古いRF誌から

友人から、新橋のSL広場でやってる古本市で、かなり貴重な昔のRF誌が廉価で出ていると聞いて、今日の帰り道に行ってきました。たしかに、70年代前半~半ばの号が1冊300円! ついつい5冊買っちゃいました(笑)

立ち読みして買わなかった号、友人に見せてもらっただけの号、いずれもけっこう内容は覚えているものです。いや、覚えているのは、内容というより写真ですね。廣田さんの雪をかぶったキューロクの廃車体、諸河さんの湯河原のブルトレ、木曽森林のカラー……いやはやこれはじっくり楽しめそうです。

73年の号に、「若き蒸機ファンへのポストSL提言」と題した佐々木桔梗さんの連載がありました。このタイトル、覚えてるなあ。でも、当時はさらっと読み飛ばしたような、、、今読むと、鉄道撮影への素晴らしい示唆に満ち満ちています。

作例も、廃車体の情景撮ったと思えば、最末期の現役蒸機のイベント列車あり、夜の玉電渋谷駅をローライで手持ちで撮ったものもありました。関係ありませんが、先日行った東急電車とバスの博物館、200型保存車の運転席の外にはこうして当時の写真があって、さながら70年代へワープした気分が味わえました。

閑話休題。その年の11月号のコラムタイトルは「鉄道写真の決定的瞬間」! もうこれだけで、当時の大人たちが、当時のガキ鉄に伝えたかったすべてがわかるようです。ああ~、当時もう少し真面目にこれ読んでいたら、その後の鉄人生変わったかもしれないなあ。。。

水鏡も忘れた頃に 「鉄道(27069)」

ギラリもそうですが、水鏡も忘れた頃にやってくる……またひとつ、鉄な世界に格言を追加しなくてはいけません(笑)事前に計算し刻一刻と田圃のさざ波や風の向きにやきもきするときより、あ、何だ、ここも水鏡かってくらいのお気楽なときのほうが。。。

鍋倉のあと、自然なクルマの流れで、気がついたら渡川の手前で先行していました。これ、そうあることではありませんが、長門峡のあたりでワンカットいけそうです。下りこみながら光線も良好なオーソドックスアングルに、手持ちで何とかスタンバイします。

ファインダーを覗いて、あ、水鏡!と気がついて、急いで画面をやや下に振りました。そのとき、すでに薄い煙をたなびかせたシゴナナとその影が緩いカーブを回って、アングルの中に優雅に進入してきました。

やっぱり、来てよかったなあ。やっぱり、やまぐちはいいなあ。現金なもので、この瞬間、先ほどまで何度も脳裏をよぎっていた大宮のゴハチやロクゴのことが、すーっと消えていきました。





水鏡前線?! 「鉄道(27069)」

Traveller Kazuさんのご提案ごもっともで検索かけてみると、田植え前線という言葉はあるのですね。が、北上と書いてあったり、南下と書いてあったり、山から海へだったりで、よくわかりません(笑)要するに、地形も無限に異なる日本列島、田植えの時期もバラバラで……そうそう、「水鏡」で検索すると、出てくるのは鉄なブログばかりで笑いましたが(爆)

で、やまぐちの水鏡、下り9521レは大山路のあと、地福発車でも似たようなカットが撮れました。最近は鏡鉄もだんだん慣れてきて、カマ部分が水に映るところが空に抜けるのが基本と、アングルを微妙に調整したりして、きりがありません。

よし、こうなったら、返しの9522レも水鏡で行きましょう。久しぶりの「なごみの里」の日帰り湯を堪能していざ出陣、さすがに本門前で水鏡は無理ですが(笑)、次の鍋倉でサイドを狙うことにします。すでに田植えが始まっていて、苗が育ちつつありますが、バックの山がちょうど綺麗に映りこんで、これまた、まずは結果オーライでした。

次は篠目発車となると、水鏡はこれで終わりかな、と思いながらレンタカーに飛び乗りました。まあ、いいか、、、この時点では、何やら消化不良な気持が、微妙に渦巻いていたのですが。。。

