まさか、こんなことが

このブログでも、中学・高校時代に撮った、70年代前半の京都の写真を何度かお目にかけてますが、TADAさんのところのBBSに書き込みされていたoldrailfanさんのサイト、いやはや懐かしい同時代の京都の写真が並んでいました。

お~、71年春、園部折り返しのC57127、光線から見て同じ日の撮影のようです。市電もたくさん撮ってるなあ、同年代の京都の人やな。ほう、雪の美唄か、こないだブログにアップしたのと、これも同じ日かもしれんな、北海道まで行ってるんか、奇遇やな。。。

そのあたりまではよかったんですが、小沢発車のC622、網走湖畔のC581と進んで、驚きました。どれも、ほとんど自分の写真と同じアングルです。この北海道旅行は、何人かの友人がスケジュール入り乱れ、それぞれ撮りたい線区を夜行列車で行きつ戻りつ、合流したり離れたりの繰り返しでしたが、どうみても、これは、そのうちの誰かとしか、思えないのです。

BBSにお邪魔し、T高のIさんだとわかるのに、ほとんど時間はかかりませんでした。4年前、ホームページなるものを初めて立ち上げたときに、昔の仲間が見てくれないかなあ、と思いましたが、忘れた頃に、うれしい現実となりました。

I君な、これは栗山と違うで、志文駅発車や(笑)……今までも何度か、見ず知らずの方のネット上の写真で、これは同じ日かな、というのはありましたが、まさか、こんなことがあるとは、文字通り夢にも思いませんでした。まさにWeb2.0の時代、あらゆる社会に、まだまだ想像もつかぬことが起こりそうな予感がします。





二本のレールが語ること

昨日は広田尚敬さん、広田泉さんの写真展「鉄道写真~二本のレールが語ること」を拝見し、記念講演会でお話も伺ってきました。線路端のフィールドを離れて、写真と自分の関係みたいなものを見つめなおす、いい時間でした。

それにしても思ったのは、「魅惑の鉄道」いや、ヤマケイカラーブックスの「蒸気機関車」(?!)以来、我々は僭越ながら広田さんと一緒に写真を撮らせていただいてるなあ、ということでした。さすがにこちらも最近は方々で人物撮ったり駅のスナップ撮ったりしてますが、松本電鉄の新村、近江鉄道の米原、そうかあ、こう撮るのかあ……その新鮮な驚きが、30数年前とまったく変わらないんですね。山手線の駅なら五反田、ここは上手く撮ってみたいなあ、と思ってたところに、デジタルの最新テクニックを駆使した作品が。。。ほんと、勉強になります。

泉さんのお話には、年代の差が感じられて面白かったです。500分の1の走行写真でカメラを振って撮るテクニックは、私も実は昔、年下の友人に教わりました。我々の年代以上の鉄は、下の世代に友人がいなければ、一生三脚立ててると思います(笑) で、たぶん鉄道写真の歴史に残るであろう500系の「1秒流し」もさることながら、根室本線の「スーパーおおぞら」でしょうか、原野のカーブの空気感の一瞬を止めた画像の美しさ!

夕暮れと夜景は誰にでも撮れる、まず写真は順光で撮れ。少々耳の痛い(笑)この広田さんのフレーズも心に残りました。トークに加わったRMの名取さんが、「広田さんは知らないうちに現場でいろんな写真を撮ってるんです」とおっしゃってましたが、こちらもシチサンの合い間にこうしていろんな写真を撮り、迷ったら、基本に帰って、精進したいと思います。



単機待ち

157がチキを置きに行った門島、そういえばこの駅は行ったことないなあ、撮ったことないなあ、と思ったのが運のつき、結局昨日もロングドライブの末、しかしもう、飯田線の奥の山道は運転疲れるよな、とボヤキながら、国道から駅への細い道を降りていきました。

そうなると、せっかく晴れてるのだから、と返しの単機を、それなりに真剣に狙うことに。まずは平岡~為栗の川沿い有名アングル、鉄橋に長さ的にいいバランスで単機が乗ってくれました。まあ毎度はできませんが、単機ならではのアングルをあれこれ考える、単機待ち、実はけっこう好きです。

中部天竜で1時間の停車。昔は機関支区、今はレールパークがあるこの駅は、山あいの拠点駅のいい雰囲気を残しています。辰野方のレールパークの場所に機関支区があったのでしょうか。この写真は豊橋方の外れから撮っていますが、こちらにも、職員駐車場の脇に、古いホームの残骸が残っていました。

旧国が並んでいたであろう留置線に、ポツンとたたずむ157に、夏のスポットライトが当たっています。旧国時代を知らないヘンな大人には、何だかこれって、飯田線の心象風景です。

夏の工臨

週末はまた天気が良くないようですが、今年最後の「梅雨の合い間の晴れ」(?!)に、フワっと1日休みをとって、EF58157の工臨を撮りに、飯田線に行ってきました。

この飯田線南部を代表する下りアングル、雲の通り道なのか、私の日頃の行いが悪いのか(笑)、実はなかなか晴れカットをものすることができません。今日も、直前に一度、雲様のお通りがあったのですが、通過時にはご覧のような緑映えする夏の光線となりました。

現役時代のほとんどを浜松で過ごし、車籍復帰後は豊橋をネグラに、思いもかけなかった飯田線で、今や孤軍奮闘の活躍を続ける157。とりあえず、こういった工臨仕業だけは、あとしばらく見ることができるのでしょうか。

しかし、晴れるとまた、ブルーがいいですね! これだから、やめられません。今日はけっこうスジが立っていて、追っかけはほどほどにして温泉でも、と思っていたのですが、結局、返しの単機まで、みっちりやってしまいました(笑)



夏が来れば思い出す

梅雨、明けませんね。はるかな尾瀬♪は関西人には縁遠いものですが、さすがにこの年になると、思い出すものがいっぱいあります(笑)いくつか代表的なものをあげると、86年、国鉄最後の夏のEF上越号、沼津のEF55、これも暑かったなあ。現役蒸機時代では、72年の九州、志布志線や唐津線に行った日、暑くてもう写真撮るのやめようかと思ったくらいで。。。

それと、時代の変わり目でもあった70年の大阪万博。中学生ですが、学校、近所、家族、で、それでも足らずに友達と。行きましたねえ。並びましたねえ。月の石のアメリカ館、でもって対抗のソ連館。あと、三菱未来館とか、みどり館がなぜ人気あったかはすっかり忘れてしまいましたが。

北海道の炭鉱で役目を終えたクラウス17号が、当時方々へ出張展示されていて、こうして万博会場にもやってきました。この機関車、その後も変転を経て、今は岩手の遠野にいるんでしたっけ……。はい、画面右手の男の子ほど小さくはありませんが、ホーム上の男の子と同じぐらいの年齢だったんですね。

何だかんだ言って、夏といえばセミの声と玉音放送、(あと、関西だから甲子園!)というイメージを刷り込まれた年代ですね。この時代はそれが当たり前でしたが、この万博を境に、そんな夏のイメージが薄れてゆく……その変化の中で、大人になったのだなあ、と今つくづく思います。



文鎮ダブルはいま

大宮330さんから早速コメントいただきました「文鎮ダブル」……撮りたかったなあ。シロク二重連に遅れてきた当方としては、夢のまた夢のC622+C623よりも、そのあとのDD51重連の往年の客車急行、こちらのほうが精神的に近い気がしたりもします。

そのDD51重連、青いDDでよければ北海道で毎日ブルトレを牽いて疾走してますし、それはそれで十分魅力的なのですが、赤い重連となると、何か所か残ってはいるんですが、実際に撮るとなると、けっこう困難を極めますね。

青更新も増えた紀勢線、平日しか走らず夏しか撮れない山口・山陰線。。。室蘭・千歳線も、定期で設定されてるのは、早朝の列車で、なかなかチャンスがありませんでしたが、今回はドン曇りながら原色機先頭で撮影でき、ささやかな満足感を味わいました。

文鎮ダブル、どんな背景であれ、今でもこのエンジン音の重奏が近づいてくるさまは、いつの間にか、やみつきになってしまいます。この1時間前の「はまなす」、残された最後の夜行客車急行の通過時にはまだほとんど露出がなかったのが、残念でしたが……うぅ、早くリベンジを。。。(笑)

昭和46年

この週末は室蘭方面に行ってきました。2日ともドン曇り時々霧雨、と天気に見放され、ほとんど次回のロケハンをしてた感じで(笑)、良かったのは、毛ガニが2ハイも出て、魚ずくしで食べきれなかった長万部温泉の夕食ぐらいかなあ。。。

帰りのNH便で機内オーディオ聴いてたんですが、鈴木史朗さん(関係ないけど、高校の先輩です)ナレーションの懐メロチャンネル、今回は昭和46年がテーマでした。そうか、もう正真正銘の懐メロですね、「花嫁」も「また逢う日まで」も。

長万部といえば、「ニセコ」のDL化も、昭和46年ですね。私は間に合いませんでしたが、その頃の大人の鉄は、長万部で毛ガニ食ったのかなあ、なんて昨夜はほろ酔い気分で、ディーゼルのタイフォン聞いてました。

その頃の北海道の鉄的な有名駅、みんな今はがらんとしています。駅舎もどんどん変わってしまいました。そんな中で、当時の面影を残すこの本輪西駅、いつも足早に通り過ぎていましたが、今回は雨でDD51の走行写真をあきらめて、ぼんやりと、佇まいを撮ってきました。

ギリギリ知ってる世代

佐倉EDさんに名付けていただきました「むかし鉄じゃなかった日々」(笑)、古美術の次の社会人デビューの頃は、演劇オタクやってました。もっぱら見るほうですが、ちょうど野田秀樹、如月小春、渡辺えり子といった同世代の才能が開花してきた頃で、暗いバルブの駅ならぬ芝居小屋に、けっこう通ったものです。

今夜はふとしたきっかけで、久しぶりに芝居を見てきました。「飛行機雲~DJから特攻隊へ愛をこめて~」、いやあ、ボロボロ泣いてしまいました。いわゆる終戦記念日ネタの芝居で、思想信条はともかくとして、(こういう鉄のブログでいうのも何ですが)なかなかよくできてました。ちなみに、新宿御苑前で、日曜までやってます。お昼の回もあります。当日券もあるようです。

考えてみたら、我々はターミナルの駅前の傷痍軍人のアコーディオンとか、ギリギリ知ってる世代ですね。サラッと重いこと書いてますが、祖父母の代や親戚に戦死者がいたりする、最後の年代ですね。昭和の鉄道風景なんて気楽なこと言ってますが、昭和って、そういう重い時代だったんですよね。

昨日の浜中町営軌道の写真に、たくさんのコメントをいただきました。72年のこの時期、北海道と東京や京都、大阪とは、今よりももっと精神的な距離があったように思います。開拓とか殖民とかって言葉がまだ空気の中に息づいていて、本州では見られなくなった百円札がまだあったような……。

我々がギリギリ間に合った昭和後期の鉄道風景は、すでに平和に彩られたものだったんだなあ、と思いつつ、少しは歴史とかを考えたりする夏。今年も、大事にしたいです。


ギリギリ間に合った世代

「昭和の鉄道写真100景」、nagashima3さんも帰りに美味しいビールを堪能されたようで(笑)、大宮の鉄道博物館ができたあかつきには、ぜひこうした素晴らしい写真展示と、あとで一杯飲める、鉄の心の琴線に触れる飲食施設を、JR東の関係者の皆さまに要望しておきたいと思います。

この写真展に並んでいた作品、昭和39年、東京オリンピックの頃までの撮影でした。nagashima3さんにコメントいただいたように、我々の世代はようやく鉄道に興味を持ち始めた年齢です。そして昭和45年の大阪万博、ここいらまでが高度成長で……と昭和史を紐解いても仕方ありませんが、オリンピックと万博を境にした、そこからあとの昭和末期の鉄道情景に、我々はようやく間に合ってるんですね。

いま、昔のベタを見直してみると、10代は10代なりに、背伸びしてナウい(死語だ!)写真を撮ろうとしています。そうそう、RJ誌の「今月のフォト」とか、理解不能だあ、とか言いながらも、すごいよなあ、とか思ったりしたものです。やはり、そういう時代だったんでしょう。

新幹線と現役蒸機が共存し、軽便鉄道もまだ日本のあちこちにありました。北海道最後の簡易軌道にも、こうして間に合いました。今日のひくまさんのブログで、いい写真が出てましたが、修学旅行専用電車にも間に合いました。

昭和が輝いてた時代は撮れませんでしたが、次の時代と交差する、面白い時代が撮れた世代かもしれません。。。と、納得することにして、昔のネガをまたあれこれ、探しましょう。

京都は祇園祭

昨夜が宵山、今日が山鉾巡行。。。残念ながら雨のようですが、京都の蒸し暑い夏を告げる祇園祭ですね。昨日の宵々山コンサートは、天気どうだったんでしょうか。たぶん、最後は「街」の大合唱だったのかなあ。そう思うと行けばよかった(笑)

昭和46年、こうして四条通りには、まだ市電が走っていて、通りに聳え立つ山鉾をかすめるように、700型や1000型などのツーマンカーもまだ健在でした。翌年の1月に、四条・千本・大宮の3線が廃止されましたから、これは市電にとって最後の祇園祭でした。

この組み合わせはこれが最後……30年以上前から、やってること同じですね(笑)いつもトライXしか使ってないのに、1本だけネガカラー撮ってます。まさか、35年後に、パソコンの画面で見ることになるとは、当時の高校生、夢にも思わなかったんでしょうね。

ひと月後の大文字の送り火まで、京都は夏の盛りです。古い写真から、あの湿気と、夕暮れの匂いが伝わってくるようです。

Pトップの旅路

PトップことEF65501号機が鹿島への貨物運用に連続して入っていると聞いて、今日は久しぶりに千葉方面に行ってきました。昨年秋に貨物に貸し出された当初は何度か行きましたが、栄光のブルトレ牽引機が貨物を牽くという事実自体にも慣れてしまい、最近は聞いても「あ~、そうか」という感じでした。

まずは物井で待ち構えて、次に佐倉の先の三線区間へ。ここらあたりで、同行の友人たちや、現地でお会いした皆さんから、「顔が……塗装が……」という声が聞こえ始めました。デジカメのモニターを見直してみると、たしかに、おいおいって感じです。飾り帯の右上に大きな剥れが、そして左下には修復の跡が。。。

茶ガマの56号機も、人気のF520号機も、末期はそうでした。どっちのエンドが前に来るか、この運用はどこで向きが変わるのか……この会話を、Pトップに対しても、ついにしなければならなくなってしまったのです。

例によって、Pトップをめぐる噂もかまびすしく、この鹿島へのロングランも、いつまで見られるのかもわかりません。ただ、旅の重さを少し哀しげに漂わせつつ、僕らの眼前を今日も通り過ぎていきました。

颯波さん、堀田さん

一昨日、NHKハイビジョンで放送された「SL復活 C571よ永遠に」を友人に録画してもらって、いま2日遅れで見終わったところです。昨年末からの全検をめぐるドキュメント、これは見応えありました。

動態保存蒸機のボイラ修理を一手に引き受けれるのが「サッパボイラ」という町工場と聞いたことはありましたが、無骨な職人気質の社長さんが、颯波(さっぱ)さんという、何とも一陣の風を感じさせるお名前だとは知りませんでした。

いささか時代がかった、鉄道員のヒューマンドキュメントは、蒸機現役時代からのNHKの真骨頂ですね。堀田さんという整備の専門家が、最もよく登場するんですが、ちゃんと家で子どもあやしてるところとか出てきて、なおかつ場所は梅小路、言葉は誰もが関西弁……当方の涙腺は刺激されっぱなしでした(笑)

ナレーションも「シゴナナイチ」と呼びならわし、それに「永遠に」とは、タイトルもいいじゃありませんか。今週末からは重連ですね。先週行ったばかりなのに、またすぐ行きたくなってしまいます。。。

昭和の鉄道写真100景

昼休みに会社から入館証ぶら下げたまんま(笑)、汐留の旧新橋停車場鉄道歴史展示室へ、終幕間じかの「昭和の鉄道写真100景」を見てきました。皆さんのブログで大絶賛のこの写真展、これはホントに素晴らしい! 今週末の3連休で終わりとか、じゃあ明日もう一度行こうと思うぐらい(笑)

交通博物館が主催していた鉄道写真コンクールの入賞作品をテーマにのっとってピックアップしたそうですが、駅、車両をとりまく時代の空気がモノクロ写真のざらざらした感触から、もう泣けるほどに伝わってきます。多くは、鉄というより、一般のアマチュアカメラマンの作品なのでしょう。場所や撮影年月不明のものも多く、カマや客車の所属区所から時代や場所を推定する学芸員のご苦労溢れるキャプションも興味深いものでした。

なぜか、それぞれの写真には撮影者名が入っていませんでした。著作権上の何らかの事情なのか、あるいは、昔は応募規定に何かの制限があったのか……物言わぬ撮影者との対話は、ちょっと不思議な気分でもありました。

とてもとても及びませんが、昭和45年、京都市K中学校の遠足、京阪電車の車内でも。。。悔しいかな、昭和はもう撮れませんから、平成をもっともっと撮りましょう!

休鉄の頃も

日曜は、予報に反して、ラッキーなことに晴れ間が覗きました。で、それでいて、極端な爆煙にもならず、ちょうどいい感じの夏の蒸機って雰囲気に、シゴナナは包まれていました。

最近、何度目かの同窓会ウェーブ(笑)が襲ってきているようで、4月には高校のクラス会の案内がありましたし、再来週は大学の語学のクラスの飲み会があります。大学入学とともに休鉄に入った私には、これはこれで楽しい、非鉄なつながりです。

実は大学時代、古美術研究会というサークルに入ってお寺や美術館巡りをしてたんですが(佐倉EDさんと場合によってはどこかですれ違ってたかもしれません)、そのOB会のサイトなんてのも、最近は見つけたりしちゃうんですね。

そのBBSに登場するI先輩、何かにつけて鉄な解説を入れています。長年お会いしてませんが、変わってないですね、南阿佐ヶ谷の部屋に泊めてもらって、シゴナナがどうの、デコイチがどうの、と話した時代から……(笑)

そんな時代をいくつも通り抜けて、C571は走り続けています。やまぐちに行くと、時の流れにほっとする、そんな大人でずっとありたいと思います。

続・津和野のD51

今回のやまぐち行きでは、朽ち果てようとしていた津和野のD51194の綺麗に整備された姿を見るのも楽しみでした。

このカマの現役時代は撮っていませんが、無煙化後にたまたま観光で訪れた津和野のクラで、保存前提で保管されているのを見たことがあります。やまぐち号が走り出す前で、がらんとした扇形庫にポツンといるのが、いかにも寂しげでした。

やまぐち号から降りてきた乗客が、次々と「ここにもSL……これはデコイチだ!」なんて言いながらケータイで記念写真を撮っています。その向こうの本線の線路を、現役蒸機が白煙も凛々しく、ターンテーブルへ向かいます。

このアングル、実は今回の一番の目的だったかも(笑)。。。本来はド逆光、スカのところ、雨が幸いしました。僥倖に感謝!

7月の白煙

今週末は、やまぐちに行ってきました。先週ウヤになった只見も気になったんですが、2か月前にANAの超割とっちゃてたもので(笑)4月には、シゴナナの復帰遅れで出撃中止しており、今年の初やまぐち、でした。

予報は梅雨前線&台風接近、土曜は雨の中の撮影となりました。露出はつらいものがありましたが、どのポイントでも白煙の見事だったこと! いやはや、雨でも来てよかった~、と負け惜しみも堂々できるぐらいの成果だったかも(爆)

でもやっぱり、C571はいいですね。そして、シゴナナには、爆煙よりも黒煙よりも、白煙が似合います。心配された集煙装置も付かないままで、まとわりつく白煙をひらりひらりと交しながら、通いなれた路を軽快に走る姿は、現役蒸機そのものでした。

急行能登

先週末に横川で再会を果たしたEF6254号機ですが、この季節、上野到着前の撮影が可能になった「能登」の写真が出てきました。もちろん今現在も、485系で晴れた日にはいいカットが撮れるなあ、、、と思いながら、なかなか腰が上がりませんが(笑)

この写真、片側デカパン、片側カニパンだった時代ですね。末期にかなり気になった塗装面の色褪せもまだ見られず、ハネを先頭にブルーの編成を牽く姿が、朝陽に映えています。ラストナンバーが最末期にパンタも原型に戻され、碓氷廃線後の僚友EF63の疎開回送に至るまで元気に活躍し、トップナンバーとともに、所縁の地に保存されたのは何よりでした。

そういえば、この東北線上野口を代表する「ブルトレアングル」、先日久しぶりに行って、ほとんど変わらず撮れるのに驚きました。この前のコマはPF初期型の牽く「あけぼの」で、臨時の「おが」や「津軽」と合わせて、まだまだ青い寝台列車が花盛りの時代でした。

釜めし今昔

週末だけなのかもしれませんが、横川の駅には、ちゃんと釜めしの立ち売りが出ていました。もちろん、ズラリ並んで発車列車に一礼していた往時の面影はなく、バックの電車も特急形でないのが寂しい限りですが。。。

ここの駅弁は釜めし以外にも、玄米弁当、鳥もも弁当、そして普通の幕の内もトラッドで美味でした。立ち売りはさすがに今は釜めしだけでしたが、売店には玄米弁当があって、さすが、おぎのや! 何だかほっとしました。

横川は、鉄道文化むらとともに、観光駅への脱皮を図ってるのが随所に見てとれます。リュック背負ったオバちゃん連れが、「廃線跡を歩くって、ほら亡くなった作家の先生が言い出して、今流行ってるのよ」といいながら丸山への遊歩道を歩いていったのは驚いたなあ(笑)

でも、それぐらい変わってもらったほうが、あの冬の夜の「能登」や工臨のバルブタイムが、どんどん輝きを増していくような気もして、嬉しいやら寂しいやら、ちょっと複雑でした。

思えば遠くへ

碓氷峠では、鉄道文化むらの保存車両をひと通り見たあと、トロッコ列車にも乗ってきました。同じ線路ではEF63の体験運転も行われており、「サロンそよかぜ」のヘッドマークを付けたEF62の1号機をざんげ岩をバックに撮った後、パンタを上げて走る1輌の(笑)ロクサンを撮ってるうちに、ここが、いつのどこだか、だんだんわからなくなってきました。

トロッコは推進運転で、丸山への懐かしき線路をたどっていきます。わき道も遊歩道になっていて、よくこんな道クルマでいったよなあ、あ、そうそう、ここの広くなってるところにクルマ停めたんだ、なんて思い出してるだけでも、思えば遠くへ来たもんだ。。。と、時の移ろいが、子ども連れの歓声の合い間に、浮かんでは消えてゆきます。

丸山では5分の停車。あの、お化け屋敷みたいな変電所は重要文化財に指定され、綺麗に整備されていました。長く鉄やってると、車両もまわりの風景も変わるのが当たり前ですが、こうして昔の面影が人工的に残されてるほうが、残酷な時の流れにため息をついたりしますね。

小さなDBの「横」の所属札がまた泣かせますね。今日の峠の空気と風、「あさま」のガラス越しとも、線路端のファインダー越しとも違った、いい匂いでした。

ロクニの54番

せっかく珍しく乗り鉄しようとした只見の蒸機列車も連日のウヤ、でも土日きっぷがもったいないし、さてどこに行くか……もうほとんど日帰りグルメツアーにきめかけたところで、行けそうで行ってないところを思い出しました。碓氷峠鉄道文化むら、です。

つい先日もロクイチ撮りに安中まで行きましたが、上りのロクイチ追ってトンボ帰り。碓氷峠がなくなったあとも、イベント列車の入線、はたまた車両搬入もよく撮りに行きましたが(笑)、まだ一度も文化むらそのものに行ったことはありませんでした。イベント列車の乗客は行ってるのに、その間に高崎への回送が往復するので、こっちはそれを撮ってたら、いつまでたっても行けないんですね。

行きの「たにがわ」で、保存車両のラインアップを指折り思い出してみました。国鉄末期から高崎に保管され各地の撮影会によく登場したEF62やEF63の1号機、EF58はブルー御召の172、ハチマルはラストの63、あとから入った65F末期の人気ガマ・ゴニマル……そして、もとの検修庫内にいるというロクニの54番。。。こいつは、よく撮ったなあ。

蒸機ではよくありますが、電機とこういう形で再会するのは、おそらく初めてだと思います。クラの中は、現役の雰囲気がけっこう残っていて、いかついエアフィルターのアップを久しぶりに撮っていると、ロクニの唸りが聞こえてくるようでした。

同じ渓流でも

最初は今日乗り鉄しに行くはずだった只見の旧客は、大雨で運休……飯田線でEF58157の工臨運転の一報に、迷いながらもそちらに転戦した我が身の幸運、いやはや珍しいことです。

今週末は土日きっぷ利用なので、新宿7時発のスーパーあずさで茅野下車、レンタカーを借りて、中央道で飯田方面へ向かいました。今日はスジがけっこう立ってることもあり、無理せずに北部限定、まずは平岡~為栗の川沿いのアングルから。

同じ渓流でも、只見川の予定が、いつのまにか天竜川になってしまいました。何とか雨もやみ、名うての追っかけグルマもさすがに今日のスジではここを避けたのか、鉄も少なく、風もやんで水面も静やかな雰囲気の中、157がすべるようにやってきました。

さて、ばんえつ物語号はすでに明日の運休が決まったようです。予報は雨、只見もどうなんでしょう。。。せっかく土日きっぷがあるのですから、運休の場合の行き先を、これから考えることにしましょうか。

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