朝の休息

8月最後の日曜日、久しぶりに家でのんびり過ごしています。ゲリラ雷雨のおかげで先週後半はついつい居酒屋に長居することが多く(笑)、ブログの更新もちょっと間があきました。やまぐちに寄り道するのはまた後にして、インドネシアの夏景色に、時計の針を戻しましょう。

今日、ひくまさんのところで秀作がアップされていましたので、いわゆる「レンブラント光線」についてはそちらをご参照いただくとしますが、インドネシアの製糖工場の朝は、クラから出て行くカマたちと、それをケアし見守る心優しい人々の活気に溢れています。

短い汽笛とともに、今日の仕事につくカマが次々とヤードへ向かったあと、朝の一仕事を終えて休息する男たちの姿がありました。古いオランダ製のカマを、1年に一度、数か月だけ動かし続けるには、きっと熟練の技があるのでしょう。それが脈々と継承されていることには、驚きと尊敬の念を禁じえません。

ヴィスコンティの「若者のすべて」? ウディ・アレンの「マンハッタン」? 窓枠から洩れる光の神々しさが、スンバルハルジョの朝を、いつか観た映画のワンシーンに昇華させてくれました。

ムルデカの旗

今年も、我々のインドネシア滞在中に、8月17日の独立記念日が近づいてきました。今なおオランダ統治時代の蒸機が数多く残って入換に励むスラギの製糖工場では、カマに思い思いの小さな国旗が付けられ、ムルデカ(独立)を祝う雰囲気に花を添えていました。

これはなかなかの趣向、言ってみれば御召機?!と、ついつい小さな旗をアップで、と激写に走ってしまいます。まあ、嬉々としてこう撮ってたのは、12人のうちで大僧正Tさんと私の2人だけだったみたいですが(笑)

そういえば、東京で、祝日に玄関に旗出してる家は、めっきり少なくなりましたね。我々がガキの頃は当たり前でした。逆に、近所の東急バスが今でも日の丸の小旗つけて走ってるのはけっこうな驚きでしたが。。。

オランダでも、日本でもない、ムルデカの旗。日々の埃をかぶった小さなカマが、磨き上げられた我がロクイチと同じように、思いきり誇らしげにみえました。



ようこそ水牛機関区へ

夕陽のやまぐちからインドネシアにとんぼ帰りして、はい、お約束の水牛トレインとまいりましょう。ローリーに添乗して到着したスンバルハルジョのフィールドでは、重連総括が単位の水牛たちが、2年前と同じように、機関区に待機していました。お~、いるいる!夏休み、心の解放とは、この瞬間のことを言うのでしょう。

かなり目が慣れてきたとはいうものの、やはり何度見ても、21世紀のこの世のものとは思えません。が、システムとしての定着ぶりはかなりのもので、機関区に居並ぶ水牛ガマ(?)を観察すると、けっこう歳若いのもいて、ちゃんと老朽車が新鋭に代替わりしていることも窺えました。

水牛トレインの撮影も3年目ともなると、光線状態を慎重に判断してのアングル選びとなります。よし、今年は順光狙いでオーソドックスに撮ろう(笑)しかも、ちゃんとカマを画面に入れ込んで、まわりの人々も入れて。。。

しかし、続行でやってくる水牛チキ工臨(?!)は、思わぬ場所で脱線や自動解放をしてしまうので、すぐにアングルは崩れ、臨機応変にズーミングするしかないのでした。

晩夏の残照

昨日の朝、羽田から乗ったNH691便は国際線機材を使用していて、Cクラスのシートで爆睡しているうちに、気がついたら山口宇部への着陸態勢に入っていました。空港の外に出ると、3週間前の熱気が嘘のように、爽やかな風が吹いています。

なにわ祭りのときと同じように、まず美祢線でキハを撮ってから、9521レと一緒に津和野への道を進んで行きました。人出はまあ「普通の重連」クラス(笑)、場所はそれなりに埋まってはいますが、直前に行ってもまあ何とかなるって感じです。すでに田圃では稲穂が頭を垂れ始めていて、実りの秋近しを思わせます。

上りの9522レは、赤ナンバーのシゴナナ先頭重連という、初めてのパターンになりました。昼過ぎまで曇ったり晴れたりだったのが、午後になって、まだ夏の強さを残した太陽がしっかりと顔を出し、ナンバーの朱い彩りを鍋倉で、篠目で、見事に引き立ててくれました。

そしてまた、息をのむような素晴らしい光線はいつも予期せぬところでやってきます。帰り道のおまけのようなこの場所で見た晩夏の残照は、やまぐちの今年の暑い夏を締めくくるかのように、日本の美しい季節の変わり目を告げていました。

ロクイチ何思う

やはり、ロクイチがいる……大井町線に乗って、大井工場、もとい東京総合車両センターの公開イベントに向かう車中、第一報が入りました。駅からのわずかな距離は家族連れの行列が続いていて、足の遅さに苛立つ我が身の未熟さを恥じました。

あの単機回送からちょうど2か月。駆け足でたどり着いた構内外れの展示群線には、パン下げながらも、あの美しい溜め色の機関車が、何ごともなかったかのようにたたずんでいました。思い出せば、ここのイベント展示はいつもパン下げでした。だから、今日の姿も、ごく自然に見えます。

とりあえずクモハ12との並びカットを撮り終えて、ふとまわりを見ると、懐かしのゴハチ戦士たちの顔があちこちに見えます。昔は無我夢中でロクイチにファインダーを向けていたあの顔この顔が、今日は人生の岐路をひとつ曲がりきったような、涼しい大人の顔をしていました。

晩夏の風に、ロクイチ何思う。。。なかなか立ち去り難い気持を振り切るように、再会を約して、Pトップの待つ隣の展示群線へ向かいました。



過ぎゆく回送重単

灼熱のインドネシアから、今日はいったん、いつしか秋の気配が感じられるようになった東京に戻りましょう。デジカメを仕事バックに忍ばせた、久しぶりの平日鉄。向かったのは、2か月前のロクイチ単機のときと同じ五反田、同じようにここしか時間がなく(笑)

思えば国鉄末期からJR初期、あちこちでスター機関車を並べるイベントが行われていた頃、展示そのものよりも、事前や事後の回送が楽しみでした。組み合わせの珍しい重連単機になったときなど、ジョイトレに匹敵する鉄が、もごもごと集まったものです。

品川から出て、品川へ帰ってくるロクイチ。宇都宮や田端からのパック。高崎のカマ、EF62やレインボーガマとあわせて、イベント回送重単は、バリエーション豊かな組み合わせで我々を楽しませてくれました。

今日もどんよりした山貨の空の下、こういう重単を見るのは久しぶりで、今まさに過ぎ去ろうとしている機関車イベントの時代を偲ぶと、遠い日のさまざまな回送シーンが次々と脳裏を過りました。

夏の子どもたち

翌日は、空ローリーに乗って、フィールドへ出ました。行き先は、水牛たちの待つ、サトウキビ畑……ここスンバルハルジョは、カマたちが構内入換だけでなく野外の専用線でも活躍する、数少ない「最後の楽園」となっています。

ローリーがいったん停車すると、どこからか子どもたちが駆け寄ってきました。チョコンとカマに飛び乗り、列車が動き出すとローリーの鉄枠につかまって、歓声をあげています。いや~、危ないなあ。。。といっても、鉄枠につかまってるのは我々も同じなんですが(爆)

もしかしたら、皆さんが初めて写真を撮ったのは夏休み、ではありませんか。ええ、私はそうなんです。家族で海水浴に行った小浜線。朝のラジオ体操のあと、若狭高浜の駅に行って、コダックインスタマチックで、入線してくるシゴハチを撮りました。

夏の青空、緑の野原に響くドラフト、線路に駆け寄る子どもたち。自分がそうだった頃と同じ感覚を、こうして今、仕事や世間を遠く離れた南の国で味わえるとは、なんと素晴らしいことでしょうか。

H・A・N・A・B・I 2008

今年も、花火を見ないうちに夏が終わろうとしていますが、ジャワ島名物、サトウキビの搾りかすが夜空に舞うバガス花火は、しっかり見てきました。何だか我々にとっては、この花火が隅田川か神宮かって感じになってきました(笑)

隅田川っていえば、20代の頃、知人が浅草のマンションに住んでいて、7月最終土曜は毎年花火パーティーがありました。当時はけっこう花火や盆栽がアートとしてもてはやされていましたが、最近はどうなのかなあ。。。出始めたばかりのビデオデッキからは、ユーミンやサザンのライブが流れていました。

かつて、この地のオランダの植民地政策は、サトウキビ以外の栽培を認めず、稲作などを禁止したそうですが、それが改められた日本統治時代、こういうオランダ生まれの製糖工場のカマたちは、どんな色合いのバガス花火を上げていたのでしょうか。

インドネシアへ行く前に、偶然にもミュージカル「南十字星」を観る機会に恵まれ、今年は歴史を少し齧ってからの旅でした。史実と誤解と、人々の思いが織りなす深い森に、静かに、静かに、赤い炎が舞い上がります。


東急8039Fの旅路

インドネシアから、昨日帰ってきました。何だか東京より涼しいのではないか(?!)という複雑な体感温度の下、今年で3年目となった夏のシュガートレイン巡りを、12人の友人やそのまた友人たちとの珍道中を楽しんできました。

今年も、ジャカルタの近郊電車から、旅の報告を始めたいと思います。というのも、去年は撮れなかった東急8000系が、都営地下鉄や東西線に続いてやってきたのです。両端が8039と8040……そう、去年6月のお別れ運転の編成です。

その昔、宮崎や鹿児島へ転属した、もと山陰京都口のシゴナナに再会して歓声をあげたものですが、今回はわずか1年しか経っていないのに、「え~、あれは8039でよかったのかな」と記憶があいまいなのか、はたまた目の前の現実が信じられないのか、何とも不思議な気分でした。

おりしも、独立記念のムルデカの季節。半世紀以上前に、彼の地で働き、彼の地で斃れた人々は、いま日本の通勤電車に付けられた小旗をみて、何思うことでしょうか。甲子園のサイレン、街角の傷痍軍人、、、さまざまな歴史の断片が、渋谷や自由が丘の雑踏と一緒に、ステンレスの車体に重なって見えるようでした。

日々を慰安が

月曜日、山口宇部からの最終となるNH700便は、1日居残った鉄の、祭りのあとの寂しさをのせて、羽田へと飛び立ちました。機内のオーディオプログラムに目をやると吉田拓郎特集、、、思わずヘッドホンを耳にセットしました。

♪日々を慰安が吹き荒れて 帰ってゆける場所がない
♪日々を慰安が吹きぬけて 死んでしまうに早すぎる
♪もう笑おう もう笑ってしまおう 昨日の夢は冗談だったんだと

ガキの頃、日々を慰安が~というのは、まったく意味がわからなかったなあ。今もよくわかりませんが(笑)、何となくわかるような気もします。いずれにせよ、祭りの翌日に味わった、C56+12系の思いのほかの素晴らしさは、この曲を聴きながら、ふと物思いにふけるのにふさわしい残像でした。

今宵の酒に酔いしれて、そんなやまぐちの深い日々を反芻しているうちに、今年も夏休みが近づいてきました。明日から、ここ数年恒例のインドネシアに行ってきます。16日まで、ブログもお休みします。皆さんも、いい休日、いい旅、いい鉄を!


夏休みの12系

重連大サロ祭りが終わった翌日の月曜日、まだ暗いうちに小郡を出発してDDの岡見貨物を撮りに行って、お昼前にもう一度、山口線に戻ってきました。今度は、シゴロクでやってくる「やまぐちDC号」を待ち構えます。

前日までの喧騒が嘘のように……といっても、長門峡は日頃の普通の重連ぐらいの人出となりましたが、次の地福では、のんびりした夏休みの空気が、我々を待っていてくれました。トンボがとび、セミが鳴く。そういえば、昨日はそういうの、まったく気がつかなかったなあ(笑)

青い12系って、何となく夏休みのイメージがするように思います。数年前、上越でロクイチを撮ったのもつい昨日のことのようだし、あ、そうか、12系の誕生当初、1970年の万博輸送自体、盛りは夏休みでしたね。京都からは、海に向かう「はしだてビーチ」もありました。

現役時代にもなかったであろう、シゴロク+12系2輌。数年、無煙化が遅れたならば、八ヶ岳高原号はこうなったのでしょうか(爆)うん、これ、なかなかいい雰囲気ですね。25周年の豪雨の篠目交換のときに一度撮ってはいましたが、思いきり肩の力を抜いて、昨日と同じ道を軽やかに駆けてゆく姿に、何だかこちらもほっとしました。

雨の合い間の疾走

下り列車が津和野に着いて入換が始まると、空はにわかにかき曇り、やがて大粒の雨が降ってきました。さすがに転車台をあきらめて、いつもの道の駅で、昼食タイムと決め込みました。

上り撮影のために早めに待機に入ったポイントでも、激しい通り雨に何度も見舞われ、なかなかクルマから抜け出すことができません。そういえば、上り列車の人気ポイント、本門前踏切は3日とも晴れなかったそうですが、通過20分前、念のために傘とタオル持参でセッティングに入り、空を見上げながら我が身の不運を嘆いても何も始まらない。。。

それが、遠くに汽笛が聞こえたそのとき、まだ雨は降っているのに、何と陽が射し始めました。露出は見る見るうちに上がって、晴天順光露出値を回復、いやはや、これがあるから、やめられませんね(笑)

2008年、白眉のイベントトレインには、やはり夏の光が似合います。今年の鉄的幸運を、これ1回で使い果たすのかもしれないなあと思いながら、緩いカーブを描いてゆくシゴナナを見送ると、すぐにまた、大粒の雨が降ってきました。

やまぐち夏祭り

3日目の日曜日だけでしたが、やまぐちの夏祭りに参加してきました。いや~、暑かった、そして熱かった(笑)蒸機鉄とネタ鉄の両方がこぞって山口線に大集合するという、近来にない人出のイベントでした。

しかし、大サロにシゴナナは似合いますね。ついに客車ジョイトレは大サロとあすか、岡サロだけになってしまいましたが、初めての組み合わせとは思えない、自然で華やかな雰囲気です。この企画を考えられたJR西の担当者さまには、大拍手ではありませんか。

思い出してみると、たしかC571号機は旅路と岡サロ、C57180号機は浪漫とオリエントサルーンの牽引実績があるように記憶していますが、今回に至るまで、東西を代表する欧風客車をシゴナナが牽くことはありませんでした。そう考えると、シナサロも見たかったなあ。。。

人とクルマと三脚の間を縫って、いつもよりちょっと誇らしげな表情のシゴナナが、通い慣れた道を、津和野へ向かっていきます。例年より少し遅い「8月の重連」は、色あざやかな夏のプレゼントとなりました。




キューロクもハチロクも

短い3連休の最終日、成田へのJL便からそろそろ時間を逆算しながら、台北へ戻る道すがら、苗栗で途中下車して、鉄道公園に集められた保存車両を見てきました。

屋根の下の広い空間に、キューロクもハチロクも、シェイもいます。キューロクはなかなか珍しいアメリカ・アルコ製の同型機。ハチロクは日本製で、こうして2輌いっしょにフレーミングすると、台湾の日本型蒸機全盛時代を一瞬、彷彿させてくれます。

今でも、二水とか苗栗という地名を聞くと、昔、キネ旬「蒸気機関車」の海外ページを眺めながら、そうか、シゴナナがCT270か、カウキャッチャー以外は同じだなあ、などと考えたのを、ぼんやりと思い出します。

あの頃、行きたかったなあ。本線を疾駆する日本型蒸機、撮りたかったなあ……と、いつもの後悔に身をまかせつつも、いやいや、これからまた、何かあるかもしれない、と思えるところが、今の台湾の大いなる魅力ですね。

彰化扇形庫

駅に続いて、こんな扇形庫も見てきました。現在、台湾の動態保存蒸機の基地となっている彰化機務段です。まあ、言ってみれば梅小路。集集線から帰ってきたCK124と、ほかに2輌の蒸機がネグラに納まっています。

これまた1922年建設ですから、台中駅舎と同じように、日本統治時代の産物です。わが梅小路の扇形庫が1914年、それとほぼ同時代の、幹線蒸機華やかなりし時代の堂々とした風格を備えています。

機務段の入口でノートに記帳して、順路にしたがって進むと、やがてこの木陰のスペースに到達します。時おり、DLの入換が行なわれるのをぼんやり眺めながら、暑気を避けて過ごすには、格好の場所となっています。

何だか、ポツリポツリと保存機が集まり始めた、1972年の開館前の梅小路のような雰囲気です。あの頃のDLはまだDD13だったかなあ、、、現役の鉄道現場の汗と油の匂いと一緒に、ゆったりとした時間が流れていきます。
プロフィール

Author:品川530
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