水鏡巡礼、西へ 「鉄道(27069)」

今日は大宮の公開イベントに行こうと思っていたのですが、昨夜遅く、気が変わりました(笑)う~ん、ここのところ、けっこう仕事で疲れているし、人ごみの中で写真撮るよりは、天気のいいところで汽車撮りたい……やまぐち、晴れ時々曇り、よし、行こう。。。

考えてみたら、今年の初やまぐちです。幸いにして、GWから集煙も外しているようだし、もうひとつ考えてみたら、やまぐちで水鏡、というのはほとんど撮っていないような、、、JL1643便のクラスJで眠りこけながら、山口宇部に着く頃には、すっかりモードが鉄に切り替わっていました。

何だかのんびりムードの大山路で、早速、水鏡を見つけました。そうか、西に来てもまだあるのか、桜前線と違って、地域差はあまり関係ないのかな、いややはり水鏡前線というのがあるのかもしれない、、、文科系鉄、何もわかってない(爆)

少し風が出て、まあまあレベルの水鏡だったのは、磐西・馬下と同じでした。こうなると、何とか一度は決めたいというのが人情ですね。さあ、今日は一日、やまぐち水鏡巡礼といきますか!

小松駅、1974年5月 「鉄道(27069)」

その、尾小屋へ行ったときのネガを見ると、小松駅で荷物列車を牽くED70を撮っていました。今みるといいなあ、DF50のELヴァージョン(笑)、交流電機の嚆矢となったこの機関車、検索で調べてみると、この当時はすでに荷物列車専用となっていたようです。

で、この年の7月の湖西線全通で交直流の時代が始まり、一線から引退……よ~く思い出してみると、訳知りの同行者の「もうじきなくなる、撮っておいたほうがいい」というひとことが、あったような、なかったような(爆)

今でもそうですが、「何でも撮っておいたほうがいい」と何度言われても全部は撮らないアマノジャク、よくぞこの1枚、撮っていたものです。そういえば、DF50を短くして電機にしたような不思議な魅力を感じたのを、おぼろげに思い出します。

構内はずれの尾鉄の駅は新小松で、どこが新しいんだ?!と、くだらないことを思ったものです。そして、駅の反対側にチラリと写っている北陸鉄道小松線に至っては、もはや完全に忘却の彼方ですなあ。。。

尾小屋鉄道金平駅 「鉄道(27069)」

GWのまきば線で、Nさんを偲んで青々と出発信号を現示した信号機ですが、それが昔あった尾小屋鉄道金平駅で、35年前のGWに数枚の写真を撮っていました。高校卒業直後、鉄道同好会OBとしてデカイ顔して(笑)後輩引き連れてのツアーでした。

この当時、途中駅で交換設備のあるのは、この駅だけになっていたように記憶しています。新小松から小さなディーゼルカーの最前部に陣取ってワイワイ、交換駅に着いたら、ドヤドヤと降りてホームで撮影……うん、誰にもそんな時代が、、、最近のガキ鉄のこと言えませんな(爆)

もちろん、駅の両側に信号機があるわけですから、この画面に写っているのが、現在のまきば線のものであるかどうかはわかりませんが、それでも感無量です。最後まで残った非電化ナローの遺産が、素晴らしい形で伝えられているのですから。

このキハ1は、ちょっと顔が変わったようですが、昔の尾小屋鉄道にほど近い公園に動態保存されているそうです。なかなかタイミングが合わず、再会の機会を逸していますが、1200円に暴落した株優で航空券を買っておいて(謎爆)、夏には出かけたいと思っています。

なりゆめの夜 2 「鉄道(27069)」

6号機の狭いキャブでは羅須のMさんの奮闘が続き、クラの横の広場では、バーベキューの準備に缶ビール片手の歓声が上がっているようです。更け行く「なりゆめ」の夜、ナイトセッションもラストシーンにさしかかりました。

構内はずれの腕木信号機のところへ、向きを変えたナロー蒸機が静かに移動し、何やらおごそかな雰囲気で止まりました。尾小屋鉄道の金平駅から糸魚川を経てここへやってきたという信号機の腕木は下がり、青々と出発信号が現示されています。

この信号機がここ、まきば線で復活するには、Nさんの努力があったことを、羅須のブログで知りました。彼とは面識はありませんでしたが、4月に42歳で早世されたと聞いて、思わず胸が詰まりました。

赤い機関車もセッションを終えてクラに帰ろうとしています。我々も、お誘いに甘えて、広場の歓声にご相伴させていただくことにしましょう。






なりゆめの夜 「鉄道(27069)」

先日のGWに話は戻りますが、韓国から帰ってきた日、羅須地人鉄道協会からお誘いをいただき、まきば線ナロー蒸機のナイトセッションに参加させていただきました。

好天に恵まれた夕刻の成田ゆめ牧場、そろそろ家路をたどるファミリーな皆さんと逆方向に、まきば線のループに向かいました。GW3日間の蒸機運転は、ここ最近のメディアでの紹介もあって、大いに賑わったようで、うれしいことです。

やがて日が暮れて、ナイトセッションが始まりました。ここのカマが「けむりプロ」の時代を受け継ぐナローということもあるのでしょうが、都内からわずか1時間少しのところで、2009年春、かくも素晴らしい「銀河鉄道の夜」が繰り広げられるとは。。。

日本で唯一といっていい、ファンの手による純粋な保存鉄道。その魅力を、さらにたくさんの人々に伝えようとする、羅須の皆さんの創意溢れる心意気に、いま盛大な拍手と共感を!



玉電廃止の頃 「鉄道(27069)」

一昨日の日曜日が玉電廃止から40年だったことを、Nさんのブログで知りました。1969年、ちょうど大都市の路面電車の廃止が相次ぎ始めた時代で、同じ年に大阪市電、川崎市電が全廃され、我が京都のトロリーバスも廃止されています。

1975年に東京で大学生活を始めたとき、すでに玉電はなく、246号線は新玉川線の建設中で、いつもガタガタとクルマの流れる音と工事の槌音が交錯していました。ちょうど沿線の大学に入学した高校の同級生がいて、今の駒沢大学駅のあたりのアパートをよく訪ねたものです。

おいおい、ここに路面電車が走っていたのか~、と不思議な気分になったのを思い出します。東京の都電はすでに荒川線だけになっていて、京都からのお上りさんには、東京の山の手の路面電車というのが、想像の範疇を超えていたのです。

東急沿線に住む当方、思わず、東急電車とバスの博物館へ、保存車を見に行きました。「いもむし」とも「ペコちゃん」とも呼ばれたこの電車、走ってるところを見たかったなあ。京都のトロバス廃止日は雨でしたが、玉電最終日は、今年と同じ快晴だったそうです。東京出身のご同輩の皆さんは、ハーフサイズで撮影されているのでしょうか。

馬下から渋谷へ 「鉄道(27069)」

さっきまで、渋谷で飲んでました。鉄にはおなじみ、C579囚さんのところのチャイニーズ。いやあ、楽しかったなあ。今回はなんと4月12日の馬下で隣り合わせて撮った方々との、鉄と桜がとりもつ宴会でした。

磐西の撮影地談義から始まって、現役時代のシゴナナのナンバーの形態差、沿線のラーメン屋、追っかけ間に合う談義(笑)、最後はJR蒸機動態保存の今後という遠大なテーマでは、ついつい熱くなってしまいましたが(苦笑)、いやしかし、こんなに熱く語れるなんて、なかなか今時ありませんよね。おかげさまで、いい気分転換になりました。

その馬下、土曜の日暮れは、やわらかな光の下、綺麗な水鏡となりました。この時期特有のギラギラにはなりませんでしたが、各所で水鏡狙いに終始した一日の終わりに、おいしいビールのための最高のワンショットとなりました。

また磐西で会いましょう。そうして、ほろ酔いオヤジ5人の別れの契りは、雑踏の渋谷の夜に、優しく溶けていくのでした。

磐西鏡色 「鉄道(27069)」

ほんとうはGW後半に行こうと思っていた水鏡の磐西ですが、天気が今ひとつで見送り、昨日の土曜日、晴れ予報に即決。連休明け早々からの厳しい諸局面に疲れた身体をいたわるように、いや鞭打つように(笑)、いつものMaxとき303号の客となりました。

