鳥沢雷鳴 「鉄道(27070)」

お休みが3日となったトタH7編成ですが、先だっての日曜日(25日)には、甲府へのイベント列車に登板しました。てっきりH4編成のときのような「さよなら」のヘッドマークが付くのかと思っていたのですが、ただの「臨時」、、、

考えてみると、団体名も「201系H7編成甲府」となっていて、「さよなら」の4文字は、最後の10月の松本への片道運用以外には入っていません。そうか、そういうことは、これからも定期運用への登板があるのだなあ、と、ついつい都合の良い解釈をしてしまいます。

ロクイチ大月御召以来の鳥沢鉄橋でしたが、15分前からにわかに空がかき曇り、雷鳴最高潮の中を、水しぶきをあげたH7編成が通過しました。身体もカメラもびしょ濡れになりながら、これもまた、201系最後の夏のいい思い出になるのだろうなあ、とちょっと詠嘆調になりながら、駅への小道を戻っていきました。

P.S.
今日から夏休みに入り、今回はS屋さんとイギリスに行ってきます。ふとしたことから、あれよあれよのうちに実現した、大型保存蒸機撮影の旅です。いくつもの偶然や好意に感謝しながら、25年ぶりのロンドン、楽しんできたいと思います。帰国は7日になります。同じく早い夏休みに入る皆さま、いい旅、いい鉄を!

夏のミューズ 「鉄道(27070)」

あれは、AKB48前田敦子の「僕の負けだ」からだったでしょうか。最後の疾走を続ける201系H7編成フリークのオヤジどもの間で、線路に接近した屋外広告の女神たちと、オレンジの電車を絡めて撮るのが流行り始めたのは、、、

1ヶ月ほど前の藤原紀香の登場で、このジャンルが一気にヒートアップ(笑)、先週からのハイボール・小雪が飯田橋、次いで市ヶ谷に登場するに至って、ブームは最高潮に達しました。フェロモンたっぷり紀香様派と、無機質ながら仄かな色気の小雪様派に、微妙に別れているようですが(爆)

先週後半、仕事の空き時間とH7の運用を睨み合わせて、市ヶ谷で私もこういうの、撮ってきました。金麦の夏、檀れいも並んでいて、何年か経つと、あ~2010年の夏は、サントリーがウィスキー売るためにハイボールを流行らせたのだなあ、201系の最後の夏だったのだなあ、とまたまた生ビールで喉を潤すことになるのでしょう。

30年を走り続けたオレンジの電車は、アグネス・ラムのときはまだ走ってなかったにせよ、宮崎美子か真行寺君枝あたりから、夏のミューズを横目で見ながら、お濠端を疾走してきたのですね。月曜を最後に、お休みが3日、続きました。まだまだ、オヤジたちの最愛の酒の肴でいてほしいのですが。。。

国鉄新型直流電機の威厳 「鉄道(27070)」

威厳、というコメントを、枯れ鉄さんからも、somtamさんからもいただきました。いずれも、私と同じ西のご出身、ガキの時代に見た東海道の青い電機の颯爽とした走りを、今も強く記憶にとどめておられるのでしょうね。

高崎でのこの3輌の並び、シビレました。客車牽引の機会は少なくなりましたが、今も活躍を続けるP501、引退を前にブルトレ牽引機時代の細かい仕様が再現されたP535、そして、片エンドながらヘッドライトが1灯に戻された6019。これまた、2010年の高崎に起こった奇跡としか思えません。

70年代の京都では、EF60やEF65一般型の貨物が絶え間なく行き交い、たまに来るEF66と、深夜と「日本海」でしかやって来ないEF65Pが、C575号機とはまた別の感じで、ガキ鉄の憧れの的でした。「日本海」を牽く65Pが京都駅に入ってきて、先頭向かって駆け出したときのワクワク感は、今もはっきり覚えています。

実はこれらの写真、公開終了間際に、ロープが下げられたときの一瞬の撮影でした。国鉄末期の時代、各地で開催された並び撮影会で、じっと人の入らないシーンを待ち続け、「今だ!」とシャッターを押したのを思い出しながら、鉄の神様がくれた一瞬に、ただただ感謝していました。

