師走の夕陽 「鉄道(27069)」

紅葉から大雪まで、キハとクリトレで新潟通いを繰り返した私たちの旅もまた、大団円が近づいているようです。この日(27日)も会津盆地に入ると、予報外(笑)の日差しに恵まれ、堂島のラーメンで元気をつけて、クリトレのときと同じ、いつもの田園地帯へ向かいました。

新ニツの国鉄色キハ、今回の運転がラストとアナウンスされています。定期運用離脱後の長い間、この秋から冬のイベントのため保守存置されてきたとのことで、もう十分楽しませていただいた気もしますが、「ありがとう只見線」「ありがとう飯山線」はまだやってない、とか鉄たちは、さらなるラストランに一縷の望みをかけていたりして、、、

今日のダイヤは会津若松や喜多方の発車が、ばん物スジより数分遅いせいもあってか、いつもより電化区間に人が集まったようです。夕陽よ、もってくれ!……同行の鉄人騎士さん、Gontaさんと祈るような直前の数分間ののち、10月からのキハとの旅をしめくくるにふさわしい師走の夕陽が、52先頭のラスト・トレインを美しく照らし出しました。

P.S
今日夕方から、年末恒例の中国へ行ってきます。午前中挨拶回りをしてから成田へ。いつもの鈴屋さん、T島さん、ひくまさん、A井さんはすでに先発、今頃はハミで、天山山脈は見えているのかな? こちらは、最後の現役前進を求めて、山東省へ行ってきます。戻りは31日、katoさん、Gontaさんとの弾丸ツアーです。その間、ブログはお休みしますが、皆さま、年末年始、お気をつけて、いい旅、いい鉄を!

大雪去りし後 「鉄道(27069)」

さすがに、クリトレ終了数日後、年内の磐西というのは初めての経験です。朝イチのとき301号、今日はK47編成ではありませんでしたが、うとうとしているうちに燕三条を過ぎ、車窓から見る景色は、3日前の白一色から、地面の茶色がかなり顔を出し、中途半端な冬模様に変わっていました。

ありがとう磐越西線国鉄色……新ニツ28・58&52が今日はフル出演、ほぼばん物スジで運転される4輌編成の団臨で、一連のお別れ巡業も、いよいよ大団円が近づいているようです。予報は曇りときどき雪から終日ドン曇りに変わって、まあ吹雪じゃなければいいか、というところです。

五泉の手前でまず1回、路面状況はすっかりドライになっていたので、次は日出谷の平瀬で、「いかにも磐西」を押さえて、その後は追っかけの長い車列に加わって、上野尻までやってきました。はい、水曜には大粒の雪で何も見えなくなった例の踏切。今日はバックの山々もそれなりに見えていて、次々に到着する鉄たちの表情にも、どこか明るさが感じられました。

クリスマスを襲ったドカ雪が少し溶けて、西会津の風景は、冬の初めの落ち着きを取り戻したようです。シゴナナの勇ましい黒も雪景色に似合っていましたが、この麗しきツートン・カラーもまた、ニッポンの冬景色にあまりにも溶け込んでいますね。短いタイフォンがカーブの向こうから聞こえてすぐ、急行色先頭のキハが優雅な曲線を描いて、近づいてきました。

ホームにて~野沢 「鉄道(27069)」

とっぷりと日が暮れた山間の下りクリトレ、といえば日出谷の花火が名物ですが、まだ明るさの残る野沢もいい雰囲気で、いつのまにか、私はこちらを選ぶようになりました。今年は雪あかりの中、イルミネーションの輝きも例年とどこか違うようです。

♪振り向けば空色の汽車は いまドアが閉まりかけて
♪灯りともる窓の中では 帰りびとが笑う

あと3分で発車です~、あと2分で発車です~、優しい声の駅長(?)ではないでしょうが、そんな声が響き、シゴナナに群がっていた乗客が車内に戻り、静寂の中で発車時間が近づきます。そして、構外に三脚を立てた鉄たちには、今こそバルブタイム、本番到来です。

