集煙の麗機3

シゴナナ集煙の麗機といえば、鷹取工場蒸機最終全検出場車、和歌山の6号機も外せません。当時は後に山口へ向かうC571を鷹取で整備するなど思いもよらず、この機関車は美しく整備され、鷹取工場の蒸機の歴史に、いったん終止符を打ちました。

この写真の和歌山線のさよなら列車で引退し、地元に保存される予定だった6号機は、検査期限が残っていたため、遠く苗穂へ転属します。集煙を外した短い煙突に、耐寒設備の施された同機には、もはや麗機の面影は残っていませんでした。代わりに和歌山に保存された119号機が、静態保存機唯一の集煙付き、というのも、数奇な運命を感じます。

そういえば、よくあるタイプではあるんですが、現在のC571と、この和歌山時代の6号機、同じような煙室扉ハンドルを付けています。C571復活整備時に、集煙の図面が残っていなくて長野工場の図面を使った話は有名ですが、このハンドルは、鷹取の歴史のなせるものかもしれません。

結局、この6号機は北海道で廃車解体されてしまいました。九州のC57117やC5557と同様に、「当然保存されそうで、保存されなかった」スターロコの一員といえましょう。

集煙の麗機2

あの時代にシゴナナを追った多くの人々に、最も記憶に残る集煙付きのシゴナナは? と訊ねたら、おそらくこの機関車がトップに来るのではないでしょうか。

12号機の兄貴分、11号機です。いにしえの「かもめ」専用機がスマートな門デフを纏ったままで集煙&重油の山姿となって生野峠に挑む姿は、播但線の白眉でした。

昨日、当時の配置表などを見てみたんですが、実は播但線のシゴナナって、集煙付きは半分弱しかいなかったんですね。たとえば、大多数の列車がDL化された47.3改正直前で見ると、集煙付きが11、34、93、94、128。それに対し集煙なしは5、46、95、113、137、156。今ふりかえると、11号機や93号機あたりの山越えに挑む姿がいかにも播但線というイメージになっていました。それだけ、集煙付きが風景に溶け込んでいた、ということなのでしょうね。

福知山で最後を迎えたこの機関車は、集煙を外して豊岡で保存されました。だから、この集煙付きのあで姿は、僕らの思い出の中にいます。

集煙の麗機

スランプです(泣)。。。今週末は浪漫の東北線最終巡業や千葉のデゴイチなど、ネタには事欠かないのに、どうも気乗りがしません。ま、こんなときは昔の思い出にじっくり浸ってしまうことにしましょうか。

佐倉さんからコメントいただいたように、播但線といえば、集煙装置付きのシゴナナというイメージが強かったですね。また、紀勢・参宮線や和歌山線、また山陰本線にも集煙付きのシゴナナはたくさんいて、関西の子供には、まったく違和感がなかったように思います。集煙が来たからがっかりした、という記憶もありません。まあ子供は何が来ても嬉しいんですが(笑)

前回の生野の94号機の写真を見ていて気がついたんですが、このカマ、重油タンクは付いていないんですね。で、当時のネガをいろいろ見ると、他にも集煙付きだけど、重油タンクはなし、というカマがけっこうありました。う~ん、これ、たいがい両方付いてるんだと思い込んでいました。35年後のささやかな発見です。

集煙の麗機! おいおい、そんなものあるのかと言われればそれまでですが(爆)、何輌かご紹介したいと思います。まずは、意外なところから、知られざる若番、C5712号機。所縁は忘れましたが青ナンバーで、このカマも重油タンクがありません。今は跡地が日帰り温泉になった(?!)、出雲市の駐泊所での撮影です。

線路際の官舎?