素晴らしき並び~高崎2010夏 「鉄道(27070)」

浜松を58-157の撮影だけで切り上げ、一応、念のために調べておいたトンボ帰りの「ひかり」で東京に戻ります。この日(24日)は、高崎でも公開イベントが行われていて、カマの並び方や展示状況しだいでは、東京駅で新幹線を乗り継げば、何とか間に合う、という魂胆です。

新横浜の手前で、若い友人から伝言ゲームで写メが回ってきました。 お~~!! 思わず、ケータイの画面に歓声を上げてしまいます。5台並び、電機はすべてパン上げ、65Pが2輌いるところを見ると、535も出ているようです。仕方ありません、行きましょう。東京駅から「たにがわ」で、公開終了30分前に間に合うはず。。。

高崎駅から汗だくの急ぎ足で5、6分。最近、とんと見られなくなった、素晴らしき並びが、傾き始めた夏の太陽を背に、眼前に迫ってきました。ファン心理を考慮していただいた演出の数々は、いくら感謝してもしきれません。高崎には、昔から鉄の神様がおられて、そのオーラ脈打つ現場の方々のご努力が、下々の我々にまで功徳を施していただけるのでしょうね。

ここに来れば、まだ、こんな素晴らしい機関車たちがいて、ブルトレ時代、国鉄電機全盛時代だけでなく、御召列車やいにしえの流線型の時代まで、彷彿させてくれる。浜松でもそうでしたが、線路が本線とつながっているだけに、この臨場感たるや、凄すぎます。2010年にこれが味わえるとは、夢にも思っていませんでした!

 

 

青15号の終焉 「鉄道(27070)」

梅雨が明け直後のうだるような暑さを体感するのは、ここ数年、浜松工場の公開イベントに行ったとき、というのが続いています。今年もまったくジャストな週末になり、浜松停車の「ひかり」に品川で乗る段階で、すでに汗だくになっていました。

イゴナナ、噂通りに茶ガマになってました。原型小窓にワイパーも細くなり、サイドのフィルタも鎧戸から原型に戻され……これはもしかしたら122号機の解体部品でしょうか。そう思うと、綺麗な姿に感動はしながらも、どこか複雑な気持になります。

これでいよいよ、青いゴハチは、終わってしまったのですね。たしかに浜松生え抜きの157号機、新製配置当時の姿に戻すのが、博物館展示車両としては当然のことなのでしょう。長年慣れ親しんだ青15号のゴハチをもうこれでほんとうに見ることができなくなってしまったのかと思うと、これまた複雑ですが、122号機の解体もあったこの時代、157の博物館入りを素直に喜びたいと思います。

そして、このカマが博物館に入ってしまうと、このイベントに来ることももうないのかなあ、とここ数年の猛暑の浜松通いをぼんやり反芻しながら、足早に浜松を後にしました。

 

越すに越されぬ田原坂 「鉄道(27070)」

原田から鹿児島本線に入った復活急行「くまがわ」を追って、高速に入り、一路、南をめざします。鳥栖から熊本に至るこの区間は、随分前に列車で通ったことしかなく、ネットで検索しても、なかなか撮影ガイドも見つかりません。ダイヤと睨めっこしながら、とりあえず、高速の出口から近そうなところに目星を付けました。

瀬高の先の平坦区間でまず撮影し、次は植木インターで下りて、、、おお、いちばん近い駅は田原坂か、西南の役の、そして大昔のC59の古戦場、そうそう、かぐや姫の思いっきり初期には「変調田原坂」っていうのもありましたね。

雨は降る降る、布団は濡れる~~♪なんてまた鼻唄を歌っていると、いつのまにか曇ってきました(笑)ナビで見ると、田原坂の次の植木のすぐ先に、格好のカーブがありました。こちらにも、すでに先客数名、どこからかいにしえの大型蒸機のドラフトが聞こえてきそうな、風格のあるポイント。アウト側にアングルを決めてすぐ、58・65がこれまた風格のある走りで、本線をかっ飛ばしてきました。

さて、この先は……と、肥薩川線の八代口にナビを設定しましたが、高速の渋滞で、無情にも到着予想時刻は「くまがわ」通過の30分後、、、文字通り、越すに越されぬ田原坂~~♪となってしまい、踵を返して、福岡へ戻ります。気持を切り替えましょう。東京戻ったら、●(くろまる)出てないかなあ(謎爆)

 

 

 

夏の冷水峠 「鉄道(27070)」

遠出よりもオレンジ電車懐かしタイムを優先した三連休初日でしたが、中日の日曜は、ふらっと福岡へ行ってきました。いよいよ8月いっぱいとなった、JR九州の復活急行。一度は行きたいと思っていた筑豊本線の非電化区間を通過する「くまがわ」を狙おうという目的です。

冷水峠。SLブームの時代に鉄をやってた、ある一定以上の年代には、忘れられない山道ですね。私も、38年前に、一度だけ、行ったことがあります。原田に夜行列車で着いて、朝一番の列車で筑前山家で下車。そこからは、たしかバスで行ったのかなあ。で、帰りはたしか、軽トラをヒッチハイク(笑)

福岡空港から、レンタカーのナビを筑前山家に設定する時代が来ることになろうとは、当時の高校生には想像もつきませんでした。でも、峠に近づくにつれ、雑草の感じが変わってないことに驚きます。そして、最初に目指した大カーブは、雑草だけでなく逆光の光に覆われていて、昔日の面影を偲ぶのがやっとで、そこで写真を撮る勇気はありませんでした。

峠からずいぶんと下りてきたところで、格好の人道オーバークロスがあって、すでに数人の鉄な方が待機していました。残念ながら昔と同じアングルにはなりませんが、あとしばらくのうちに、顔面にもそれなりに日が回りそうです。先客の間に入れていただいて、ふとタオルで汗をぬぐったとき、38年前に来たのも、夏の暑い日だったことを、いきなり思い出しました。

 

梅雨明けの日2~西荻窪 「鉄道(27070)」

中央特快で戻ってくるH7編成を、今度は隣り駅の西荻窪で待つことにしました。北口から斜めに延びる女子大通りもほろ酸っぱくて懐かしいけれど、ここはやはり、南口出てすぐの、牛めしの松屋です。まだどこにでも松屋がなかった頃、吉野家と違って無料でつく味噌汁と、100円だったかな?の山盛りの生野菜が魅力でした。

その先の、山小屋風の喫茶店、まだあるのだろうか、と恐る恐る歩いていくと……ありました、「ダンテ」。カウンター席がなぜか一段低くなったレイアウト、変わってませんでした。その中には、ちょっと癖のありそうなマスターがいて、時々は奥さんらしい女性もいたのかなあ、、、いや、30数年を経て、今日は人の良さそうなご夫婦がいらっしゃいました。

ちょうど、かぐや姫が解散して、正やんは「風」、あとの二人はソロ活動を始めた頃でした。この街を出て行く今は~~♪、「荻窪2丁目」という唄もありましたね。「風の街」は、表参道とか原宿が舞台だったかなあ。あの時代の喫茶店は、こういう山小屋風が多かったなあ、と思うと、正やんの名曲「あいつ」のメロディも聞こえてくるようです。

アイスコーヒーを注文して、あ、そうそう、この店はクリームが最初から入っていたのだなあ、と思い出しました。それどころか、シロップも最初から入っていて、暑さに乾いていた口全体に、30年前の甘さが広がりました。

梅雨明けの日~吉祥寺 「鉄道(27070)」

猛暑の梅雨明けとなった三連休初日、05T運用に入ったH7編成撮影の合い間に、中央沿線思い出の喫茶店巡りで涼をとっておりました。さすが中央線、懐かしい喫茶店が全部ではないにせよ、それなりに残っていて、嬉しくなります。

大学入学から2年半ほど、東京で最初に暮らした街が吉祥寺でした。アパートがあったのが井の頭公園を抜けたところで、吉祥寺というと、今でも公園の木々を思い出します。ドキドキしながら乗ったボート、たしかここでボート乗ると別れるという都市伝説もありました。この季節、酔っ払っての帰り道、夜のベンチのアベック(死語!)が凄かったなあ(爆)

ホーム先端の駅撮りだけでなく、何とかこの街らしい写真が撮れないものかと、公園口からふらふらと、有名な焼き鳥屋のほうへ歩いていきました。狭い道を関東バスや小田急バスが行き交う、吉祥寺っぽいアングルを何とか切り取って、懐かしのカレーの待つ、東急裏の喫茶店へ向かいました。