♪ふるさとは走り続けたホームの果て 叩き続けた窓ガラスの果て
♪そして手のひらに残るのは 白い煙と乗車券

JR東の年末企画「ふるさと行きの乗車券」、おそらくこの「ホームにて」の歌詞からのネーミングでしょうが、いやあ、まいったなあ。抜群のセンスではありませんか。それも、東海道や中央線ではなく、東北、上越、山形、秋田。。。ポスターに描かれたイラストの新幹線、もう完璧「ふるさと行き」でした。

12月の雪は、正月に故郷へ帰ってくる人々を迎える、山里の準備のひとつかもしれません。ひかりやのぞみばかりで故郷との往復を繰り返してきた関西人には、上野駅から列車で帰れる、雪の降る故郷のある人々が、いまだに少し羨ましかったりします。


雪の記憶 「鉄道(27069)」

大雪の日曜は夜に忘年会の予定があったため、上りの上野尻で撤収し、あわただしい年末の2日を働いて、祝日の23日、再び磐西へ向かいました。前日に年内の大事な会議が終わったのでふと気が抜けてしまい、指定をとっていた、いつものとき303号に乗り遅れるというおまけ付きで(笑)

雪の上野尻の写真に、たくさんのコメントをいただきました。ありがとうございます。考えてみると、私もこんなに雪の降る中、スノープロウが本来の役割を果たしている写真を撮ったのは初めてです。現役蒸機末期に、すでに大人だった先輩達は初めてでないかもしれませんが、当時のガキ、首都圏や関西圏の中高生で、大雪の中、撮影すること自体、きわめて稀なことですよね。

ほんの1~2回、雪の北海道へ行ったとしても、それは雪が一段落した春休みか、降り始めの12月あたりが多いのではないでしょうか。私もガキの時代に春休みに渡道しましたが、枯れ鉄さんのおっしゃるとおり、こんな吹雪は経験していません。近くでいうと保津峡や生野で雪景色を撮っていますが、まあこのあたりは、しょせん雅びな粉雪ですし、、、そう、今の磐西クリトレのほうが、行ける、行けないを含めて、当時より圧倒的に雪が撮れる確率が高いのでは(爆)

どうも、現役蒸機の雪の記憶は、自分の体験よりも、当時の雑誌の写真に引っ張られているような気もしてきました。広田さんのシロクニの真正面、ビクターなんとかさんの上目名、そして、RJ増刊「蒸気機関車の最後」の雪原を行くシゴナナも広田さんだったかなあ……ほのかに夕陽の色を帯びて、白い会津盆地に煙の糸を紡いでいく、ファインダーの中のシゴナナに、そんな遠い日の記憶を重ね合わせていました。

大雪、40年の時を超えて 「鉄道(27069)」

降りしきる雪の中、とにかくカメラを結露させないように注意しながらクルマに戻り、高速を使えばもう1度は撮れるだろう、と発進しましたが、三川インターへの山道は一面の凍結路となっていて、最低限のハンドル操作だぞ!と雪道運転の基本を復唱あるのみでした。

西会津で高速を降りた時間から判断して、もはや群岡カーブは難しそうで、上野尻通過直後の踏切を目指します。定時10分前に何とか到着すると、踏切への道は新雪に覆われていて、鉄の足跡、靴2足分を辿るしかありません。

歴史を紐解くと、C57180号機が秋にお別れ列車を牽いて、新津の小学校へ自力で入っていった40年前の昭和44年。1月の会津は、「サンパチ豪雪」といわれる昭和38年に次ぐ、観測史上2番目の積雪量を記録しています。

雪国で第一の生涯を過ごし、今また同じ線路で第2の旅路を辿る180号機には、スノープロウがほんとうによく似合います。40年前の大雪を思い出しながら走るには、予定された門デフより、昔と同じスタイルのほうが…と、これまた新津のどなたかの心遣いだったのかもしれませんね。



