あの芭石が

数年前、この芭石にはじめて行ったとき、マッチ箱の客車、そのけたたましい揺れ、線路を歩く人々やニワトリなどに、カルチャーショックを受けました。こんな鉄道をめぐる風景が21世紀に残っていたのか。。。まさに、桃源郷とはこういうのを言うのかな、と思いました。

それが今回列車に乗ってみると、地元の人々の相変わらずな生活感満載の箱と、観光客の乗ってる箱とで、車内の雰囲気がまったく違ってしまっているんですね。乗り合わせた客車には、写真のような観光客の親子や老夫婦が車窓の風景を楽しんでいました。あと、コンパクトデジカメ片手の若いカップル。あの芭石の、あのマッチ箱に、です。

起点駅の石渓にC2が入線してくると、デジカメとケータイを持った人々が取り囲みます。そして乱入もいて(笑)、規制する駅員の大声……おいおい、新山口や会津若松で、この乱入はないだろうって感じです(爆)

北京オリンピックを間近に控え、ハイスピードで変貌する中国を実感しながらも、どこか我々のガキの頃の空気も感じられて、悪い気はしませんでした。

四川名物、麻婆豆腐と霧曇り

中国の四川省から帰ってきました。麻婆豆腐の故郷にわずかに残るナローの現役蒸機を巡る短い旅でしたが、四川名物の霧に悩まされ、沿線撮影よりもスナップ中心に切り替えて、それはそれで楽しんできました。

で、この中山宿みたいな(?!)電化区間のカーブ、カマの次位にみえる真新しい客車が、その後ろのマッチ箱みたいな客車群から浮いてますが、これ、観光鉄道に脱皮して存続を図る、ここ芭石鉄路の現在の姿なんですね。

実はもっと派手派手しいものを想像してたんですが、まあこれなら、やまぐち号ぐらいのレベルかな(笑)、ばん物の真ん中の展望車を思えば、ましなぐらい(爆)……これで、このナローの鉄道が生き残れるとするなら、良しとしましょうか。。。

しかし、1輌だけ新しい客車作って、カマは従来どおりの煤けたウェザリングで、装飾も白線も入らない、こんなところが日本と違って面白いですね。1枚、走行を普通に撮ったら、次の列車に乗ることにしました。

晩秋の三連休

今週末は、磐西も山口も、きっと山々がいい色づきでしょうね。山口は今年最後の運転、磐西はお楽しみのクリスマスまで、しばしのお休みです。どちらのシゴナナも、今年のラストを元気な姿で飾ってくれることでしょう。

先だってのイゴナナの浜松への回送のほかにも、JR東では、PFや201系の長野工場への廃車回送が続いたようです。何だかここのところ、長年慣れ親しんだ車両の引退が加速度的に進んでいるようで、ひとつの時代の終わりを感じます。

そう思うと、東西のシゴナナが元気に走り続けていることが、いかに大変で、素晴らしいことか、あらためて関係者のご苦労に頭が下がります。実は私、「貴婦人」というのが昔からなじめなくて、ずっと自分では使ってこなかったのですが、最近はそれもいいかなあ、と思うようになりました。だってこの言葉、もう30年以上使われていて、やまぐち号やばん物の乗客の皆さんには、すっかり自然になじんでいると思うのです。

晩秋の三連休、磐西とやまぐちに後ろ髪をひかれながら、恒例の中国へ行ってきます。ブログもその間お休みしますが、思い思いの場所へお出かけの皆さんも、いい天気で、いい鉄を!

小紅挿し

さて、1年で最も鉄道写真に適した光線を求めて、157の合間には、やまぐちにも行って来ました。11月のシゴナナは、原型黒ずくしに赤ナンバーという、これまたサプライズないでたちです。

え~、赤ナンバーかよ~と最初は思いましたが、これ、実はなかなか味があるんですね。中学生のときに見た関西本線名古屋口のシゴナナを彷彿させたり、山口線での復活当初は赤だよなあ、と変に納得する部分があったりで、微妙になごみました。

もちろん順光もいいんですが、半逆光ぐらいのほうが、ナンバーの紅色がシックな感じに見えて、画面が落ち着きます。ちょっと意外なことに、この小紅挿し、秋の午後の光線にピッタリのイメージですね。

