鶴居DLも雪景色

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146kpからとってかえして、丸瀬布いこいの森の11時の運転に何とか間に合いました。11月の特別運行2日目のこの日は、朝から雨宮21号と鶴居DLとのPP運転、春の部分運行時以来の林鉄編成とのコラボレーションに、思わず大拍手でありました。さらに午後は、例年より1週間遅い格納式の前に、SLDLの続行やすれ違いと、趣向を凝らしたイベントが続きました。

さすがにこの日(11/5)は晴れ間はまったくなく、凍えながら曇り写真を量産せざるを得ない状況となりましたが、こうして鶴居DLの雪姿を見ていると、45年前に行った浜中町営軌道の残雪の風景が思い出されます。繰り返しになりますが、何とか、DL+ミルク貨車+自走客車の編成とか、復活しませんかね~ ン? 実物がない? とりあえず、モケーで出していただくしかないか(核爆)

夕方16時旭川発の赤便をとっていたので、13時過ぎには丸瀬布を撤収しました。そして、昼休みに行われたオークションで、何と、うれしいことに、林鉄イミテーションサボを落札! 11/3の試運転に実際に使ったという証明書まで頂戴して、恐縮の至りでした。そして、雨宮も鶴居も冬眠に入ったいま、来年の春の芽吹きや遅い雪がもう待ち遠しい今日この頃です。

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ジャンル : 趣味・実用

そして、別海へ。

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何とかギリギリで雨が降らずに持ちこたえていたこの日(10/29)の空模様でしたが、浜中町営軌道の痕跡から、別海村営軌道のほうへ移動する頃、ついに雨が降ってきました。終点の上風連のホームや住宅の礎石に残る痕跡を確認しますが、さすがに、写真にすると、何が何だかわかりません。浜中の前年、1971(昭和46)年に廃止された簡易軌道の面影を偲ぶには、やはり実際の車両が保存されている奥行臼に行くしかないようです。

国鉄標津線と別海村営軌道の接続駅となっていた奥行臼は、道路をはさんで、今も国鉄、簡易軌道の両方の駅施設の建物が残っているという、奇跡のような一角になっています。そして、ご覧のような簡易軌道の自走客車と、DL+ミルク貨車の編成も保存されていて、まわりの自然に溶け込んで、今にも動き出しそうな雰囲気でした。

釧路市立博物館の学芸員、Iさんのご努力で、昨年来、釧路を巡る4つの簡易軌道についての展覧会が企画され、こうして関連イベントを含めた、大きな成果となりました。そして今、45年前のネガを引っ張り出してきて、妄想は広がる一方です。いつの日か、もしかして、こういう自走客車が丸瀬布で走る日のあらんことを。それが無理でも、せめて鶴居DLがミルク貨車を牽いて、走ってくれたらなあ(笑)



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たぐり寄せた記憶~秩父内

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茶内駅から1kmもないでしょうか。「ふるさと公園」と呼ばれる広場みたいなところに、浜中町営軌道のDLが保存されていました。かつては、自走客車も保存されていましたが、残念ながら、とっくの昔に解体され、今では台車のみが、釧路製作所製のDLに従うように残っています。そうそう、こういうDLがいたよなあ。機関庫でも撮ったし、貨物を牽いてきたのも見たような気がします。たしかに色は緑だったような、、、モノクロで撮ってるのでわかりませんが(爆)

資料として、往時の路線と今の道路を重ね合わせた地図を用意していただいたおかげで、秩父内、中茶内といった分岐駅を訪れたことなど、記憶の彼方からけっこうはっきりと糸をたぐり寄せることができました。駄菓子菓子! たしか平原のところに駅があったよなあ、と思い出す秩父内は、今は鬱蒼とした森の中で、そりゃあ50年もすれば木も育つよなあ、と当たり前のようなことに感嘆の声を上げるしかありませんでした。

たしか、支線の奥のほうへ歩いて行ったO君やY君?を見送って、オレはここでいいよ、と秩父内の駅に残りました。そして支線から帰ってきた列車を撮った後、一人で茶内に歩いて戻ったような気がします。今、ポジを見ると、最後に機関庫でDLの写真を撮っています。仲間とまた、どうやって合流したかは覚えていません(笑) 釧路へ戻って、夕方、釧網本線の列車で網走へ。前夜の夜行列車と歩き回った疲れから、ほとんどずっと寝ていたのは、よく覚えています。

追分、晩秋。夜の帳。

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初めのうちはほんの少し残っていた夕陽の色も消えてしまって、D51320号機の周囲に夜の帳が下りてきました。40数年前の追分機関区なら、構内灯が煌々と同機の吐きだす煙を照らしていたことでしょう。今は、隣地の民家や道路の照明灯がほんのりと黒い巨体を照らし出し、Kさんが車体のあちこちに向けて計画的に照射するストロボの光が、時おりドラマチックに光ります。

しかし、あの時代に「鉄道の町」といわれた地方都市は、みんな、ここと同じようになってしまったのだなあ。。。広い構内を誇った線路のほとんどが剥がされてしまって、がらんとした空地に、そのうち昔の栄華を偲ぶことすら、できなくなってしまうのでしょう。そんな時の流れを、ずっとこの場所で体験してきた320号機、この地での最後の冬眠の前に、何を思っているのでしょうか。。。

追分、晩秋。夕暮れから夜に向かう、素晴らしい1時間でした。Kさん、ありがとう。そして、この日(10/27)もナッパ服に身を包んだ元機関士氏をはじめ、保存会の皆さんのデゴイチへの温かいまなざしがありました。来年夏まではこの地にいる予定の320号機、日の長い季節に、木の影の出ない写真をもうもう一度、と再会を約して、千歳に戻り、短い旅の終わりとなりました。

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再び、追分へ

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北海道は室蘭本線、その時代の追分のクラにほど近いところに、日没前、数名の鉄がごそごそと集まってきました。幹事役のKさんにお誘いいただいて、やってきました2週間ぶり(爆) 17時から18時までの1時間、屋外に出されたD51320号機のバルブ撮影ができるとなると、見逃すわけにはまいりません。

夕張、1975年、デゴイチ、最終貨物。。。その牽引機だったD51241号機の動輪、煙室扉のオブジェが飾られる傍らに、「身代わり」で保存された320号機に、秋晴れの金曜日の夕闇が迫ります。今日(10/27)は今年の最終公開日、来年夏にはこの地を離れ、秋には駅とは反対側の道の駅で、新たなネグラに収まる予定だとか。好ましい矩形庫を思わせる建物ともお別れです。

1972年春、現役蒸機時代唯一の渡道時、追分に降りたことはありませんでした。最末期にカマに背を向けた自分としては、40数年遅れてやってきたような気分です。当時はバルブ撮影も下手で、夜の機関区で撮影など、とても思いが及びませんでした。やがて来る桎梏の闇、来なかった蒸機最終機関区の面影を偲びたいと思います。

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