季節はずれの桜並木 「鉄道(27069)」

先週末は久しぶりの土日きっぷ利用だったので、長岡から帰宅して自宅ステイのあと、翌朝、再び新潟へ。磐西クリトレ、昨日は群岡あたりにオールキャストの皆さんが揃っていて、予報に反して時おり日差しも射す中、シゴナナの素晴らしい力走が見られたようです。

とき303号の車窓から見た越後湯沢、浦佐はまずまずの天気でしたが、新潟に近くなるにつれ、大粒の雪がメインとなり、レンタカー出発のときのブレーキ具合から、昨日より凍結した厳しい路面状態が容易に想像されました。

こんな日は接近戦しかない、と春爛漫の季節の有名ポイント、咲花駅発車をまず1回目のポイントに選択しました。季節はずれの桜並木に鉄はまばらと思いきや、やはり同じことを考える人は多いもので、何とか手持ちでの場所を確保しました。

到着10分前、いちだんと雪が激しくなりました。やがて単線片ホームの駅にシゴナナが姿を現わしても、いっこうに小止みになる気配もありません。おいおい、今日も雪まみれかよ、とため息をつく暇もなく、長笛一声、メインカラーをピンクから白に変えた有名アングルを横切るシゴナナは、スノープロウ&標準デフという、最もこの磐西での現役時を彷彿させるスタイルでした。

雪まみれライン 「鉄道(27069)」

クリスマスツリー状態の興奮も覚めやらぬまま、中之島見附から高速に乗って、いよいよ非電化区間、飯山線へ向かいます。いつもなら長岡の停車でサッとひと抜き、というところですが、今日は随所で除雪車がペースカーとなり、徐行運転を余儀なくされます。

やっと列車より数分先行で越後川口の出口を通過、ショートカットで国道に入った越後岩沢の先で、もう時間がない! と適当な踏切を探すと、深々と降り積む雪の中、三脚を立ててじっと待っておられる先客氏を発見、お隣にお邪魔させていただくことにしました。

すでに積雪量は軽く定規の長さぐらいには達しているようです。名にしおう豪雪地帯に、今年も根雪がしっかりと積もっていく、長く冷たい季節の到来です。先ほどちょっと調べてみると、有名な森宮野原の鉄道駅最高積雪7mの記録は、戦時中、昭和20年2月のことと知り、その冬、どんなに寒い冬をこの沿線の人々が過ごしたのか、歴史の細道に分け入ってしまいました。

新潟・信州DCリレー号、DCはディーゼルカーではなく、デスティネーション・キャンペーンでした(笑)来年は、うまさぎっしり信州、というわけですね(爆)でも、ワンダフユには負けるよなあ(再爆)このネーミングでは大きなヘッドマークでも付きそうなところ、「ありがとう国鉄色」同様にまったくいつもどおりの顔を、今冬初めての雪まみれにして、28・58が真っ白なファインダーに迫ってきました。

クリスマスツリー状態 「鉄道(27069)」

そうだ、あの場所なら今日はツリー状態になる!……長岡でレンタカーを借りて、まずは新津からの回送を撮ろうと、今年初めての雪道を慎重に進みながら、線路際に防風林のあるポイントを思い出しました。

クリスマスツリー状態(笑)、これ、冬の雪景色を撮る鉄には、古くからきわめて重要な要素ですね。夜からの雪で白く化粧した線路に近い木々、それもできれば針葉樹系。これをファインダーに入れ込むだけで、「冬の○○を行く」「○○には珍しい雪景色」の一丁あがりです(爆)

でも、意外と目当ての列車を待ってるうちに風で雪が落ちてしまったりして、そうなると木々はただ露出を下げるだけのどんよりした存在になりかねません。EF62シュプールの頃、豪雪地帯の信越線長野以北においてさえ、よくそういう不運を経験しました。。。

現地に着くと、ツリー状態を望む格好の踏切が見つかりましたが、折からの新雪で小道は閉ざされています。これぐらいならいけるだろう、と同行のGontaさんと雪中行軍、やがて薄日が差す中、雪を舞い上げながらやってきた28・58のツリーバックに、感動!の朝でした。

K47で行こう 「鉄道(27069)」

今朝は東京発7時08分、とき305号で長岡へ向かいました。今日のターゲットは飯山線十日町まで運転されるキハ28・58の「新潟・信州リレー号」。偶然にも先週に続き、200系唯一の原色車、K47編成に身をまかせることになりました。

東海道の100系がとうの昔に引退した現在、いかにも昭和の新幹線、というデザインを伝えるこの編成は、イマドキの新幹線が居並ぶ東京駅でも、どっしりした存在感を漂わせています。発車前にスナップしていると、先行のMAXとき303号の鈴屋さんから、C579囚さんと新潟へ向かっているとメールが入りました。

そう、今日からは磐西クリトレですね。車中で読んだ朝日新聞の土曜版には「クリスマス・エクスプレス」についての逸話が紹介された記事がありました。山下達郎の「雨は夜更け過ぎに~♪」をバックに流れたJR-CのCM、もう20年前になるんですね。あれ、舞台が名古屋駅だとは、知りませんでした。てっきり東京駅かと、、、紙面の写真を見たら、ちゃんと貨物通過線との間の看板、写ってます(笑)

高崎までは快晴の空模様、神無川では、S君たちが遅れのブルトレを待っているようです。新潟の鉄人騎士さんからは、意外なことに、雪がすでにやんだとの、笑顔こぼれるようなメールが到着。大寒気団の襲来とともに、今年も、鉄たちのクリスマス・ウィークが始まったようです。

冬籠りへ急ぐ 「鉄道(27069)」

13日の「ありがとう米坂線国鉄色」、帰路は28・58が先頭になりました。こちらのほうが、52前より画面のバランスはとりやすく、米沢を出てしばらくは淡い西日が当たったこともあって、しみじみと余韻を味わうラストランとなりました。

今泉で小休止があり、その先のオーバークロスで三脚を立てました。16時を過ぎ、太陽は厚い雲の間に隠れてしまいましたが、それでもわずかな夕暮れの色が置賜の大地に残り、明治のイギリス人紀行家が絶賞した東洋の原風景が、21世紀のいまも息づいていることを感じます。

「『鍬(くわ)で耕したというより鉛筆で描いたように』美しい。 米、綿、とうもろこし、煙草、麻、藍、大豆、茄子、くるみ、水瓜、きゅうり、柿、杏、ざくろを豊富に栽培し、実り豊かに微笑する大地であり、 アジアのアルカディア(桃源郷)である」……イザベラ・バード「日本奥地紀行」より

雪に覆われる前の、あわただしい季節を、ゆっくりとトラッド・ツートンの気動車が通り過ぎて行きます。いよいよ今週末の新潟は雪、秋から冬の巡礼を締めくくるにふさわしいシーンが展開されそうですね。

冬枯れの峠路を 「鉄道(27069)」

この秋、当ブログでもすっかりお馴染みとなった新ニツの国鉄色キハですが、冬の到来とともに、いよいよファイナル・カウントダウンに入ったようです。先週末は「ありがとう米坂線国鉄色」と銘打った団臨が運転され、おそらく最後の宇津峠に挑みました。

ひと月前のあの鮮やかな紅葉が、まるでなかったことのように、国道のオーバークロスから見下ろす羽越国境の山野は、すっかり冬枯れの様相をみせています。モノクロームなファインダーに姿を見せた国鉄色も、秋の雅趣とは打って変わって、冬の憂いを深く帯びていました。