贅沢な望みなんですが、もうこうなったら、今度は形式なしナンバーとかお願いできませんかね(笑)でもって、昭和47年御召の前と後、取り付け位置が上と真ん中の両方のヴァージョンで(爆)







秋燦々と

ゆっくりと、157が動き始めました。さあ後追いに照準を定めて、と態勢をとっていると、ホーム先端の手前、ちょうど自分の立っている位置のところで減速し、いったん停まりました。

一瞬、何が起こったのかわからず、それでも半身で振り返って、1枚、顔をスナップしました。出発信号の確認か何かなのでしょう。でもそれは、平日の9時前、こんな時間にここまでやってきた鉄たちに、名残りを惜しんでくれているようにもみえました。

1年で最も鉄道写真に適した季節の、燦々とした光が、去っていく157を包んでいます。順光から少し傾いた太陽の方向が、ゴハチらしい凹凸をはからずも際立たせていて、この一瞬に157との思い出のすべてが凝縮されているようで、何だか、たまらなくなりました。

嗚呼、157よ!



踵を返して

駅そばのカットを撮ったら、またまた走って、面撮り側のホームへ移動しました。対向ホームでは、m30haruさんもいらっしゃったようだし、続行の電車からは、浜松にむりやり出張をつくってきた(笑)友人が降りてくるのも見えました。

ホームには秋の光線が暖かく注がれていて、影に入ってしまった157のまわりと、対照的な雰囲気を醸し出しています。鉄の姿も、やっと2桁といったところでしょうか。みんな静かに、157との別れを惜しんでいる、そんな空気です。

122のときもそうでしたが、まだ信じられないのですね。大宮さんのコメントにもあるように、すべてがあまりにも普段どおりで、こうして写真になってみても、ただの交検回送か何かにしかみえません。

後追いを狙おうと、先端にポジションをとりました。ふと振り返ると、下り方のライトが点灯しています。秋の朝の不思議な数分間も、フィナーレが近づいているようです。

忘れていた朝

ホームの中ほどまでゆっくり歩を進めた157は、122のときと同じように、この位置で停まりました。そうなると、この有名アングルです(笑)。。。といっても、このブログをご覧になっていただいている方々以外には、いったいなんのこっちゃという感じですが(爆)

今日は157が影に入ってしまったので、あまりいい雰囲気にはなりませんでしたが、いかにも悲しい定点観測のつもりで、入線を撮った先端から走っていって、シャッターを切りました。やはり今日もカウンターにお客さんの姿なく、お姐さんの寂しげな雰囲気が、晩秋の朝にお似合いです。

荷物列車に遅れて復鉄した頃、ゴハチの運用がなかなか把握できず、早朝の品川で160を見かけるや、新幹線で追っかけて静岡や浜松の入線を撮ったことがあります。情報もなく、撮影地も知らず、それしかできなかった、、、

どちらの駅だったかのホームで、そばを啜りながら、陽だまりに身をまかせて、う~ん、また写真撮るのもいいなあ、と思った朝のことが、ふと脳裏に甦りました。それから20数年目の青いゴハチは、上り方向に向けて、まだライトを点けています。

いつもの朝2

浜松駅8時37分。通勤ラッシュも一段落したホームには、ほっとしたような時間が流れていて……去年の6月と同じような書き出しで、ブログの更新をすることになってしまったことを、まだ信じられない自分がいます。

あのときと違うのは、今日は晩秋の優しい太陽がレールを照らしていることと、機関車が茶色ではなく、青いこと。。。すれ違う下り電車を露払いに、イゴナナが最後の本線から、中線1番へのポイントを渡ってきました。

この機関車は、長い旅路のはてに、いま、故郷・浜松へ帰ってきたんですね。ここをネグラに荷物列車を牽いて大動脈を往復し、急行「桜島・高千穂」やブルトレの「出雲」や「紀伊」の先頭にも立ちました。そして、一度はパンタを下ろして雌伏の時を過ごしていたのも、ここ浜松でした。

