イマドキの都電

大宮からの帰り、王子で京浜東北線を途中下車、30数年ぶりの都電に揺られて、荒川車庫でのイベントも見てきました。王子で、大塚で、目にする機会はまれにありますが、乗るのはとにかく70年代以来のことで、思った以上に心躍りました(笑)

王子を出てすぐ車窓左には、たしか「紙の博物館」があって、小さなタンク機が鎮座してるのが見えました。今は北海道に移ったようで、わりと近くまでよく行っているのですが、まだ再会は果たしていません。

そんなことをぼんやり考えながら、荒川車庫で下車し、撮影会へ。いい光線状態で、新型レトロ電車とペイント花電車の並びが撮影でき、これはこれでなかなかでした。イマドキの都電、これでいいじゃないか、って優しい気持になれますね。

わが故郷・京都でも、御所のあたりで路面電車の復活がプランに上がっているそうです。やっと手に入れた(笑)オートチャージ・パスモも使える、イマドキの都電。それでも、ここには、路面電車の車庫特有の匂いがあって、何だかほっとしました。

それぞれのC57135

残念ながら現地でお会いした方は少なかったのですが、昨日の大宮、たくさんの皆さんが行ってらっしゃったようです。お目当てのC57135への思い、実見したあとの感想、それぞれにさまざまで、この趣味の奥深さをあらためて知る思いでした。

75年12月の有名な最終列車に行かなかった当方、てっきり135号機の現役時代とは無縁と思っていました。でも、どこかで何かがひっかかる、、、そういえば、あの、忍法雲隠れのカマって何番だったのか、、、

後追いのコマで、キャブのナンバーが読み取れました。やはり、135号機。まだデフも切り詰められず、重油タンクが付いている、最終改造前のスタイルです。だから、複雑な話ですが(笑)、最終スタイルをお天道様の下で見たのは、昨日が初めてで、そのあたりが屈折した思いにつながってるようで。。。

この逆光のどうしようもないようなカットも、雲隠れされなければ、135の現役時代!と、嬉々としてアップしていたかもしれません。うん、佐倉さんおっしゃるように、線路はつながっているんですね。いつか、撮りたいなあ。72年の雲隠れのリベンジに。

九州へ流れ着いて

島原から山口へ移動する「かもめ」に乗る前に、諫早市内に保存されているC5795を見てきました。残念ながらナンバープレートはまがいものですが、ドーム型の屋根の下、まずまずの状態のようです。

現役時代のこのカマ、播但線と、そのあと宮崎でも撮影しています。豊岡時代はたしか、5号機と同じようなツララ切りが付いていたように記憶しています。北陸から山陰、そして九州へと、シゴナナの漂泊人生の、ひとつのパターンですね。

しかし、宮崎電化のあとの保存機選定は、謎が残ることばかりですね。御召機C57117が保存されなかったのをはじめ、C55もどういうわけか変形デフの52のほうが保存され、美しい門デフの57は解体。かたや、このC5795は長崎本線と何のゆかりもないのに、こうして保存されたり。。。

あの時代、関西から南九州へ、検査期限の残ったたくさんのカマが流れていきました。美しい門デフに伍して活躍した姿は、現役蒸機末期の徒花だったのかもしれません。その代表として、このC5795だけが、今も南の地にその形をとどめています。

灯火

お、永井龍雲ネタ、それなりの反響をいただきました。杉田二郎還暦コンサートでの「灯火」、これ京都では二郎さんと龍雲さんが二人で歌ったのですが、もうしみじみなんてものじゃない、心の奥に訴えかけるものがありました。

懐かしのフォーク系の皆さん、BSナツメロ番組で健在を示してらっしゃいますが、ライブやレコーディングとなると、なかなか大変なようです。二郎さんさえ、今回のベストはメジャーからは久しぶりのリリース。永井龍雲も、沖縄から全国へ歌い歩いて、CDは自主制作盤だったりする。コンサートのMCでご本人は「いや、マイルがたまりますから」とズバッと言っていたから、修行僧かもしれませんが(爆)

私も何だかライブ行きたいモードに入ったようです。今週末は五つの赤い風船40周年コンサート、行きます。ちなみに永井龍雲ソロ、6月は鎌倉、7月は京都で予定されてるようですよ、柏餅さん、枯れ鉄さん(笑)

ちょうど「道標ない旅」のヒットと同じ頃、第2の人生を歩み始めたカマの、このGWの元気な写真で今日はいきましょう。このカマも、幾多の困難を乗り越え、青春を旅し続けていますね。

