あといくたびの

中国から先ほど帰ってきました。寧夏、甘粛という初めてのエリア、熱水や黒竜江ほど寒くもなく、食事もおいしく、楽しんできました。

寧夏回族自治区の大古鉄路では、前進の牽く長い貨物を捉えることができました。集通なきあと、数少ない前進の活躍、もしかしたら現役の前進を見るのはこれが最後かもしれない……同行の友人のひとことに、あらためて愕然としました。

甘粛省では、3つの専用線を高速道路を縦横に駆け足で回りましたが、道路事情がよくなる、ということは、蒸機はもういらない、、、この時代の変わり目を、網の目をかいくぐって撮影してるようで、複雑な気分にもなりました。

現役蒸機の息づかいを求めての中国行きも、今回で20回を数えましたが、いよいよ、その終焉が近づいているようです。あと何度行くのだろう? と問いかけているうちに、まもなく新しい年がやってきます。

東海、機関車受難

しばらく撮りに行っていないうちに、JR東海ではついに自社所属の客車がトロッコ編成だけになり、「えっ!」と言葉を失うような機関車引退の噂が次々と聞こえてきています。

ED18はもうすでに再起をあきらめたとか、先日の飯田線北部トロッコはEF58122の最後の花道になるかも……とか。はたまたEF642は休車とか、2両のEF65の命運もどうこうとか……。

なかでもEF58122、心配です。宇都宮時代の関東での最後の活躍、国鉄末期に静岡に転属して、当初の少しみすぼらしい姿、美しいブルーのゴハチに変身した秋の日、そして茶ガマになってからの活躍。。。もう一度、いや二度、三度、撮りたいです。

それが来年実現するか、なじみのゴハチにちょっと後ろ髪をひかれながら、明日から大晦日まで、年末恒例の中国です。今回は大古、白銀といった、私にとって久しぶりの、未開の地へ行ってきます。



磐西クリトレ

雪のおかげで、すごいことになってるようです。昨日は上りは喜多方で水切れ、下りはウヤ、今日は上下ともウヤ……現地の友人からは、会津の雪景色をゆっくり堪能しています、と呆然としたメールが入りました。

私も出動を考えていたんですが、急な事情により断念。。。う~ん、よかったんだか、悪かったんだか……。「磐西クリトレ・隔年で雪の法則」はやはり生きていましたね。

急遽D51で運転された一昨年は、日出谷でこの写真のような吹雪に見舞われました。去年はわずかな残雪がある程度で、姥堂で美しい夕日のシーンを見ることができました。で、今年の現地は、場合によっては移動もままならず、おそらく写真どころではない状況のようです。

明日はどうでしょうか。いずれにせよ、今年のクリスマス、シゴナナは、雪と闘うたくましい現役蒸機ですね。

クリトレ今昔

磐西のクリトレは結局今日もウヤ、残念ながら雪と闘う現役シゴナナを、自分の目で見ることはできませんでした。それにしても、12月とは思えない大雪、上越のデコイチは今日は運転されたようですが、とにかく無事を祈りたいものです。

先週、素晴らしいイベントとなったRSECのクリトレですが、記録をたどると、96年、98年とロクイチで運転されています。96年は写真のサロン東京、98年は今はなき「くつろぎ」でした。

現場の状況は今も昔も大変で、そこまでして撮るか……とも思える停車駅のバルブですが、こうしてキャブや機械室から漏れる灯りの美しさ。。。これだから、やめられません(笑)

オリエント急行の国内最終運行も、クリスマスでした。寒い風の中、神保原でずっと待っていたんですが、水上は雪だったと後から聞き、「雪のロクイチが撮れたのか!」と、悔しい思いをしました。あげくのはてに、雲は湧いて出るし、レリーズのタイミングは遅れるし、、、

磐西に行けなかったのは残念ですが、今年は1週間早いクリスマスを堪能できたのだから、それ以上望むのは、贅沢かもしれませんね(笑)





ロクイチがつなぐもの

30年前のあざやかな場面から、話は先週の日曜日に戻ります。高崎での535ブルトレ撮影会では脇役にまわったロクイチ様ですが、往復のファントリップ列車を牽いて、それはあでやかな走りをみせてくれました。