鉄道官舎、この言葉の懐かしい響きに思い出をお持ちになる方は多いのですね。早速、皆さんからコメントをいただき、実感しました。どこの駅にも、線路際に平屋の官舎があって、鉄道員とその家族が暮らしている、これも古き時代の鉄道風景の典型ですね。

もっと大規模なものも都市部にはあったでしょうが、それは「職員住宅」でしょうか。そういえば、大学のときの同級生のN君、品川の職員住宅で、郷ひろみ一家と一緒だったなんて言ってたなあ(笑)

昔の写真をあれこれ当たってみましたが、駅の構内はずれの線路際の建物が写ってるカット、なかなか見つかりませんでした。発車を撮るには、たいていの場合、もう少し外れまで行って撮ってるので、信号小屋や保線小屋しか写っていないんですね。

やっと見つけたこの1枚、播但線生野駅での撮影ですが、う~ん、この家が官舎かどうかはちょっとわかりません。。。

鉄道官舎の匂い

昨日は赤朽葉さんから、いいコメントをいただきました。鉄道官舎……国鉄形車両よりも、木造駅舎よりも、いつのまにかほとんど姿を消してしまった昭和の匂い、ですね。

検索をかけてみると、もはや模型の世界での存在が主流となってることがわかります。廃線跡関係のコンテンツにちらほら官舎の解説を見かけますが、さすがに、鉄道官舎だけのサイトはなさそうで残念(笑)

そうだよなあ、ちょっとした駅には必ずあった鉄道官舎、今や駅自体が無人化され、残ってるほうが珍しいのでしょう。機関区のある駅などには軒を連ねていたのが、がらんとした空き地になってたりします。

先日行った伯備線には、こんな木造駅舎が残っていました。いかにも、昔は傍らに官舎があったような構えです。まだ今なら、各地に少しは残っているのかもしれません。官舎鉄、こりゃあまた楽しそうだなあ(爆)

ロクヨン2番

JR東や西以上に肩身が狭いのがJR東海の電機ですが、つい先日、レール輸送用の新型車両の開発が発表され、もはやカウントダウンが始まってしまいました。

しかし、機関車はもう、客車はおろか、工臨さえ牽かせてもらえない時代になったんですね。122に続いて、年末にはEF65112が浜松へ取り込まれ、このロクヨン2番の行く末も、ずっと心配な状態が続いています。

東海に2番、西に9番。なぜ、このような若番が、民営化時に旅客会社に継承されたのか、理由はわかりませんが、ユーロ色や茶色に姿を変えた同僚機に比べて、国鉄新型標準電機の匂いを今なお色濃く残していますね。

一昨年のある時期、この機関車を追って、何度か沼津や静岡に出かけたことがあります。工臨の折り返し駅の函南で、丹那トンネルをバックに発車を待つこの姿が、何気に「山の機関車」らしくて、とても印象に残っています。

大サロ健在

いわば大社臨の4番打者に君臨する、大サロこと「サロンカーなにわ」も、久しぶりに撮ってきました。そういえば、ジョイフルトレインの時代の華といえば、東の東サロに西の大サロ。その両方が、今もなお健在なのは嬉しいところです。

東サロはお座敷に改造され、名前も「ゆとり」に変わりましたが、塗色がまったく変わっていないので、以前とまったく同じ印象に見えます。この春の浪漫引退後は、いよいよJR東最後のジョイトレとなってしまうんですね。。。

かたや大サロは、欧風客車のままで、20数年活躍を続けています。色は全体にやや明るくなりましたが、こちらも基本の色は同じですね。そして、稼働率が低いのにここまで残ってきたのは、国体や海づくり大会がJR西エリアで開催されたときの御召列車に使用するためと思われます。

実際、私も浜田で海づくり大会が開催されたときの御召を撮ったことがあるだけに、ただのDD+なにわでも、その編成はいつもキラキラと見えてしまうのです。

リゾート色あせて

色あせたTシャツに口紅~♪ とはシャネルズ、いやラッツ&スターのヒット曲でしたが、大社臨には、すっかり色あせてしまったリゾート14系も、DD51に牽かれてやってきました。

そういえばJR東や東海の最後の14系の色あせぶりも、写真ではっきりわかるほどでしたが、この口紅みたいな赤が色あせるのも、すっかり枯山水の味わいです(笑)牽引機のDDの枯れ方よりすごい感じです。。。

この客車、当初はイゴマルともよくコンビを組んでいて、とても似合ってるようには見えませんでしたが、「シュプール」で信越線の雪景色を行くシーンなどは、色鮮やかでなかなかでした。

色とりどりの客車が行き交った、ジョイフルトレインの時代の残り香が、正月の山あいを静かに通り過ぎてゆきます。



ロクヨン9番が来た!

