼間のA特急代走に入る運用のようです。湯田中で折り返してくる間に、朝日よ昇れ!との願いは、スパン半分遅れて実現し、予定より遅いタイミングで、リンゴカラーが晩秋の朝日に輝きました。

ドラマチック未来電 「鉄道(27071)」

京葉線で201撮ったあと、よ~し、今日は駅撮り電車少年で行こうと、武蔵野線~常磐線で松戸方面へ移動しました。目指すは、千代田線直通の205系や営団、もとい東京メトロ6000系です。正統派の皆さんには物笑いかもしれませんが、実は最近、一度撮りたいと密かに思っていたのです。

京都のガキ鉄だった高校時代、ちょうどその頃デビューした千代田線や有楽町線の電車は、いやあこれこそ未来の電車だなあ、という斬新なデザインで、撮影するしないはともかくとして、目を瞠ったものです。それから30年、有楽町線にすでにその姿なく、千代田線でも代替の時期が近づいていると聞きます。

つるべ落としの夕陽の速度は速くて、松戸前後のお手軽駅先端では、周囲のビル影で思うようなアングルが得られませんでしたが、今日はお気楽電車少年、都心を縦断して代々木上原まで行ってしまうと、後追いながらやっとドラマチックな光線とアングルに遭遇しました。

しっかし、東京メトロの電車をメインに撮るなんて、この年にして初めての経験です。行き交う6000系をよく観察すると、ご多分に漏れず行先表示のLED化が進んでいて、文字幕は徐々に貴重な存在になりつつあるようです。線路面に伸びるビル影と追いかけっこしながら、文字幕の我孫子行きを、換算200mmで捉えました。

もうひとつのラストステージ 「鉄道(27071)」

昨夜は鉄な忘年会。JRの電機を中心に撮影を続ける猛者たちが集まり、EF81の常磐線ラストや、各地の今後の展開にああだこうだと話に花が咲きました。ちょうど改正当日のエア・ポケット。こういう週末に限って天気は良いもので(笑)、やがて宴席は、明日は何か撮るものないのか?!というテーマに移行しました。

あ、そうだ、京葉線の201系。いよいよE233系の分割編成の投入で秒読みとなっている、もうひとつのブラックフェイスが話題に上りました。聞くと、昼下がりの駅ホームで、桜田順光カットが手軽にゲットできるとか。オレンジはあんなに撮ったのに、こちらは全然撮っていませんでした。nagashima3さんのように、夏の早朝の外房も行かなかったしなあ。。。

はい、1枚だけ、撮ってきました。行灯なしの、スカイブルー。残存車はパンタからシングルアームに改装されているのが残念ですが、窓回りがズタズタになった西の更新車両よりは、良しとしましょう。LED全盛の昨今、昭和の鉄道車両らしい文字幕もいいですなあ。今回は蘇我行きでしたが、逆方向は当然、東京行きですね。これは、もう一度ぐらいは、撮ることになりますかなあ(爆)

秩鉄でギラリといえば 「鉄道(27071)」

皆野から16マイル(=26km)、熊谷方面に戻った武川は、この季節、晴れれば日没寸前に世にも美しいギラリに遭遇する、秩鉄きっての夕陽の名所として、鉄の間で知られています。この日(11/23)は私も、雲の合い間に出たり入ったりする太陽にやきもきしながら、ギラリに賭けようと決定、駅からの短いアプローチを急ぎました。

門デフK-9よ、空へ飛べ!……狙いは同じなのでしょうか。すでにアングルを低くして、先客の皆さんが待機しています。今日は並行する公道に駐車車両があって、どうも編成写真は困難なようで、背後の住宅の処理に迷いながら、やや正面がちにファインダーを決めました。

しかし、枯れ鉄さんと一緒に九州へ行った時代、夕方のギラリとか、門デフを空に抜くとか、考えたこともありませんでした。やっと手に入れた一眼レフで、それでも当時の雑誌の写真をお手本に、標準と135mmだけで、ああだこうだ考えながら撮っていた。それが今は、デジタルで感度を調節して、明るいズームレンズを駆使している。いい時代になったものです。

