湯たんぽギラリ 「鉄道(27069)」

ときおりのゲリラ雲に悩まされながらも、おおむね秋の美しい光線に恵まれた5連休初日。ED22と並ぶ弘南大鰐線の至宝、東急旧6000系も臨時運用に入り、遠来の鉄たちを楽しませてくれました。

それにしても、「湯たんぽ」とは、けだし名言ですね。ガキの頃、風邪引いたら母親がこれを準備してくれました、、、とここまで書いて、これまたある一定の年齢以上の記憶なのかなあ、と少し懐古調になってしまいますが(笑)

70年代の東横線で、青ガエルと並ぶ湯たんぽは、どこかユーモラスな雰囲気を演出していたように思います。この6000が当初計画された日比谷線に入ることはたしかありませんでしたが、日比谷線にも、他の営団線に比べてイカついステンレス車が走っていて、あの時代らしい、どこかまだ無骨な風景を形作っていました。

日暮れ直前、この日最後のワンカットは、厚い雲に覆われて撃沈が予想されました。まあ仕方ないや、とカメラを構えた数分後に起こった小さな奇跡は、心づくしの赤い急行札とともに、この電車に一瞬、東急時代の輝きを取り戻させてくれました。



岩木山憧憬 「鉄道(27069)」

世間も普通の月曜日に戻りましたね。いよいよ秋たけなわ、鉄道写真に最も適した、美しい光線の季節が始まりましたが、そのしょっぱな、シルバーウィークの青森函館ツアーに、時計の針を戻したいと思います。

しかし最近、鉄目的で青森、がめっきり増えました。早朝の「はまなす」からブルトレ、ED75といったJRネタに加えて、津軽富士こと岩木山を望む、いくつかのローカル私鉄の魅力にすっかり取りつかれてしまったようです。

残念ながら、青森出身の近しい友人に恵まれたことはありませんが、津軽平野のどこから見ても美しい山容をみせる岩木山を、ふるさとの山として育った素晴らしさは、きっと何にも形容しがたいものがあるのでしょうね。これには、我が加茂川から見る比叡山ぐらいしか、対抗できないのでは(笑)

小坂から再び乗った東北道を大鰐弘前インターで降りて、弘南鉄道大鰐線の津軽大沢にたどり着きました。大正生まれ、車齢80歳を数える小さな電機の牽くホキがやがてリンゴ畑にさしかかり、逆光に浮かび上がる岩木山と、美しいハーモニーを奏でました。

なりゆめ秋日和 「鉄道(27069)」

シルバーウィーク明けの木金の2日、初めて経験する変な感じでしたね。休みがつながってるような、いないような……何だかどっと疲れました。SW怒涛の青森函館ツアーより疲れたような(爆)で、今日は鉄抜き休養日にしようと思ったのですが、お昼過ぎ、雲ひとつない青空にどうすることもできず(笑)、夕暮れの斜光線狙いで、成田ゆめ牧場へ向かいました。

そろそろ家族連れが引きはじめた15時過ぎに到着、素晴らしい光線状態のなか、足早にまきば線のループへ向かいます。まずはハイライトの木橋でカメラを構えると、すでに橋全体に光が当たっておらず、あ~1時間遅かったか、と思っても後の祭り。。。

機関庫のほうから歩いてくる、羅須のMさんのお顔が見えました。「今日はおひとりですか?」との問いに「ええ、今、急に来ました。夕陽が綺麗だろうと思って」……その瞬間、まわりにほとんど鉄がいないことに気づきました。おいおい、今日は夕陽ひとり占めだあ!

夕陽に照らされた築堤は、まだカマ1輌が十分抜けそうで、橋の上をすべて青空にして、赤い機関車がファインダーに入ってくるのを待ちました。カマだけスポットライトのつもりだったのですが、乗客の笑顔が柔らかく光って、美しい秋日和を締めくくってくれました。

廃駅の秋 「鉄道(27069)」

行きの新幹線でご一緒したマチさんから、これまた小坂インターからほど近い茂内の駅に腕木信号機が残っていると聞いて、後ほどこちらにも寄ってきました。ここには立派な腕木のほかに、線路と駅舎、さらに2輌の貨車まで残っていました。

構内の赤錆びたレールにも、まだ朽ち果てるには少し早い貨車にも、これから盛りを迎えようとする秋のススキが揺れています。駅舎の運転扱室には閉塞機や、ファンが持ち寄った写真のパネルの数々までそのまま置かれていて、まだ廃駅というには、現実感あり過ぎです。。。

ここは、末期までDL三重連の貨物列車が有名でしたね。帰ってから調べてみると、昨年休止された小坂鉄道の正式な廃止は今年の春、おそらく、これから線路や施設の撤去作業が行われるのでしょう。来年の秋には、草生す里に戻っているのかもしれません。列車の来ない静かな秋、この小さなローカル鉄道は今も、わずかな時を刻み続けているような気がしました。

保存車探して、知らない町へ 「鉄道(27069)」

シルバーウィーク前半、三連休パスを使った青函ツアーから、昨夜帰ってきました。おおむね天気にも恵まれ、気持ちの良い3日間の激しい鉄(笑)で、すっかりリフレッシュしてきました。史上初の秋の大型連休、この次にカレンダーの巡りがいいのは6年後と聞くと、ちょっとがっかりですが、、、

土曜朝一番の「はやて」で出発したのですが、いやはや、こんなにデッキまで混んでる状態を見るのは久しぶりで、盛岡でレンタカーを借りて逃げるように東北道に入り、緑がフロントガラスにどんどん広がって、八幡平の手前で見上げた空の気持良かったこと!

目的地の大鰐に行くまで、少し時間があったので、すぐ立ち寄れそうな保存車をケータイで検索すると、小坂インター降りて直ぐの郷土館に小坂鉄道のナロー時代の蒸機などが見つかりました。駅舎のレプリカも建てられ、近年まで走っていたDCも……同行のGontaさんと即、決定です。

小坂鉄道の現役時代に訪問している彼と違って、私は初めての小坂でした。もちろん、行こうと思えば行けたのですが、残念ながら縁がなかった、そんな知らない町に、鉄道の廃止後に保存車探して、ふらりと迷い込むのが、最近ではすっかり旅の醍醐味となりました。

雨宮のCタンクに貴賓車が繋がれて、趣のある改札口の向こうに、連休初日のおだやかな陽が差し込んでいました。先日行った青森の森林博物館もそうでしたが、ナローの貴賓車をちゃんと保存するという、その土地土地、その時々の関係者の配慮というのも、凄い文化だなあ、と思います。いろんなことを感じさせられる、知らない町の保存車両巡り、これだからやめられませんなあ。。。

風の駅 「鉄道(27069)」

といえば、「私鉄沿線」に続く野口五郎にヒット曲ですが、片岡、矢板、野崎と、このあたりにはシンプルな木造駅舎が風に吹かれています。それぞれ、それなりのリフォームを経て、大事に使われています。待合室に入るとスイカ改札や自販機ばかりが目立ちますが、一歩駅前広場に出て駅舎全体を眺めると、こうして心地良い風景が広がっています。

最近思うのですが、木造駅舎を取り壊して新築するのと、リフォームして使い続けるのには、どういう判断基準があるのでしょうか。高架化、無人化といった理由のほかに、耐震基準、地元自治体の意向(資金拠出の度合い)も考えられます。最近のステンレス車両と一緒で、リフォームするにしても、その後の償却年数が決められてるのかもしれませんね。

この矢板駅は、市街地から微妙な距離があり、今日はいい感じで風に吹かれて、爽やかな秋空に浮かんでいるようです。レトロのようで、レトロじゃない。こうして、赤い屋根の木造駅舎がこれからも町のランドマークでありつづけてくれれば、と切に思いました。

P.S
明日からのシルバーウィーク、またぞろ、うろうろ、北のほうで鉄してきます。三連休パスと品川330を駆使する5日間になりそうです。皆さんも、いい旅、いい鉄を!



9月の青を追いかけて

氏家停車の間に先回りして、前回と同じ蒲須坂先の鉄橋で、PF+ハネを待ち構えることにしました。農道にレンタカーを止めて、いつも鉄が集まる堤防のところへ向かおうとしたとき、手前に画面を大きくとった先客がいらっしゃるのに気がつきました。

声をかけると、やはり、稲穂の実った田圃を手前に大きくとりこんだファインダーを考えておられるようです。最初は、あ~あ、いつものシチサンアングルが撮れないのかと少々ガッカリしましたが、ふとサイドのアングルに考えを変えてみると、そこには、おそらく青い編成に似合いそうな、青い空と白い雲、そして稲穂の黄緑が広がっていました。

Traveler Kazuさんから、秀逸なコメントをいただきました。PF+24系ハネの、端正な青。さすが、PFブルトレの絵本で育った年代の方の、愛惜溢れるオマージュですね。今思い出してみると、この控えめな気品は、65Pにも66にもない、PF独自の味わいだったと思います。

おいおい、何だか今日は空と雲の写真ばかりじゃないか、、、心地良い自嘲とともに、上り列車が来るまでの時間、この辺りの木造駅舎をスナップするために、クルマを北に走らせました。

風立ちぬ 「鉄道(27069)」



朝練終了後すぐに関越道をとって返し、クルマを家に置いたらすぐ、再び「大人の休日パス」で、東京駅から今度は「なすの」の客となりました。いつのまにか雲が切れ、車窓には爽やかな秋空が広がり、PF黒磯訓練の撮影に期待がふくらみます。

先週の赤いゲッパに代わって、今日は青いPFの登板と聞いていました。1本早く那須塩原に到着、あちこちロケハンしているうちに、宝積寺の先まで戻ってしまったのですが、築堤を見上げるポイントにお二人の先客発見、秋空と稲穂実る田園に惹かれて、ご一緒させていただくことにしました。

♪風立ちぬ 今は秋 今日からわたしは 心の旅人~♪

80年代初頭、松本隆&大瀧詠一の名曲ですね。しかし、空に抜けるPFのシルエットとPS22のカニパンが、こんなに美しくファインダーを彩ってくれるとは、、、PFなんて見向きもしなかった時代は、ほんとうに、ずっとずっと遠くへ行ってしまったのですね。






大人の休日、北関東へ 「鉄道(27069)」

先週末は青森まで12000円で往復した「大人の休日パス」、今週末までが9月の発売期間でした。そうか、使わないともったいないなあ、と思うのが浪費の始まり(笑)、、、金曜夜の帰り道、え~い、行き先は明日考えよう、と券売機に手が伸びてしまいました。

土曜、雨混じりの曇り空に列車写真はあきらめ、懸案の両毛線駅舎めぐりに出かけることにしました。何しろ新幹線乗り放題、ためらいなく高崎まで「あさま」と洒落こみますが、もしかしたらツーデーパス3500円+自由席のほうが安いのかどうか……う~ん、微妙かも(爆)

まずは高架工事の進む伊勢崎へ。駅舎はまだ健在でしたが、高架線がかなり出来上がっていて、窮屈な単線の仮の線路配置が、タイムスケジュールが予定通り進行していることを窺わせました。

ファザードの上に、ステンドガラスが鈍く光っていました。ホテルの広告板に何かひっかかるなあと思ったら、昔、長野のKさんと、翌朝のパックを撮るために宿を探したことがあったのでした。そう、ケータイもない時代、こんな広告と電話帳を見ながら、公衆電話で値段と空室を尋ねた20数年前の空気が、そのままここに残っているような気がしました。

名残りの朝練 「鉄道(27069)」

高崎線夜行三兄弟、ちゃんと朝練しないうちに、徐々に撮影可能なポイントが南下して、「能登」あたりは上野に近いところでなければ苦しくなってきました。土曜の夕方、一度帰宅して早めに就寝、翌朝は天気回復との予報に、これまた懸案の64一般「あけぼの」の朝練に向かいました。

ほんとうはこれも大人の休日パスで行きたかったのですが、さすがに熊谷5時50分はクルマでないと間に合わず、、、まだ暗い中を行く「能登」に続いて、ISO1600でやっとの「北陸」が通過、いよいよだんだん露出も上がる中、「あけぼの」の通過時刻が近づきました。

ところが、定時を過ぎて5分、10分、、、列車は来ません。そこで、新町で事故抑止のニュース、しばらく経って露出がかなり上がったところでEF6438号が轟然と通過しました。雲の合い間に太陽が薄く隠れた状態でのワンショットでしたが、定時の光線を思えばラッキーこのうえない結果でした。

ところが、ところが、、、モニタで確認すると、朝の光に鈍く光る38号機の、左スカートのステップが曲がっているのが判り、それが事故の跡と思うと、複雑な気分でした。その38号機ですが、運用離脱することなく、今朝の「北陸」に充当されたとのこと、どんどん遅くなる秋の朝日と追いかけっこしながら、今年の朝練がもう少し続きそうです。

両毛線ラストデイズ 「鉄道(27069)」

伊勢崎から東へ、国定、岩宿と木造駅舎各駅停車の旅になりました。つい先日、イセコマにはEF60工臨の撮影で行きましたが、普通電車の窓の外を眺めていると、あ~ここでも、そこでも写真撮ったよなあ、と80~90年代の激しい鉄の日々が次々と甦ってきます。

オートレース場の近くの低い築堤を朝日を浴びて走るパック+スロ81、、、まだミト座になる前のシナ座だったでしょうか。伊勢崎~国定ではオーバークロスから見下ろす順光のPトップ+くつろぎが思い出されます。岩宿の周辺では、復活間もないEF55+旧客の撮影ポイントを探して右往左往したなあ、、、

岩宿の駅前に、朽ち果てたような駅前商店がありました。雨戸に閉ざされたウィンドウは、タバコ屋か何かだったのでしょうか。旅の途中で、いま日本のあちこちで目にして心傷む、駅前広場衰退の風景です。

あの頃は、追っかけでハヤテのように通り過ぎるか(笑)、電車移動の日も、急ぎ足で撮影ポイントに向かうばかりでした。こんな風景にもっと目を向けていたら……と言っても詮無いことですが、次回は足利、山前、大平下、、せめて今からでも、両毛線に残る昔の駅を記録したいと思います。

津軽海峡鉄景色 「鉄道(27069)」

去年の6月には何度か運転された海峡線の14系集約臨が今年は電車になって、もう二度と走らないのかと思っていた矢先、DJ誌の9月号に14系団臨の記載を見つけたときの嬉しい驚きは、近来まれにみるものでした。

函館方からやってくる列車を津軽今別まで迎えに行ってワンショット、蟹田の停車の間に追い抜いて、津軽線で海といったらここ、という有名ポイントに初めてやってきました。幸い、青い海をバックに素晴らしい順光状態、狭い斜面の上にひしめきあって陣取る先客の皆さんの隙間に、何とか手持ちでカメラを構えました。

♪旅に疲れた若い二人に さすらい人の子守唄を♪
ディスカバージャパンの時代の、懐かしいフォークのメロディが、ふと口をついて出てきました。長い旅に疲れた様子のED79と14系、どこまでも青い海とのアンバランスがもう、美しすぎます。

そして、手前の道路のところには、その昔、森林鉄道が並行して走っていたと知るにつけ、♪津軽海峡~~鉄景色~~♪と、無粋な替え歌を口ずさんでしまったのです(笑)

森林博物館の協三 「鉄道(27069)」

一度ホテルへ戻ってひと休みしたあと、「日本海」と「あけぼの」を狙おうと、津軽新城へ向かいました。そこで思い出したのが、先月、津鉄沿線で訪ねた森林鉄道の保存車が青森市内にもある……ナビで検索すると、両ブルトレのついでにちょうど行けそうな場所でした。

元営林署の庁舎という瀟洒な洋館が、現在は青森市森林博物館になっていて、前庭の別棟に、DL+PC+FCがこじんまりと保存されていました。DLは中泊の保存車と同じ協三工業製、これは近隣の津軽森林鉄道ではなく、下北の大畑森林鉄道で活躍していたものだとか。

繋がる客車には、結構新しそうなシートが装着されていて、現役時代はどうだったのだろうかと、興趣は尽きません。サイドに大書された「あすなろ」の文字が、半世紀前の森林鉄道の持つ何ものかを、今に語り継いでいるようです。

あっという間に、30分以上の時間が経っていました。それでも、もう1枚、もう2枚とカットを稼ぎたいのを、同行の鉄人騎士さんとやっと切り上げて、次はいよいよ今回の旅の本命、海峡線の14系団臨撮影へ向かいます。



202レ青森到着 「鉄道(27069)」

翌朝5時の青森は思っていたよりずっと明るく、これなら油川あたりに朝練にいけばよかったと思っても後の祭り、駅のホームで上り「はまなす」の到着風景をスナップすることにしました。

青森駅のホームは、まだまだ昭和の匂いが残っていました。青函連絡船への通路を急ぐ人々の姿はありませんが、到着と同時に開店した駅そばの湯気に誘われる人々、行き止まりのホームを一方向に出口へ向かう人々に、遠い急行列車全盛の時代が偲ばれます。

鉄と年配の乗客ばかりかと思いきや、若い人たちがたくさん、青い客車から溢れてきたのが意外でした。どこへ、何をしに行く旅の途中なのでしょうか。9月の朝の、まだまだ眩い光と影に、とびっきりの笑顔が似合います。

牽引機のED79があっという間に引き上げてしまい、入換のDEが迎えに来るまでの時間、昭和から平成を駆け抜けてきた客車の存在感が、おだやかに朝のホームを包み込んでいました。

客車急行の夜 「鉄道(27069)」

タイトルにミッドナイト・エクスプレスと書こうとして、何だかカタカナは似合わないなあと思い直しました。やはり、漢字で客車急行、と行こう。那須塩原から「やまびこ」と「はやて」、そして「スーパー白鳥」を乗り継いで着いた夜の青森駅、やがて日本最後の夜行客車急行の発車時刻が近づいてきます。

一度駅前のホテルにチェックインして、発車20分前にホームに戻ってきたときには、10数人の鉄が交代でバルブに精を出しているところでした。こちらもしばらく順番を待ってるうちに、発車数分前にはほとんどが列車に乗ってしまい、ホームに残るのは数人となりました。

この、極端に明るくもなく、暗くもなく、ちょうどバルブしやすい状態、、、80年代半ばに復鉄して、大宮、高崎、宇都宮など、当時はまだ続行で走っていた夜行列車をバルブしまくった頃の、鈍い照明の光やひんやりとした空気を思い出します。

あの頃も、勝負は最後の数分だったなあ、、、発車のホイッスルが鳴り、疲れた表情のED79が静かに動き始めたとき、昔いつもラボのライティングデスクで、ドキドキしながらスリーブを広げたときの感じが、心に染み入るように、甦ってきました。

大人の休日デビュー 「鉄道(27069)」

ここしばらく、鉄にあるまじき鉄(笑)として、ヒコーキばかり乗って遠征に出かけていましたが、遅まきながら50歳以上の「大人の休日倶楽部」デビューを果たし、週末12000円で青森まで行ってきました。

最初は、土曜午後にのんびり車窓を楽しみながらと思ったのですが、東北線直流区間で再々運転されているハネ6輌の訓練列車にちょうどゲッパことEF651118号機が充当されると聞いて、途中下車して撮って行くことに決定、那須塩原でレンタカーをピックアップしました。

ゲッパというニックネームも当初は嫌でしたが、いつのまにか定着し、当方も嫌悪感はすっかりなくなりました(笑)ジョイフルトレインの時代の残り香を今に伝える派手なレタリング、その取り残され感を、なかなか渋く思うようになってしまい。。。

そういえば、このスジで出場間もないロクイチが素晴らしい光線の中を走って以来、もうすぐ4年が経とうとしています。私には、その日以来の蒲須坂の鉄橋でした。






夏を追いかけて 2009 「鉄道(27069)」

小郡から再び、美祢線へ向かいました。もうそろそろ西日の限界が近づいてくる、夕暮れの炭酸カルシウム貨物を、夏の終わりに、もう一度狙おうというわけです。実はこのアングル、今年はなかなか晴れず、三度目のリベンジになります、、、

山口宇部からNH700もしくはJL1648で帰途につく前の道すがらの美祢線立ち寄りは、すっかり夏のやまぐち撮影行に欠かせないものとなりました。それも今年はおそらく今日が最後……何とか晴れてくれ!

やがて、徐々に弱くなる夏の夕日を追いかけるように、DDがヘッドライトとともにカーブをゆっくりと描いて、短い直線に入ってきました。念願の岡見貨物・晴れにも遭遇できた今年の夏、いくたびか舞い降りた僥倖への感謝を、乱写の音に託しました。



仕業札は流れ星 「鉄道(27069)」

赤ホキ追っかけの合い間に、小郡もとい新山口で開催されていた「SLフェア2009」の会場も覗いてきました。転車台のまわりに並ぶシゴロク、マイテ、12系、そしてEF66、、、66には、今や懐かしのブルトレHMが1時間交代で付けられました。

ちょうど「はやぶさ」から「さくら」へ交換作業が行われるところで、EF66はつかの間、ブルトレ牽引機の晴れやかな表情を取り戻したようで、カメラを向けるこちらもうれしくなりました。まだ半年も経っていないのに、「富士ぶさ」を見送ったのはずいぶん昔のことのように思います。。。

たしかEF66のブルトレ充当時に登場した、流れ星のブルトレマークの仕業札がちゃんと入れられていました。東京機関区のPF時代にはなかったこの札、ブルトレがまだ鉄路のスターだった時代、きらびやかな誇りと、絵本から抜け出してきたような親近感を感じたものです。

いまや事業用列車や団臨の牽引に細々と行き続ける下関のEF66、カニパンはどうもなあ……などと悪態を付いていた時代が、またまた美しき後悔に彩られました。

宇部岬、工場萌え~ 「鉄道(27069)」

日曜の総選挙、うちの選挙区では元祖萌え~議員、ゆかりタンがあえなく敗退しましたが、宇部岬で機回ししてセントラル硝子の専用線に入る赤ホキを追いかけていくと、終着のヤードでは、いかにも工場萌え~な光景が繰り広げられていました。

半ばヤマカンでナビをたどっていったところに大きな踏切があり、地元らしい先客が数名、いらっしゃいました。ちょうどこの場所が行き止まりになっていて、入線から入換に至る数分間のドラマを、300mm越しに鑑賞する、この工場専用線の醍醐味!

また、この赤ホキ運用は、重安~宇部岬往復の合い間に、宇部までの区間貨物が設定されていて、1日に2度、入換風景を見ることができます。で、その区間貨物も撮るわけですから、結局、宇部岬と琴芝を行ったり来たり(笑)

日曜の昼下がり、夏草に覆われた車止めのまわりにポツリポツリ集まってくる、ちょっと偏向ぎみの鉄たち。扇町の5764レも、北王子貨物駅の桜どきもそうでしたが、望遠レンズでゲートから覗き込む工場のヤードは、いつも不思議な誘惑に満ち満ちています。
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Author:品川530
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