標茶・開運町

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静態の自走客車だけでなく、動態保存DLまで残っている鶴居村営軌道に対し、標茶町営軌道の車両は、廃車体利用を含めて、まったく残っていません。午後の見学会は、森の中に残る車庫跡や、転車台の残骸?と目される円周形のコンクリートにフムフムと頷くという、廃線跡ヲタ垂涎のコースとなりました。

駄菓子! これらを写真でお見せするのは、ほんとうに困難だと、ブログをアップする段階になって、痛切に感じました。一応、ひと通り撮ってはいるのですが、どう見ても、フォトジェニックに見えない(笑)日頃の、シチサン写真や風景写真とのバランスがどうにもとれない。で、やっとの思いで1枚、セレクトしたのが、この標茶駅近くの開運町の車庫跡の風景でした。

左奥の二つの建物が車庫、手前は後年のバスを含む整備工場の建物の再利用だとか。この日(10/16)は、走行写真を撮らないのが勿体ないような快晴に、終日恵まれました。実はこの写真、バスの車窓からの撮影で、アンバーがかかったのが幸いして、何だか独特の雰囲気になりました。う~ん、廃線跡フォト、その道は深すぎて、どうにも捉えようがないなあ、というのがビギナーの感想でした。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

♪瀬戸は日暮れて

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♪瀬戸は日暮れて 夕波小波 あなたの島へ お嫁に行くの♪ 言わずと知れた、昭和47年、小柳ルミ子のヒット曲「瀬戸の花嫁」。こちとら、京都のガキ鉄、高校2年。小柳ルミ子、3人娘の一角、かわいかったよなあ。同年の大賞最右翼と言われ、歌謡大賞は受賞するものの、大晦日のレコード大賞は「喝采」にさらわれました。ああ、懐かしい、戻りたい、戻れない(爆)

今回の甲種輸送、「瀬戸」のデザインのマークが、そんな44年前のヒット曲を思い出させてくれました。東海道白昼東上の際、最後尾の14系にも、ご覧のように同じデザインのマークが添えられていて、けっこう粋な感じでした。昨日(10/3)、今日(10/4)と秩父線内のデキにも同じHMが付いて、3両ずつ分けて東武線に継承されたようですが、さすがにド平日、会議の重なる週の前半とあっては、出撃は夢のまた夢に終わりました。

東と西に1編成ずつ残る12系はともかく、こうして14系ハザが旧国鉄の線路を走ることは、おそらくもう、ないのでしょうね。ほんとうは、カナキクの直線上りアングルで、午後のサイドライトを浴びたシーンでも撮りたかったけど、出張前の時間を融通して、これだけ撮れたのだから、良しとしましょう。そして、東武で、大井川で、在りし日のブルーのままの14系にまた会えることを、祈りたいと思います。

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濡れ鼠、白熱灯、豚汁

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しかし、濡れ鼠になった身体を、旧客の蒸気暖房で温めるなどというのは、いったいいつ以来なのか、まったく思い出せませんでした。濡れ鼠だけなら、国鉄末期のゴハチ重連「いもほり号」、またJRになって157復帰の14系団臨の三河大塚などが印象に残っていますが、そのあと、旧客に揺られたとなると、雨の加太帰り、高校時代の草津線あたりまで遡ることになりそうです。

3両編成の1両だけ、オハニの室内灯が黄色い白熱灯で、JNRマークの残る扇風機とともに、いい味出していました。大井川のナイトトレインは、バルブ撮影に加えて、こうして旧客の夜の旅が楽しめるのが妙で、20年以上、続いているのも頷けます。70年代の後半から80年代初めに休鉄していた自分には、山陰や四国の旧客末期の思い出が欠落していますが、窓の外に190号機の汽笛を聞いていると、煙を追ってただわけもなく旅した10代の日々が甦ってきて、何とも言えない、いい気分になりました。

車内で弁当が配られ、心づくしの豚汁が振る舞われました。おかわりまでしてしまった豚汁、何てことはないけど、実にうまかったなあ。 ♪ it's rain train 雨ふる中を it's rain train ただ汽車は走る♪ 悲しき、ではなく(笑)、素晴らしきレイン・トレインになりました。 静岡から最終1本前のひかりで、品川23時10分着。途中、ビール買う時間がなかったので、てっぺん回った地元の店で、軽く祝杯となったのは、仕方ありませんでしたとさ。

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そして、浜寺公園駅も

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午後イチの住吉公園入線は新型の堺トラムだったため、その時間を利用して、間もなく古い駅舎の供用が廃止される、南海浜寺公園駅の様子を見に行くことにしました。明治40年、辰野金吾作の様式美を誇る、齢109歳を数えるこの駅舎は、高架化の後も移設活用されることが決まっていますが、現役駅舎としてはカウントダウン、ご覧のように、別れを惜しむ人たちで賑わっていました。

数年前にこの駅舎を見に来た当時は、駅前にいくつかの古い建物が残っていて、かつての旅館や食堂の匂いを偲ぶことができましたが、今ではすっかり更地と化してしまい、ポツンと残った駅舎のまわりも、すでに工事現場さながらのフェンスに囲まれています。駄菓子かし、考えてみると、よくぞここまで、明治の駅舎が残ってきたなあ、と思います。自販機どころか、ICカード対応自動改札まで設置しながら。。。

当たり前のように、東のスイカで改札内に入って、住吉へ戻る各停の電車を待ちました。待合室、駅長室、駅舎横の臨時改札に至るまで、スナップし始めると、止まりませんでした。そして、それがこの駅舎にとって、最後の週末だったのです。つい先ほど、1/28未明の終電をもって、供用終了だったと聞きます。移設時に、この美しさがさらに昇華されることを、願わずにはいられませんでした。




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路傍の国鉄~阿佐ヶ谷

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トタ189系M51編成が「ホリデー快速富士山」となって阿佐ヶ谷に戻って来るには、40数分の時間がありました。懐かしい喫茶店のモーニングでも、と思ったところで思い出したのが、この駅のすぐ近くにも、「路傍の国鉄」が残っていることでした。というのは、渋谷の通路で国鉄の古い銘板を見つけたあと、ネットで検索して出てきたのは、これ程度、だったのです。

はい、マンホールのふた。勝手知ったる、青春の街。マンホールヲタ(?!)のブログに書かれたヒントから、すぐに見つかりました。はい、ただ、これだけのことです(笑) 周囲にはレールの断面を表わす「エ」マークのみのものや、電電公社マークのものが散在し、とりあえず、「エ」+国鉄ヴァージョンを3つ発見。いやはや、マンホールのふたは交換しずらいですよね、だから残ってる(爆)

すでに国鉄民営化から四半世紀が経過し、まもなく30年になろうとする今、最後の国鉄型特急電車の轟音が聞こえる、高架下の路傍に、こんな「国鉄」が残っていること自体が、奇跡ですね。道行く人の好奇な目を背中に感じながら、夢中でマンホールのふたをスナップする、我が青春の街彷徨も、ちょっとヤヴァイ方向になってきたかな、と自嘲しながら、高架ホームに戻っていったのでした。

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