この週末は「大社臨」を撮りに、伯備線へ行ってきました。ちょうど去年の今頃、終幕迫る「出雲」と掛け持ちで行って、ひと昔前の成田臨さながらの「客車ラッシュ」に味をしめての出動です。

主にDD51が使用される中にあって、JR西唯一のEF64、それも若番の9号機が来てくれるのか、これはちょっとした賭けでした。去年もDDで足りないときだけって印象でしたし、今年はさらに「出雲」廃止で後藤のDDも余ってるようだし。。。

順当に「なにわ」、さらにリゾート14系がDDの牽引でやってきたあと、岡サロが9番に牽かれて薄曇りの山あいに姿をみせました。伯備線と岡山周辺からほとんど出ることのないこの機関車は、ほとんど見るだけで感動しました。

あとに続く岡サロも、この色に変わったときは、前の色が渋くてよかっただけに、おいおいって感じでしたが、こうしてみると、正月らしい、おめでたい色ですね(笑)ともかく、客車が3本も行ったり来たりなんて、今やこの季節のここでしか、見られないのかもしれませんね。

梅小路のDE10

その奈良線のC58がDE10に置き換えられた昭和46年10月改正は、ほかにも舞鶴・小浜線などにもDE10が進出し、それまで関西ではDLといえばDF50かDD54、あとは城東貨物のDD51だったところに、新たな侵略者が、チョコマカと登場した印象でした。

すでに枯れ鉄さんのサイトで紹介されていますが、翌年の梅小路開館の前、奈良に保管されていたC59164を、C58時代と同じ複雑な運用に乗りながら、DE10が貨物列車の次位で牽引してきた、なんてこともありました。

そのDE10、とうの昔に奈良線の定期貨物などはなくなってしまいましたが、梅小路には今も2輌が常駐し、嵯峨野観光鉄道のトロッコや「北びわこ」試運転の影武者などに運用されています。

先日、梅小路でこのDE10を目にして、長年のうちに、いい感じで枯れていて(笑)、思わず息をのみました。ほんの10年ほど前でも、DE10だけには興味は持たないよなあと思っていましたが、いやあ、黒ずんだクラをバックに、いい表情をしています。

宇治駅着発

枯れ鉄さんのところで、昔懐かしい蒸機現役時代の奈良線の写真がアップされていました。京都市内でも北のほうに住んでいた私は、DL化の直前になってあたふたと撮りに行った線区でした。

1971年9月末で、奈良のC58の定期運用がDE10に置き換えられました。その直前、宇治駅の待合室に貼ってあったこんな掲示を偶然撮影していました。「15日からDL」と、すでに1往復の列車が棒線で消されています。

もともと複雑な運用だったところに、このDL化直前の時期は、夕方梅小路へ入ってくる上り貨物が、それまでの正向きから逆向き牽引に変更され、ここぞとばかり、宇治川鉄橋でシルエットを撮ったのを思い出します。

そういえばあの当時、あちこちの駅で、こうした掲示を見かけましたね。この宇治駅、近所の子供たち(笑)を除けば、そんなに多くのファンが集中していたわけでもなかったと思います。あとわずかで我が駅を通らなくなる蒸機への、駅員氏のクールな愛惜の情が感じられるようです。

丹波口から嵯峨へ

指定がとれた「ひかり」まで少し時間があったので、枚方から移ったD5151号を見に、嵯峨嵐山まで往復することにしました。

丹波口の駅は高架完成時にだいぶ北のほうへ移ったので(まあ、これも相当昔のことですが)、梅小路から歩くと、けっこうな距離がありました。ただ、高架線の橋桁の間から見える、京都中央市場の雰囲気はあまり変わっていないようで、市場のための側線がたくさんあった30年前が偲ばれました。

113系湘南色の園部行きは、二条の先まで高架を進み、円町なんて知らない駅(笑)を過ぎて、花園の手前で、地平に戻りました。二条駅を出たところの教習所のわきの古い陸橋は残っていませんでしたが、花園発車直後の、当時から市街地には珍しかった田圃が残っていたのには、ただただびっくり。。。

