39年ぶりのナロートレイン 「鉄道(27069)」

入換を兼ねたデモンストレーション運転を終えた、39年ぶりのナロートレインが機関庫の前に戻ってきて、淡い夕陽を浴びています。朝から出動のS川さんによると、2回の運転予定に、この最後の14時の運転が当日追加されたそうで、いやはやラッキーでした(笑)

2年前にもこのイベントを訪問していますが、そのときは機関庫の前に折り重なるように車輌が並んでいて、1輌づつの撮影も大変でした。それが今回は、ゆったりと引きをとって、こうして編成全体を撮影できるのですから、保存会のご努力には頭が下がります。

公開初日のセレモニーには、神戸で人知れず長年これら頸城鉄道の車輌を保存されてきた方のご家族も参加され、テープカットを行なわれたそうです。もしかしたら、日本のどこかに、まだ人知れず眠る貴重な車輌があるのかもしれませんね。。。

地元の特産品や記念グッズが並んでいたテントの片づけが始まりました。また来年、この「軽便レールパーク」の充実に思いを馳せながら、再び「ぐるり~」のDC撮影に向かうため、百間町を後にしました。

頸城のお宝、動く! 「鉄道(27069)」

上野尻で「ばん物」撮ったら、次は山都か慶徳あたりへ向かうのがいつもの追っかけコースですが、踵を返して津川インターへ。ぐるり新潟・本日の最長距離移動によって、向かうは、頸城のお宝、動態復活運転です。

同行の鉄人騎士さんとよもやま話も弾む2時間の高速クルージングで、何とか終了1時間前の頸城鉄道百間町駅跡に到着すると、2号蒸機+DLが側線のホジを引き出すところでした。いつのまにか側線のレールの数も増え、夢中でシャッターを切っていると、とびっきりの笑顔のS川Jさんが、すぐ横で私を呼んでいました。

何だか、昭和40年代の鉄道雑誌で見た、軽便鉄道のさよなら運転のようです。ここ頸城だけでなく、井笠、沼尻、ちょっと時代が後になって、尾小屋もそうでしたが、SLを後押しするDLと、その後に続く客車の編成が、お別れ運転のひとつのパターンだったような、、、ホジのサイドに飾られた子供たちの絵がまた、そんな昭和の雰囲気を漂わせています。

前日のテープカットには、カマの前面に旗のクロスも飾られたようですが、それも見たかったなあ。40年前のお別れの日から、そのままのイメージで21世紀に戻ってきたような、夢のナローが、たしかに我々の目の前で動いています。



門デフ軽やかに 「鉄道(27069)」

ついつい福島県内へはみ出してしまった(笑)ぐるり新潟日帰り旅ですが、国鉄色キハ4連をさらに只見線へ追いかけていく鉄の車列から離れ、続行でやって来る「ばん物」を途中でワンショット押さえながら、頸城へ向かうことにします。

今月10日の「にいつ鉄道祭り号」から、C57180号機には門デフが装着されています。秋の門デフ、2年前はあんなに目の色変えた鉄の面々も移り気なもので、HMなしで運転された初日以外の沿線は、すっかりいつもの落ち着きを取り戻しているようです。

クルマを停めた瞬間、隣のクルマから、いわきのUさんの人懐っこい笑顔が覗いていました。中国へ昔よくご一緒したお仲間と、まだまだしつこくも(笑)、今年の年末の中国蒸機の話題が尽きないでいるうちに、遠くでシゴナナの汽笛がこだましました。

通過直前に雲に邪魔されてしまいましたが、端村踏切をほのかな白煙をなびかせて走り過ぎていく門デフの180号機は、まるで現役時代からここを門デフで走っていたような表情で、今年の秋もまた、磐西の山河に溶け込んでいました。

ぐるり新潟日帰り旅 「鉄道(27069)」

やまぐちで綺麗な夕方の斜光線をみると、磐西も今頃は色づき始めていいだろうなあ、と思うのがシゴナナフリークの常というもの。それに週末は国鉄色キハ4連の「ぐるり磐西・只見号」も走るし、頸城からは何とナロー動態運転にニュースが、、、