ロクイチが走ると、10年、20年、いつも会う人たちが、たくさんいます。みんな、「いやあ、どうも、お疲れ様です」とさりげない挨拶の中に、独特の共有意識が感じられます。あのときもいた、このときもいた……これは、当事者どうしにしかわからない、何ともいえない歴史です。

中国でご一緒した方々にも、「あれ~、こんなところで! こんな薄い防寒服姿は見たことない(笑)」と、これまた独特の仲間意識です。罵声のとびかうバルブに、すっかり浦島太郎状態で目を丸くしていた、中国鉄の友人もいました。

もちろん、電機を撮るいつものお仲間とは、列車内でご一緒し、前夜祭や後夜祭まで、楽しく時間を過ごしました。こちらも今回はオールキャスト、みんなうれしそうな顔してたなあ。。。

御召専用機から動態保存を旨とする存在になって、もう20年が経ちました。人ごみの中で撮るのは大変だけど、ロクイチはいま、かけがえのない、いろんなものをつないで、昨日、今日、明日を走り続けています。

あざやかな場面

明日発売の「国鉄時代」の付録のDVD、岩崎宏美の歌にのせて、文字通り現役蒸機最後の時代の「あざやかな場面」を綴る素晴らしい小品が収録されています。

実はこれ、中国鉄のご縁でご交誼をいただいてる作者両氏から、以前からビデオで拝見させていただいており、渋谷で中華料理をつつきながら、何度となくこれを肴に気分良く酔っ払わせていただきました(笑)

30年前の12月、私は大学1年で、12月14日も、24日も、国鉄蒸機の最後に立ち会う気もなく、東京での一人暮らし初年度をあわただしく過ごしていました。シゴナナの最終列車はさすがに「北海道へ行くにはいくらお金がかかるのだろう」と一瞬思った記憶がありますが、デコイチのときは大晦日の「行く年来る年」で、事後に知ったぐらいです。

私の現役蒸機撮影は74年の3月で終わっています。当時は当時で決心して撮影をやめたのですから、いまさらそれに後悔はありませんが、何とあざやかな場面の連続なのでしょう。。。

いま、同誌のページを行きつ戻りつ、さまざまな畏友の「あざやかな場面」を、じっくり堪能させていただいています。今日のブログがなぜこの写真なのかも、ついでに同誌でご笑覧のほどを。

65P関西ブルトレ

昨日のRSECイベントの高崎での撮影会、東京発だけでなく、嬉しいことに関西ブルトレのヘッドマークも登場、EF65535+24系ハネの編成に素晴らしい彩りを添えました。主催者の皆さんのツボを得た企画力には、ほんとうに頭が下がります。

「彗星」「あかつき」「日本海」、ついでに「つるぎ」……。最後のひとつは往時にはたしか実現していないものですが、函館行きの際のブログでも触れた、私の好きなヘッドマークベスト3が次々と535号機に付けられ、またそれがちょうど光線状態もピークを迎える頃で、ただただ感動モノでした。

関西の子供にとって、東海道ブルトレは深夜に通過するため、憧れの存在ではあっても、普段目にすることはありません。それに対し、3つの関西ブルトレは、朝に京都や大阪に着く、なじみのある存在でした。

65P牽引の時代は意外と短くて、その後ゴハチが復活し、そのまた後はPFに置き換えられてしまいます。関西の65Pブルトレは、70年代初頭のわずかな時期しか走っておらず、またそれが私の場合、写真を撮り始めた中学生の時代と一致してるだけに、今でも独特の思いがあります。

「彗星」のヘッドマーク、現役と見まがう、かなりくたびれたものが登場、当時もボロボロのマークだったこともあったなあ……とリアルな感傷にふけることもできました。

師走の撮影会2005

「RSECクリスマストレイン」のイベントに参加し、高崎に行ってきました。吹きっさらしの上州空っ風が冷たかったけれど、日差しにも恵まれ、充実した一日を過ごすことができました。

行きはロクイチ+24系ハネの走行を撮り、EF65535のブルトレ編成を思う存分堪能した現地での撮影会、そして帰路はロクイチの汽笛を聞きながら、暮れなずむ夜汽車の雰囲気で……首都圏のELがらみでは、もうこれ以上のシチュエーションは考えられませんね。

東海道、関西、双方のブルトレのヘッドマークが次々に、構内で24系に繋がれた535号機に付けられました。このときばかりは、ロクイチさまがすっかり脇役になってしまい……ロクイチが主役じゃない?! こんな光景は初めて見ました(笑)

カメラが群がる編成正面を一瞬離れると、535と61の顔が、西日に浮かび上がっていました。その表情は、まるで在りし日の東京機関区のように。。。

師走は急ぎ足で

もう来週末はクリスマスがらみの三連休、となると、今日明日が年内最後の「普通の土日」です。朝から都心方面に出かけてきたんですが、土曜日にしては、もう街も人も忙しく動いていました。

冬物のバーゲンで服をまとめ買いして、シナオク回送を確認に品川へ。明日のRSECトレインに備えてのロクイチ回送、何日か前に送り込まれることもありますが、今回は前日、さすが年末、ロクイチも忙しそうな雰囲気です。

恵比寿のホームから渋谷方向を見ると、2週間前はあんなにビルの影に覆われていた線路面が、かなりの部分、冬の日差しを浴びています。よし、これは順光で後追いだ、あとはカブリの心配だけ。。。

「3番線を列車が通過します」……アナウンスが聞こえるや否や、ダダダダッと背後からロクイチが迫ってきます。すると、渋谷方から山手内回りも……。エイヤッとファインダーに目を移すと、キラキラ輝くロクイチが何とかフレームに収まり、数秒後に山手線のステンレスに隠れてしまいました。

ふうっ。師走はやはり、みんな急ぎ足ですね。私もこれから再び出かけてきます。今日は、いつもの鉄友との忘年会&前夜祭です。



田町先端

昨日、上りの4レ「出雲」が3時間遅れと聞いて、ちょっとカメラをカバンの中に隠し持って(笑)、久しぶりの田町駅ホーム先端で、1枚撮ってきました。

この場所、75年、蒸機終焉のあとの第1次ブルトレブームで大ブレイク(笑)、その後、東京の「駅撮り」の名所として、上野口の鶯谷とともに、君臨し続けています。どういうわけか、都心が一番変わらずにいて、両駅とも、30年、ほぼ同じ写真が撮れる状態が続いているから、貴重ですね。

75年、大学入学で上京し、雑誌の写真を見て、数回、この駅に行って、EF65Pのブルトレを撮りました。ちょうど183系への置き換えを控えていた、157系の「あまぎ」、あと、まだ東海道と同じ線路を走っていたスカ色も撮ったなあ。。。

この日も、カジュアルな服装の若者が二人、スーツ姿が3人……(笑)、ちゃんと機回しをしてヘッドマークなしで品川へ向かう、ブルトレ回送の正調編成をホーム先端で迎えました。いよいよ明後日は、30年前の田町の思い出のシーンに再会、楽しみです。

HOME~市電が走る街

国内の遠出をしたときは、地元のFM局にチューニングを合わせるのが好きです。鉄友の皆さんと一緒のときは、雑談や追っかけの状況判断でとても音楽どころではありませんが(笑)、今回の函館のように一人のときは、だいたい地元FMをレンタカーでかけっぱなしにしています。

土曜日、ときどき襲う吹雪に難儀しながら、函館市内へ戻る国道を走っていると、地元の「FMノースウェイブ」は、今夜函館で、クリスマスツリーの点灯式と、女性アーティストのライブが行われることを告げていました。

やがて、その、なんだかハーフっぽい名前のアーティストの「HOME」という曲が流れてきました。何気なく聞いていたんですが、アコースティックでいい感じです。澄んで伸びのある声、妙にサビの「ふ~るさと~」という部分が耳に残りましたが、夜は当然のように居酒屋でホッケとイカ刺しとなり、ライブがあることなんか、とうに忘れていました。

翌日。ライブは「ノースウェイブ」の主催だったのでしょうか、ナビゲーターは前夜の様子を熱っぽく語り、そしてまた「HOME」が流れてきました。今度は聴いてるうちに、もうたまらなくなりました。ああ、いい曲だなあ。。。信号待ちで、あわててアンジェラ・アキ、とアーティスト名をメモメモ……。

そういえば、函館は市電が走ってたよなあ、とクルマを谷地頭へ向かう坂道へ走らせました。山をバックにカーブを登っていく坂道は、故郷京都の東山、市電が走ってた頃の百万遍あたりが思い出されます。ウッとこみあげてくるものがあり、さっき聴いた歌声とピアノのメロディが、頭からもう離れなくなりました。

市電が走る街は、いまも故郷の香りがします。ライブが聴けなかったのは残念でしたが、函館、また行くことになりそうです。


函館駅はいま

日曜日の午後、やっと雪が止みました。吹雪の海峡線から戻った函館駅は駅舎がすっかり新しくなってしまい、クリスマスソング流れる真新しい待合室は、埼玉のどこかの駅ビルと変わらない雰囲気でした。

いまは青函連絡船記念館となっている摩周丸に行ってみました。ただ、私は蒸機現役時代も北海道は一度しか行っておらず、また往復とも夜行だったこともあり、連絡船のイメージといっても、もうすっかり忘却の彼方に行ってしまっています。

船内の展示や解説で、連絡船の在りし日を、あらためて振り返ってみました。私が乗船した昭和47年は、ほとんど乗降人員のピークで、それから衰退を辿ったこと、「日本海」の写真を今しがた撮ってきた海峡線の沿線は、洞爺丸遭難の折、悲劇の舞台になったところだということ……。

函館駅に戻ると、大阪へ向かって折り返す「日本海」の発車時間が近づいていました。連絡船への長い通路はもうありませんが、行き止まりのホームに向かう構内を、重そうな荷物を持った人たちが、今の時代にしてはたくさん、歩いていました。

津軽海峡鉄景色

函館へ行ってきました。ちょっと早めの寒波襲来で、思わずデジカメの氷点下撮影を試す(笑)結果となりました。

海峡線の「日本海」が、今回のひとつの目的でした。「日本海」のヘッドマーク、実はブルトレの中で、いちばんといってもいいぐらい、好きです。関西人としては、東海道ブルトレより、「彗星」「あかつき」、そしてこの「日本海」、これがベスト3だなあ。。。

数年前に「SL函館大沼号」を撮りに行ったことはあるんですが、海峡線は初めてです。木古内、知内とレンタカーを走らせると、函館市内より雪も強く、断然寒いことに驚きました。また国道と線路が海沿いを走っていて、吹きっさらしの風の強いこと、、、天気が良かったら、綺麗な景色なんでしょうが……。

とても駅間で待機できるような状況ではなく、安易な駅撮りになってしまいましたが、なかなかどうして、それでも十分素晴らしかったです。この線の通例で、ヘッドマークが斜めってしまっていますが、ED79のトップナンバーが、雪を舞い上げながら颯爽と走り抜けていきました。

師走の撮影会

18日に行われる「RSECクリスマストレイン」の案内が送られてきました。ロクイチの牽く24系ハネで高崎へ。現地では、その24系にEF65535号機を連結して撮影会! という、素晴らしい企画です。私も早速申し込みましたが、現在考えられる最高の内容ですね。主催者の皆さんには、感謝と敬意を表したいと思います。

客車が白帯ではないといえ、535のブルトレ、もう考えただけでワクワク、ドキドキします。また、ロクイチの牽く列車に乗るなんていうのも、こんな機会でもなければ、なかなかありません。。。もうホント、楽しみです。

師走の撮影会といえば、85年12月の、この撮影会が思い出されます。首都圏に残った4輌のゴハチが東大宮に勢ぞろい、しかも客車は20系。いま振り返ると、当時のゴハチブームの頂点だったように思います。

ロクイチとパックが人気の両横綱で、122と141が脇役という感じでした。国鉄末期、各現場でこういった催しが次々と行われ、なんだか国鉄最後のイベント花盛り、大団円って時代だったなあ。。。

あわただしく年末へ向かうこの季節、師走の冷たい風に、ロクイチもパックも、凛とした雰囲気を漂わせていますね。



集通終焉

いよいよ今週末、中国・集通鉄路から前進が姿を消すセレモニーが行われるようです。熱水の峠路にも、客車と貨物がお別れ運転で走るようですが、さすがに、もう行けません……(笑)

