花冷え

都内の桜がほぼ満開を迎えたようですが、今日は肌寒い一日でした。桜の頃に必ずありますね、いわゆる「花冷え」の日。

最近何かで読んだのですが、桜の開花時期は、ここ近年、思いきり早まってるようです。そうだよなあ、今日はまだ3月、ロクイチ踊り子目当ての伊豆多賀の桜だって、たしか4月10日過ぎだったような。。。

やまぐちはシゴナナ、桜には間に合わないし、そういえば、ばんえつ物語も今週末からの運転ですが、桜前線の北上には少し間がありそう……ちょっと遠出が続いたので、今週末はデジカメ片手に、近場でスナップを楽しもうかなあ、と思っています。

信州の桜も、まだ少し先ですね。花冷えの夕暮れ、EF62ラストナンバーの牽く東サロが、やんわりとした風情の中を駆け抜けていきます。13年前の4月……ああ~、データ書いてないよ、このポジ。お~い、長野のKさ~ん、このときも一緒だよね、駅間だけでも教えて~~!

東京駅ルネッサンス

それにしてもこの春は、出雲、113系、103系、交通博物館と、我々の年代の関東育ちの鉄な皆さんには、心に滲み入る別れの季節となったようで、関西人の当方には、出雲はともかく、正直言って、どうもついていけないところがありました(笑)

でもって、小心者ですから、そうは簡単に口に出せません。「113系、撮ってます?」とか、「交通博物館のグッズが…」という会話に、「あ~」とか「う~」とか適当に相槌を打ってはいたのですが、先日の都内某所、居酒屋のカウンターで、ついに口に出してしまいました。。。

その夜、一献を傾けていた友人も、非・関東人で、もしかして頷いてくれるかも、、、と思って、「いやあ、113系って言ってもねえ、我々には思い入れないしなあ…」とこわごわ切り出すと、「あ、そうだよねえ。でも、そうはなかなか言えない雰囲気なんだよねえ、ここんところ」と、ちょっと溜飲を下げる返事が返ってきました。

はい、いいんですよ。もちろんそれぞれ、それぞれですから。でも、年代、出身地でさまざまに思い入れが違うのも、この趣味のホント面白いところです。

東京駅の改築も間もなく始まります。「東京駅ルネッサンス」と題したイベントも始まりました。そんな折、いくつかの幸運が重なって、偶然、こんな写真が撮れました。今のこの姿にこそ、思い入れがあるのは、出身地を問わず共通のことかもしれませんね。

永劫的桃源郷へ

いつかは撮りたいと思っていて、なかなか撮れない写真のひとつに、いわゆる「太陽入り」もあります。それも、鉄法では、わりと気軽に撮れてしまうんですね。私みたいな、シチサンショッターにも(笑)

旧満州の太陽というと、はるかかなたの地平線に沈む夕陽を想像したりしますが、そこまで雄大ではなく、電線の合い間を切り取ることになります。でも、ここまで撮れれば十分です。まあ、デジカメのおかげでもありますが。。。

もちろん綺麗な編成写真が撮れる大築堤や、ボタ山バックの情景写真が撮れるところもたくさんあって、アングル選びに事欠かない、素晴らしい環境です。動態保存への試みはまだ始まったばかりですが、ここ鉄法は、煙の永劫的桃源郷にふさわしい魅力にあふれています。

今回ご一緒できなかったひくまさん、お好きそうな情景写真、たくさん撮れますよ!

こんなの撮りたかった

得意のパターンで(笑)、話は浦和のロクイチから、鉄法の夢物語に戻ります。このワープが我ながらたまりません。。。

ここ鉄法の各線、距離が短いながらも、沿線には写欲をそそらえる変化があって、シチサン抑えて、シルエットやって流しもやって……と、バラエティに富んだ撮影が楽しめました。

そうそう、30年前の日本の蒸機現役時代、機材もお金もなくて、限られた写真しか撮れなかった鬱憤を、小金持ちのオヤジたちが、いまの機材持って、思いっきり晴らしてるんですね(爆)

本数も多いので、気持にも余裕ができて、いつかは撮りたいと思ってたこんな写真にもアプローチできました。ボディランゲージで止まってくれた、オート三輪の人民さま、ありがとう!

素顔のままで

こちらはまだ鉄法の夢から覚めてないのに(笑)、この週末、ロクイチが「EL&SLゆとり」の運用に入りました。いわゆる「奥利根スジ」、逆光で撮るところないとか、サイド当たるのはいつもの何か所しかないとか、ブツブツ言いながらも、はい、結局は2日とも撮りに行きました。

日曜はドン曇りの予報に、当初は尾久の前後を考えていましたが、朝、予想外の日差しに、サイドの当たる浦和方面に作戦変更。このスジ、高崎線まで行ってもどのみち同じ光線なので、大宮までの区間ですませてしまうことが多いんですが、逆にそのほうが、鉄の人出もたいしたことなく、こちらも普通っぽい気分で撮れるんですね。

浦和区内某所に着くと、先着の鉄のクルマが2台。その後ろにクルマを止めようとすると、なんてことはない、国内鉄の仲間内では熱心度ナンバーワン、ハチマル29さんの見慣れたクルマでした。

「いやあ、熱心ですなあ」といつもの挨拶から、雑談する間もなく通過時刻です。京浜東北のカブリが怖いこの区間ですが、前方の駅に見えてるケトセ電車をまるで待たせるように、ヘッドマークなしのロクイチが、こちらも普通っぽい感じで、軽やかにファインダーに迫ってきました。

土曜の夜の万世橋

昨日は休日出勤でした。すごく手間のかかる仕事で、鉄法の夢から覚めやらぬ身には、けっこうこたえました。よせばいいのに、出勤前にロクイチ撮って、万世橋行ってEF55をスナップして。。。

交通博物館、いよいよファイナルイベントの連続ですね。関西人の当方、関東生まれの皆さんほどの思い入れはありませんが、都心の一角にポツンとたたずむEF55、これは狙っておきたいなあ、と思いました。

仕事の合い間鉄(笑)は例によってカバンに隠したデジカメ1丁、夕方、大いなる疲労感とともに仕事場をやっと離脱すると、暮れなずむ空を期待して、再び万世橋へ向かいました。

考えてみたら、EF55が復活してからも、20年が経つんですね。思い起こせば、あの怒涛のような復活初年の夏から始まって、よくぞ動き続けてくれてると思います。土曜の夜の都心は、どことなくのんびりした空気に包まれていて、橋の上でカメラを構える人たちの表情も、みんな穏やかでした。

1元で乗り鉄を

この鉄法専用線には、短距離の線が4つあって、どこに、どの区間乗っても、運賃は1元です。どの支線も終点の駅にターンテーブルやデルタ線がなく、片道が逆向き牽引となるのが悩ましいところですが、それがまた逆向きならではの作画も楽し、そしてまた、撮影をあきらめ気軽に乗り鉄に切り替えるのも楽しいんですね。

同行のTさんの提案で、逆向き、かつ逆光となる王千からの列車に乗ることにしました。機材と三脚は、それでも撮影、というメンバーたちの残るクルマに置いてもらって、デジカメ1台のお気楽乗り鉄にいざ出発!

前回も気づいてはいたのですが、服務員が全員女性なんですね。前回、駅でカメラを向けると逃げられましたが、閑散とした車内では、彼女たちもフレンドリーに、カメラに笑顔を向けてくれました。

ちょうど、ラッシュの乗客を拾いに行く列車のようで、4輌編成の車内はゆったりゆっくり、夕陽を浴びています。「あ、クルマにビールあったのに…ウィスキーも置いてきちゃった……不覚だ!」我々の仲間内でも酒仙で知られるTさん、乗り鉄の愉悦に、酒なしでも十分酔ってるようでしたよ(笑)

朝餉の煙

中国の東北部で、最もいい煙が期待できる朝の時間の列車を、最もお目当てのポイントで迎え撃とうとするときに、我々の眼前に立ちはだかる難題となるのが、家々から一斉に立ち上る朝餉のかまどからの煙です。

集通の衛門廟で、朝の客レを待っていたときも、いつもそうでした。たしか通過が9時少し前で、ここでは、十分気を揉みながらも、人民の朝食タイムも終了し、たいてい晴れカットをものすることができました。そういえば、葦河の珍珠の山の上もそうだったなあ。。。

ここ鉄法でも、いつのまにか有名お立ち台となった王千の「教会ポイント」がそうなんです。というか、集通より、葦河より、断然パワーアップされた民のかまどの煙が、程よいカーブを深い靄に包んでいます、、、

通過が7時50分、こりゃあ無理だ、朝食タイムの真ん中じゃないか。そうはいいながらも、お立ち台に登りました。やがて、まだ深い朝靄の向こうを、前向きのSYが素晴らしい白煙とともに、サイドライトを浴びながら、ファインダーの中を通過していきました。

永劫的鉄法

中国・鉄法から昨夜帰って来ました。しかししかし、飛び石連休のわずかな日程で、こんなにたくさんのカットが撮れるとは。。。朝、羽田を出て、夕方にはもう、走行写真の撮影。夜明けから朝の10時まで撮影して、晩飯前には成田に到着。。。なんだか、まだ夢の中にいるようです。

動態保存の永劫的施設を目指して、机務段では、屋内保存の庫が作られ、中国ではいまや他では稼動機のない、躍進、KD6の2輌が、SLフェスティバルの期間、定期の旅客運用に充当されていました。

フェスティバルなのに、その運用がつかみにくく、コロコロ変更されるというところが、ちょっとなあ、、、という感もありましたが、まあ、動態保存もファンサービスも始まったばかり。結局は撮れたのだから(笑)、よしとしましょう。

あと、もうひとつ驚いたのは、中国人の鉄の増加でした。ひとつのポイントに日本人ばかりで20人というのは集通でよくありましたが(笑)、日中合わせて20人というのは初めてでした。で、停まりを撮るときなど、微妙に動きやテンポが違うんですね。中国のドラスティックな変化を、ここでも見る思いでした。


明日から

飛び石連休の4日間の日程で、中国・瀋陽郊外の鉄法専用線へ行ってきます。SLフェスティバルと銘打って、重連が走ったりするそうですが、いまもって確実な内容がわからないところが中国らしい(笑)

3年前の2月にチラッと寄って以来の再訪になります。そのときは、別の森林鉄道がメインの目的地で、けっこう人数の多いツアーだったこともあって、バタバタとあわただしく撮影してたような印象が残っています。

その後、この専用線では、おそらく中国では初めての動態保存に近いイメージの環境整備が始まりました。今回は、初の本格的なイベントです。北京オリンピックに向けて変貌する中国で、いま始まった試みの実際を見てきたいと思っています。

しかし、前回、バルブの名所、調兵山駅では、この写真のようにバックのカマが多く、がっかりでした。はて、今回はどんなバルブシーンが待っているのか、明日の今頃はバルブを終えて、もう宴会! 両国は、この近さを大事にしたいですよね。

改正前日

いよいよ明日はダイヤ改正前日、日本のあちこちで、明日限りの列車の最後の力走にファンのカメラが群がるのでしょうね。「出雲」も113系も凄い人出のようだし、もういいかなあ、と思いつつも、やっぱり明日ぐらいは、カバンにデジカメを忍ばせておくか、とも思ったりして(笑)

どうも、この改正、後の時代から振り返ると、ちょっとエポックメイキングな存在になるような気がします。出雲や113系に隠れて目立ちはしませんが、常磐線の103系、シナオク回送、どうも貨物のカマの運用にも、さまざまな変化がありそうです。

どうでもいいことですが、そういう重要な改正、昭和の時代は「ヨンサントオ」「59.2」というふうに、年号を冠して呼ばれていましたが、最近は後で振り返るとき、どう呼ぶんでしょうね? 「18.3」も、「06.3」も、なんだか間抜けだし。。。

関東は明日の朝、雨が残りそうです。らむ☆さんからコメントいただいた、北九州の三井セメント専用線の、最後の早春のシーンを振り返りながら、改正前日を静かに迎えることにしましょうか。

春の雪

期せずして、2日続けてタイトルが懐かしの名曲になってしまいました。ダウンタウンブギウギバンドの名バラードに汽車は出てきませんが、正やん&イルカの名曲で、動き始めた汽車の窓に顔をつけるのは、やはり上野駅でしょうか(笑)。。。今日も、都内ではちらちらと雪が舞ったようです。

しかし、蒸機現役末期と重なる、フォーク~ニューミュージックの時代の歌には、ほんと、汽車とかホームとか汽笛とか、よく出てきますね。花嫁が夜汽車に乗って嫁いで行ったり、故郷へ向かう最終に乗る人は急げと駅長が叫んだり、遠くで汽笛を聞きながら悩み続けたり、、、

でも、「なごり雪」あたりを最後に、ユーミンやサザンの曲には、汽車よりクルマやフリーウェイが出てくるようになりますね。ま、せいぜい、国立あたりで、揺れる並木の道を、電車から見るぐらいです(笑)

現役蒸機時代の唯一の北海道行きも3月でした。網走から「大雪」で戻ってきた札幌は春の雪、チェリッシュの「だから私は北国へ」を口ずさみながら、美唄の機関庫へ向かったのを、昨日のことのように、思い出しました。

なごり雪

けさは首都圏でも場所によっては粉雪が舞ったとか。山陰も「出雲」にとって最後?!の雪に見舞われたそうです。18日のダイヤ改正を過ぎると、いよいよ季節は春爛漫に向かうのでしょうね。

昨日の函館も、朝から晴れ間が出ていたのに、「日本海」が来る頃には、にわか雪になりました。最初は晴れ前提で順光ポイントで待ってたのですが、列車の30分前に降り出した雪に、逆光承知ポイントへの移動を決断しました。

道路を挟んですぐの津軽海峡からの強い海風で、寸断なく、カメラに雪が向かってきます。線路の道床にもう雪はなく、渡島にも春近しの風情ですが、さすが海峡、なごり雪も気合入った降り方をしてくれます。

79のライトがカーブを回ってきたとき、少し風が弱くなりました。雪がファインダーの中をいい感じで舞いながら、ヘッドマークにも、まとわりついています。この冬、三度の海峡行きの最後で、納得の瞬間でした。

出雲の夕陽、海峡のなごり雪。春のダイヤ改正には、秋の改正よりも、季節感あふれるドラマがありますね。毎週続いた週末の遠出も、連休の鉄法フェスティバルでやっと一段落です(笑)

知らず知らずのうちに

さっき、BBSをサーフィンしていて、書き込みを見つけたのですが、シナオク回送、ダイヤ改正を待たずに、設定は終わってしまったとか。う~ん、来週は拡大昼休み(笑)に、もちろんPFの単機でいいから、なじみの場所でお別れ撮影しようと思っていたのに。。。

朝の「出雲」4レ、そしてヘッドマークが付いた「さよなら113系」に、かなりの人出が出ているようですが、それを尻目に、PF単機の15台、撮りたかったなあ。ロクイチも一回ぐらい入るかもしれないと、密かに期待もしてたんですが(笑)

晴れれば、決してどんな季節も順光にならない、うちの近所のこんな場所で。今は脚立がなければ撮れなくなりましたが、ここではロクイチ、パック、PF、それにロクヨンだって撮りました。

ドン曇りで露出が全然なかったけれど、エバーグリーン賞のお祝いに、こうしてわざわざ高崎から旧客を持ってきて、客乗せないでこのスジで走らせたこともありました。

知らないうちに、みんな夢の中~~地味な列車とのさよならは、それでよかったような気もします。

DD51、30年の旅路

「出雲」の廃止で、原色DD51の定期旅客運用は終わりを告げることになります。青いDD51の牽く「北斗星」はまだ残りますが、動力近代化のDL標準機としてのDDにとって、ひとつの時代が終わることになりますね。

手元の「DD51物語」(JTBキャンブックス)を見ていて、いま「出雲」で最後の力走を続けているDD51たちは、昭和51~52年に山陰のDF50やDD54を置き換えるために増備されたカマたちであることに気づきました。当時、C57をDF50に置き換えても、保守・人件費などを加えると採算にはのらなかったのが、DDの登場によって初めて改善されたというのも、同書から得た驚きでした。

そのあと、成田空港ジェット燃料輸送のための8輌の増備がありますが、これにてDD51の製造は終わってしまいます。いわば、DD51の中でも、最末期の完成形のカマたちが、(おそらく若干のメンバーチェンジはあったでしょうが)山陰で働き続け、いまその30年の旅路を終えようとしています。

この写真は、その少し前、昭和49年に撮影した20系「出雲」ですが、DDの後ろには、まだ元気だったDF50の姿も見えます。ちょうど、バトンタッチの時代ですね。今はもう、旅路の終わりに、誰かとのバトンタッチもありません。。。

出雲市駅

出雲市の駅も高架になり、蒸機現役時代とはすっかり様相を変えていました。そういえば、つい先日、福知山も高架になったとか。浜田の煉瓦造りのクラももうないそうだし、あの時代の山陰は、すっかりどこかに行ってしまったなあ……。

大社駅を見たあと、4レには、まだだいぶ時間がありました。出雲市へ戻り、昼食をすませると、なんだか陽気に誘われて、眠気が襲ってきました。日帰り温泉でもないものか、と国道沿いを走りましたが、どうもなさそう……仕方なく、とりあえず一度、駅に行ってみようか、と、だいたい探し物は忘れた頃に見つかるもので、ありました。出雲駅前温泉。

夕暮れの斐伊川でもお会いしたC57135さんのところのBBSで見ると、この温泉、昔はシゴナナが小休止してたあたりとか、、、う~ん、眠くて考えませんでしたが、あらためて思うとまさにその通り(笑)

ひと風呂浴びて、休憩室のソファで少しウトウトしてから、高架の駅に上がりました。回送の進入と、鉄橋と、2カットも、夕暮れの「出雲」が撮れたのは、昔のシゴナナたちのおかげだったのかもしれません。

旧大社駅

3レと4レの間にあいた時間をどう過ごそうか、と考えていて、保存された旧大社駅のことを、ふと思い出しました。たしか、出雲大社境内に保存されたD51774もそこに移転したとか……1月の米子行きのときのブログで触れましたが、74年春、米子の機関区で最後に撮った現役蒸機の1輌です。

神社建築を模した立派なつくりの駅舎、いい感じのさびれ具合で、ポツリポツリと、観光客もやってきて、静かな時間が流れていました。この駅には、71年に降りているはずですが、そのときのことは、ほとんど覚えていません。高校の写真部の旅行で、出雲大社も日御碕も雨だったなあ。。。

重厚な待合室の天井などもいいけれど、こんな駅名標に惹かれました。この、アルファベット部分が灰色になった、照明の入るタイプ、昔、中規模の駅によくありましたね。

あ、そうそう、D51774も、風化の度合いが少し心配ですが、静かな時間になじんでいました。



落日の出雲

DD51の「出雲」に、別れを告げに行ってきました。金曜夜のNH便で米子に入り、米子までの区間、12連に増結された、最後の正調ブルトレを、フィルムとデジタルデータと、あとできれば心のフィルムにも(笑)焼き付けるために。。。

有名ポイントでは、多くの鉄といっしょに3レを待ちました。昔、よく2L判のプリントを入れたアルバムをみんな持ち歩いてましたが、デジタル化とともに、自分の作品を携帯に入れたり、ベスト版のメモリーカードを作ってデジカメのモニタで見せてもらったり……すっかり新たな撮影現場での作品披露のパターンが出現してるのにも驚きました。

1月にはバルブするしかなかった、上りの4レですが、さすが3月、幸運にも美しい落日の夕陽に照らされるカットを撮影できました。夕陽の光に包まれて、始発駅を発車する、東京行きの夜行列車。残照の鉄橋にも、たくさんの鉄が集まっていましたが、イベント列車を待つ砲列とはちょっと雰囲気が違い、何か出雲の国の神々しさが伝わってくるようでした。

昔、沼ノ端で

前にも触れましたが、私の現役蒸機撮影は74年春で終わっているため、その翌年、最終年の室蘭本線へは行っていません。72年春休みの唯一の渡道時に、岩見沢に近いところと、当時屈指の有名撮影地だった沼ノ端に行ってるだけです。

たしか千歳線の植苗駅で下車し、千歳線の線路から室蘭線を見下ろすポイントを目指しました。風が強い日でした。どんよりとした空の向こうに、苫小牧の工場群が見えて、来る列車来る列車の煙が風で倒されていました。

当時はもちろん線路をテクテク歩いてでしたが(笑)、当時も今もポイントに近づく道路はないようで、また、木々の成長により同じアングルは撮れなくなったらしい、と聞きます。

今回、レンタカーで植苗駅、沼ノ端駅の双方からポイントを探しましたが、まだ残る積雪のせいもあり、接近は果たせませんでした。迷ったあげくに、沼ノ端の苫小牧寄りの市街地で、無難な編成写真を撮れるポイントが見つかり、「北斗星」をワンショット押さえた後、ドン曇りから雨の予報にも鑑み、予定を切り上げて、千歳へ向かいました。
プロフィール

Author:品川530
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