昨日の日曜、新潟の晴れ予報に魅入られたように、そのすべてを撮り回ってしまおうという贅沢な日帰りツアーを計画、朝イチのとき301号で車中爆睡のあと、新潟でレンタカーを借りて、まずはすでに磐西非電化区間を先行している「ぐるり~」を追うように、磐越道を東に向かいました。

キハ52に28・58の4輌編成。一昔前の国鉄ローカル線そのままのイメージが甦る、好ましい編成です。もっとも、現役蒸機の時代は28・58は急行ですから、国鉄末期の、まだ地方地方による塗色変更が始まる前あたりの時代ですね。ディスカバージャパンというよりは、チャレンジ2万キロってところですか(笑)

久しぶりの磐西は、目当てのポイントに、線路端の草々が繁茂していて思うようにいかず、追いかけた電化区間でやっとまずまずのシチサンアングルにありつきました。ほんとうはポールのないところで決めたかったのですが、架線下をほのかな排気煙をあげて快走するその姿も、それはそれで、国鉄末期の香りが色濃く漂っていました。



汽笛こだまして 「鉄道(27069)」

今日は、日比谷で開催されている山本浩孝さんと佐藤竜也さんの写真展「汽笛こだまして~EF58、その時…」にお邪魔してきました。飯田線を中心に、JR東海の2輌のゴハチの最晩年をテーマとしたこの写真展、1枚1枚にゴハチと飯田線への愛情がこめられていて、素晴らしい時間を過ごすことができました。

飯田線で最後のイゴナナの工臨運用を見送ってから、もうすぐ2年になろうとしています。気がつけば20年、飯田線の四季を走り続けた122号機と157号機の足跡は、会場で両氏ともお話ししましたが、あまた数ある旧型電機や流電のそれに、決して劣るものではないと思います。

汽笛こだまして、、、何とも余韻のある、いいタイトルですね。七久保で、平岡で、天竜峡で、三河槇原で、いい音、聞いたなあ。汽笛こだまするところ、ニッポンの鉄道の原風景が、おだやかに広がります。津和野しかり、日出谷しかり。飯田線の山間に響くゴハチのそれも、もっともっと聞きたかったのですが。。。

おりしも佐久間レールパークの閉園を目前に控え、飯田線は久しぶりの賑わいをみせているようです。どうやら、当方はその賑わいに参加することはなさそうですが、飯田線のゴハチとの過ぎ去った日々と、両氏の素晴らしい記録の数々に、今夜は乾杯しています。

盆地翳り行く秋 「鉄道(27069)」

ハンドリングの良い昼食で我慢したおかげもあって、津和野出区前の転車台に何とか間に合いました。いつもと同じように、広場の老若男女が楽しそうにカメラやケータイをシゴナナに向けていて、ふぅ~っと安堵のため息をつきました。

ちょうど駅構内全体が雲に翳っていたので、入換を撮るのはやめて、Sカーブのポイントに急ぎます。実はこの場所、8月のPPのときに、行こうとしながら道がわからず、たどり着かなかったところで、とりあえずのリベンジが課題となっていました。

秋の津和野盆地。10月も半ばを過ぎると、9522レの白井トンネルまでの道のりは、美しい斜光線に彩られます。もう少しで山の端に沈んでしまいそうな夕陽を追いかけるように、煙をたなびかせたシゴナナが、30年同じ勾配線を、峠へ峠へ、歩を進めていきます。

せっかく太陽は出ているのに、煙で客車が翳ってしまいました。でも、カーブを回って、真正面に夕陽を浴びて赤ナンバーをギラリ光らせるシゴナナ、最高でした。峠の向こうはもうおまけだなあ、と思いながらも、三脚を片付けてレンタカーへ急いで戻りました。