10月にお別れをしてきたつもり(!?)だけに、少し複雑です。峠に入るお別れ列車は、経棚で折り返すため、背中合わせ重連だとか……これじゃあ、C11の「冬の湿原号」じゃああるまいし、ヘンな感じです。

でも、中国でこうしたイベント列車が走るようになったのだから、一歩前進かもしれません。30年前の日本でも、山陰本線の四重連とか、ヘンな感じしましたものね。。。瀋陽郊外の鉄法では、動態保存的な動きがすでに始まっており、中国的「やまぐち号」が走り始めるのも、そう遠いことではないかも。。。

集通終焉のあと、前進の活躍する舞台はかなり限られそうです。年末には、いつものメンバーで、そのひとつ、銀川郊外の大古鉄路に行く予定です。う~ん、やっぱりまだ、イベントより現役がいいなあ(笑)

転車台は遠かった

今日は急な大阪日帰り出張で、合間に鉄する時間もないトンボ帰りでした。

少しでも鉄に関係あることといえば、行きの飛行機の伊丹着陸前に、宮原のクラや客車区がけっこうちゃんと見えて、フムフム、模型のようだなあ、と子供みたいに感心したことぐらい(笑)……さすがに、イゴマルは見えませんでしたが。

尾久の公開、賑わったようですね。ロクイチは日章旗と、もう片方のエンドには何と「銀河」のヘッドマークを付けて、転車台をグルグル回ってたそうです。

「銀河」……たしか、実際の走行では一度も(?)付けられたことがなく、品川の構内で、内部の方の撮影でバルブされたぐらいしか、見たことのないマークです。う~ん、これはこれで、色が「サロンそよかぜ」を少し彷彿させて似合ってるかも、、、と先ほど、しもやまさんのブログにUPされてるのを拝見して、思いました。

悔しいので(笑)、いままでゴハチがどこかの転車台に乗ったシーンがないものか、と少し探しましたが、さすがにありませんでした。ただの尾久つながりで、オクシナ単機の写真でも貼っておきます。。。



88年のクリスマス

今日から12月、FMや街を流れる音楽が、いきなり一斉にクリスマスモードになりました。時を同じくして、師走を思わせる肌寒い風……。暦ってうまくできてるもんだなあ、と異常気象の続く昨今、ちょっと時の流れを見直した1日でした。

磐西のクリスマストレイン、今年は雪になるでしょうか? 去年は雪にはなりませんでしたが、思わず夕日に照らされた素晴らしいシーンを見ることができました。一昨年のD51は、吹雪の日出谷で迎えました。磐西のクリスマスには、いつもドラマがあります。

17年前の12月は、日本国内を巡回するオリエント・エクスプレス一色でしたね。クリスマスの飾り付けをした食堂車が、上野から上越周りで大阪へ。浦佐や長岡まで、そのバルブを撮りに行ったこともありました。

イブイブにD51+ロクイチが上野を出発、クリスマスに上野へ帰る列車は、水上からロクイチの単独牽引でした。イブの夜は、寒さに震えながら高崎線沿線某所で過ごしたなあ。。。(笑)

あれからそんなに経つのか……そう思いながら、ちょっといい気分のほろ酔いで歩く渋谷の宮益坂にも、クリスマスのイルミネーションが眩しく光っていました。



昼休みのシナオク

今週末の尾久の公開で、ロクイチは転車台に乗って展示される予定だそうです。D51が乗ったこともあったし、たしかEF55もあったかな……いずれにせよ、今週末は急な仕事が入り、そのシーンを見ることはできません(泣)

そろそろ尾久への回送が…と思ってると、2日連続でロクイチがシナオク回送に入りました。品川発1230頃、これなら昼休みのひと仕事で(笑)、会社を12時に出れば十分間に合います。

以前は品川発が1130過ぎで、あの頃はかなり早い昼休みを……なんて思い出しながら、お得意の恵比寿の歩道橋へ。が、1年で最も日の当たらない季節、線路面のほとんどがビルの影、カーブの途中にポツリポツリとスポットが当たる程度です、、、

思い切って、日の当たる部分のまだ多い、後追いを狙うことにしました。今日は幸運なことに、まったくかぶられず、昼休みののんびりした雰囲気の街を、キラキラ光るロクイチが、静かにしっとりと、走り抜けていきました。
プロフィール

Author:品川530
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