越後湯沢を過ぎた頃、窓ごしの強い日差しに汗ばんで、目が覚めました。お~、これでは気温が上がってスカばかりだろうなあ、と思いつつ、前回の磐西行きから10日が過ぎて、彩度を濃くした新緑、それを映す水鏡、そして夕暮れのギラリと、あれこれイメージトレーニングしているうちに、やっと仕事のことが頭から離れました。

新潟の駅レンタカーの新しい場所にも慣れました。同行のNさんと連休中の鉄成果をあれこれ話しながら、行き先決めずに磐越道を会津方面へ。安田インター手前で、おっといけない、最初はどこで……? 馬下、この時間は風が強いだろうけど、イチかバチかやってみますか。。。結果はこの通り、季節はもう春から初夏へ、踊るような煙がキラキラ映ったから、まあいいでしょう!

高速を1000円で走ってこられたのでしょう。現地でお会いした大宮のOさんのクルマからは「小さなスナック」が大音量で流れていました。磐西鏡色、大人の休日ですなあ。今日は最後のギラリまで、水鏡狙いに身をまかせることにいたしましょうか。

走らない鉄馬 「鉄道(27069)」

ソウル郊外の世界遺産、水原華城を訪ねる途中で、オプションツアーのコースを無理やり変更してもらって(笑)、義王市にある鉄道博物館へ行ってきました。GW中ながら、家族連れの姿もポツリポツリって感じで、やはり韓国には鉄はほとんどいないのか(笑)

屋外の展示車両に混じって目をひいたのが、この蒸機の残骸のようなものでした。当方、ハングル語が不案内なので、説明板みても何もわかりませんでしたが、帰って検索かけてみると、南北軍事境界線に戦災を受けたまま放置された蒸機のレプリカだとか。EF55のキャブに機銃掃射の痕があることが思い出されますが、リアルさが違います。

かたや、DMZと呼ばれる国境の非武装地帯に行くと、ミカサ型蒸機が保存展示され、記念碑には「鉄馬は走りたい」とあって、北との国境線へ頭を向けて、南北鉄道全通の日を夢描いているそうです。おぉ、予め知っていれば、これも見に行きたかった。。。

で、そこを流れるのは、イムジン河ですなあ。かの歌が発売中止になったのは、中学生のとき、発売前に深夜放送で流れて友達の兄さんが録音したテープが、何度もダビングされたのちに回ってきて、それでも大事に大事に、聴いたものです。40年後の韓国で、走らない鉄馬と対面しながら、やっぱりつい口ずさんでしましました。

ソウル駅の赤煉瓦 「鉄道(27069)」

非鉄なツアーでソウルに行ってました。とはいっても、合い間にむりやり、ソウル駅の旧駅舎を見に行ったり、世界遺産の水原華城に行く途中に鉄道博物館に寄ったりして、鉄分ゼロになるのは何とか阻止しましたが(笑)

実は、韓国へ行くのは今回が初めてでした。羽田から2時間のフライト、こんなに近いのに今まで行く機会なかったのは、撮るものないからでしょう(爆)韓国は無煙化が早く、また動態保存の蒸機もいっとき動いていましたが、長くは続かず、それにどうも、まだ趣味としての鉄が確立されていないようです。

1925年に建てられたソウル駅の旧駅舎では、デザインの展覧会が行われていました。東京駅とよく似た印象のどっしりした赤煉瓦の建物、現在はもう駅舎としては使われていませんが、室内のモダンアートがしっくり似合う雰囲気なのは、「東京ステーションギャラリー」と同じですね。

その昔、大陸に向けてこの駅から「ひかり」や「のぞみ」が旅立ったといいます。そんな歴史をきちんと紐解いたうえでの話ですが、今のソウルは、違和感なく歩ける快適な街でした。どこにでもコンビニがあり、メシはうまいし、街でもホテルでもストレスなし、これでカマかナローでも走っていたらまた来るのに……近いうちに韓国でも鉄ブームが訪れることを願わずにはいられませんでした。



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