新橋で、宇部かま 「鉄道(27069)」

昨夜はオヤジの街・新橋、それもSL広場横・ニュー新橋ビルに、6人の鉄が集まっての飲み会でした。目指すは、前回の飲み会後の彷徨で見つけていた山口の郷土料理の居酒屋! 飲み屋が密集するビルの地下ですが、目印はやまぐち号のポスター、すぐ見つかりました。

青列車さんからもコメントいただいた宇部の飲み屋街、最後の赤ホキ撮影も日帰りだったので行く機会はなかったのですが、数日後の新橋で宇部名物の蒲鉾、略して宇部かまに舌鼓を打つことになろうとは、、、鉄と酒と味の道の奥深さを痛感します(笑)

その赤ホキ・ラストランですが、宇部市内の川沿いの雛壇に参加させていただき、その後、工場到着を撮ったところで、私はお開きにしました。デイテン更新機の晴れ姿、これは予想以上に素晴らしかったなあ。鉄の人出も、あまたあるイベント列車に比べると、ほどほどの賑わいで、いい気分でお見送りができたように思います。

さて昼メシにするか、、、いや、今からなら、やまぐちの9522レに間に合うか?と、昼はコンビニで済ますことに即決、赤ホキに別れを告げてUターン、津和野方向にクルマをスタートさせました。

カーラジオから 「鉄道(27069)」

厚保で赤ホキを切り上げてやまぐちに行くテもあったのですが、ここ最近すっかり馴染みになったデイテン更新機の花道も見送らないわけにはいきますまい。カーナビを小野田の駅の少し先にセットして、ラジオをオンしてレンタカーを走らせました。

たしかFM山口でフォークの番組があったけど、あれは土曜日だったなあ、と思っていたら、別の局から「あ・の・す・ば~」が流れ始めました。追悼番組にはひと足早いようですが、今日は全国のラジオ局から、この曲がたくさん、たくさん流れるのだなあ、と思うと、目頭が熱くなってきます。

土曜日、加藤和彦さんの訃報をネットのニュースで知るのとほぼ同時に、nagashima3さん、続いて枯れ鉄さんからケータイにメールをいただきました。鉄とともに、70年代からのフォークソングを大きなモチーフとする(笑)当ブログを、いつもご覧になっていただいている、同年代からの心遣い、しみじみとした気分になりました。

「花のかおりに」っていうのも好きだったなあ。あと、「大統領殿」も思い出します。なぜか、中学生がフォークルのアルバムを聞くのは、天気の良い日曜の朝でした。夜は勉強している、というエクスキューズが必要だったのかどうか。。。

今日も、日曜の柔らかい光が、デイテンの花道をしっかりと照らし、もうひとつの突然のさよならの悲しさを、打ち消しているような気がしました。

誰が名づけた、地蔵カーブ 「鉄道(27069)」

残念ながら、地蔵カーブは曇られてしまいました。朝の赤ホキの5990レを順光で撮れるポイントとして、誰が名づけた、地蔵カーブ。文字通り、カーブの内側の線路端にお地蔵さんが立っていて、線路のほうを向いているのが何ともユーモラスでした。

ほんとうは道祖神とか庚申塔かもしれませんが、まあいいでしょう。こんなところに、こんなお姿で建っているのは、線路を敷く時にほんの少しお移りいただいたのか、もしかしたら、線路が引かれた後の時代になって、何か痛ましい事件があったのかもしれません。

ちょうど、そのお地蔵さんの背後のインカーブと、線路の反対側のアウトカーブが、昨日は美祢線には珍しい、幾重にも折り重なった鉄の雛壇となりました。アウト側には、林の中に分け入っていく細い道があるので、この上にまた祠か何かがあるのかもしれません。

その山道に少し入ったところで、地元の取材の方が、鉄の姿も入れて撮影しようとされていました。いや~東京からですか、と驚かれながらも、親切にも脚立を貸していただき、いつものアングルを最上段で撮ることができました。感謝!

