新宿メモリーズ 「鉄道(27070)」

翌日、201系突発復帰3日目の祝日(29日)は、やっと晴れ間の覗く好天となりました。早朝の各駅停車からの運用、早起きしてあのアングルを……と、あれこれ考えていたのですが、さすがに疲れもたまっていて、2つ目のヤマからの出動になりました。

新宿大ガード、今度は歌舞伎町側から高層ビル街をバックに撮ってみよう。光線はおそらく朝、の予想通り、ゴミ収集やタオル交換の業務用車両が行き交う、けだるい休日朝の歌舞伎町、靖国通りにたたずむと、長いガードにだんだんと陽射しが当たっていきます。枯れ鉄さんが通勤で毎日ご覧になっていたのは、この景色ですね。

誰かが酔っ払ってコマ劇場の前の池に飛び込むのが恒例だった、早慶戦の夜。歌舞伎町はいつも人を惑わす怖い場所で、それなのに足を踏み入れたくなる独特の魔力がありました。高層ビルの林立から、カメラ量販店全盛の時代、そして今、目の前のヤマダ電機には、何かの行列ができています。

上りがカブられて30数分後、東京駅で折り返してきたH7編成が、やっとオレンジのラインを1本、高層ビルの下にくっきりと描いてくれました。さあ、次のヤマが帰ってくるまで、久しぶりに歌舞伎町散策を洒落込みましょう。お昼は、アカシアのロールキャベツにしようかと、20歳過ぎの青い感覚が、いつしかじんわりと戻ってきていました。

新宿大ガード 「鉄道(27070)」

201系H7編成の突然の運用復帰は、どうやらE233系の臨時改造入場によるものらしく、3日間続くらしい、と鉄の間で期待は高まるばかりでした。2日目の28日、午前中の激しい雨を縫って走るのを出勤前に確認、午後からの回復予報に、仕事の算段を始めました。

3日走ってくれるのなら、宿題として残っているカットを、ひとつずつ片づけていこう。あ、そうそう、新宿大ガードも残っていたな、西口の歩道橋から歌舞伎町をバックに撮るアングル。そういえば、ロクイチをここでそのうち撮ろうと思いながら果たせなかったなあ。。。

昼間は武蔵小金井で寝ていたH7編成が、雨が上がるとともに出庫し、夕方から夜のヤマに入る、GW前の挨拶回りを済ませて帰社する前に、新宿でカーソルを合わせるとするか……まだ弱い小雨が降っていたことだけが想定外でしたが(笑)

ガードのたもとに、いまだに戦後の香りを残す横丁があり、このあたりは30数年前に初めて歩いたときと同じ、おどろおどろしい雰囲気を今も漂わせています。しまった!nagashima3さんに、線路の見える横丁の居酒屋を聞いておくんだった、と思いつつ、また明日もあるさ、と会社へ戻る丸の内線に急ぎました。

オレンジ・クロスの僥倖 「鉄道(27070)」

この日は意外とあっさりと報告レジュメに上のOKが出て、う~ん、昼メシさえ我慢すれば、ちょいと抜け出して次のヤマを撮りに行くことも可能かも……そう思うや否や、平日鉄用・簡易カメラバックを持って、御茶ノ水へ向かいました。

いい感じの薄曇りですから、入線シーンも捨てがたいのですが、ここは後追いで、聖橋と丸の内線をバックにした、古くからの東京の鉄道絵本アングルを復習することにしました。このアングル、数年前から何度も撮っていますが、そういえば丸の内線とのジャストクロスは叶わないまま。。。

ちょうどH7編成がやってくるのを見透かしたように、小学生のスケッチ教室(?)の隊列がやってきました。「わあ、赤い電車だあ!」と、そこまではいいとして、一人の子どもが「先生、今日は運がいいですよ。これは、世界に2つしかない電車です」……おいおい、2つしかないだと? 知ってるんだ、そんなこと(爆)

御茶ノ水を出ていく中央線快速電車は、ほとんど仕事を終えたような、独特の安堵感につつまれています。動き出した201系にフレームを合わせようとしたとき、聖橋の向こうを、絶妙のタイミングで丸の内線が横切っていきました。

突然のオレンジ・アゲイン 「鉄道(27070)」

早朝、八王子の友人からケータイにメールが入りました。ン、H7編成が? 東京行きに?……寝ぼけまなこで事態を理解するのに若干の時間がかかりましたが、今からなら間に合う!と、久しぶりの出勤前の平日鉄を決断しました。

すでに始まっている6輌編成でのさよなら運転ですが、まだどうも行く気にならず、ぼんやり遠くから見ている感じでしたが、通常の快速運用復帰となれば、話は別です。それどころか、何か所かの宿題を果たす最後のチャンス、、、急いで1日の201系と自分の仕事運用を確認します。

このS字も、緩行線にカブられたり、せっかくカブらなかったらピントが悪かったりで、今までに満足のいくカットが撮れていませんでした。本来、夏の夕方が順光のポイントですが、朝の8時半、時々出る太陽にやきもきしましたが、何とか予定通りの明るい曇りとなり、カブリもタッチの差でかわして、まずは宿題をひとつ、片づけました。

さてと。会社行って、午後イチの会議の準備が待ってます。今日の天気は下り坂で、昼前から雨の予報です。何とか仕事の合い間にもう1回撮れるか、、、ダメもとで工夫してみることにいたしましょう。





遅れてきた春 「鉄道(27070)」

今年の桜はちょっと遅いのかな?と思ってはいました。土曜日に磐西へ出動したT島さんから、咲花やっと満開直前との知らせに、去年より1週間か10日も遅いのか、目黒川だって遅かったはずだ、と今さらながらに、自分の桜前線は磐西が基準になってることに気づきます(笑)

GW直前の週末ですから、いつもの年だったら、上野尻か尾登あたりが満開でしょうか。それが今年はやっと咲花……まあ、天気も良さそうだし、桜と一緒にいささか遅れた今年の初ばん物、行ってみましょうというわけで、と出動を決断しました。

五泉か馬下あたりで一本桜を狙おうという案もあったのですが、ここはやはり咲花でいきましょう、と春の鉄密度ナンバーワンに今年もエントリーしそうな花回廊に、小さな隙間を探しました。相変わらずの人出ですが、すぐそばの温泉街から桜と汽車見物に出てくるフツーの人々を気にしなければ、それなりに静かな時間が流れています。

入線前の短い汽笛が聞こえると、奇妙な静寂があたりを支配します。停車中、いったん日が翳りました。それが、発車の汽笛が響くやいなや、桜の花々に明るい絵の具を挿すかのごとくに、春の陽ざしがゆっくりと戻ってきます。爆煙が上がる前の、ドレインと薄い煙のハーモニーが、遅れてきた磐西の春の開幕を告げていました。

門デフK-3 「鉄道(27070)」

2月の鹿児島では、動物園に市電とともに静態保存されているC57151号機も見てきました。長く熊本に所属し御召の牽引履歴もある美しい門デフのシゴナナ、ステーが長く取付位置も異なるK-3タイプ唯一の保存機です。

70年当時は、まだ熊本にいて、たしか1往復の短い旅客列車を牽いていたのかな、、、「LIGHT PACIFIC 70」では、御召時代の面影を残す煙室扉ハンドルや緑ナンバーが、宝物のように紹介されていました。

その後の吉松時代に、何度か撮る機会がありました。たしかに美しいシゴナナでしたが、C55との共通運用の列車でやってきたときの、微妙な気持を思い出します。それに、K-7の109号機や117号機よりも、前面ナンバーの取付位置が低く、ちょっと鈍重な印象がしたような記憶があります。

65号機、72号機、109号機、117号機、そしてC5557号機……あの頃の垂涎の門デフライトパシは、どういう運命のいたずらか、この151号機と宮崎の175号機を除いて、記憶の彼方へ走り去ってしまいました。37年前、たしか隼人駅で夕暮れの発車を見送りました。その光景を思い出しながら、今も黒光りするK-3の前を、なかなか離れられませんでした。

野ざらし機関車は今 「鉄道(27070)」

冬から春のこぼれネタ、続けます。九州キハ巡業の途中では、保存機訪問もそれなりにやっており、大分のC55同様、いつかきっと…が実現したのが、鹿児島交通加世田駅跡の蒸機でした。

中学生のとき、保育社カラーブックス不朽の名作「蒸気機関車」で、草むした南国の駅構内のはずれにたたずむ赤錆びた機関車を見事に捉えた広田さんの写真は、まだもののあはれも理解できない京都のガキ鉄の心にも、大きな衝撃を与えました。

当時はまだ日本のあちこちに、こうした「野ざらし機関車」が放置されていて、たしかRJ誌ではそのリストを掲載するコラムもあったような、、、西武の「くろがねのE」や久留米かどこかの駐車場の「ケ」とともに、加世田のカマはその代表格だったように記憶しています。

今はバスターミナルとなった加世田駅前に4号機ただ1輌が鎮座し、ほかのカマは一度は整備され記念館に展示されたものの、現在は再びバスの車庫の片隅に眠っていると聞きます。どこかまだ鉄道の駅前広場の面影が残る雰囲気の中、再び赤錆びてしまったカマは、野ざらしの運命から逃れられないがごとくの無常感を漂わせていました。

煌きのりんご特急 「鉄道(27070)」

予期せぬ風邪と腰痛で、久方ぶりの完全非鉄となったこの週末、パソコンのモニタと昔のポジで日本全国あっち行ったりこっち行ったり(笑)、、、思わぬ雪景色?の磐西も悔しい思いがしますが、ま、たまにはいいものです。。。

ブログアップからはこぼれたネタで、ごく最近のものでは、大糸線キハ詣でのついでに行った長野電鉄、いやあ、これがなかなかでした。なかでも、2000系りんご特急! マルーンの渋いカラーリングもいいのですが、何といっても、この「りんご」そのもののカラーが素晴らしい。

時間があるからちょっと長電でも……と言っただけで、ハチマル29さんからもGontaさんからも間髪いれず撮影地と光線についてのあれこれが返ってきて、いやはやローカルトレインVな皆さんの造詣の深さに、長電ビギナー、恐れ入るばかりでしたが。

遠い雪山をバックに、夕方の煌き、決まってしまいました。のっけから今後何度行っても出会えないような光線状態ですが、りんご特急の行く末も心配される現在、これはまた行きたくなるのが人情というものですね。

取り違え保存の謎 2 「鉄道(27069)」

現役末期、北と南に数輌ずつの残存機が最後の活躍をみせたC55ですが、青列車さんにコメントいただいたように、北海道でも静態保存時のナンバーの不一致が起こってしまいました。しかし、ファンの人気の高かったC55、それも残存輌数が北でも南でも少なかったのに、起きてしまうのですから、不思議です。

現在、小樽市総合博物館に保存されているC5550号機ですが、保存当初は「C5530」のナンバーを付けて保存されたといいます。30号機といえば、言わずと知れた最後の流改機、キャブの大きな丸みにその面影が残っていたことをご記憶の方も多いと思います。

今、50号機のキャブをみても、流改機でないことは明らかで、なぜ、30号機のナンバーを付けて保存されたのか、こちらも謎の彼方です。人気のあった30号機にあやかろうとする何らかの理由があったのか、あるいはこれまた単なる取り違えなのか、、、

こちらは、ある段階でナンバーが本来の50号機に戻されました。30号機としての保存期間はかなり短かったようで、誤りを改めるにしくはなし、と修正を決断された関係者の勇気には、大いに敬意を表したいものです。

静態保存時のナンバーの取り違えは、ほかにも9600に例があるようです。保存から30数年が経った現在、まさか新たな取り違えの例は出てこないでしょうが(笑)、北と南のC55をめぐる数奇なストーリーには、今なお我々を引きつけてやまない何かがありますね。

取り違え保存の謎 「鉄道(27069)」

先々週の大分では、ずっと前から気になりながらも実見が果たせていなかったC55の保存機を見てきました。C5553のナンバープレートを付けたC5546……なぜ、機番を取り違えて保存されてしまったのか、いまだに謎めいた、門デフのC55です。

思わずロッドやクランクに目を凝らしましたが、たしかにC5546の刻印が確認されます。どころか、テンダの形状などから、このカマはまごうことなきC5546号機なのに、「C5553」のナンバーを付け、説明板には冷水峠あたり(?)を走る53号機の現役時代の写真まで掲出されています。

ネットで検索すると、C5553号機が大分ゆかりのカマであったのが理由だったのでは?とか、休車留置時の取り違え?とか、いくつかの推測が語られていますが、保存から35年以上が過ぎて、もはや真相は藪の中となってしまいました。

ともあれ、保存機の少ないC55、それも(52号機と比べて)最もノーマルな門デフ装備機として、このカマが貴重な存在であることには変わりありません。そういえば、C57117号機と並んで、C55の最後を飾ったK-7の57号機が、南九州最後のさよなら列車を牽引しながらも、なぜ保存されなかったのかも、大いなる謎ですね。思えば門デフは、どこまでも鉄を惑わす魔力に満ちているのですなあ。。。

生きてます 2~ダスキン! 「鉄道(27069)」

もう10年ほど前のことでしょうか。休日のたびに、EF65の貨物運用を追って首都圏各地をうろうろしていた頃、新鶴見方面に行くと、午後の光線良好な時間に東海道を下っていく岡山持ちのワムやコキのカマが楽しみでした。若い友人が嬉しそうな顔で「今日はダスキンです!」と教えてくれたとき、最初は何のことだかわからなかったなあ。。。

時は過ぎ、新鶴見界隈ではもうEF65を見ること自体が少なくなって、関西では情景写真の第一人者、ひくまさんが、脚立をクルマに積んでEF65貨物を追う時代になりました(笑)ブログを拝見しているうちに、その楽しさが伝わってきて、久しぶりに貨物屋に戻りたくなり、ご同道をお願いしました。

それにしても、類は友を呼ぶとはよく言ったもので、程度の差こそあれ、休日に半ばやけくそで鉄に集中し、やっとの思いで気分転換しているのは、いずこも同じ不景気ニッポン、板ばさみ勤め人で、そんじょそこらのヒトとは集中力が違います。この日も、午後から休日出勤とかで、午前中ゆっくりすればいいのに、、、いやいや、飛んで火にいる夏、ならぬ春の虫がいたわけなのですが(爆)

ゴハチブルトレ時代から阪神間の有名撮影地として名を馳せた夙川カーブ、「順光です、ご安心ください」との力強いリコメンドで選んだアングルに姿を現わしたのは、ヒャクバン、ヒャクバン! ダスキンことEF65100号機の元気な姿を桜田順光で乱写したあと、、ひくまさんありがとう、とこみ上げる笑いを堪えることができませんでした。

生きてます! 「LIVEに行って来ました♪(36855)」

昨日の土曜日、大阪へ行ってきました。サンケイホールブリーゼでの「きたやまおさむレクチャー&ミュージック 生きてます!」、きたやま氏自身もMCで言ってましたが、大阪駅周辺は工事中で迷路みたいになっていて、まさに、ホールへの道も迷います~~♪でした(笑)

しかし、フォークルを受け継ぐアーティストは、時代時代に合わせて次々と出てくるもので、今回の行徳伸彦さんたちもまた、九州は若松で「夢」とか「水虫の唄」とかやってたというから凄いですね。バンドの名前が「D50 SHADOWS」、若松でD50? もしかして鉄?(爆)

加藤和彦さんを追悼する「早く逝こうとする君」、泣けました。胸が詰まりました。少し先を行くきたやまさんたちの世代を、いつも我々の世代は教科書みたいにしてきたところがあります。あと10年経ったら、自分もこんなこと考えるのかなあ……昔も今も、そう思ってしまいます。

朝イチのJL便で伊丹に着いてmコンサートの前には、ひくまさんに夙川へ桜見物に連れて行ってもらいました。そういえば関西は、103系、117系、381系、キハ181系などなど、どっこい生きてます!の国鉄形が健在ですね。そのひとつ、「雷鳥」仕業の減少した485系の金光臨が、花曇りのピンポイントを通過していきます。





桜の栞 「鉄道(27069)」

桜花爛漫と花冷えが交互に続く今週の東京。週末はどこに桜鉄に行こうか、と天気予報とにらめっこしていますが、う~ん、どこも今ひとつの予報のようで、、、逡巡しているうちに、今度は磐西の桜が始まってしまいますね(笑)

というわけで、今や桜は自分にとって鉄のテーマがメインになってしまいましたが、出会いと別れ、卒業式や入学式の季節に欠かせない風物詩だなあ、と今年の卒業ソング「桜の栞」を聞きながら思い出しました。AKB48、今や国民的アイドルへの道まっしぐら、ですなあ。

りんごの「ふじ」じゃあるまいし、とヘッドマークに悪態をついていた豊肥本線の復活「富士」ですが、豊後竹田での折り返しを待つ間に名物鳥天そば食べたり、日帰り湯に入ったりしているうちに、予報どおりの曇り空となり、もうどうでもよくなりました(爆)

ドン曇りにサイドがちのアングルもどうかなあと思っていると、枝振りの見事な桜のところに、何人かの先客の皆さんの姿が見えました。よし、これほど見事な桜の下なら、「ふじ」も気にならないのでは、という判断だったのですが、結果ははてさて。。。

ブルトレ転属回送?! 「鉄道(27069)」

初めての土地で何もわからず右往左往した前回と違って、今回はある程度目星をつけて撮影ポイントを探しました。とはいっても、ゆっくりロケハンをしている暇はなく、カーナビを頼りに、このあたりだ、えいやッ!と決めてしまう思い切りが肝心なのは変わりません(笑)

とにかく、ピンクの色合いを沿線に探します。先週、何となく目をつけていた場所があったのですが、現場に行ってみると想定外の障害物があって断念。わずか数分の停車時間のあいだに先回りするのはもうここらが限界、と半逆光の築堤でアングルを探すと、キラキラと輝く桜の木が、すでにほんの少し葉桜となって、佇んでいました。

ファインダーをサイドビューにフォーカスインすると、ちょうどDE+PC3Bが横位置に綺麗に収まりそうです。ウン、これなら熊本から大分へ転属回送する3輌のブルトレ客車ということで、「富士」マンガヘッドマーク問題も解決しますね(爆)

おいおい、りんごの「ふじ」じゃないんだけどなあ、、、と嘆いたのも遙か昔のことのように、桜街道を行くデイテンの客車列車というディープな世界に、思わず足を踏み入れそうで、自分が怖くなりました。。。

デイテンで行こう 「鉄道(27069)」

土曜の夜、再び九州へ飛びました。無理やりです。こうでもしないと、厳しい平日の気分転換になりません、、、というのは大げさで(笑)、ほんとうは、豊肥本線大分口の、なんでもないけど素晴らしい、時が止まったようなニッポンのローカル線ムードがすっかり気に入ってしまったのです。

先週のキハと同じ区間を走るデイテン+14系寝台3輌の復活「富士」が、マンガみたいなヘッドマークであることは、すでにネットの目撃情報でわかっていました。「FUJI」でも「HUJI」でもなく、「ふじ」かよ……でももしかしたら、昭和4年登場当初のテールマークはひらがなだったりして……そんなことはありませんよね(爆)

無理に「富士」にすることなく、ブルトレの特別運転とかでいいような気もしますが、まあいいでしょう。春爛漫の陽光降り注ぐ4月のローカル線、色褪せたデイテンに、同じく色褪せた青い客車の短編成。いいなあ、ニッポンの春。まずは桜田順光でワンカット、あとは桜鉄と洒落こむことにいたしましょう。



豊田の桜 「鉄道(27069)」

都内でもあちこちの桜が満開となった週末、一風変わった「桜鉄」に行ってきました。というより、行ったら桜が咲いていた、それも絶妙の場所、絶妙のタイミングで、、、美しきもののあはれを感じながら、日本に生まれてよかったなあと実感した土曜日でした。

ところは豊田車両センター、いや豊田電車区といったほうが座りがいいですね。留置線の端のほうに、201系最後の2編成が並んでいて、敷地外から眺められると聞き、吉祥寺に所用があったこの日、ちょっと足を伸ばしてきました。豊田の駅に降りるのも初めてのことで、電車内から見たことしかない基地に接近すると、今さらながらに気も弾みます。

外れに行き着く前に、構内中央あたりで201系の姿を見つけました。通電のために移動したのでしょうか。あるいは来週からのイベント運転のため、すでに編成分割が始まったのでしょうか。本線を挟んだ構外から1枚スナップしようとして、背後の事務棟のところの桜が静かに咲いているのに気づきました。

考えてみれば、ローカル線の駅だけでなく、機関区や電車区、貨物駅など、鉄道の施設と桜はなかなか縁深いですね。赤い電車は去年まで毎年親しんだ、市ヶ谷や東中野の桜が恋しくて、ささやかなお花見に、今日はここまで移動してきたのかもしれません。

花の宴 「鉄道(27069)」

大分へ戻る急行「火の山」を、早咲きの桜の並木に沿ったカーブで捉えました。彼方の高圧塔が残念なアングルですが、初めての豊肥本線、初めての追っかけでは、贅沢はいえません(笑)将来いつでも消せるのだし、、、というのにはまだ微妙に慣れていませんが(爆)

夏まで続く予定のJR九州のキハ巡業ですが、ブルトレ企画と同じように、これまた夢見る頃を過ぎても走る国鉄色、素晴らしい企画ですね。小ぶりのヘッドマークも、微妙なデザインのときもあるようですが、次は「ひかり」と聞くと、それはそれで期待してしまいます。

帰り道には、「なごり雪」の記念碑ができて、発車メロディにも使われているという津久見駅に寄りたかったのですが、それは次回の楽しみにとっておきました。もうひとつ、大分の機番取り違え(?)で有名なC55も。。。

今週末は、都内でも桜が満開となるようです。今年はほんとうに、お濠端や東中野で201系の姿が見られなくなってしまいました。豊田でイベント登板を待つH4、H7編成は今、桜吹雪や花見の喧騒を、静かに思い出しているのでしょうか。

春高楼の 「鉄道(27069)」

博多の前後で細かい停車を繰り返すリバイバル「なは」をもう1度撮ってから、と思ったのですが福岡市内の渋滞で断念、九州道に乗って、えいやッと高っ飛び、キハ58・65の「火の山」の走る豊肥本線大分口をめざしました。

カーナビを豊後竹田にセット。「荒城の月」の岡城址で知られるこの街はもちろん、大分口自体が初めてです。門デフC58の客車列車が走っていたことは雑誌で見たことがありますが、沿線風景にはまったく先入観がない。そう考えると、まだまだ日本のあちこちに、未知の場所があるのだなあ、とワクワクします。

国道と寄り添うように山間部を縫って走る線路。開けたところが少なく、ポイント探しに少々手こずりましたが、やっとオーバークロスからのアングルが見つかりました。沿線のあちこちで見かけた五分咲き程度の桜が、ここでも画面の端っこに、チョコンと収まりました。
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