道標ない旅

昨日のブログに、たくさんコメントいただき、ありがとうございます。前夜の5時間に及ぶ杉田二郎コンサートの心地よい疲れと、EF6611の旅立ちを見送れた満足感が、週のはじめに、いい感じで溶け合っています。

コンサートをご一緒した柏餅さんのところで、枯れ鉄さんが永井龍雲についてコメントされていました。はい、最初に話題出したのは私なんですが(笑)、グリコのコマソン歌ってる小僧かあ、と思っていたら、いい味出した50前の男になってました。うん、なかなかでした。ソロライブ行きたいぐらい。

そのコマソン「道標ない旅」、79年秋にオンエアされて、さあ大ヒットというところで山口百恵婚約発表、CMはその前にオンエアされていた友和&百恵に戻されたそうです。そんなこんなが30年近くを経て、しっとりと落ち着いた輝きを放っています。

今日の写真、吹田か向日町あたりの、30年以上前のEF66新製回送に見えませんかね(笑)永井龍雲、枯れ鉄さんと同い年かな。年を重ねるむずかしさなんぞに、少しだけ思いをめぐらす春の宵ですなあ。

海坊主の旅立ち

気分はもう夏って感じの日曜日になりました。おそらく方転のためでしょうか。昨日新鶴見まで上ってきたEF6611が、今日は白昼の浜川崎界隈を行ったり来たり。鉄道博物館に入ってしまうと、そう簡単にはできない日向ぼっこを、楽しんでるようでした。

このカマ、デカパン&ひさしなしの原色66最後の1輌で、末期にはけっこう運用を追いかけたこともありました。人呼んで、海坊主。コンテナ列車「たから号」を牽いて疾走する、絵本の中のロクロクそのものですね。

仲間がみんな更新色になるか、廃車されるかで、偶然このスタイルで唯一残ったがために、博物館入りすることになりました。そうか、新鋭ロクロクの貨物が東海道を走るなんていうのも、もはや歴史的事実か、、と思うと、感無量なものがあります。

広島で化粧直しをしてきたのでしょう。ヘッドマーク付きの白いPFに牽かれた海坊主は、夏草の中にキラキラと輝きながら、もう走ることのないレールと戯れていました。

草むす轍

昭和の香り漂う八瀬遊園駅から、再びGWの島鉄に舞台は戻ります。岬めぐりみたいな海岸線を縫うように走るキハ撮影のあと、島鉄本社前駅からすぐの神社に、自社発注のC12が保存されているのを見てきました。

遠くから見るとまずまずの保存状態のようで、近づいてみても、まあ幾多の朽ち果てカマに比べるとましかなあ、、、と思ったのですが、やがて何かが違うことに気づきました。レールがないのです。草の下を、何度探しても。

このカマ自身ではありませんが、昭和24年、御召が島鉄に乗り入れたとき、同形の自社発注C12が牽引の栄誉を担ったそうです。どころか、御召乗り入れを理由に、C12が発注され、戦争ですっかり荒廃した線路や施設も整備されたと、手元の「御召列車百年」にはありました。

鞍馬のデナ21のような「顔」だけなら、線路に乗ってないケースはたくさんありますが、車両全体が姿をとどめているのにレールがない、というのは初めて見ました。土の上で草むす、物言わぬ轍が、夕陽に光るさまは、どこか異様な雰囲気がありました。

競馬チック

鞍馬へ行く前には、叡電のもうひとつの終着駅にも行って来ました。小学校の遠足で行った八瀬遊園も今はなく、現在の駅名は八瀬・比叡山口となっています。

ここも鞍馬同様、好ましい雰囲気の山あいの小駅で、いかめしいアーチ状の屋根とともに、何だか遠い昔の世界から飛び出してきたようなベンチの看板が残っていました。

これ、たしかポマードの一種ですね。我々が子供の頃、あらゆるところで見かけたように思います。「金鳥」や「菅公学生服」と同じように。もしかして関西ローカルかもしれません。「丹頂チック」というのもあったような。。。

出町柳からやってきたワンマン電車が、わずかな休息のあとで折り返していくと、がらんとしたホームに、時を越える静寂がやってきます。

叡電元田中

では、せっかくですから、白い翼の鳥にのって♪、ジローズ解散、杉田二郎ソロデビューの頃の京都へまいりましょう。

鞍馬でモニュメントとなってる車両の同型の写真がないか、とネガをがさごそやってみましたが、嵐電同様、叡電もあんまり撮ってない。。。やっと見つけました。場所は元田中、市電との平面交差で、まったく覚えていませんでしたが(笑)、遮断機はなく、旗振りのオジサンがいます。

これ、デナ21といって、1928年デビューで、平成の初めまで走り続けたそうです。ガキの頃は、これと、これに貫通扉の付いたヤツが、いかにも叡電というイメージだったように記憶しています。さよなら運転もやったとか、行きたかったなあ。

ここ元田中は、四条京阪や七条京阪より交通量も少なく、どこかゆったりした空気が流れていたように思います。そう、京都のちょっと上(かみ)のほうの、学生が自転車で行き交うのがしっくりくるような。

フォークヲタの5月

さて、GWの報告を中断して、ちょいと久しぶりの関西フォークネタで唄ブログ、いきます(笑)この土日は、杉田二郎還暦コンサートのため、京都に行ってました。いや~、関西は暑い。もう初夏って感じでした。

コンサートの前に、何十年ぶりかの叡電に乗ってきました。出町から八瀬と鞍馬を往復してきたのですが、沿線や駅の風情はそれほど変わっておらず、70年代フォークの世界へ向けて気分を盛り上げるには、いい選択だったようです。

車両はすっかり変わりましたが、いかにも叡電、という昔の電車のモニュメントが鞍馬駅にあって、いっときガキの頃の気分に浸ることができました。で、二郎さんの「街」の弾き語りで「走る路面電車~♪」、思わずじ~んとしてしまいました。

京都公演最大のサプライズは森下ジンタンの登場かな。「愛とあなたのために」「青春のわかれ道」で35年ぶりの生ジローズ! いやはや、行った甲斐がありました。来週の東京でも、どんなサプライズが待っているのか。。。しばし鉄をお休みして、フォークヲタの5月になりそうです。

しまてつ

諫早から、この年になって国内では数少ない未開の地、島原鉄道に入りました。ターゲットは主に北部で朝夕運用されるキハ20です。自社発注や国鉄やJRからの転入と、バラエティに富んだ経歴と塗装が揃っています。

島原外港以南の海岸線の風光明媚な区間は、来春の廃止が確実になっています。残念ながら、そちらの区間には基本的にキハ20は入らないので、まずは朝の通学列車のキハ20どうしの交換風景を狙うことにしました。

こうしてみると、国鉄色はもちろんのこと、島原鉄道のオリジナル色もなかなか魅力的です。ベーシックカラーが同じ、ということもあるのでしょう。キハの並びは、非電化の地方鉄道華やかりし時代をほんの少し、彷彿させてくれます。

島原のホテルに1泊したのですが、今や、地方鉄道の駅を中心に広がる街なんていうのも、都市圏の衛星都市を除くと、ほとんどありませんね。ここでは、バスもタクシーも、「しまてつ」です。部屋の窓から、ライトアップされた島原城を眺めながら、そんな時代の終わりが近づいているのを実感していました。

なはつき

GWの中国では、昼行の列車に8時間という、久しぶりの乗り鉄も楽しんできました。で、就航20周年のNH中国線で3時間半、そんな長距離列車は珍しくなってしまった日本に帰ってきて、翌朝はなぜか長崎へ。

東京から「富士ぶさ」、関西から「なはつき」。わずか2本になってしまった九州ブルトレですが、ガキの頃大好きだったのが「あかつき」のヘッドマークです。たしか自転車で出町のマツモト模型行って、バッジを買ったなあ(笑)

終着長崎まであとわずかの国道沿いのポイントに、ハチマル29さんに連れて行ってもらいました。彼と共通の友人が九州赴任時代に営業車を駆って探しに探したお手軽ポイント、朝の斜光線がいい雰囲気です。

単独運転区間なのに「なはつき」のマークで、憧れの「あかつき」に再会できなかったのがちょっと残念でしたが、また初心に戻って、いいタイミングでシャッターを切れました。

中国鉄新時代?!

私が初めて中国に蒸機を撮影に行ったのは、包神線の前進変則三重連でした。そして次に集通線の熱水の峠越えで度肝をぬかれ、芭石のナローのマッチ箱のような客車にカルチャーショックで叩きのめされました。

次の休みは中国のどこへ行こうか?……仲間達とそれを肴に酔っ払うのが楽しみでしたが、あれよあれよの間に中国各地で無煙化が進み、もはや選択の範囲がきわめて狭くなってしまいました。

今回、ガイドの孔先生が「夏には久しぶりに集通に行く」とおっしゃるので、すわ動態保存のチャーター列車かと色めきたったところ、そうではありませんでした。「集通へDLを撮りに行く、日本のお客さんの予約が入っています」。。。う~ん、早くもそう来たか!

考えてみると、中国のDLはすでに新旧交代も進んでおり、十分撮影の対象になりそうです。それに、ナローやナベトロ組み合わせたら、なかなかなヲタツアーの出来上がりですな、と白酒飲んでる酒仙Tさんやひくまさん、(&私も)だんだん目がマジになっていました(笑)

中国は深い

そういえばガキの頃、近所の町工場のわけのわからない線路を2本見つけただけで、この奥には何がいるのか、と興奮したことがありました。あの時代は、規模の大小を問わず、そうしたヘロヘロ線路が日本のあちこちにあって、今で言うトワイライトゾーンに、始終ワクワクしていたものです。

すっかり忘れてしまったそういう楽しみが、2007年の中国ではまだ味わえるんですね。は~、このナベトロだけでも興奮するのに、その向こうを行く、上山田線か室木線みたいな、バック運転の炭鉱列車。30年前に戻ったとか、そういうレベルではない驚愕の風景です。

今回訪れた南票の専用線の周辺には、ナベトロの電化非電化、各種取り揃っており、本来の蒸機撮影の合間を縫ってヘロヘロと喜んでるうちに、皆さんむしろこちらのほうにメモリーカードのギガを消費したようです(笑)

う~ん、中国は深い。たぶん北京オリンピックの槌音の及ばないディープな世界、今回もじっくり堪能してしまいました。

旧満州の太陽

GW最終の2日間はさすがに遊び呆けるわけにいかず、完全非鉄な出張をこなして、やっと10日間の右往左往が終了しました。さて、今日からその間の写真をがさごそとセレクトしていきたいと思います。

今回の中国ツアーは、アカシアの街・大連に降り立ち、6時間、列車に揺られて錦州へ向かいました。車窓には、ずっと桃の花が咲いているのが見え、厳しい冬の寒さとはうってかわって、中国東北部の最も美しい季節が、目前にせまっているのが感じとれました。

アカシアや潅木の並木の向こうの地平線に、沈む夕陽や、昇る朝陽。こうして中国へ通うようになる前から、旧満州の太陽というと、どこか親近感のある印象がありました。実際に見たそれは、くっきりした円周で大地を包み込むような、あたたかさに満ちていました。

去年の春、鉄法で見た夕陽も雄大でしたが、今回の南票で見た朝陽も繊細で綺麗でした。バック運転だから適当に、なんて思っていると、朝陽の前の上遊の力闘にシャッターを切った瞬間、思わず震えがとまらなくなりました。

旅がらす夢うつつ

中国から帰ってきて、ほとんど自宅トランジットで次は国内鉄にうつつをぬかし、やっと帰り着きました。パソコンの前でぼんやりして、まだ何だか夢見心地のまんまです。

旅がらすの最後は、今年の初やまぐちでした。鉄の人出はそれほどでもありませんでしたが、さすがGW、長門峡や津和野の観光客の数も桁違いといった感じで、長旅の疲れか、賑わいの中で自分ひとり、ふわふわ宙に浮いてるようでした。

走り始めて28年目、シゴナナの存在そのものが、すっかり沿線の風景に溶け込んでいます。長門峡の鉄橋や津和野の転車台で鉄&観光客に囲まれ、大山路の踏切でカメラ付き携帯持った地元のおばあちゃんに迎えられるこの蒸気機関車の姿も、中国の市場の町の上遊と同じ、素晴らしい現役蒸機のものだと、しみじみ思います。

午後、上り列車を追いかけてくると、いつもは通るだけの踏切の向こうに、あざやかな5月の新緑が見えました。クルマを止めて、急いで決めたフレームの中に、陽光を浴びたシゴナナがしずしずとやってきました。

カウントダウンの細道

先ほど、中国から帰ってきました。遼寧省の錦州をベースに、二つの専用線に残る現役蒸機を撮影する今回のツアー、初めての場所だけに大ハズレもどこかで危惧していましたが、結果的になかなかディープな世界を堪能でき、大満足でした。

中国蒸機全廃の目安といわれる北京オリンピックまで、いよいよあと1年。ロケーションの壮大な長大編成の走る場所などもはや夢のまた夢、残されたわずかな鼓動を求めて、あまり細道に分け入るのもなあ、という気がしたりもします。

ここ数回の中国行きでは、もしかしたらこれが最後かもなあ、という思いが頭をもたげてきていますが、今回も、この期に及んで(笑)、いくつかの素晴らしいシーンを目の当たりにしてしまいました。やはり、現役蒸機の魔力なのでしょう。う~ん、なかなかやめられませんなあ。。。

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Author:品川530
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