あまりにもふだん通りで、あまりにも短かった、今朝の数分間のドラマを、これから何枚かの写真で振り返りたいと思います。1日が経とうとしているのに、あの不思議な時間のまえに、まだ放心状態が続いているのですが。

約束の場所2

今日もまた、最後はここへやってきました。そうか、ほんとうにもう飯田線に来ることはないのか……三河東郷から新城の市内を抜け、野田城の手前で細い路に入る、いつものコースですが、駅のそばの築堤にいまだかつて見たことのない台数の鉄なクルマが停まっているのを見て、やはり、いつもの場所にするか、と直進を選びました。

去年の春以来、いくつの人影をこの場所で見送ったことでしょうか。ゴールデンウィークの122トロッコ、最後の122チキ工臨、あと何度あるのだろう、といつも不安にかられながら、イゴナナのチキを何度か撮って、そして今日。。。

今日のイゴナナは、ずっと寂しそうな表情のままでした。でも、ただのチキ工臨を、普段どおりに牽いて走るその姿は、荷物列車の運用に明け暮れた浜松ガマにふさわしい、現役感溢れる、素晴らしいものでした。もっとも、すでに客車を牽こうにも、なかったのでしたが。

ほんの少し、露出が上がりました。撮影が終わって、東上の先で少し並走したとき、ようやく陽が差しました。クルマのウィンドー越しに見るイゴナナは、夕陽に前面を光らせながら、秋の山影の中へ、風のように去っていきました。

一瞬の輝き

三河川合での折り返し前、イゴナナの前では、記念撮影をする鉄の姿が続いていました。もう彼との付き合いも20年になるでしょうか、S君がイゴナナの前に感無量の表情で立っているのを眺めていると、同行のNさんから「撮りましょう」と声がかかり、次に私も1枚、記撮をしてもらいました。

発車の前に先行しようと、三河槇原へクルマを走らせます。車内では何かを紛らわせるように、ずっとNさんとバカ話が続いていたんですが、記撮のせいか、心なしかしんみりしてきて「飯田線にはもう来ることないんでしょうねえ」なんてのが口をついて出ますが、Nさんもさるもの、「佐久間レールパーク関係の回送が何かあるかもしれませんよ」。。。さすがだなあ(笑)

三河槇原の手前の赤い道路橋に何人かの鉄の姿がみえます。おや、木が成長して撮りにくくなったはずでは?……現地へ行ってみるとやはり状況は厳しいままでしたが、飯田線を代表する名所だったここで、最後を撮りたいという気持もわかるような気がします。

駅の先端で、案外すっきりしたアングルが見つかり、先客の皆さんの間にお邪魔しました。曇り空ならではのアングルですが、イゴナナ進入の一瞬、雲の間から薄日が差し、片方の前面窓がキラリと光りました。



157メモリーズ

国鉄がJRになる1年ほど前、ロクイチとパックの「夢の重連」が東海道で運転され、その列車がそのまま乗り入れた浜松の電留線で、ツアー客のための撮影会が行なわれました。そのとき、会場の片隅に展示されていたのがイゴナナで、あ~この前体験運転に使われたカマか、と思ったのを、ふと思い出しました。

浜松のゴハチは、いつも荷物列車を牽いて黙々と東海道筋を往復していて、子供時代の京都ではSG吹き上げるイゴナナを機番など意識せず見ていたかもしれません。2週間に及ぶ九州蒸機撮影旅行の帰りに乗った「桜島・高千穂」は、もしかしたらイゴナナの牽引だったかもしれません。

JR東海に車籍復帰後、初めての客車運用の日は雨でした。三河大塚のカーブでずぶ濡れになって14系の先頭に立つイゴナナを待ちました。ユーロライナーは青いゴハチによく似合ったなあ。日曜の朝の東神奈川で、草薙で、威風堂々とはこのことをいうのか、と思わせる見事な走りっぷりでした。

伊那松島への旧客を従えた、冬晴れの七久保のインカーブも、一生忘れないだろうなあ。そして、最後の仕事となったチキ工臨を、いとおしむように追いかけたまだ新しい記憶の数々も。奥三河の山々に抱かれた小さな駅で、単機で到着したイゴナナの転線が終わり、工9472レの発車時刻が近づいています。

飯田線詣で

7時36分東京発。時刻表で探した豊橋停車のひかりは品川に停まらないので、久しぶりに東京駅から東海道新幹線に乗りました。ひかりとこだまの主力は、数年後に撤退の決まった300系で、このスタイルと塗装、最後の「東海道らしい」新幹線って感じで、実は500系よりずっと好きだったりします。

ゴハチが飯田線に入り始めた頃は、若さに任せていつも東京からクルマでの撮影行でしたが、いつの日からか、豊川でレンタカーを借りるようになり、実はNポンレンタカーの会員証は豊川駅前営業所の発行だったりします。それも、もしかしたら、今日が最後。。。

空チキを迎えに行くイゴナナの単機、飯田線のどこにでもありそうな踏切にアングルをとりました。遠い山、近い森、小さな鉄橋。最初の頃はおずおずと走っていたゴハチが、いつしかこんな風景を舞台に生き生きと走るようになり、十数年の歳月を数えました。

おや、今日はやけに鉄が多いなあ、、、いつもどおりの表情に、ほんの少しのとまどいを感じさせて、イゴナナがモーター音を唸らせながら近づいてきます。僕たちの飯田線詣でが、今日もいつもどおりに始まりました。

また逢う日まで

3週続けて門デフを追った、この秋の小旅行にも、最後の夕暮れが近づいてきました。電化区間にするか、喜多方の舞台田にするか迷ったのですが、堂島にうまいラーメン屋があると聞いて、磐梯山を遠望するド田圃を選択しました。

ずっと運輸区前のセブンイレブンばかりの昼食だったので、喜多方ラーメン、うまかったなあ。やや薄めのスープが絶品で、チャーシューも脂が思い切りのっていて、あっという間にお腹いっぱいで、さすがに1枚残してしまいましたが(笑)

3年前のクリトレ以来、いつのまにか、磐西へ来るとほとんど必ずここへ来るようになりました。流れる雲と夕陽をぼんやり見ながらの待ち時間は、何だか心が大きくなります。大宮さんには平瀬に素晴らしい物語があり、私にも、ここにささやかな時間があります。そして、今日は真横のアングルに構えている、若い友人にも。。。皆を惹きつけてやまない磐西の魅力とは、これなのでしょうね。

夕陽に照らされながらやってきた180号機のK-7に絡みつくように、一羽の鳥がファインダーに入ってきて、やがて美しい秋の夕空に飛び立っていきました。ありがとう、K-7。そして、また逢う日まで!



麗しの半周

会津若松の市内が観光客のクルマで混んでいたので、七日町の停車をあきらめ、早めに運輸区へ向かいました。いや、正確には今は郡山車両センター会津若松派出、最近の車両基地の名称はよく変わるので、時々ついていけなくなりますが。

転車台の門デフって、撮ってたかなあ?……なんて遠い日の記憶に思いを馳せながら、180号機が入ってくるのを待ちました。鹿児島で175号機、宮崎で9号機、吉松や人吉ではたしか撮ってない。あ、そうそう、姫路第一で11号機。。。

昨日のここでは、アングル求めてうろうろしてたのを大宮さんにはよく観察されてたようですが(笑)、今日は順光マークなし、転車台一発アングルに最初から待機しました。やがて青空をバックに、後ずさりしながら180号機が転車台に乗ってきたとき、感動のあまり、思わずアングルを低くするのを忘れてしまいました。

ギャラリーの前で半周して、クラに入ったところで、マークなしのステージは終わりです。毎週門デフ撮ってるうちに、いつしか秋も深まり、扇形庫に伸びる影も、すっかり長くなっています。







磐梯山麓

安子ヶ島の次は、有名な「玉屋」ポイントの仰ぎ見る構図をたくさんの人たちとご一緒し、トンネル周辺はスルーして、猪苗代をめざしました。もう磐西で煙がないのはあたりまえだから(笑)、磐西らしい風景の中で、煙なし承知で普通に撮ろう。。。そう思っての選択です。

中山宿の峠を越えたシゴナナは、あとはほとんど軽快に磐梯山麓を会津若松へ駆け下りていくだけで、発車以外に煙は期待できませんが、いかにもシゴナナらしいスマートで安堵感に満ちた表情が印象的です。

そういえば、門デフ撮影初日は、ここは青井岳、ここは大淀川と、昔日の九州の名所にイメージを重ねていましたが、撮影も5日目ともなると、枯れ鉄さんには申し訳ありませんが(?!)、門デフが南東北の風景にすっかりなじんで見えてきました。

九州を遠く離れた播但線で雪の中を走った、晩年の11号機の思いはどんなものだったのでしょうか。現役蒸機末期の検査周期の運命の赤い糸が少し違う形にもつれていたら、新潟を走った門デフが本当にいたかもしれません。そう、あたりまえのように磐梯山をバックに走る、今日の180号機のように。

晴れ、ときどき白煙

ED75のチキ工臨を撮り終えると、安子ヶ島の定位置に戻って、シゴナナを待ち構えることにします。物凄い、というほどの人出でもなく、下の段に三脚を立て、あとは煙の流れ具合を気にするだけとなりました。

この磐西電化区間のファーストポイント、煙が手前に倒れることがけっこうあり、門デフと煙がそれぞれの曲線を描くとなると、ちょっとまとまりのない画面になりかねないなあ……などと、机上の空論をファインダーのなかで自問自答しながら、待ち時間を過ごします。

ごくまれに太陽が流れる雲に隠れますが、それも一瞬のこと。昨日の上野尻の、蛇のようにたなびく白煙とうって変わって、ちぎれる雲のようにおだやかな白煙が、まわりの風景に溶けてゆきます。晴れ、ときどき白煙、マークなし。磐西、天気晴朗なり!


秋晴れの朝

いよいよ秋の門デフ最終日、予報どおり、神様がくれた秋晴れとなりました。昨日、日帰りで帰ったT島さん、S屋さんにはまことに申し訳なし(笑) 郡山のビジネスホテルで起床すると、若い友人からメールが入り、すでにこちらに向かってるとのこと、そして、シゴナナが来る前にED75のチキ工臨があることを教えてくれました。

郡山駅で合流して、安子ヶ島の周辺で場所を探します。すでに郡山方向を向いた、シゴナナ目当ての三脚があちこちに立てられていて、鉄の笑顔が朝の光に弾んでいます。いや~、やっと晴れたなあ……昨日があれだけの雨だっただけに、晴れゲットの喜びもひとしおです。

今日は国鉄色キハの「ぐるり一周号」、磐東では旧客、東北線ではED75の「ゆとり」もあるそうです。いわゆる「ネタ」満開の一日、若い友人はきっといろいろ撮りたいのだろうと思い「このクルマは門デフ追っかけだけになるけど、どうする?」と尋ねました。

それが意外なことに「こんなに天気もいいし、ボクも門デフいっぱい撮りたいです」との答えが返ってきて、こちらは何だか嬉しくなりました。世代を越えて、こうした友人が持てる、これまたこの趣味の醍醐味ですね。やがてバリ順の光を浴びて、短いチキを牽いたナナゴがローカルムード溢れるファインダーの中に迫ってきました。





夜のバラード

たしかRF誌だったと思います。71年か72年頃、広田さんの写真を中心に、蒸機のバルブばかりを集めたカラーグラフがあり、「夜のバラード」というタイトルがついていたように記憶しています。よかったなあ、姫路かどこかのC57156。

あの頃は、バルブの撮影方法も知らず、時々夜間撮影を試みるのですが、一定以上絞らなければならないことをまったく知らなかったため、いつもハレーションやゴーストを出しまくっていました。で、いつまでたっても原因もわからない(爆)

あと何年早く生まれていたら…というのは鉄の永遠不滅の願望ですが、「あれやそれが撮れたのに」ということ以上に「バルブがきちんと撮れたのに」と今、思ったりします。それほど、私の周りでは、高校生はバルブが下手で、大学生以上は上手だったように思います。

今回の門デフ、バルブもぜひやりたかったのですが、どの駅も条件が悪く、こんな写真を撮るのがやっとでした。天気回復、秋晴れという明日の予報をよそに、郡山ではまだ、冷たい雨が門デフを濡らしています。

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