嵯峨嵐山は木造駅舎のままで、昔の「嵯峨駅」の匂いがあちこちに残っていました。かなり手が入っていますが、跨線橋も昔と同じ雰囲気で、待合室の木の長椅子に座ると、どこからかシゴナナの汽笛が聞こえてくるような、つかの間のタイムトリップが楽しめたのでした。

梅小路へ初詣

そして、正月の帰省のときには、梅小路へ初詣に行くのが、ここ数年の恒例となっています。今回も、東京へ戻る「ひかり」に乗る前に、おごそかに(?!)行ってまいりました。

正月の飾り付けがまだ自粛されたままなので、大きな扇形庫はふだんとまったく同じ雰囲気でした。着物姿の女性がいるわけでもなく……あたりまえか(笑) C571もナンバーを覆い隠して検査中、2月の「北びわこ」での無事復帰を祈りたいものです。

スチーム号はC612が動いていました。思えばこのカマ、宮崎でのお別れ運転以来長い間赤ナンバーでしたが、いつしか黒ナンバーに戻り、いい顔をしていますね。

停車直前の力行を真正面から狙ってみました。ふと思ったのですが、たとえばC622のときなど、たまにヘッドマークを何か往年のものにしていただくのは、いかがなものでしょう? JR西の関係者さま、ご検討の余地があれば、ぜひよろしくお願いいたします。

三条通りをゆっくりと

住吉大社で久しぶりに路面電車撮影を楽しむと、そうだ、わが京都にも、わずかながら嵐電に併用区間があったよなあ、と翌日は実家からぶらぶら、四条大宮へ向かいました。

まずは太秦で、広隆寺さんの山門をバックに「これぞ嵐電」というアングルを押えます。考えてみたら、30数年前、このアングルは撮っていません。それどころか、ポール時代の嵐電、ハーフサイズでしか撮っていない。。。

それから、夕暮れが近づく京都の西の街を、東に向かってゆっくりと歩いていきました。地下鉄の延伸工事が進んでいて、なかなか路面電車らしい町並みや通りの雰囲気が残っていませんでしたが、葛野大路三条あたりで、やっと昔の市電みたいな感じになりました。

やっぱり、京都の路面電車は山バックが似合いますね。この古くからの嵐電カラー、新型車にも継承されてるのが、うれしかったです。

初詣の街で

新しい年となりました。今年も、愛すべき車両たちの力走と、ここへお越しいただく鉄な皆さんの撮影時のさまざまな僥倖をお祈りしたいと思います。

さて、正月は京都の実家に来ています。枯れ鉄さん、お帰りかなあと思いましたが、中央線の新しい電車の写真がアップされてましたから、東京にいらっしゃるようですね。柏餅さん、自宅でのお正月、とりあえずよかったですね。どうかご無理ありませんよう。大宮330さんやおちゃまるさんのところでは、新年早々凄い写真を拝見でき、眼福でした。

昨日は、ひくまさんをお誘いして、阪堺電軌で住吉大社へスナップ撮影に行ってきました。小雨模様の天気でしたが、初詣輸送に路面電車が大活躍し、思い思いに新年の表情をしたナニワの人びとが行きかうようすは、今年の撮り初めにふさわしいものでした。

ひくまさんが広角中心で狙われていたので、私は望遠中心で行くことにしました。オヤジが二人、ニコニコしながらデジカメのモニターを見せ合っているさまは、はたからみたら何じゃこいつら、のんびりしたニッポンのお正月のひとコマですなあ…そんなわけないか(笑)

ほんま、関西のお正月は、ええなあ。
路面電車ついでで、今日は久しぶりに嵐電に乗ってこようと思います。明日はもちろん、梅小路へ行って、その足で新幹線に乗って東京へ戻る予定です。

P.S.
またまた気まぐれで(笑)、新年を機に、書き込み設定を元に戻します。今後は、すべて個別にレスさせていただくのではなく、まとめレスや次の日記の文中でのレスという方法を試してみようと思います。どうかご了承のうえ、宜しくお願いいたします。
プロフィール

品川530

Author:品川530
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR