実りの秋へ

夏休みも終わり、通勤電車もすっかりいつもの顔に戻ったようですね。まだまだ爽やかな秋風、とはいきませんが、秋の撮り鉄に向けて、今年はもうビッグニュースの連続です。う~ん、嬉しいけど、忙しいなあ、とまあこのフレーズも、いつものことですが(笑)

その中でも最も驚いたのが、DD53ばんえつ物語号。いやはや、ほんとに走るんですね。参りました。除雪用のDLが、磐西非電化区間で客車を牽く……JR東・新潟支社のご担当者さまに大拍手ではありませんか! デジ一眼をお考えのT高のIさん、我々が昔、京都で慣れ親しんだDD54にだって、これ、ちょっと雰囲気似ていませんか?

中国東北部では、廃止されたとばかり思っていた葦河森林鉄道に、よもやの新線ができて、C2の牽く客車列車が期間限定で4往復も走ってるというニュースが入りました。私、貨物は撮りましたが、数ヶ月の差で、客レには間に合いませんでした。鈴屋さん、酒仙Tさん、Aさん、明日ちょうどお目にかかりますから、じっくり話し合いましょうね。

夏の終わりの汗の向こうから、今年も、秋の美しい斜光線が、我々を呼んでいます。

蒸気機関車たち

今日、近所の書店から入荷したとの連絡で、帰りに急ぎ足で取りに行ってきました。広田尚敬さんの写真集「蒸気機関車たち」。いや~、こういう仕事してる私が言うのも何ですが(笑)、こんなにウキウキと書店に向かったのは、かなり久しぶりでした。

箱から本を出して、カバーの写真を見た瞬間、うれしくなりました。おそらく私が初めて手に入れた鉄の本、保育社カラーブックス「蒸気機関車」で、何度も何度も眺めた、呉線のC59とC62の交換風景だったのです。この文庫本と、(植松宏嘉さんとの共著になりますが)ヤマケイカラーブックス「蒸気機関車の旅」、この2冊は昭和40年代の少年には、まさにバイブルでした。

とても真似できないけど、いつか真似したい。風邪引いて家で寝てるときなども、写真を飽きずに眺めながら、素敵な一文を繰り返し読みながら、そう思ってました。こんどの写真集には、経年をカバーする見事なデジタル処理で、あの写真、この写真が、現代のカメラアイとして甦りました。

古い2冊の本をあらためて眺めながら、今回セレクトされた写真、されなかった写真についても、ちょっと思いをめぐらせてみました。今も、とても真似できませんが、とてもとても、勉強になります。広田さん、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします。

駅撮りカメラテスト

2台あった銀塩ボディのうちの1台がダメになり、自分でもちょっと驚くほど逡巡もなく、代替機にデジ一眼のボディを衝動買いしてしまいました。昨日はそのテストで、鉄の基本中の基本、いわゆる「駅先端」をあちこち、うろうろしてきました。

カメラテストとはいっても、どうせならいいカマを狙いたい、とPトップを待ち構えます。荷なし、単機という情報が入ったので、望遠で正面のピンを追うAFのテストに適した駅先端を電車の中から探し……はい、時々は基本に帰って駅撮り、少し恥ずかしいこともありますが、心が洗われます(笑)

テストの結果は上々、手ブレ補正なんて最新の機能もなかなか有用なようです。それと、デジはデータがすぐ消せるので、フィルムのときのように、テストでケチケチする心配がないのは、安心でした。ただ、これ、またすぐ次機種が出るんだろうなあ、と思うと複雑ですが。

日頃乗らない武蔵野線の駅ナカグルメの勢力図の現況を見られたのも面白かったです。あと、JR東の駅ビジネスの裾野、ブックガーデンの小型店は知らなかったなあ。調子に乗って、おやつに醤油とんこつラーメンは、ちょっと余計でしたが。。。

Sampai jumpa lagi,Indonesia!

初めてのインドネシアから帰ってきて、ちょうど1週間が経ちました。ナシゴレン漬け(?!)だった胃腸も新サンマを味わえる状態に回復、月金はちゃんと仕事して、おっ、DD53ばんえつ物語、ホントに走るのかよ~!と、すっかり普通の鉄な生活に戻りました。

以前、8月15日を中国で迎えたことがありますが、今回のインドネシアでは、また別の思いにとらわれていました。みんな元気で、いい目をした子どもたち。内気でちょっとスローだけど、優しく誠実な人々。17日には、偶然、独立記念日の村の行進も、見ることができました。異国の鉄の目にも、それは歴史と国柄がいい感じで凝縮されているようでした。

インドネシアの製糖工場の蒸機が動くのは、取り入れ時期の夏の3か月だけです。また彼らに会うには、3つの季節を通り過ぎて、ひとつ、年をとらなければなりません。そして、DL化やトラック転換の足音が、まだ見ぬ来年夏の蒸機たちに迫っています。

サンペ・ジュンパ・ラギ!(さよなら、また会いましょう)今日の東京は曇り空ですが、これからデジカメ片手に、ちょっと近所で普通の鉄、してきます。

気合いの入った斜光線

日程後半、サトウキビ畑めぐりのバスは、ソロというジャワ島中部の古都を基点に、さらに4か所の製糖工場をスキップしながら回りました。

さすが赤道直下の至近エリア、トップライトの時間が長く、朝夕が撮影には勝負になります。だいたい朝は、さまざまなオドロキに目を見張ってるうちにトップライトがやってきて(笑)、まあ昼寝でもして、夕方また撮ろうか。。。ということになります。木陰の小屋で寝転がったりしたの、あとからきっと思い出すんだろうなあ。

で、実は夕暮れが、ことのほか美しかったんです。何だか、日本の秋の斜光線が、思いっきり気合い入って、パキッとしたような感じです。逆光で太陽入りの写真とかもたくさん撮りましたが、ここでは、夕陽に光る赤いカマの「ギラリ」をセレクトしました。

いま思うと、このシーンがいちばんよかったなあ。光線がだんだん弱くなり、やがてカマのあちこちに木々の影が落ちていくのを、まだまだ熱心に撮影している仲間たちの傍らで、カメラを片付けて、ぼんやりと見つめていました。

ONLY ONE HOUR

きかんしゃトーマス、カマの花火、水牛トレインと、まるで写真を撮り始めた中学生のときのように驚きに目を見張りながら、ジャワ島の旅も中盤にさしかかった日、我々はサトウキビ畑をしばし離れて、アンバラワという町の保存鉄道を訪ねました。

もとあった、山へ向かう鉄道の拠点駅からのレールが残っているのは、さながら碓氷峠の横川って感じです。駅の傍らには、たくさんの保存機がたたずんでいて、峠の途中からは一部ラックレールもあるというのだから、納得です(笑)。。。うん、やはり、山へ向かうレールには、鉄なる心を引き付けてやまない何かがあるのですね。

ここの動態保存機は、B25、E10と、形式の付け方が日本の鉄にはなじみやすいもので、保存機の中にはC51やD51だっていました。やがて汽笛一声、日本人の鉄と、オーストラリア人の親子を乗せたチャーター列車が山へ向かいます。

ポイントポイントで繰り返すフォトランも楽しかったですが、ふと客車に戻ると、こんなシーンが目に入りました。it takes only one hour……will last forever...ばんえつ物語にも、やまぐち号にも、こんなフレーズがほしいなあと、しみじみ思いました。

驚愕の水牛トレイン

「サトウキビ畑の終点のところに、水牛の機関支区みたいなのがあって……」と、出発前からC57135さんに説明を聞いていたのですが、どうもピンと来ませんでした。ま、水牛がいて、それを入れ込んで撮れるのだなあ、ぐらいに思っていました。

その、のどかな空想は、ローリーと呼ばれるサトウキビを運ぶ台車を牽引して、のっそりと現れた2頭、すなわち重連(!?)の水牛によって、ものの見事に打ち砕かれました。す、水牛が、か、貨車を牽いているのです。いったい、こんなことがあっていいのでしょうか。。。

たしかに、折り返しを待つ蒸機の傍らに、水牛小屋、つまり機関支区があって、貨車の到着に合わせて出区していくのです。空車を牽いてサトウキビ畑の中へ、そしてしばらくすると、サトウキビを満載して積車を牽いて戻ってきます。それも、続行で。

ああ、まだ世の中には知らないことがたくさんあるのだなあ。あれこれ知ったかぶりをしてた自分の小ささ、修行の足りなさがよくわかります。中原中也の詩のごとく、いったいおまえは何をしているのだと、水牛のちょっと内気そうな目が、異国の鉄に向けられているようでした。

HA-NA-BI

ではさっそく、カルチャーショックその1、いきます(笑)夏の花火といえば、花火とカマを同じファインダーに入れ込んだ真岡あたりの写真が思い出されますが、カマが花火を上げている!!……これはもう、この歳にして初めて見る、驚愕の光景でした。

北野武監督の映画「HANA-BI」ではありませんが、何かアルファベットで綴りたい感覚です。ここジャティバランの製糖工場のカマたちは、燃料に「バガス」と呼ばれるサトウキビの絞りかすを使っており、その灰がブローとともに噴き上がり、このように世にも美しい南洋の花火となるというのです。

それを懐中電灯片手にバルブする、異国の5人の男たち。。。写真のバックの木々が揺れているのがおわかりでしょうか。暗くなり、風がそよぎ、花火と時計の秒針を交互に見つめているうちに、さぁーっと汗も熱気も退いていきました。

「これがインドネシアなんだよね。あ、まだ他にもあるけど(笑)」、、、今回お誘いいただいたインドネシア超先達、C57135さんのひと言に、ただただ唸るだけでした。

函館発、ジャカルタ行き

函館で「エルム」を撮ってきました。残念ながら晴れませんでしたが、このヘッドマーク、北海道の青いDDに、ほんとよく似合っていました。「北斗星」は同じ色調だけですが、これ、色のアンサンブルが爽やかですね。「カシオペア」や「トワイライト」も悪くありませんが、ちょっと叶いませんね。

半年ぶりでしたが、函館はいいですね。今回も、午後の空いた時間は市電、それも「箱館ハイカラ号」なんてレトロ調のも初めて撮って、函館山の麓で温泉入って、夏休み初日、すっかりなごんできました。

で、自宅でトランジットし(笑)、明日からはインドネシアのジャワ島に行ってきます。中国以外の海外鉄は初めてで、まだ見ぬシュガー・トレインに、旅の準備をしながら、ばたばたと思いを馳せています。

19日の朝、成田に帰ってきます。ブログはその間お休みさせていただきますが、夏休みに入られる鉄な方も多いと思います。皆さん、いい旅、いい鉄を!

聞いたこともない町へ

ジャワ島から、今朝帰ってきました。いや~、暑かった。。。とはいっても、東京のような湿度がなく、日陰に入るとけっこう涼しい風が吹き渡ります。日本だって、昔の夏はこうだったよなあ、なんて安心してると、日差しそのものにはやはり気合いが入っていて、、、う~ん、世界は広い(笑)

ジャカルタとバリの違いぐらいはわかりますが、今回巡った、サトウキビ工場に蒸機が今なお息づく町々は、聞いたこともない町ばかり。まるで山本コータローの岬めぐりのバスのように(?!)、オヤジ5人を乗せたバスは、冗談と鼻歌を子守唄に、鉄道の原風景を求めて、町から町へとスキップしてる感じでした。

どの工場でも、カマが赤や緑、青に塗られていて、最初見たときは、おいおい、きかんしゃトーマスかよ、と思いましたが、見慣れてくると、赤道直下の日差しになじんでくるんですね。カマは黒いもの、という常識が、中国で動輪は赤いもの、とちょっと崩れ、今回でカマはカラフルなもの、と柔軟になり、、、う~ん、やっぱり、世界は広い(笑)

でも、スポットライトや斜光線が写真を引き立てるのは万国共通ですね、と初日はこうしていつものペースで写真を撮っていましたが、島国の鉄の狭隘な感覚は、やがていくつものカルチャーショックに襲われることになるのでした。



エルムを撮りに

今日夕方のJL便で、「エルム」を撮りに函館へ行ってきます。はい、明日から大人も嬉しい夏休みです(笑)函館は「日本海」を撮りに行った冬以来。そういえばそのときに函館でライブやってて、初めて名前を知ったアンジェラ・アキ、すっかりメジャーになりましたね。よかった、よかった。

「エルム」を北海道で撮るのは初めてですが、言葉の響きといい、爽やかなデザインのヘッドマークといい、実に夏の北海道らしくて好ましいですね。かつては道内の優等列車に冠されたこのネーミング、多客期に「北斗星」を補完するだけでは、もったいないですよね。

この列車の本州内は今はEF81の通し牽引となりましたが、JR初期はPFと75のリレーでした。撮ってるのは、パックの「おが」の予行演習でバルブしたこの写真など、ほんの数えるほどなのが、いつものことながら悔やまれますが、まあ仕方ないでしょう(笑)

こうしてみると、赤い1019にも、よく似合うヘッドマークでしたね。つい昨日の写真のようでいて、白Hゴムがもはや時代を感じさせてしまいます。今回はわずか2往復の設定、これまた去就が心配される列車のひとつですが、北の大きな空気感の中で撮れたらいいなあ、と思っています。

夏の忘れもの

20年前の忘れものを取りに行く……大宮330さんのコメント、いい言葉ですね。今回の「EF58奥利根号」は、この麻薬のような趣味を続けてる人たちにとって、大なり小なり、そうだったような気がします。

もちろん、あのとき撮れなかった、知らなかった撮影地がそれです。私も2日目は、この有名アングルにしました。20年前は、国境の向こうまで行ったのと、追っかけばかりにかまけて、水上以南のアングルを意外とちゃんと押さえていませんでした。だから、ロクイチ先頭は、逆光気味のカットばかりしか残っていません。下りをいい光線で撮る、こんな大きな忘れものをしていました。SH400さん、津久田にしたのは、そういうことだったんです(笑)

