ここから、はじまる

さて、磐西ではDD51に続いて、いよいよDD53の登場です。すでに、知人友人の何人もが、夜のとばりを現地へ向かっています。好天予報の明日、私はお留守番なのが残念ですが、皆さんの成果をお祈りします。

この緊張感、この高揚感、ちょっと久しぶりですね。自分もそうだし、周りの鉄な皆さんの雰囲気もそうです。そうそう、やっぱり御召に似てるのかなあ。。。SH400さんから、先日、祝・10周年のコメントをいただきましたが、あの10年前の両毛御召、少し思い出します。

それがまた、DD53という、いままでスターになったことのないDLが主役というところに、今回の緊張感に、奇妙な安心感を与えているような気がします。そして、舞台は紅葉へ向かう阿賀野川と会津盆地。心の躍り方にも、落ち着きがありますよね。

明日も、この場所から始まりますね。先週土曜のこの写真のDD51をDD53に入れ替えて想像しただけで、ワクワクしてきます。この気分、長く鉄やってますが、どうも今回独特のものがあるようです。

旅ゆけば線路際

今日、五反田で開かれているマチさんたちの写真展「旅ゆけば線路際」にお邪魔してきました。旅ゆけば線路際……最初聞いたときは、ふ~んそうかという感じでしたが、ふと口に出してみると、いいタイトルですね。カメラ片手に東西南北、いろんなところの、風や雲や空気が伝わってきそうで。

新しい車両のシャープな表情をデジタルで捉えたり、あるいはまた、中国蒸機のモノトーンな息遣いを銀塩で捉えたり、さまざまな作品が並んでいました。この写真展は、大学の写真部のOB有志のグループ展で、聞けば年齢層も広がりがあり、それが画角のバリエーションにもつながっているようでした。

大学入学で写真部や鉄研を捨てた私にも、今はおかげさまで、復鉄後の鉄な友人がたくさんいますが、そうか~、こういうのも悪くなかったかもなあ、と今さらながらに思いました。75年に写真部入れば、きっと飯田線もDF50も、撮っただろうなあ(笑)

昨日の磐西、日暮れはこんな写真で終了しました。あわただしい日帰りの旅が続きますが、こういう瞬間があるから、線路際を右往左往、やめられませんね~



磐西秋晴れ!

曇り空の東京駅7:00発、とき303号で新潟へ。国境のトンネルを抜けると、いきなり、イワシ雲飛ぶ秋晴れの空が広がっていました。阿賀野川沿いでは、もう紅葉も始まっているのでしょうか。現金なもので、高崎までの眠気も吹っ飛んでしまいます。

今日は、酒仙Tさん予約のレンタカーに便乗、五泉の鉄橋から、オーソドックスな追っかけコースとなりました。しかし、磐西非電化区間は、天気に恵まれると、ホントに気持良いですね。まさに、ニッポンの秋。山、川、空、雲。人出もまだそれほどでもなく、はい、快適な大人の休日です。

DD51はやはりここを毎日走ってる機関車だけあって、ばん物客車との組み合わせも、しっくり来てる印象でした。また、895号機のディテールの銀挿しが、秋の光線に映えること!

日出谷で山バックを撮って、山都で鉄橋渡るの撮って、そば食べてひと休み。ビールってわけにいかないのが残念でしたが(笑)

DDばんえつ秋物語へ

C57180の検査入場により、DD53が「ばんえつ物語」を牽く?という噂を聞いたのは、たしか夏に入った頃でした。え~、そんなこと、ホントにあるわけないよ~、いやいや、新潟支社は本気らしい、でも、DLでやるにしてもDD51じゃないの?、まあそれはそれで撮りたいけどね……

はい、DD53も、DD51も、両方ともホントにあるんですね。明日の「DD51ばんえつ物語」から、DD53の登場を経て、大宮を出場したD51まで。磐西の非電化区間は、来月末まで、思わぬ秋祭りが展開されます。JR東・新潟支社のご努力に、万雷の拍手を送ろうではありませんか。

「ばん物」客車自体も、種車は12系、編成の変更や改造車の新規投入が計画されているようです。何だかヘンな色だなあ、と思ったりしましたが、そういえば、DD51の牽引する姿は、撮ってそうで、撮っていません。うん、けっこう似合うような。。。

明日、好天の予報に誘われて、さっそく行ってきます。スタートを飾るのはDD51895号機のようです。直近のDD客レの写真、こちらは842号機ですが、御召装備に準じた美しい姿が、秋の斜光に映えそうですね!

後追い楽しや

前回の写真、実は後追いで捉えたカットです。ライトが消えてるのと、尾灯が点いていることからおわかりいただけるかと思いますが、最後部が原色機になることから、それを斜光線で浮かび上がらせることができれば、との思いで撮りました。

石北の貨物が重連からPPになって、最初は撮りにくいなあ、と思いましたが、最近は後追いならではの1枚を、と、カマ、光線、アングルの組み合わせをあれこれ考えるのが、けっこう楽しくなってきました。そう、たとえば燃える紅葉山も、半逆光が美しいよなあ、と。。。

タイミングを外さぬようにシャッターを切るやいなや、最後部のDDがウォ~ン、ダダダダッとファインダーを横切っていきます。カメラから目を離して、遠ざかる列車をぼお~っと見ているのは、なかなか悪くありません。

昨日、今日と、そんな遠ざかってしまった時間をいとおしむような酒席が続きました。昨日は大学時代の先輩、夢さんと。今夜は、青春色の京都の街を思い出すように、枯れ鉄さん武蔵野7359さんと。合縁奇縁のいくつもが織りなす、オヤジ50の秋です。

夕暮れを追いかけて

大宮330さん、青列車さんから、じ~んとくるコメントをいただき、予定ではもう1枚準備していたD51254の写真でいきたいところですが、枯れ鉄さん、すみません。引きこもりはまた今度にします(笑)

今日、しばらくためていたポジの現像をラボに出してきました。私もいつのまにかデジの割合が多くなり、ポジの本数はここ1年で目に見えて減りました。時代の先端を行く風情の若きカメラマンが忙しくライトテーブルの取り合いをしていたのも今は昔、最近のラボは、年配のハイアマチュアが日なたぼっこしてる雰囲気で、出入りする人たちの平均年齢がグッと上がりました。。。

がらがらのライトテーブルにゆっくりと腰を下ろし、ダーマットでマルを付けていきます。この作業も、何だか昔っぽくなってしまいましたが、ルーペで覗いて、露出や色合いがイメージどおりだったときの嬉しさは、今も格段のものがあります。

今日も、1枚だけ、小さなガッツポーズをできるコマがありました。う~ん、この秋の日暮れ寸前の色合いのグラデーションは、やはりフイルムならではですね。DDの赤が、淡い夕陽に照らされたこの瞬間、無意識のうちに、実はデジタルは画角をまったく変えて、銀塩だけでシャッターを切っていました。

ごくフツーのデゴイチ

枯れ鉄さん、D51254に会えてよかったですね。最初に撮ったカマ、よく覚えておられましたね。私なんぞ、たぶん小学5年生のときかいつか、小浜線で撮ったC58がそうなんですが、機番は覚えていない……

数年前、杉並の公園で少々荒廃していた同機が綺麗に整備されたと聞いて、TADAさんsenrobataさんと見に行きました。そのときの様子は、TADAさんのサイトに詳しいのですが、そのおかげで、枯れ鉄さんと30年ぶりにお会いすることもできました。

このカマ、福知山から関西・草津線に行って、最後は長門。SLブーム末期に関西にいた、ごくフツーのデゴイチです。所縁のない東京の公園に保存されたのは、北海道や九州とともに、山陰にただ最末期まで残っていた機関車を、希望する自治体に割り振った、ただそれだけの理由なのでしょう。

前回の整備から数年経って、状態はどうだろうか、枯れ鉄さんガッカリしないだろうか、と実は少し心配でしたが、杞憂に終わったようですね。その反面、4月のブログで美しい姿をご紹介したC57186が、もう荒れ始めているというなら、心配です。枯れ鉄さんの比較、整備前のC57186とのことだといいのですが。。。

2001年、たびのさん

ここ数日、探し出す必要のある写真がいくつかあって、世紀代わり前後のポジをいろいろ見ていたんですが、その中にありました、たびのさんのブライダルトレイン(笑)、2001年の10月です。

この年のロクイチ旅プレは、このヘッドマークと、また別のヘッドマークのときと、2度、横川へ向かったようです。横川の駅も、まだホームにあさま色の189系が据え付けられていて、まだ今ほど寂れた感じがありません。すでにPPで運転されていますが、折り返しの停車時間も、今よりは長かったように記憶しています。

前後のポジには、宮城国体の御召列車やその回送、合い間に山貨や武蔵野線を行く167系の集約臨が写っています。167系、そろそろ危ないなあ、と、予定のない休日にDJ誌で運用探して、ぶらりと出かけたりしたものです。

考えてみると、ゴハチ、その後EF62ばかり追いかけていた私が、EF65原色機フリークから、いわゆる「ネタ鉄」の世界に、あまり抵抗なく入り始めたのは、この頃だったようです。とにもかくにもネタを追う、ネタ鉄の時代が花開いたのが、ミレニアムの頃だったように思います(笑)

小郡も、彼方へ

いつも空港からレンタカーのコースでやまぐち号追いかけてるとあまり意識しませんが、小郡駅が新山口駅になって、もう1年経ったのでしょうか。私は今回も、客車の「新山口⇔津和野」というサボを見て、まだ違和感を感じてしまうのですが。。。

青列車さんから、昔の小郡のいい話を書き込んでいただきました。重量級の蒸機が行きかう山陽本線の要衝に、鉄道90周年を祝して、3形式のトップナンバーが並ぶ……想像しただけで、ワクワクしますね。官舎の居間には、額に入ったその写真が飾られている、これは全盛期の国鉄そのものですね。

やまぐち号が走り始めた頃、もう小郡の扇形庫はなかったのでしょうか。その前の、SLブームの時代には、現在は梅小路にいるC62の1号機がずっとここのクラの中に眠ってました。写真でしか見たことありませんが、引退後の大型蒸機の日なたぼっこ、小郡の蒸機というと、そんなイメージがします。

この写真の1988年のお正月、転車台のまわりは、すでにがらんとしていて、深夜の仕業を終えて一息つくC571の息遣いだけが聞こえていました。そういえば、現在もC571やC56160に付けられる所属札は「郡」ですね。山口鉄道部の「山」にしても、昔の山口線管理所の「山」と一致しますが、きっと、現場の方々の、「おごおり」へのささやかな愛着ゆえのことなのでしょうね。

早すぎた保存機

山口宇部空港から、下り9521レ撮影に向かう道すがら、山口市内に保存されているD601号機も、チラッと見てきました。数年前に見たときは欠落していた煙室扉のハンドルが装着されていて、最近また整備が行われたような印象でした。

津和野に所属し、山口線を走っていたこの機関車、廃車されたのが1966年、この場所に設置されたのがその2年後というから、静態保存機の中では、かなり早い部類になります。そうそう、考えてみると、DL化で引退ではなく、D51に置き換えられて引退なのですから。。。

青列車さんのリクエスト、理にかなったことと思い、状態はどうなんだろうかと、保存機の百科事典、やまてつさんのサイトにお邪魔してきました。結果は……腐食が進み、残念ながら状態はあまりよくないようです。

そういえば、磐西のC57180号機も、1969年引退という、早い保存機でした。同機の場合は、その前年に全検を受けていたことが幸いしたようですが、このD601号機の場合、SLブームの前に、さほど注目もされず引退し、少数形式であることも災いし、復活の候補には縁遠いように思います。いわば、早すぎた保存機、だったのですね。





昭和47年へ、タイムスリップを

大宮330さんのコメントそのままに、昭和47年の磐越西線にタイムスリップしてみましょう。栄光の御召装備の名残りも美しいC571号機は、今日は磐越西線日出谷までの日帰り仕業です。

ここ日出谷駅は、新潟と福島の県境の交通の要衝で、折り返しの列車も多数設定されています。構内には、何本かの側線と、給水塔、転車台があり、新津へ帰るC571は、秋の日差しを浴びながら、方向転換します。SLブームのさなかですが、さすがに平日、今日はギャラリーも数人、ゆったりとした時間が山あいの駅に流れています。

この秋、C571は住み慣れた新津を離れ、京都へと向かいます。そこでは、どんな暮らしが待っているのでしょうか。まあ、関西の都会の平坦線を時々走ることになるのでしょう。ここ磐西とは比べものにならない喧騒の中、事故でも起きなければいいのですが。。。

まさか西のほうで山や谷を縫って走ることはないでしょう(笑)C571は、きっといつか、この緑と水の美しい阿賀野路に帰ってくる日を夢見て、もうすぐ旅立っていきます。

西日の発車

秋のスポットライトを行くシゴナナを白井で堪能したら、すぐ撤収して山あいの道を抜けて、篠目へ向かいました。クルマの流れもスムーズで、「篠直」も十分間に合いそうでしたが、余裕をもって篠目発車にスタンバイすることにしました。

というより、アマノジャクな私、篠直って、あまり好きじゃないんですね。爆煙すぎて引いてしまいそうなのと、へタレなことに、斜面の不安定な態勢で、タテ位置構えるのが下手で(笑)……それよりも、篠目の発車、いつもいい感じで日が当たっていて、なぜか落ち着くんです。

今頃が、シゴナナも給水塔も西日を浴びて、最も美しいのでしょうね。夏はコントラストが強いし、もう少ししたら、西日の一部は山影に入ってしまいます。黄色いヘッドマークも悪くないんですが、こういうアングルで客車を目立たなくすると、原型運転ならではの、タイムスリップ感あるカットとなりました。

今年は、8月の記念運転から集煙が付いてしまい、こちらもやまぐちから遠ざかる結果となってしまっています。さて、来週からはどうなのでしょうか。ヘッドマークは付いてもいいから、晩秋を集煙なしで撮りたいなあ、と思っているんですが。。。



やまぐちは原型晴れ

例年より1週間遅れて、やまぐちの「原型運転」があると聞いたのが金曜日。う~ん、どうしよう……迷ったら行け!の原則どおり(笑)、行ってまいりました。

昨日は赤ナンバーに集煙&ヘッドマークなしという、ちょっと珍しいいでたちだったとか。まあ、それはそれで見たことないし、貴重だなあと、昨夜ブログをアップしてから、一応予約を入れてあった、NH山口宇部便の往復を決済しました。

下りの最初から上りの最後まで、すべて晴れだったのは、初めてかもしれません。赤ナンバーでもよかったのだけれど(?!)、今日は黒ナンバーに、ランボードやテンダの白線まで消されて、現状で考えられる最高のいでたちのシゴナナを、堪能できるこの幸せよ!

そりゃあ、せめて煙突の金帯なければ……とか、考えたらキリがありませんが、これは「新津御召」の名残りなんだと思って納得しましょう。土曜ロクイチ、日曜シゴナナ。いやはや、ニッポンの鉄の正しい週末となりました。

旅のプレゼント

そろそろ立新タコ部屋のカルチャーショックから立ち直って、正しいニッポンの鉄を……となれば、やっぱりロクイチしかありません。タイミング良く、今日は高崎仕立ての「旅のプレゼント」号の運用に入ってくれました。

この「旅プレ」、障害者や施設の子供たちを列車の旅に招待する、JR東管内ではすっかりおなじみの企画となりましたが、どういうわけか、ヘッドマークの「旅の」の部分が、「プレゼント」の部分より大きいフォントになってることが多いんですね。

やっぱり、今回もそうでした(笑)どうでもいいことですが、何か理由があるのでしょうか。。。何年か前、やはりロクイチ牽引で、ひらがなの「たびの」の3文字がやけに大きくて、「ン、たびのさんのブライダルトレイン?」などと思ったこともありました。

さすが鉄道の日、ネタが分散したのか、ロクイチ祭りにしては人出も少なく、たなびき始めたススキに迎えられて、薄曇りの榛名路に浮かび上がるロクイチの姿は、やっぱりニッポンの正しい鉄の象徴でした!

森の木霊

タコ部屋を飛び回るハエの音に、熟睡などゆめ叶わず、しかも、空白んでくると外は雨……おいおい、何のためにここまでして。。。という樺南2日目の朝でしたが、雨のおかげで朝の貨物はいい感じの蒸気につつまれ、昼近くになると、幸運にも日が射してきました。

いつのまにか、鉄のために、線路の犬走りを移動するバイクが仕事として成立しており(笑)、はい、睡眠不足の我々も、チャーター利用させていただきました。もともとは地元住民のためだったのでしょうが、いまや鉄の予約車が、朝の立新駅にズラリ並ぶさまは、ちょっと異様でした。

バイクのドライバーと身振り手振りで会話し、峠の反対側でポイントを探しました。バイクを降りて、ドライバーの先導で少し斜面を登ると、(おそらく)「ここだ、ここだ」と中国語で言ってます。見下ろすと、緑や黄色の中の、わずかな隙間に線路が見えます。しかし、よくぞ、こんなポイントを知ってるんだなあ。。。

古今東西、森は霊の住まうところですね。逆光にキラキラと照らされた森に、小さな木霊がやってきました。丸瀬布も置戸も、こうだったんだろうなあ、と思うと、シチサン鉄には勇気の要ったこのアングルが、かけがえのないものに思えました。







ウルルン以上の難易度

樺南では、3度目にして初めて、中国鉄の猛者たちの間で通称「タコ部屋」と呼ばれる、立新駅の鉄道員宿舎に泊りました。

世界ウルルン滞在記に出てくる、どんな辺境の家でも、もう少しは綺麗だと思います。今回はそこに何と、7人の日本人鉄が雑魚寝。。。しかし、途中から並行する道路がまったくなくなる樺南では、ここに泊らなければ、夜景のバルブも、朝の後補機付きの力闘も撮れないのです。

猛者たちは、これを修行と呼びます。この修行に耐えた者だけが、夜のとばりに浮かび上がるC2の美しい情景に、バルブの秒数を重ね合わせることができるのです。しかし、何をここまでして……一瞬、正しい日本の常識人としての頭がもたげたのも確かですが(笑)

給水して待機する後補機のC2の傍らを、本務機のC2が三角線で向きを変えて帰ってきました。すれ違いざまにライトが当たるその一瞬に繰り広げられた、柔らかな光のドラマは、たまには常識人を踏み外してもいいかなあ、と本気で思わせるものでした。

樺南秋色

中国・黒龍江省の樺南森林鉄道から、今日帰ってきました。まる2日の撮影でしたが、初めて見る中国東北部の色づく森は、日本の紅葉とはまた違った美しさがありました。

森に分け入り、森林資源を輸送する「林鉄」は、中国でも数えるほどしか残っていません。ここ樺南も、現在は石炭の輸送が目的となってしまっていますが、その沿線風景は、森林鉄道そのものです。

朝8時。1日1往復、住民のためのレールバスに我々も混乗して、森へ向かいました。平地の村から、線路が高度を上げていくごとに、木々の色づきが鮮烈になってきました。サミット近くでレールバスから降ろしてもらうと、そこは秋の色と木漏れ日がシャワーとなって、綺麗に降りそそいでいました。

彼方からドラフトが近づき、お立ち台から見る秋のフレームに、C2がちょこんと収まりました。色づきは少し盛りを過ぎたとはいえ、これぞ林鉄!の醍醐味を知る思いでした。

葦河ウヤで樺南へ

明日からの3連休に1日休みを足して、ナローの客車列車の復活した葦河森林鉄道へ行く予定でしたが、水道工事だか何だかであえなく運休、転戦して、同じ中国東北部の樺南森林鉄道へ行ってきます。

中国でも、おそらく二度と見られないであろうナローの客レ、ほんとうに撮りたかったのですが、仕方ありません。3度目の樺南、秋は初めてで、日本とはちょっと違う秋の色づきが、なかなか素晴らしいというから、まあよしとしましょう。

折りしも首脳外交の再開、それはそれで、よかったなあと思います。鈴屋さんとの鉄オヤジ二人旅には何の関係もありませんが(笑)、インドネシアの経験を生かして、また違った中国を撮ってこられればなあ、と思います。

やっと、ここに来た

日曜の午後、今回の石北の最後の撮影は、留辺蘂の街を見下ろす、このポイントにやってきました。近年の雑誌の石北ガイドではすっかり有名なこの場所ですが、現役蒸機の時代には、どうもここの写真は見たことがないような。。。

実は、ここに来たのは初めてでした。今まで何度か登ろうとしたのですが、登り口がよくわからなかったり、雪にズボズボと足をとられたりで、恥ずかしながら、到達できませんでした。それが今回、ハチマル29さんの引率で、やっと丘の上に立ちました。

その沿線には何度も通ってるのに、タイミングや巡り合わせで、どういうわけか縁遠い撮影ポイントって、ありますよね。ここは、私にとって、その代表みたいなところで、今回は、大きな宿題を果たした感じでした。

昔過ぎず、今過ぎず……眼下にゆっくりとカーブを描いてくる、北海道の今の風景に溶け込んだDDの表情は、晴れ間にも恵まれ、旅の終わりを飾るのにふさわしいものでした。

幸せそうな機関車

DD51の貨物を撮る合い間に、丸瀬布の雨宮21号も見てきました。「公園蒸機」ではありますが、さながら現役当時の森林鉄道を髣髴させる箱庭を走る姿は、こちらも秋の色に包まれて、素晴らしいものがありました。

帰って、手元の資料を紐解いてみると、この蒸機、山口線にC571が走り始めたのと同じ、1979年にこの地に復活してるんですね。だから、もう30年近く、四半世紀以上、復活後の歴史を刻んでいることになります。

とても交通至便などとはいえないアクセス、決して周辺に有名観光地があるわけでもなく、長い間の地元の関係者のご努力は、我々にはうかがい知れないものがあるのでしょう。こんなに、幸せそうに走っている機関車は、ほかでは見たことがありません。

公園の向かいの「やまびこ」という日帰り温泉にも入ってきたんですが、露天風呂から、山あいに響く雨宮の汽笛や、列車のジョイント音が聞こえてきて、それはそれはいい気分でしたよ。

転車台が主役だった

1972年のネガを探してみると、遠軽では、転車台に乗ったキューロクの写真を撮っていました。スキャンしてみて思い出したのですが、ここの扇形庫、当時にしてはモダンな字体の「遠・軽・機・関・区」の看板がのっかっていました。

佐倉EDさんからコメントいただいたように、当時、遠軽駅のホームや跨線橋から、機関区の賑わいがダイレクトに見えました。吉松とか、新津とか、「鉄道の街」と呼ばれたところに共通の、駅、機関区、保線施設や職員寮までがコンパクトにまとまってる印象だったと思います。

そうそう、あの頃、グーグルアースがあれば、どんなに楽しかったでしょうね(笑)きっとガキの分際で、北海道や九州の機関区ばかり探していたんでしょうね、みんな。

どこも、転車台の周りにたくさんのカマがいて、上から見ると、煙で霞んで扇形庫が見えなかったかもしれません。模型のレイアウトを見るように、鉄道の街の全体を眺めると、その真ん中には、きっと転車台が輝いていたのでしょうね。

転車台だけが

遠軽には、34年前に一度、行ったことがあります。朝から常紋で96の補機付きの貨物を撮って、夕方遠軽に着いて、機関区にも行きました。山が迫ったところにある扇形庫の周りに96やD51がひしめき、何だか狭く感じたのを覚えています。

今回も、DD51のプッシュプル貨物の停車を狙って、昼下がりの遠軽駅に寄り道しました。駅と山の間の、機関区の跡は、線路がすべて剥がされてしまい、赤い転車台だけが、枯れ草の中にぽつんと残っていました。

梅小路や会津若松は少数の例外として、転車台の遺構は、いまや廃墟のイメージそのものですね。おそらく、ここにC11がやってきて、イベント列車のためにこれが使われることもないのでしょう。生田原まででもいいから、走りませんかねえ、と同行のハチマル29さんと、夢みたいな話をしてたのですが。

いまも全列車がスイッチバックする遠軽では、特急の発着ごとに、名物かにめしが売られ、夜遅くまで、駅そばの明かりがついています。発着する列車は変わったけれど、この駅にいると、まるで昭和の映画のセットに迷い込んだような、不思議な気分になります。


秋の扉

石北本線でも、秋には全山が色づくことで有名な、通称100kmポイントの今朝の写真です。ちょうど、秋の扉がゆっくりと開き始めたその瞬間、DDのプッシュプルが静々とやってくるさまに、シャッターを切ったあとも、固唾をのんで見守るしかありませんでした。

去年は、紅葉の盛りを狙って行ったのに、ドン曇りどころか、冷たい雨に見舞われました。それが、この週末は紅葉こそまだこれから、という感じだったものの、すっきりした秋晴れに恵まれ、はい、堪能してまいりました。

北見の玉ねぎの収穫も順調なのでしょう。土曜に3往復、日曜に2往復と、DDのPPが遠軽で向きを変えるたびに、こちらも峠の向こうと手前を行ったり来たり、緑や黄色の山と日差しの織りなすシャワーを浴びながら国道を往来するだけで、何と気持ちよかったことか。

今回は初めてエアドゥ女満別線での往復でしたが、さすが北海道、機内で出るスープも北見のオニオンスープなんですね。甘みとコクが違います。次は、紅葉真っ盛りのときに、オホーツクビール、玉ねぎを肴に飲りたいですねえ。。。

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