千駄ヶ谷から神宮へ 「鉄道(27070)」

千駄ヶ谷のホームから望む中央急行線。快速線は通称で、本来は急行線と、senrobataさんのところでフムフムと唸りましたが、新宿御苑の緑をバックにしたこの構図も三度目の正直(笑)、都心撮影の大敵・カブリをやっとのことで撃退しました。

学生時代の中央線といえば、神宮行きを外して語れません。千駄ヶ谷か信濃町から神宮球場へ向かって歩いていくと、やがて六大学野球の応援や歓声が聞こえてきて、心躍り歩調も早くなりました。紺碧の空、ひかる青雲、燃ゆる太陽、精悍若き、早稲田の栄光、そしてチャンスはコンバットマーチ…相手校の若き血、おお明治、法政おおわが母校、セントポールウィルシャイン、東大の旗~~あ~~全部出てくる(爆)

早慶戦前夜の球場周りでの徹夜も、今となっては信じられないような経験ですが、平日にもつれ込んだ早明や早法3回戦のデーゲームの日、学生時代特有のゆったりした時間の流れを、奇妙に思い出すことがあります。千駄ヶ谷駅で待ち合わせしたM君や、あのNちゃんは、僕と同じだけ年をとって、今も元気でいるのでしょうか。

きっと、それぞれ、大変なんだろうなあ。2010年、50過ぎの夏。でも、どこかから、あのときの応援歌がいま再び聞こえてくるような気がして、カメラを持つ目頭が突然、熱くなりました。

しんみち通りから荒木町へ 「鉄道(27070)」

四ツ谷では、今までほとんど写真を撮ったことがありませんでした。まだまだ続くオールナイトフジみたいな(笑)201系H7編成の落穂拾い、先週は四ツ谷のホームで、トンネル突入や夜の停車に挑戦しました。

しんみち通りには、美味小屋という洋食屋があって、若き日のデートに使ったのを、H7編成を待つ間、突然、思い出しました。たしかシチューが名物で、チェックのテーブルクロスか何かが、いかにも街の瀟洒なレストランという感じでした。あ、もうひとつ、エリーゼという店はまだあるのかなあ、、、

四谷三丁目に近い荒木町によく行ったのは、20代の終わりから30代の初め頃、おでん屋からバーへハシゴしたのを覚えています。あの頃は、自分がいつも最若手で、説教くらいながら、先輩達の武勇伝聞きながら、おいおいおまえ、まだ飲むのかよ~と、頭を小突かれていました。

都会には珍しい、古いトンネルに吸い込まれていくオレンジの電車。そういえば、この角度で見たことは、あの当時もほとんどなかったなあ。逆に、上り電車に乗っていると、トンネルを出るなり、この街独特の明るい光に迎えられる、その一瞬ばかりが印象に残っています。

オレンジの雨 「鉄道(27070)」

♪オレンジの雨の中ぬれてる~~♪ 我々の世代の御三家といえば、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎。その一人、野口五郎のこの曲、中央線の電車とは何の関係もなさそうですが、オレンジの雨っていったいどんな雨なんだろう、と思ったのを妙に覚えています。

ここのところ、夕暮れに、雨がザッと来る日が続いています。今日も朝からカメラを持ち歩いていたので、雨の夜景でも、と思っていたのですが、ダイヤの乱れによりH7編成は昼前に豊田へ入区してしまい、残念ながらただ飲むだけの(笑)金曜日となってしまいました。

本来なら、雨のホームにも家路を急ぐ人々の姿がたくさんあるはずですが、この写真を撮ったのは先週の日曜、都心のホーム、それも東京行きの5番線には、ほとんど人影はありませんでした。どういうわけか今日は片目の独眼流、オレンジの雨が淡いスクリーンとなって、夜露に光っています。

夏はカレー 「鉄道(27070)」

暑いですね~ うだるような平日昼間の都心、ネクタイ姿で201系H7編成撮ったりするの、もう大変です(笑)今日あたりは、昼間だけでなく、20時過ぎても暑い、暑い……あ、帰り道にも行ったわけですが(爆)

神田駅の古いホーム、昼間の写真も押さえようと、数日前に行ってきました。ご覧のとおり、トタンがサンルーフ(笑)の部分があるのに、初めて気がつきました。飲んでばっかり、夜ばっかりでは、わからないことがあるものです。そうそう、そういえば、昔は神田は昼にカレー食いに行く街でした。

ガード下に、福屋というスタンドカレーがあって、割烹着姿のオバサンが数人、家庭用のカレーを数段辛くしたようなカレーを出していました。もう1軒、インドカレーっぽい店もあって、中央通りを越したところには、インド人がやってる店のカレーバイキングが旨かったなあ。

どの店も今はなく、ガード下の小規模チェーン店にも、まもなく閉店の貼り紙が出ていました。おいおい、夏なのに、神田でカレー、食えないのかよ、、、寂しい思いに茫然としながら、久しぶりのスマトラカレー目当てに、新橋へ移動することにしました。

 

緩行線23時 「鉄道(27070)」

上りの旧客を撮ってレンタカーを返して、20時前には東京駅に帰ってきました。今日のH7編成はどうなっているのかな?と携帯でチェックすると、1時間弱でこちらも東京駅に現われる運用で、ちょいと駅ナカでビール飲んで、神田駅に行くと、そこには、渋川で別れたはずのsenrobataさんの姿が(笑)

次いで、高尾行きを撮って帰ろうと思って行った御茶ノ水のホームにはnagashima3さんが……いやはや、201系オヤジ連合、皆さん熱心なことで……今日はこうなったら深夜の緩行線撮って帰りましょう、はい、とりあえず居酒屋へ、となるのは仕方ありませんでした(爆)

201系フリークの密かな注目を集める、早朝と深夜の緩行線アングル。nagashima3さんと、ほろ酔いオヤジが二人並んで、先日の飲み会でMさんに教えていただいた「通路アングル」に挑戦です。やがてホームと同じカーブを描いてオレンジ接近、そぼ降る雨がいい感じに光って、それぞれの家路を急ぐ人々の土曜日が終わろうとしていました。

 

ググッと旧客G-3! 「鉄道(27070)」

G-3デフに集煙装置という重装備のまま、D51498の牽く旧客編成! 昨日の土曜日(3日)、上越線で運転された「SLググッとぐんま号」は、まさしく鉄の心をググっと捉えて離さないものでした。予報は雨嵐雷(笑)、さすがに出撃をためらい怯みましたが、いやあ行ってよかった!

白いヘッドマークが目立ちますが、これは舞鶴線を行く「京都汽車ポッポの旅」だと思えば、腹も立ちません(よね? 枯れ鉄さん!)事実、70年代初頭、イベント列車のヘッドマークに腹を立てた中学生高校生がいたでしょうか。いませんよね~~いや、伊賀号や柳生号はいいけど、虹のまち忍者号は……以下省略、忘れましたよねえ、皆さん(爆)

舞鶴線の客車列車はあの頃、何両編成だったのでしょうか。京都発の923レなんて、敦賀行きと豊岡行きの併結でしたから、もっと長かったのかもしれません。草津線の朝夕の通勤列車は、ちょうど6輌ぐらいだったのかな……そんなことをあれこれ考えながら待つ、上州沼田の三脚の林に、遠くから野太い汽笛が聞こえてきます。

もうしばらく、この姿で運転されるという498号機ですが、重装備がすっかり板についてきたようにみえます。ほんとうは、貨車がいいのかもしれないけれど、やっぱり12系より旧客、しっくりじっくり、ググッときます。う~ん、鉄やっててよかったなあ。年にほんの数回感じる、幸福な一瞬が、颯爽と走り去っていきました。

 

 

DE10区間貨物 「鉄道(27070)」

飛越線~高山本線富山口では、DE10牽引の短い区間貨物も残っています。富山貨物~速星ですから、キハ28・58よりも短い区間ですが、氷見・城端線と合わせて、非電化区間を行くデイテン貨物として、今や貴重な存在となっています。

今回は、28・58の3本目を婦中鵜坂のオーバークロスでキャッチして、そのまま続行のDE10貨物を待ちました。というか、貨物の時刻をメモっていくのを忘れたため、現地で三脚を並べた皆さんのおかげで、すぐにやってくるのがわかったのですが(笑)

首都圏では常磐~武蔵野線の早朝に、DE10のコンテナ貨物がありましたね。ここのも、今度は国鉄色で撮りたいなあ、、、この場所はちょっと遠景に建物がたくさん入るのが残念ですが、こうして非電化を行く落ち着いたシーンを撮影すると、今度は石巻線あたりに撮りに行きたくなるから不思議ですなあ。。。

 

プロフィール

Author:品川530
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR