元気でいるか♪ 「鉄道(27069)」

久しぶりの完全非鉄な週末でした。たまにはいいものです(笑)土曜の朝、ゆっくり起き出して朝日新聞の朝刊を読んでいると、土曜版の別刷りに、いきなり津和野のやまぐち号の写真が眠気を払うように、目に飛び込んできました。

♪元気でいるか 街には慣れたか 友達できたか
♪さみしかないか お金はあるか 今度いつ帰る

ヒットソングやスタンダードナンバーの歴史を探り、歌い継がれる理由に迫るこの連載、もうかなり長く続いていますが、今回は「案山子」でした。で、津和野城址から見下ろした、町並み、造り酒屋のレンガ煙突、煙吐いて走る列車。画面中央の本門前踏切には、鉄の姿、鉄のクルマがたくさん写っていました(笑)

そうか、77年の発売かあ……年末に京都の実家に帰ったときに聞いた記憶があるので、大学1年の75年だとばかり思っていましたが、3年のときだったのか、、、イメージフィルムみたいなのと一緒に流れていて、いきなり目頭が熱くなったのを覚えています。

この歌の由縁については、新聞記事の名文に譲りますが、津和野のイメージに、九州の季節はずれの雪がミックスされて昇華したものだそうです。そして30年を経て、どの故郷の町にもフィットするスタンダードになりました。写真は、先週の津軽でいきます。しかし、この記事を読んで、故郷へ帰りたくなる人が、昨日は思いきりたくさんいらしたのでしょうね。

ふと、カメラマンクレジットを見ると、よく羽田や山口宇部のラウンジでお会いするTさんのお名前がありました。俯瞰派のTさんとは、空港でしかお会いしませんが、地ベタばかりの当方も、今年は一度、城跡に登ってみようかなあ。津和野の午後、9522の煙がもう恋しくなってきました。

街角のササラ 「鉄道(27069)」

十字街で方向転換したササラ電車は、古い洋館が点在する港町の町並みを縫って、どっく前へ向かいます。有名な摩周丸を望む八幡坂でもよかったのですが、末広町のお立ち台交差点(笑)の坂の上から、折り返しのササラを撮ることにしました。

朝市より朝練(爆)を優先したため、コンビニ朝食から7時間近く経ち、空腹は限界近くに達しています。ササラが来るまでの20分で食べられるラーメン屋でもないものか、と夜間軌行さんと道の左右を覗きましたが、やはりそうは問屋が卸しません(笑)

ま、味めぐりは次回にしようと、ファインダーを決めて、慎重にタイミングを計る中、ササラがゆっくりと通過、こうしてみると、駐車や信号待ちのクルマを除けば、まるでヨーロッパのトラムのような印象です。そう思うと、ゼブラも悪くない?!

撮影後、坂の上からクルマを動かすと、すぐにカレーで有名な五島軒の前を通ります。ササラと一緒に駒場まで行ってフォトランは終了。空港で、早帰り仲間のDT200Aさんと塩ラーメン食べて、少しだけ、味欲(?!)のほうも満足させました。

電停は坂の上 「鉄道(27069)」

函館市内に戻って、C57135さん主催のササラ電車撮影会が始まりました。北海道でも雪の少ない函館、この日も残念ながら軌道に雪はほとんどありませんでしたが、大正生まれのツワモノの走行シーンを撮影できるだけで、贅沢は言えますまい。

谷地頭線の青柳町で、旧都電の1006号車とすれ違いになりました。うっすらと雪化粧した函館山をバックにした、坂の上の停留所は、まるで映画のセットのようにフレーミングされ、つかの間の昭和の東京に、我々を誘います。

聞けば、このササラ電車もまた、東京市電(注・都電ではなく…笑)の払い下げ改造車だそうです。雪を掻き上げる、もといホウキですから、掃き上げる(?!)シーンはめったに見られるものではありませんが、こんな電車が今なお存在することの有難さを噛みしめようではありませんか。

鉛色の朝 「鉄道(27069)」

津鉄のストーブ列車撮影後は、翌日の函館市電撮影会を企画していただいたC57135さんを中心に皆で宴会やって、夜の「スーパー白鳥」で函館へ移動しました。「はまなす」も「北斗星」も暗くて撮れない冬の海峡線は、うとうとしながら去年の撮影を反芻し、今年の春以降の計画を夢想するのに絶好で、ふと気づいたときには、もう五稜郭に到着するところでした。

翌日は「北斗星」を朝練することにして、居酒屋をあきらめ、早めにベッドに入ります。前夜の段階では、夜間軌行さん、途中下車さんと3人のエントリーでしたが、5時半にフロントに下りると、東チタさん、C5757さんたちも加わって、なかなか凛々しい雰囲気(?!)の出発となりました。

1時間半のドライブで、落部のお立ち台に到着。眼下には鉛色の噴火湾が広がり、近づいてくる一隻の漁船に、「直前にやってくる、只見の旅館の船かあ」「あれ、チャーターするのいくらだろう」と、一部の鉄にしか理解できない珍妙な会話が続きます。

やがて定刻になり、青いDD重連を先頭にしたブルトレ編成が、静かに海沿いのカーブを回ってきました。今頃車内の乗客たちも、ちょうど眠りから覚めて、身支度の頃でしょうか。ダイニングカーでは朝食が始まっているでしょうか。北海道でこの列車を撮ると、いつもそんなことを想像しながら、いつか一度は乗りたいなあ、と思います。それも、そろそろちゃんと果たしておかないといけないのでしょうね。



冬の風物詩 「鉄道(27069)」

先週末は金曜日の夜、大変な状況に陥った航空会社の羽田発最終便で、またまたワンダフユな青森へ向かいました。とにかく、気持としては、フレーフレー赤組です。しかし、機内の新聞と同様に、クラスJの茶菓はもういらないと思いますし、カウンターでもいちいちプリントアウトが多すぎるような、、、こういうのを改善するの、けっこう大変なんだろうなあ。。。

閑話休題。津軽の冬の風物詩といえば、津鉄のストーブ列車です。いや、津軽のみならず、ニッポンの鉄道の冬の風物詩といってもいいのかもしれません。翌日の土曜日は、雪まじりの曇り空となりましたが、五所川原から津軽中里へ、津鉄沿線を行ったり来たりの撮影となりました。

DL+旧客2輌に、DCが付いているのがご愛嬌ですが、ストーブ列車料金を地元客からとらないための苦肉の策と聞くと、鉄のわがままは言ってられないなあ、と納得せざるをえません。それならば正面がちのアングルで、とオーバークロスの上で待ち構えます。

折りしも降り積もった雪を舞い上げるDDの冬姿がファインダーに収まり、なかなか満足したのですが、アテンダントのお姉さんを激写していた仲間たちがいたと聞くにつけ、そちらのほうな良かったのかなあ、と少し思ったりしました(笑)

運転再開 「鉄道(27069)」

飛越線のキハ58・28撮影を終えて、富山駅に戻って運行情報を確認すると、大糸線は運転を再開し、ほぼダイヤ通りに運転されているようです。それなら帰り道に少し、と「はくたか」を糸魚川で途中下車することにしました。

ところが、親不知を過ぎたあたりから、空はにわかに掻き曇り、糸魚川は冷たい小雨が降っていました。これでは、あまり奥に行っても仕方ないと、頸城大野の手前で軽くワンショット、と早上がりモードに入ります。

ここでも、目当ての踏切に着くと、先着の鉄なクルマが数台待機していましたが、線路の両側に高い雪壁ができていて、シチサンなアングルでは、足回りがすっかり隠れてしまいます。踏切の遮断機のそばでわずかなスペースを見つけて、カブリツキアングルを工夫するしかありませんでした。

やがてやってきたのは、ブルー&ベージュのレトロカラーのキハ52、撮影する前は、わざとらしい色だなあと思っていましたが、背後の雪山とのバランスも良好で、降り止まぬ粉雪の舞う中、思わず連写モード全開になってしまいました。

飛越線の現在 「鉄道(27069)」

最後のキハ58・28が定期運用される高山本線の富山~越中八尾間は、その昔。富山からは飛越線、岐阜からは高山線として建設されたこの線路の黎明期、飛越線として最初に開業した区間です。今回調べてみて、キハ関連の掲示板で皆さん「飛越線」と呼び習わしている理由が、初めてわかりました。

ひえつせん、言葉の響きがいいですね。地元では、JR京都線や琵琶湖線のような愛称としてどうだろうか、と提案もされているそうです。そして、この58・28の区間運用自体が、社会実験としての列車増発であり、臨時駅を設置しての需要喚起が行なわれていたりするそうです。最後の定期運用が、こういう前向きなベクトルでなされていると、うれしくなりますね。

千里と書いて、ちさと。速星と書いて、はやぼし。わずかな区間に魅力的な駅名が続きます。が、そのイメージとはうらはらに、近郊住宅地が続く線路際は、開けたところが少なく、撮影ポイントは限られるようです。ま、今日のところは、例によって、雪が七難隠してくれていますが(笑)

ナビで目星を付けて、開けた踏切にレンタカーを走らせると、すでに鉄なクルマが数台、並んでいました。線路のどちら側からも、山バックのアングルが得られる、飛越線らしい雰囲気です。逆光の立山連峰バックもなかなか魅力的でしたが、まずビギナーとしては光の当たる側から、望遠で、近くの山との距離を圧縮してみました。

あの頃の駅を思う 「鉄道(27069)」

越中八尾へ向かう夜の58・28を見送った後は、駅前の居酒屋で、ブリ刺しと、白えび団子の一人鍋でビールタイムとなりました。いやはや、青森もいいけど、富山もなんてたってキトキトの本場、ここもまたワンダフユですなあ(爆)

しかし、我らが仲間、鈴屋さんの中国での名言にあるように「ここにわざわざ、メシを食いに来たのではない!」と、徐々にほろ酔いになっていく自分に何度も言い聞かせながら、適度な酒で切り上げて、翌朝5時、再び、富山駅へバルブにやってきました。

この駅も、本線の上下線の間で妙な空間ができていて、数年後にすっかり変わってしまうのかもしれませんが、コンクリの駅ビルの2階に土産物デパートがあって、今なおホームは長く、荷物用エレベーターが残るなど、国鉄時代の地方中核駅の匂いを、色濃く感じさせます。

そう、枯れ鉄さんが、カメラ片手に走り回った、あの頃の駅ですね。当時は今と違って、熱心にバルブすることはありませんでしたが、夜行で折り返したり、待合室で不安な気持で一夜を明かしたり、、、今は快適にホテルで過ごした後の早朝出動ですが、広い構内にポツンと停まっている回送のキハ2連は、30年以上前の、あの頃の駅をしみじみと思いださせてくれました。

越中八尾行き 「鉄道(27069)」

実は富山駅には、去年の11月の「大人の休日パス」でも、ちらっと立ち寄っていました。金沢へ「能登」「北陸」のバルブを撮りに行く途中で、高山線ホームへキハ58・28の夜の運用を見に行ったのですが、その日はあいにくの高岡色で、数枚撮ってすぐに引き上げました。

それが、今週の平日はずっと国鉄色が運用に入っていて、差し替えがなければ、今度こそ、原色車がやってくるはずです。そして、明日朝のセンター試験臨にもそのまま運用される……私のような平日になかなか休めない鉄にとって、この週末は、平日しか走行が撮れない高山線のキハ58をカメラに収める、またとない機会です。

この夜の富山駅のホームは、センター試験などかなり前に済ませたか、その前の共通一次の世代の鉄たちで、けっこうな賑わいを見せていました。その中で、共通一次数年前の当方は、おそらく最年長という趣でしたが(笑)

キハが越中八尾へ出発して、多くの若い鉄がそれに乗って行った後、ホームを歩いていた職員氏にご苦労さまです、と声をかけると、「ゴッパですか、あんなのは敵でしたよね、私も昔、蒸機を撮ってましてね」と笑顔が帰ってきて、思わず話が弾みました。聞けば、同じ昭和31年生まれ、自分と同い年の北陸の鉄道員の人生に、ふと思いを馳せました。

越中八尾、、、「風の盆恋歌」の郷愁の音舞、情念の恋。富山という北陸の中核都市のほんの郊外にあるのに、この町は、何ものかの深いヴェールに包まれているようなイメージがありました。キハ58・28最後の定期運用を追って、明日の朝は、初めて、越中八尾をめざすことにします。

運転見合わせ 「鉄道(27069)」

今年初の「大人の休日パス」期間に入り、早速、この週末は北陸のキハ巡業と洒落込んだのですが……金曜の夜行はすべてウヤ、土曜朝の上越新幹線~ほくほく線内でダイヤ乱れて1時間遅れの「はくたか」でやっと糸魚川に到着したら、大糸線は運転見合わせ、バス代行準備中でした。

すでに雪はやみ、大糸線ホームにはキハ52の青と赤の2輌が連なって待機しています。いつもは単行でポツンと停まってるだけですが、今日は何だか雰囲気が違う、もちろんイベントという感じでもなく、、、「運転見合わせ」ならでは、の光景です。

いよいよ3月改正でのキハ52引退がアナウンスされ、この大雪のさなか、ここ糸魚川までたどり着いて、ホームを行き交う鉄の数が、また一段と増えたようです。まずは対向ホームから、次は跨線橋を渡ってキハを正面から、そしてレンガ造りの矩形庫と、まさにこれは、糸魚川のお楽しみ3点セットですね(笑)

予約していたレンタカーをキャンセルして、次の「はくたか」で富山へ向かうことにしました。高山線のキハ28・58をバルブするには、まだだいぶ時間がありそうですが、早めに宿に入って、この1週間の疲れを癒すとしますか。糸魚川名物・たら汁に舌鼓を打つのは、明日の楽しみにとっておきましょう。

冬の魔力 「鉄道(27069)」

やがて雪はやみ、撮影のための移動や待機はラクになったのですが、ラッセルが雪を掻き上げるシーンは、本日分は終了となってしまいました。ここのところがなかなか両立しないのが、特雪撮影のつらいところです(笑)

もうひとつ、雪の量や積もった時間によって、真冬でも、例のクリスマスツリー状態が出現することは、そうはありません。こうなったら、鉄橋を真横で行こうとアングルを選びましたが、背後の山の木々の状態がイマイチ、、、カメラを縦位置に切り替えて、川原に積もった雪をアクセントにしました。

どなたかのブログで拝読したのですが、その方は前夜に羽田まで行って、ノートパソコンで天気図を見て、青森への最終便の直前に決断されるそうです。それでも、雪を掻き上げるラッセルの羽根を撮りたい。それでも、雪晴れのクリスマスツリーをバックに撮りたい。失敗すればするほど、冬の魔力にはまってしまうのでしょうね。

今夜まで、北陸はまた大雪に見舞われているようです。「能登」「北陸」などの夜行はウヤが決まっています。おりしも今週末からは大人の休日パス期間、明日の朝の状況で、出動を決めることにしたいと思います。

現役と保存の間で 「鉄道(27069)」

途中駅で停車が少しあったので、先回りして以前撮ったことのあるポイントをめざしたのですが、雪で踏切への小道が閉ざされていたりして、道路の広い踏切での撮影を余儀なくされました。ま、鉄の世界の格言、雪は七難隠す、で何とかまずまずのアングルにはなるのですが(笑)

それにしても、電機が大正で、除雪車が昭和初年。よくぞ現役で、毎年の冬の役目を果たしているものです。おそらく部品の確保などに、現場のご苦労があるのでしょう。冬しか走らないから、耐用年数はそれだけ長くなるのだろうか、、、というのは夏しか動かないインドネシアのシュガートレインからの類推ですが、代替車輌の導入ということ自体が、現状では想像の域を越えています。

最近思うのですが、消え行く車輌のお別れイベント、増えましたよね。原色への塗色変更や検査期限ギリギリまでのイベント運転、それはそれでうれしいのですが、多くは永続的な動態保存にはならず、あっけなく廃車処分されてしまいます。新ニツのキハ28・58も、昨日、郡山工場へあっさり回送されたようです。。。

葬式鉄、いいと思います。私も(モノによっては)そうですし(爆)RM誌の名コピー「今なお現役」のネタはこれからも毎年繰り返されて、我々もまたそれを楽しく追いかけるのですが、これだけ毎年毎年、幾多の車輌たちを見送ってくると、JR初期の頃のゴハチや旧国のように、動態保存と現役の同居したような、あの雰囲気が恋しくなってくるのです。

ラッセル発進!2010 「鉄道(27069)」

曇り基本の空模様ですが、微妙に露出が上がり始めたところで、いよいよラッセルが動き始めました。まずは、鯖石の手前の国道沿いのポイントで待ち構えます。しかし、鯖石っていうのも、いい地名ですね。鯖のへしこに使う石の産地か何かだったのでしょうか?!

去年は夢中で斜め前からのファインダーに集中して気がつかなかったのですが、ふと真横のアングルに目を向けると、いい感じの短い鉄橋がありました。お~、今度はサイドをメインで撮ってみよう、こういう何気ないアングルの発見、実は凄くうれしかったりします。

前夜が思ったほどの積雪ではなかったせいか、近づくラッセルの舞い上げる雪の量は今ひとつでしたが、鉄橋に黒い影がさしかかってシャッターを切るところで、ドレインのごとく雪が舞い上がり、思わぬ手応えに、TFTの画像を待つのがもどかしかったこと!

画像を確認して、レンタカーを動かしたところで、なりゆめのGontaさんからメールが入りました。快晴? プッシュプル? 重連?……この3連休も、各地で鉄が蠢き、朝から画像を確認しながらほくそ笑んでいるようです。

青森、どんなフユ? 「鉄道(27069)」

大阪日帰り出張で、業界恒例の新春おでんを食べてきて、羽田へ戻ったその足で、青森へ向かいました。年末に続く(笑)プチ弾丸日程は、翌日の日曜(10日)、弘南博士さん主催のラッセル撮影会に参加させていただく予定になっていたからでした。

舞台は、去年のシルバーウィーク以来の弘南鉄道大鰐線。前夜には軽く、ホタテとニシンで弘前居酒屋鉄もこなして、今夜のうちは適度な雪と、その後の朝は晴れ間という贅沢な希望を抱いて、眠りにつきました。

それにしても、青森の食いものは、ほんとうに旨いですね。青森、弘前、五所川原。それぞれに居酒屋が見つかり、うれしい限りです。今回は、じょっぱり汁までは行き着きませんでしたが、雪降る寒い夜道に居酒屋の赤い灯、どんなフユ?と聞かれれば、まさにワンダフユ!(爆)

朝、ラッセル+EDが待機する大鰐に着くと、まもなく「あけぼの」がやって来ました。今日は雪も風もひどくはなさそうで、定時の到着です。構内のはずれで軽くウォーミングアップのつもりでワンショット。「日本海」とともに最後のブルトレになりそうな、孤高の鈍い輝きが、どんよりとした雪空の下、青い直線を描いていきました。

雷鳥の記憶 「鉄道(27069)」

昨日は大阪へ日帰り出張でした。久しぶりに環状線に乗ったのですが、オレンジの103系、いやあ渋かったなあ。音が違う、動きが違う、空気が違う……更新車ばっかりでカッコ悪いなあと思っていた自分を反省する今日この頃です(笑)

そうして環状線や阪和線には、国鉄の匂いを色濃く残す電車が今も走っていますが、東海道にもまた、国鉄特急色の電車がまだまだ健在なのが、嬉しいところです。先日、ひくまさんとの恒例年始初撮りでは、「雷鳥」の485系を順光でキャッチできました。

雷鳥、といえば我々がガキの頃から、京都駅1番ホームの主役の特急でした。こだまにはかすかな記憶があるものの、すでに東京への昼行優等列車はなく、「比叡」「金星」といった名古屋までの列車が東海道全盛時代の名残りを伝えていましたが、次々と北陸をめざす「雷鳥」こそが、「白鳥」「北越」とともに、特急列車の輝きを十二分に見せていました。

この春の改正で、国鉄特急色の「雷鳥」は、ほとんど姿を消す予定だといいます。ボンネットはすでになく、パノラマカーとどちらが頭になるかも撮り鉄泣かせですが、京阪間の東海道を行く雄姿を、機会あらばもう少し記録したいと思います。

ハイデフ、夢よもう一度 「鉄道(27069)」

♪あれは3年前……といえば、ちあきなおみの名曲「喝采」ですが(笑)、ちょうど3年前の年末、充州でそのQJ7126号機を初めて撮影しました。ちょうど集通の前進が落ちて、山東省のいくつかの専用線に残る前進に、にわかに注目が集まり始めた頃でした。

ついつい懐かしくなって、引っ張り出してきた7126の桜田写真です。北京からの夜行で着いた朝、最初に反逆光の中を力行してきたのが7126で、その後、大東章に駐留している同機を感激のうちに撮りまくったあと、鈴屋さん、T島さん、A井さんと、入れ替わり立ち代り、記念撮影をしたものです。

仲間たちが鄭州から平頂山に向かったあと、一人残って、あと2日、ハイデフを中心に据えて充州の近辺を撮り歩きました。2日目の朝、鮑店から7126が帰ってくるのを、順光で撮ったのがこの写真ですが、今見直してみると、ド桜田はこの1枚でした。

katoさんから早速、「また行きたい」とのコメントを頂戴していますが、私も同感です(爆)朝、7126が焦化廠から貨物を牽いて出てくるところをぜひ。できたら、同機が大東章へ舞い戻ってくれたら、もっと嬉しいのですが、はたして。。。

ハイデフ7126との再会

撮影2日目も、朝の大東章で運用を確認するところから1日がスタート、せっかくの前向き牽引の貨物がkatoさんがトイレに行ってる間に来てしまう(笑&泣)というハプニングがあったものの、概ね満足に昼過ぎに充州煤業専用線を撤収、もうひとつ、現役前進、それも1輌はハイデフが生息するという充州焦化廠へ向かいました。

国鉄線の充州西駅のヤードへ、工場からの貨物を引き渡す短い専用線なのですが、これがまた高い難易度を訪問する鉄たちに示しているようで、我々も数時間待機して、空振りも覚悟のうえでした。二ノ宮さんたち先達の写真と同じアングルで、小山の上から構内待機の6814号機を撮ったところで満足としなければ、と一度は自分達を納得させました。

ところが、工場の専用線のゲートが開いているのをみると、もうおさまりません。すぐにkatoさんが駅のヤード側に煙が上がっているの発見、あとの2輌のうちのいずれかが運用に入っているようです……ということは、もしかして、ハイデフが単機で戻ってくる??!!

ハ、ハ、ハイデフだぁ! 異国語の歓声と奇声が3つ、国鉄線と並行する線路端に響きました。私にとっては、3年前に大東章で追いかけた7126号機との再会です。乱写するファインダーの中で「済局充段」のスローガンボードが、夕陽に輝いています。やがてゲートが閉じられるまで、2009年最後の僥倖を、3人の酔狂な鉄は、心ゆくまで味わったのでした。



日没の電廠発車 「鉄道(27069)」

皆さんから阪急6300系への愛惜溢れるコメントをいただき、ますます特急運用からの撤退が名残り惜しいところですが、今日から仕事始め、いつまでも初詣気分ではいられません。年末の中国山東省へ、再び、ひとっ飛びといかせていただきます。

昔、前進型が活躍した国鉄線や地方鉄路の多くには、デルタ線があって方向転換を容易に行なっていましたが、短距離の専用線となると、片道はテンダ・ファーストになってしまうのが、撮影時の悩みの種で、訪問日程と運用判明後の判断によって、成果にはかなりの運不運が左右してしまいます。

今回も、午後のいい時間、しかも晴れてるのにバック運転という不運に見舞われました。で、当然、折り返しの正向きを場所を選んで待つわけですが、これが、いつ来るかわからない。抜群のサイドライト、ギラリ必定の状態で「もうそろそろ来てくれ~」と祈ったのですが、、、

すっかり日が暮れて、もう撤収か、と思ったところで、彼方の発電所に煙が上がりました。ま、デジタルですから、無理やり撮りましょう。撮影時間帯を朝な夕な思い切り広げたのも、デジカメの大きな功績ですね。C社やN社の最新機ならもっとノイズが少ないのでしょうが、我がK-7も何とか、ここまで頑張ってくれました。

初詣特急、最後の日々 「鉄道(27069)」

夕方の新幹線で、駆け足の正月帰省の京都から戻ってきました。最近は500系ラストランに雀躍の東海道区間ですが、今日乗ったひかり号は当方好みの300系、何だかこれも一昔前の空気を微妙に漂わせていて、EX早得での、のぞみとの差額の存在にふさわしい寂しさを、存分に味わってきました(笑)

昨日、ひくまさんと恒例の年始初撮りは、「雷鳥」「日本海」狙いで山崎の名神クロスへ。その前後には、阪急京都線に残る6300最後の1編成、6350Fが初詣ヘッドマークを付けて京阪間を往復するのを狙いました。

3月14日に予定されているダイヤ改正で、ついに阪急京都線の特急運用から6300が撤退します。考えてみたら、ちょうど1年前、もう最後だろうと、ひくまさんと京都線内を行ったり来たり、あれで見納めのつもりでしたから、よくぞ次の正月まで残ってくれたものです。全編成に付くわけではない初詣マークの掲出はまた、去り行く昭和の名車への、ささやかな餞なのでしょうね。

新幹線とピッタリ並走する大山崎駅付近。古くから高速を競い合ってこその京阪間らしい場所で、午後の河原町行きを待ちました。まさか、阪急阪神ホールディングスになって、トラ年でタイガースの応援をすることになるとはなあ……あと3日、6350Fが初詣特急、最後の日々をあくまでも颯爽と、マルーンの疾風となって、駆け抜けていきます。

3年ぶりの大東章 「鉄道(27069)」

山東省充州では3年前の年末、ハイデフの前進を求めて3日間、幾つかの専用線を行ったり来たりしたことがあります。専用線の中で最も規模の大きい充州煤業専用線のジャンクション、大東章の機関車駐留場では、ハイデフ7126号機を撮影できて感激しました。(ちなみに、充州の「充」は当て字で、正確には上の部分が異なります)

現在、充州煤業専用線に残る前進はノーマルデフのみになってしまいましたが、大東章に着いて3461号と6811号、二条の煙が上がってるのを見た瞬間の興奮は3人ともかなりのもので、あ~無理して来てよかったなあ、と自らの熱意の醸す幸運に感謝しました(笑)

ドライバーの焦さんからの情報で、まもなく6811号が出区、空車の貨物を牽いて発電所へ向かうことがわかりました。焦さんは迷わず、広いヤードを出たところの格好の踏切にクルマを向けます。欧米日を問わず鉄は皆、充州で蒸機撮影のドライバーといえばこの人、との噂は本物だったようです。

ほどなくバス笛一声、冬空に白い煙が上がりました。そういえば、ちょうど10年前、1999年の年末に初めて見た前進は、包神鉄路の変則三重連でした。あのときも、冬のキリリとした空に向かって伸びる白煙が、サイドライトを浴びて美しかったなあ。今日の前進は、包神線ほどの迫力はありませんが、長い編成を従えて、おだやかな輝きをみせていました。

今なお前進 「鉄道(27069)」

新年おめでとうございます。元旦の東京は冬晴れに恵まれましたが、今年も、このブログをご覧いただいている鉄な皆さまの出撃時に、朝な夕な好天に恵まれますよう、まずはお祈りいたします。また、日頃よりお世話になってます鉄、非鉄な関係各位の皆さまにも、この1年がいい年でありますように。

恒例の年末中国ツアーから、昨夜帰ってきました。26日からいつものメンバーがハミから白銀へのツアーに出かけるのを指を加えて見送り、28日の夜便でやっと出発。この日程では、集通の前進重連イベント運転とはスケジュールが合わず、では最後の現役前進を見に行こうと、山東省充州への弾丸ツアーをkatoさん、Gontaさんと敢行してきました。

生きてました、前進型。中国の蒸機といえば、やっぱりこれですね。太いボイラに赤い動輪、骨太な動きとブラストが大地を揺るがせながら、長い貨車を牽いて走る。驀進という名にふさわしい「大陸の煙」が、わずかながらも、山東省の片隅に今なお健在でした。

済局充段。3461号機のスローガンボードには、所属を示す中国蒸機特有の4文字が、このカマが現役であることを主張するかのように、力強く踊っています。50車以上の積車を迎えに行く単機回送を300mm正面ドカンで捉えたとき、この10年の中国各地の前進たちの思い出が一気に噴出したようで、ウッと胸が詰まりそうになりました。
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