赤ホキ最後の日 「鉄道(27069)」

行ってきました、赤ホキ最後の日。今日で終わりだと地元紙に報道されたこともあって、重安も地蔵カーブも琴芝も工場も、今までに見たことない数の鉄&地元の人たちで賑わっていました。そして、DD51にもDE10にも、「さようならピストン貨物」のヘッドマークが。

考えてみたら、貨物列車の最終運転に立ち会う経験は、たしか今までにはありません。多くは平日が最終日だからなのでしょうが、日曜のおおかたに運転されてきたこの赤ホキ、日曜が最終日とは、何と素晴らしい巡り合わせなのでしょうか。

山口宇部空港に着いたときは、予報外れの曇り空でしたが、厚狭あたりから徐々に日が差すようになってきました。重安のいかついホッパーから赤ホキを引き出すDDに、小粋なヘッドマークが織りなす、この凛々しさよ!

何度も何度もそうしたように、発車10分前には撮影を切り上げ、踏切先のカーブを抜けたあたりに向かいます。いつもはせいぜい数台のクルマが停まっている工場裏は時ならぬ駐車ラッシュで、やっとスペースを確保し、急ぎ足で撮影ポイントへの小さな橋を渡りました。


宇部、小野田、厚狭 「鉄道(27069)」

思えば現役蒸機の時代、宇部線や小野田線といえば、工業地帯に線路が入り組んでいるイメージで、厚狭の機関区をジャンクションに、いったいどんな線路配置になってるのか、時刻表片手に想像したものです。

高校2年の夏、九州へ向かう夜行列車の窓から目を凝らして、夜の厚狭機関区の照明に浮かび上がるデコイチ発見! ほう~これが全列車蒸機牽引で有名な大嶺支線にも行くのだなあ、と不思議な満足感を覚えたものです。

5年ほど前、最後のクモハ12を求めて本山支線に何度か行きましたが、このときもいつもクルマだったので、線路配置を理解するに至りませんでした。で、直近の赤ホキ撮影も、カーナビまかせで何とかなるので、理解度はそのまんま(笑)

それでも、何度も宇部市内を右往左往しているうちに、いくつかのなじみのポイントもできました。工業地帯の港町の道すがら、平日の夕方になると男達の集まりそうな赤提灯と縁がないまま、赤ホキ撮影行が終わろうとしていることが、ちょっと残念ですが。。。


赤ホキ秒読み 「鉄道(27069)」

美祢~宇部線の石灰石貨物、通称「赤ホキ」が、いよいよラストランへの秒読みに入ったようです。実はここのところ何度か「シゴナナ撮らずに赤ホキ」という、おじさん鉄にあるまじき山口宇部行きを繰り返しており、寂しさもひとしおの今日この頃です。

やまぐちのシゴナナが集煙をよく外すようになった5年ほど前、ANA691便で宇部に着いて直ぐに向かうと、赤ホキの重安発車に間に合うことを知りました。で、美祢インターからすぐ高速に乗ると、大山路でやまぐち号に間に合う、、、よく使ったなあ、このコース。まあ、あまり山に登らない、当方のような「地面鉄」だからできたわけですが(笑)

今年の夏になって、DDだけでなくデイテン更新機牽引区間にまで手を伸ばしてしまい、宇部市内の川沿いの運河や工場萌え~な撮影ポイントの魅力も堪能しました。つい少し前まで日本の各地に走っていたこういう専用貨物、今ではすっかり減少してしまいましたね。。。

もう一度、行くかどうかは、、、う~ん、迷っています(爆)

35年後の煙 「鉄道(27069)」

クラス会で高校時代の思い出に耽るのもほどほどにして、数週間前の小松、尾小屋鉄道の保存車巡りに戻ります。あ、なんだ、これも同じ時代の思い出かあ(爆)

お~、あの築堤、線路っぽいなあ。たしか長原の駅はこのあたりだったのか……新小松から山へ分け入っていく国道沿いのあちらこちらに、廃線跡の雰囲気が残っていて、35年前の記憶の糸をやっとの思いで手繰り寄せます。

高校を卒業した春、数年後の廃止が噂されていた尾小屋への旅は、高校鉄研の仲間たちが一緒でした。終点の駅前の旅館に泊って、夜は旅館の窓からバルブして、そのあと、何を話しながら過ごしたのか、今では何も覚えていません。その跡地で時の流れに茫然としながら、近年整備された、蒸機と気動車の保存館へ向かいました。

35年前、たしか事前にお願いして、蒸機をクラから出していただき、無火ではありましたが、現役車輌っぽい写真を撮りました。35年後の今日、同じような自然の中で、ほのかな煙の演出が、キラキラと逆光に紛れています。

M高1年9組

この3連休の中日、京都で高校のクラス会に出席してきました。3連休初日、門デフ、行けばよかったなあ、、、梅小路の新車(爆)撮ってきただけでは、鉄はちょっと消化不良な3連休って感じですが、たまには非鉄なテーマの連休ってことで納得しましょう。

現役蒸機最後の活躍と時を同じくして、京都で過ごした高校時代。50を過ぎた懐かしい顔が揃って、90過ぎた担任の先生まで登場。で、どうして、卒業時の3年でなく、1年のクラス会が継続して行われているのか、いまだに誰もわかっていない(笑)

だいたい京都に地下鉄ちゅうのがいまだにわからんなあ、やっぱり市電やろ、北大路駅ってどこや? 烏丸車庫やろ? それになあ、伊勢丹がなんで京都にあるねん?……丸物、今はないのか?!(爆)

昼から8時間に及んだダベリング(これまた古い)が終了し、実家に泊った翌朝、梅小路に寄ってきました。京都の高校生には一生縁がないと思われた、北関東の山奥の専用線の古典機が、秋の運動会日和の青空の下、クラシックなフォルムを輝かせていました。

なかよし鉄道、発車します 「鉄道(27069)」

加賀一ノ宮から北陸鉄道鶴来線の廃線跡沿いにレンタカーを走らせて、JR粟津駅にほど近い公園内の、昔の尾小屋鉄道の車輌を使った「なかよし鉄道」にやって来ました。あまり期待していなかったのですが、いやはやこれが素晴らしかった!

運転予定時刻の15分ほど前、どこからか現われたジーパン姿の女性がホームの落葉を掃き清めていたと思ったら、すぐに車庫のシャッターが開いて、その彼女がキハを運転してホームに横付けさせました。

これまた、いつのまにかホームの前に整列していた子供たちが、母親に引率されて単行のキハに乗り込みます。この童話の世界から抜け出してきたようなシーンに、思わず「いやあ~~、しびれるなあ~~」とファインダーを覗いたまま、声をあげてしまいました。

残念ながら、保存後に前面が切妻に改造されていて、現役時代とは少し印象が違いますが、ナローの現役気動車、ここにあり! 木漏れ日を受けながら、トロトロトロと懐かしいエンジンの音を響かせて、なかよし鉄道、発車します。



門前駅の落日 「鉄道(27069)」

シルバーウィーク明けの週末、今度は北陸へ日帰りで行ってきました。前日、晴れ予報に誘われて、急遽、鉄人騎士さん、Gontaさんをお誘いしての珍道中でしたが、今月いっぱいの廃止が予定される北陸鉄道石川線の末端区間と、尾小屋鉄道関連の保存車輌が1日で回れて良かったと思う今日この頃です(笑)

加賀一ノ宮駅の噂にたがわぬ偉容は、ただただ感動でした。日本の各地に、歴史ある寺社の門前駅は数あれど、この堂々たるフォルムは、霊験あらたな白山信仰につながる、神々しささえ感じさせます。

この駅舎にセットされているのが単線の線路のみで、行き止まりのレールが草に覆われているのも印象的でした。1時間に一度到着し折り返していく電車から降りてくるのは、ほとんど乗り鉄と、それを兼ねた観光客のみ、、、

ここでも、旧東急の車輌が短編成で最後の活躍をみせています。夕方、小松空港へ戻る前にもう一度訪れた名残りの門前駅は、優しい落日の光に照らされていました。

函館思い出坂 2 「鉄道(27069)」

シルバーウィークの函館を走った都電思い出カラー、ちょっと調べてみると昭和29年に始まった塗色で、後にクリームがイエローに変更されて一般的になったので、今では荒川車庫前の保存車や、数々の写真集の中に面影を偲ぶしかありません。

海と港を見下ろす、観光エリアの坂の上で、都電カラーの通過を待ちました。連休中とあって観光客の人通りも多く、とても歩道に三脚というわけにいかないので、チャンスを逃さないよう、タテ位置のフレーミングを事前に繰り返しホールドします。

思えば、東京のいろいろな坂道にも、都電はよく似合ったのでしょうね。今の荒川線でも、王子駅前から飛鳥山へ向かうカーブの線形の美しさが思い出されますが、今度、雨の日曜日にでも、古い路線図を眺めながら、この坂道、あの坂道を行く都電を想像したりしますか。

この1006号の都電カラーですが、引退を目前に控えたはなむけの色だとも言われています。
♪坂の上から見る 町はかげろう♪……百恵引退直前の「しなやかに歌って」、好きだったなあ。いつものように、意味もなく昔のヒットソングを口ずさみながら、充実のツアーが終わろうとしていました。



函館思い出坂 「鉄道(27069)」

木古内から大沼へ移動して「北斗星」のDD場面を撮ったあと、市電のレトロ車輌が動き出す、朝の函館市内に帰ってきました。当ブログゆかりの(笑)函館530と、都電時代の塗装に戻った1006号のコラボシーンを求めて、行ったり来たりのカーチェイス(爆)

しかし函館はほんとうに坂と路面電車が似合う街ですね。十字街で、どっぐ方面行きと分岐して大きなカーブを描いて坂を上っていき、青柳町でちょっとしたサミットに達する。そして、小さな温泉を抱いた終点の谷地頭まで、函館山をバックに坂を駆け下りていく、、、

1006号の都電塗装、この薄いクリーム色は、私などより上の年代でないと、日常で慣れ親しんだものではないと思います。1970年に初めて見た都電はすでに今の荒川線にも通じる、もう少し濃い色でした。いわば、これは古い写真集や「三丁目の夕日」の世界の都電カラーなのですが、それでも目にしっくり来るのは、もともとのオリジナルカラー、のなせるわざなのでしょうね。

ごく最近、うちの近所では、ずっとバスの車庫として使われていた目黒車庫の遺構が、気がつくといつのまにか姿を消していました。高度成長に向かう東京の歴史が、そうして記憶の彼方へ行ってしまおうとしている昨今、初めて見るノスタルジック・カラーに、ひと世代上の人々への憧憬を重ね合わせていました。

夜明け前のテッピー 「鉄道(27069)」

シルバーウィーク、三連休パスの旅の最終日は、函館に泊って、木古内で夜明けを迎えました。この日も4時出発の厳しい朝練です(笑)

五所川原、そして函館と、一応毎晩、居酒屋紀行もやりました。五所川原では何といっても締めのバスラーメンが秀逸でした。Gontaさんの提案にのってしまって入った、ホテルの前の駐車場に据え付けられたバスのラーメン屋、魚系のだしにしてはコクがあって、旨かったなあ。

函館では、地元の人たちで賑わう小さな居酒屋に行き当たりました。朝市などに観光客向けの店は数あれど、しみじみ飲めるところを探すのは意外と難儀する函館にあって、これはスグレモノでした。海峡線朝練に燃えるKATOさん、来年は行きましょうね。

その海峡線朝練ですが、本命の「北斗星」の前にやってきた「テッピー」ヘッドマークのコンテナ貨物に、夜明け前のわずかな日が当たりました。このままいけば良かったのですが、ま、そう上手くはいきません、、、夜明けのSカーブを行くブルトレは、また来年の宿題となったのでした。

斜陽列車 「鉄道(27069)」

津軽は金木といえば、太宰の生家、斜陽館ですが、爽やかな秋の風が、昼頃には空のあちこちに浮かんでいた雲を飛ばしてしまって、夕暮れ迫る頃には、青空の下、斜光が輝く素晴らしいシチュエーションとなりました。

嘉瀬と毘沙門の間の少し開けたところで三脚を立てていると、地元のパトカーがやってきて、目の前で止まりました。すわ職質か(笑)と思いきや、「ご苦労さまです」と人懐っこい顔が近づいてきました。こちらも警戒感を解くと、畦道に座り込んでの会話が始まりました。

このあたりは平和で、この連休もそうたいした人出はないこと、それでも芦野公園のほうでは放火が続いていて、困ったものだと……そうそう、例の森林鉄道の保存車も、と言うと、どうしてそんなことまで知ってるのかと驚かれたり、連休でカミサンと子供は実家に帰って家に帰っても一人だと聞いて、いえいえ羽根伸ばしてくださいよと慰めたり(笑)

「斜陽」に出てくる家族はたしかもっとドロドロでしたが、列車より少し先に、秋の斜光線を浴びながらの彼との会話は、何だか心洗われるような気がしました。「すみません、列車来るので、そろそろ準備します」名残惜しそうにパトカーが去って行ったあと、いよいよ津軽平野の日暮れ時、世にも美しい斜陽列車が、嘆声の中を通り過ぎていきました。

津鉄悠々 「鉄道(27069)」

陣場の峠から津軽平野に戻って、津軽鉄道の客車列車を待ちうけることにしました。今日は、西武の電車を改造したナハフも連結された3輌編成。稲穂実る津軽平野を、忙しそうにロッドを動かしながら走る先頭のDBとのマッチングも絶妙で、激しく写欲をそそられます。

金木の手前で、収穫の時を待つ緑の絨毯が美しいポイントが見つかりました。ここは空と緑を大きく取り込んで、アングルは真横でいこう。あまりに素晴らしい雰囲気に騙されて画面が冗長にならないよう、編成長を慎重に判断し、何とか横位置のファインダーに収めました。

太宰治は故郷の金木のことを「これという特徴もないが、どこやら都会ふうにちょっと気取った町である」といささか嘯いていますが、あとで通り過ぎた今の金木は、日本のどこでも見られるような地方都市の空疎さと、微妙な観光地のわずかな賑わいが同居していて、澄んだ秋空に、沈んだ町並みが鈍く光っていました。



夜行列車、順光の朝 「鉄道(27069)」

五所川原に泊った翌朝、さすがにもう9月下旬とあって早朝の「はまなす」はパスしましたが、「日本海」「あけぼの」の続行ブルトレを捉えようと、同行のKatoさん、Gontaさんを、超メジャーポイントへご案内しました。かくいう私も、バリ晴れはほとんど初めてで、実はワクワクしていましたが(笑)

思うに、メジャーな撮影ポイントといえば、朝に夜行列車を順光で撮影できる、というのがひとつのカテゴリーになってるのではないでしょうか。この白沢~陣場しかり、ヒガハス、オノアサ、ミシカン、クマギョウ、浜名湖、すべてしかり。日本の鉄道写真の歴史は、すべて夜行列車を朝順光で撮ることで発達してきたように思います(爆)

この日は、「日本海」と「あけぼの」の間を縫って、583系の団臨がやってきました。東北や山陽筋で全盛期を過ごした583系にも、メジャーな朝の撮影地がいくつもありますが、6輌編成が基本となってしまった現在、このトンネル抜けたアウトカーブは、さらに後ろに編成が繋がっているようにみえて、最もフォトジェニックなのかもしれませんね。

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