もしかしたら、このとき、年内の鉄な運をすべて使い果たしたのかもしれません。武川進入の汽笛が聞こえるとともに、キーンと夕陽が光り始めました。そのまま、そのまま!、、、その願いどおりにサイドを輝かせた112号機、もとい363号機のK-9が、夕焼けの空へ飛び立っていきました。

夕陽まであと16マイル 「鉄道(27071)」

いよいよ明日はダイヤ改正。常磐線ではEF81貨物のラストランも予定通り終わったようで、このあたりで、門デフK-7の走った晩秋の秩父に戻りましょう。ちょうど釣瓶落としの夕陽を追いかけるように走る、返しの5002レのドラマ、今年も印象深いものがありました。

晴れれば背後に武甲山を望む皆野の駅に降りたのは、初めてでした。短い交換停車があり、サイドライトを浴びた発車を狙うにはなかなか、とこの日の往路撮影でご一緒した地元の方に教えていただき、熊谷寄り、駅外れの踏切をめざしました。

この日(11/27)は残念ながら武甲山は雲に隠れていましたが、アウトカーブのアングルが門デフを強調するのに適していそうで、木造の駅施設(?)という格好のストラクチャーも残っています。最初は駅構内を広くアングルに入れていましたが、ズーミングを望遠方向に変えて、カマ中心に狙うことにします。

交換のイエローの101系がヘッドマーク付きで現われたとき、幸運にも日が差してきました。夕陽の色を帯びた白煙がちょっと切れてしまいましたが、かなり昔っぽい雰囲気にまとめられたことに満足しながら、続行の都営地下鉄(笑)で、16マイル先の夕陽の名所、武川へ向かいました。

虹色の残影 「鉄道(27071)」

門デフK-9で続けたいところですが、改正前前日の撮って出し、いきます。いよいよEF510への置換えが迫った常磐線のEF81貨物、その中でも根強い人気を誇る通称・安中貨物、またの名を東邦亜鉛、5388レを今日はちょっと無理やり(笑)、撮ってきました。

おおかたの予想どおり、95号機が特徴ある貨車を連ねて、やってきました。安中は今日で最後?とも、鉄の噂かまびすしい日に、このカマの充当とは、田端所の気遣いが感じられます。国鉄の最後の月に、この塗装で登場してから早や23年が過ぎ、本来コンビを組むべき客車はとうの昔に引退したのに、よくぞ今日まで、この姿をとどめてくれたものです。

常磐線ドシロートの私には、この撮影地も同じく20数年ぶり、科学万博御召以来でした。聞くところによると、この画面中央に道路のオーバークロスが建設中で、つい数日前は工事のクレーンでこのアングルは撮影不能だったとか。こんなところでも、国鉄の時代が、遠い遠い彼方へ消え去っていくのを実感せざるをえず、虹ガマの通過をただ茫然と見送りました。

門デフK-9 「鉄道(27071)」

遅ればせながら、11月下旬に2度ばかり、門デフK-9を見物に、秩父へ行ってきました。去年のCH-1は「K-7もどき」の現代版でしたが、今度はC58112号の現役時代のデフを模したリバイバル・ヴァージョン。関係者の企画力には、ほんとうに頭が下がります。

秩父山麓もまた、ようやく訪れた紅葉の季節。最初に出動した日(11/23)は朝の雨が5001レの熊谷発車までには上がって、寄居を過ぎると、じわじわと日が差し始めました。カーディガンを羽織ったぐらいでは肌寒い、白煙期待にはもってこいの外気温で、折りしも彩りが最高潮に達しようとする紅葉と、美しいカラーバランスを奏でています。

112号は志布志線というより、大分所属が長い機関車でした。活躍が長かったのは豊肥本線の大分口、「荒城の月」流れる豊後竹田あたりの紅葉も、きっと情趣深いものがあるのでしょうね。門デフ、時を越える。鉄も激パというほどでもなく、静かな秋の時間が、いい感じで流れていました。

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