そして、夏、緑の山、12系。C57135さんが掲示板で「昔の海水浴臨みたい」と書かれてましたが、まさに、子ども時代の夏の多客臨のイメージですね。京都の子どもには丹波の山を越えて日本海へ向かう大阪万博翌年あたりの列車が甦ります。新しい客車からうなる音、異様に聞こえましたよね、T高のIさん。

ちょっと忘れものぐらいは見つけさせてやろう……ロクイチと12系が、大昔の夏の子どもたちに、20年前の背伸びしてたあいつらに、過ぎ去った時の代わりに、夏休みのご褒美をくれたのかもしれませんね。


水上0番線

昨日、まずまずの成果に満足して家でビール飲んでると、senrobataさんのブログで、我々が行かなかった水上停車のロクイチの素晴らしい立ち位置を発見、唖然としました。いやあ、やはり、いつでも、一応行くべきなのです(笑)……これだけでも撮りたくて、無理やり今日も行ってきました。

転車台のあるほうに、昔は電機も入っていましたが、今は入れなくなったようで、新たに、0番線のこの位置が、電機の折り返しまでの憩いの場となっているようです。緑の山、緑の架線柱、石積みのホーム……なかなか、いい雰囲気です。

雲ひとつなかった昨日と違って、今日は晴れ基調ながら、雲がふんわりかかってる感じで、夏の強い光を和らげ、ロクイチの色を引き立てる、いいフィルターになっていました。

それと、パンタが上がるのを待つ間、順光に輝くロクイチを、ぼんやり眺めているのは、ふと暑さを忘れてしまうほど、充実した時間でした。

夏の上越

今日は「EF58奥利根」を撮りに、上越線に行ってきました。いやあ~、暑かった……でも、20年前の「EF上越号」を思い出しながら、夏の太陽には似つかわしくない、感傷めいたものにも浸ってきました。

20年前の重連は、8月下旬でしたから、国境を越えると、ススキなんかも少しはそよいでいたような気がします。暑いといえば、そのずっと後の、ロクイチが国境の向こうだけで走ったときのほうが思い出されるような。。。

下りを沼田の先で撮って、上りはこの「鉄な屋上」から撮ることにしました。わずかな料金で、待ち時間は涼しく過ごさせていただき、ありがたいことです。予想より若干日が正面がちになってしまいましたが、そのぶん、ロクイチの大窓がギラッと光りました。

そういえば、20年前も客車はふつうの12系でしたね。上り列車の先頭はパックでしたが、このアングルはまだ撮れなかったかな? 高崎出区の機走線から、帰区の機走線まで追いかけたあの頃の情熱を、無性にいとおしく思います。

今から思うと、貴重でした

その86年8月の沼津機関区100周年イベント、EF551の里帰りもさることながら、沼津に残ったEF65FやEF60が、14系を牽引したシーンも忘れられません。

先日、鉄な仲間と飲んでたときに話しに出たんですが、今も東西でイベントに登場する12系よりも、14系ハザのほうにむしろ、国鉄時代の香りを感じませんか?……言われてみると、その通りです。今になって、この頃の時代の写真を見ると、あの、簡易リクライニングの「バタン!」という大きな音まで、よみがえってくるようです。

それと、今や急激にその数を減らしてしまったEF65。P、F、PF、一般を問わず、その大きな足跡のわりに、今のところ、保存とあまり縁がありませんね。先日、RF誌で、EF65535の大宮保存という提言を拝読しましたが、このままでは、PFなんて、1両も保存されないかもしれません。。。

Fが客車を牽くことは、この国鉄最末期のどさくさまぎれ以外、ほとんどなかったように思います。14系のすっきりした編成、この頃はまだ東海道のあちこちにあった木製ポールが、またいい味を出していますね。

国鉄最後の夏

梅雨が明けギラギラ暑い夏、でまず思い出すのが、20年前、国鉄最後の夏に走ったいろんな列車のことです。上越線で復活運転を果たしたEF551が、東海道は沼津へ里帰り運転、暑くてへばった撮影といえば、まずこれを思い出します。

いまの年齢から20引けばいいんですから、まだまだ気力体力ピークの時代でした(笑)現地に入ってから、方転のために非電化区間を遠江二俣まで回送という情報を入手、夕方から夜バルブやるまで追っかけて、小さな釣り宿でほんのわずかの仮眠。で、夜明け前からバルブして、朝の小さな鉄橋でDE+EF55を待ちかまえました。

徐々にこれから気温が上がってゆく、そのまだ生暖かい空気の中を、2つのシルエットがゆっくりと横切っていきます。子どもの頃の林間学校か何かの、夏の朝の散歩のときの感覚が、じんわりよみがえってきたのを思い出します。

やがて本線へ戻って、午後の興津川とか、ほんとに暑かったなあ。ロクイチ、パックにEF55が加わり、国鉄最後の夏は、これでもかこれでもか、のイベント盛りでした。こちらも、暑さに取りつかれたように、右往左往していました。





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