今日の米沢行きはキハ52先頭の3輌編成、この編成順はけっこう画面のバランスがとりにくく、先日の「はつかり」と同様に、ちょうどアウトカーブを抜けたシーンを選択しました。3輌目が巻いてしまわないか、またまた心配でしたが、いい感じで収まり、ほっとひと安心。ちょっと久しぶりの、ドン曇り、されど満足のワンカットとなりました。

車齢80年 「鉄道(27069)」

この日(12日)のイベントは、岳南の電機が主役で、重連やプッシュプルでの貨物列車牽引、また比奈駅では電機のキャブへの体験乗車なども行われました。その体験乗車では、1928年製の老兵、ED501号機が構内を行ったり来たり、さながら入換仕業に就いているがごとくのカットを量産することができました。

当方のメインターゲットは、貨物の走行写真撮影だったのですが、残念なことに、重連の先頭もPPの順光側も、近年塗色変更されたED403号になる編成で、ちょっとがっかりでした。シックな茶色よりも明るい紅白饅頭のほうが沿線の子供たちに人気なのか、あるいはサイドに表記の入った貨物荷主との関係でそうなったのか、何らかの事情があるのかもしれませんが、岳南鉄道ご担当さま、次回はぜひご一考を。。。

沿線撮影を終えて、もう一度、比奈駅に行ってみました。15時少し前、すでに冬の夕暮れ光線が車齢80年以上を数えた凸型電機を鈍く照らしていて、思わず息をのみました。う~ん、これ見るために今日は来たのだなあ……日本のあちこちの私鉄に奇跡的に残る電気機関車の行く末に、幸多かれと念じたい気持でいっぱいです。

富嶽鉄景 「鉄道(27069)」

岳南鉄道、吉原を通るときによく見かけてはいましたが、一度も乗ったこともなければ、撮ったこともない、、、今日、電気機関車のイベントがあると聞いて、これはいい機会かも、といそいそ出かけてきました。

富士山を巡る撮影ポイントといえば、東海道本線のミシカン(三島~函南)を筆頭に、身延線竪堀、御殿場線御殿場&岩波、伊豆箱根の大場など、有名どころが次々に思い出されますが、ここ岳南の日産前、もとい現在はジャトコ前もラインナップに連なるところです。

他のポイントと違うのは、まったくの市街地で、画面のさまざまな障碍物の処理に、頭を悩まされるところでしょうか。それでも、冬の朝の富士山のキリリとした絶対無比の山容に、待ち時間がまったく苦にならないほど、見とれてしまいました。

本番の電機牽引貨物は運転時刻と光線の向きが合わず、このアングルで決め打ちすることはできませんでしたが、東急の青ガエルの仕事を引き継いだ井の頭線からのステンレスは、富士をバックに、なかなかいい味だしていました。

大鳥居のピーコック 「鉄道(27069)」

といっても、デパート系のスーパーマーケットではありません(笑)……いかんいかん、ワンダフユ以来、オヤジギャグの世界に浸ったのか自分(爆)、、、新馬場に続いて、大鳥居も初めて降りる駅で、考えてみれば都内社線のはまだ一度も降りたこともない駅がたくさんあるなあ、と次の大人の休日の過ごし方に思いを馳せます。

幹線道路を渡って一歩通行の抜け道を数分歩いたところに、萩中交通公園があって、日曜日の子供たちの歓声が上がっています。そんなに広くない、公園の奥まですぐに達すると、東武のピーコック34号機が、わずかに残った西日にいくつかのパーツを照らされていました。

ふと思ったのですが、まだ国鉄蒸機の保存車も少ない昭和40年代前半、西武と東武の貴重な蒸機がなぜ、直接の所縁もない品川区内の公園に相次いで保存されたのでしょうか? これは、おかしいですよね、う~ん、きっと何か理由がある……当時の品川区長か、区や教育委員会の幹部に鉄がいた、そう思わざるをえません?!(爆)

閑話休題。平成になってから改修を受けたこのピーコック、なかなかの保存状態で今に姿を伝えていますが、この日もこれ1枚撮るのに20分以上かかるほど、キャブはおろか、煙突やテンダの上まで自由自在に走り回る子供たちのワンダーランドとなっていました。それはそれで幸せな機関車だなあ、と思いつつ、彼らがキャブの屋根からテンダへ次々と飛び降りるときのバンッ!という音には、思わず耳を塞ぎたくなるのでした。

近場の休日、保存機巡り 「鉄道(27069)」

翌日の日曜日は、久しぶりに非鉄な完全休養日となりましたが、クルマの点検上がりを待つ間、かねてから一度はと思いながら訪問が果たせていなかった、京急沿線の2輌の社線蒸機を見に行くことにしました。

パスモ1枚、ズーム1本。近場の休日、いいものです。まずは新馬場で各停を降りて、東品川公園のピッツバークをめざします。西武7号機として保存されているこの機関車、阪鶴鉄道によるアメリカからの輸入車ですから、出自は関西、それだけで親しみが湧きます(笑)

12月に入ってもなお、都内のあちこちでは、まだ銀杏が黄色い葉を茂らせています。今年の秋は新潟方面でキハと一緒に見ることの多かった銀杏を、こうして都内の保存車で最後に愛でるのも、なかなかオツなものですなあ。

駅へ戻る商店街は、東海道品川宿の看板が並んでいて、古い寿司屋や和菓子屋が点在していました。もう数時間遅ければ、居酒屋でも探したいところですが、それはまた次回にしましょう。再び下りの各停に乗って、めざすは大鳥居のピーコックです。

はつかり号は北国へ 「鉄道(27069)」

DE10三重連の「ワンダフユ青森号」と野辺地ですれ違う形で、583系の「なつかしのはつかり号」の八戸への送り込み回送がやってきました。ヘッドマークはシール対応ですが、Lのマークまで入ったデザインで回送場面から掲出されていたのは、ちょっとトクした気分でした。

6輌編成が目立たないように(?!)、適度なアウトカーブでアングルを選びます。ちょうど6輌はきっちり写って、それでいて後ろが巻いているような、、、「ワンダフユ」を撮ったすぐ傍に格好の踏切が見つかったので、同行の鉄人騎士さんと、安易に決定!となりました。

チェリッシュに「はつかり号は北国へ」という曲がありましたが、さすがにもう、あまりヒットしなかったのかな(笑)フォークというよりも、ちょっと演歌か歌謡曲入ってきてたような頃……70年代初め、もちろん「はつかり」は583系で東北本線のスタートレインでした。

奇しくも今日、JR東から、50年前に「はつかり」を牽いて、この区間も走った蒸機の復元の公式発表がありました。基地は高崎のようですが、いつか出張運転で、十三本木峠や矢立峠へC6120号機の里帰り運転のあらんことを、期待したいと思います。

ワンダフユ! 「鉄道(27069)」

八戸の手前まで回送を追いかけていくうちに、予報通りのドン曇りとなりました。本列車の「ワンダフユ青森号」、もうこうなったら光線は関係ないので、撮影地選択の幅は広がりますが、やはり、光線の向きをああだこうだ言いながら悩んで、どこで撮るかを決めるのが楽しいわけで、少し複雑な気分です。

しかし、ワンダフユ、とはひどいオヤジギャグだなあ(笑)我々の仲間には、線路端の雑草を見たらクサカリ正雄、用水路のある田圃のポイントでは井上ヨウスイロ、という駄洒落を飛ばす輩がいますが、それとほぼ同等です。盛岡支社の企画者さま、どんな方なんだろう(爆)

今度は鼻が短いほうの、キャブ側が先頭になります。カッコ悪いといえばカッコ悪いのですが、いかにもデイテンらしい、アンバランスなフォルムが3つも連なるのですから、これはもしかして究極の素晴らしさかも、と妙な期待が高まります。

3セク化を控えているとはいえ、腐っても本線です。アンダー承知でシャッタースピードをキープして、爆走してくる三重連を、本来の逆光側から待ち構えます。あっという間に眼前を過ぎ去っていく三重奏の轟音が、耳をつんざきながら、記憶に残りました。

見たや撮りたや、デイテン三重連 「鉄道(27069)」

デイテンの三重連……私が休鉄中の80年代初め頃だったでしょうか。古くはC12の補機運用で有名だった舞鶴線の白鳥峠にデイテンの三重連が走っていて、それが間もなくなくなるとか、、、いやはやとんでもないものが撮影対象になるのだなあ、と驚いたものです。

だから、青森のイベント列車でそれが走ると聞いても、最初はそうかあ、という感じでした。だがまてよ、これはめったにない機会ではないか、それにJR東のカマを使うのだから、間違いなくオール原色機……朝だけでしたが、前日の予報に晴れマークが出現した段階で、シルバーウィーク以来の青森行きを決断しました。

DE10にごく最近まで興味が湧かなかったのは、いわゆるセミ・センターキャブの前後非対称スタイルが、どうも中途半端な印象で、納得がいかなかったからでした。それが最近は、それならそれで、アンバランスを生かした撮り方を考えようと。人間も鉄も、長くやってると、それなりに練れるものです(笑)

青森から八戸への回送を、ロングノーズを強調すべく、標準プラスアルファでズーミングして、フレームを決めました。桜田順光(爆)、ヘッドマークなし! 迷ったら、行く。このバカバカしくも深い格言に、今回も首肯せざるをえない、嬉しい朝となりました。 

CH-1、またの日を 「鉄道(27069)」

秩父門デフ最終日、予報はずれの青空もさすがに午後までは保たず、ドン曇りの寄居であえなく終了となりました。夕陽ギラリが最初の1日だけに終わったのがいささか残念でしたが、まあ全体的には良しとしましょう。

C57180号機のK-7登場のときに、つくづくいい時代になったのだなあと思いましたが、今回のCH-1にいたっては、最近の鉄の裾野の広がりが幸いして、ささやかながら、ニッポンの鉄も成熟したのだなあ、と嬉しくなりました。

秩父鉄道ご担当者さま、今までパレオはヘンなペイントやヘッドマークがどうも……などと悪態ついて申し訳ありませんでした。次回も電車で移動して、1日フリーきっぷ必ず利用しますので、来年も門デフ、どうぞよろしくお願いいたします。

それと、今回の前原さんの視察はまた鉄の裾野を大いに広げたのではないでしょうか。実は前原さん、波久礼で三脚立てて、シゴハチが見えた瞬間、「何だ、ヘッドマーク付きかあ」と思われたのでは(笑)でも、言えないだろうなあ(爆)

そんなそれぞれの門デフdaysが終わって、12月のカレンダーがあわただしく過ぎていきます。当方も第1四半期、直近の課題が目白押しですが、前原さんも、あらためてご活躍、ご健闘を。門デフ・フリークの仲間として、応援しています。

青空のある限り 「鉄道(27069)」

日曜朝。長い鉄生活でも初めての東京駅での新幹線C→E乗り継ぎで、熊谷に到着。ドン曇り予報に反して、雲の切れ間からは太陽が覗いています。う~ん、やはり、来て見るものです。これだから、やめられません(笑)

こうなったら、青空をバックに、門デフ空抜けの総仕上げといきましょう。先週、目星をつけておいた、小前田の銀杏ポイントへ向かう途中、何の変哲もない小築堤に照準を絞ります。並行する道路に、タイミング悪く通行のクルマが来るかどうかは、運を天にまかせましょう。

団長さんのおっしゃる「のれんをくぐったような」前かがみの印象にならないためには、標準に近いズーミングで、カマの長さをある程度フレーミングに入れたほうが良いのでは……微調整で右往左往しているうちに、鉄グルマが数台やってきて、微妙な位置に駐車、、、何とか移動をお願いして、事なきをえました。

本番前に行き交う国鉄色の電車とも、すっかり顔なじみになりました。3日通っただけで、こちらもすっかり常連さん気分で(笑)、肩の力が抜けてきました。今日は気温が下がり、いい感じのライトな白煙が、青空に抜ける門デフを引き立ててくれました。

ふりむかないで♪ 「LIVEに行って来ました♪(36855)」

♪ふりむかないで 行ってほしい 
♪呼びかけないで もう二度と

長瀞で小休止しているシゴハチを後続の電車で抜いて、鉄人騎士さんに教えていただいた和銅黒谷のアウトカーブで、もう一度、仰ぎ気味の門デフを捉えました。昭和46年頃の大分には架線があったのかな、そう考えるとこのシーンも意外と九州っぽいかも、と適当なことを考えながら、今日はふりむかないで撤収です。

向かう先は、田中ゆみさんのシモンズ卒業コンサート。冒頭の「ふりむかないで」は112号機と277号機がまだ志布志へ転属する前、豊肥線で活躍していた時代のヒット曲ですが、シモンズデビューから40年、往年のヒット曲が堪能できる最後の機会を、門デフ同様に外すわけにはまいりません、、、

長い移動を経て、関西のオヤジやオバサンの集う小さなホールに、あたふたと辿り着きました。「恋人もいないのに」の作曲者、西岡たかしさんがゲストで登場、ラストはほんとうはシモンズが歌うはずだった「あのすば~」と、70年代フォーク・トリビアの極致を楽しみながら、門デフからの一日の疲れが心地良く五感に染みていきます。

しかし、ゆみさんも凄いなあ。シモンズナンバー歌い続けて、ソロの近作のオリジナルにも素晴らしい曲があって、今また、チョイ役ながら女優デビューまでするというのですから……二度目のアンコールが終わったとき、最終ののぞみの発時刻が、もう目前に迫っていました。

♪汽車はもう出たわ 私の夢をのせたままで
♪汽笛が聞こえる 私のことを笑っているように

明日の朝イチだと、門デフに間に合わないので、名古屋まで戻って、泊ることにしました。しかし、何という、凄い週末になってしまったのでしょうか。。。



CH-1の角度 「鉄道(27069)」

出区から回送の発車まで無我夢中で撮っていると、いつしか時間が過ぎてしまい、先行の電車で撮影地へ、という計画は実行不能になってしまいました。まあ、次の大麻生付近はたしかポイントが点在しているはずと、駅の秩父方の踏切まで歩いていくと、鉄人騎士さんの手を振る姿と、C579囚さんたち三田会のご一行の笑顔が見えました。

門デフを、デフはもちろん、できればステー部分まで背景の空に抜いて撮るというのは、現役蒸機時代に門デフを少しでも齧ったことのあるオヤジ鉄の基本だと思います。今日は何とかこれを貫徹しようと、知人友人の皆さんとの楽しい会話を冷徹に我慢して(笑)、ひとり離れて仰ぎ気味のアングルを探します。

団長さんにもコメントいただいたように、このCH-1をカッコ良い角度で撮るのは、K-7あたりと比べて、かなりの困難を極めるようです。時間的にはこの後の話になりますが、一度はサイドを、と真横で撮ってみると、どういうわけか、デフなしの建設か何かのように写ってしまいました、、、

それに、サイドの引きがなかなかとれないのが、ここ秩父のつらいところ。当然ながら架線とポールによるアングルやタイミングの限定、さらにド順光にはならない線路の向き、と三重苦が揃っています。ここは障害物の処理をあれこれ考えながら、連写モードに頼るしかないなあ……えいままよ、と連写して、まだ煙の残る線路端でモニターを覗き込むと、空に抜けた門デフが、とりあえず微笑んでくれていました。
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