ジョイフルDCはいま

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で、今日(1/22)、八高訓練リベンジ、行ってきました。おかげさまで、晴れ、桜田! 駄菓子菓子(しかしS倉さんのマジメなブログにもこの大○フレーズがたびたび登場するとは、爆)、その報告は次回以降にして、T野さんのブログにいいこと書いてあったので、今夜はそれを受け継いだエントリーにいたします。ポジティブと、ネガティブ。鉄には両方がいるけど、どうせなら、ポジティブにいきましょう。

この写真、昨年「トワイライト」を山陰線に撮りに行ったときの、ついでの1枚ですが、この「みすゞ潮彩」、来週(1/29)がラストランだそうです。そういえば、先日、日光線に「風っ子」が入線した時も今市の有名ポイントには数十人が出撃していたそうだし、「Kenji」も撮ってみるとなかなかいいものですよ、などという話も聞きました。ウン、それもそのはず、皆、出自は国鉄型DCです。ということは、寿命が決して長いわけではない。。。

京急の台湾ラッピングはともかく、東武の「クレヨンしんちゃん」撮ったあたりで、ラッピングや改造系車両に対し、ポジティブ方向に舵を切った自分がいるようで、若干怖いです(笑) 昨日と違う車両を撮る、昨日と違う写真を撮る。いつもいつも、そういうわけにはいきませんが、撮るものがない、と嘆く暇があったら、ポジティブでいきましょう。ま、来週末、こいつのラストランに行くかどうか、はまた話が別ですが(爆)

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ジャンル : 趣味・実用

昭和ノスタルジー

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1週間前の岡山、これで終わります(笑) 2往復目は、併結のタラコを切り離して本来の2両編成になった「みまさかノスタルジー」を、岡山空港への帰り道、撮っていくことにしました。そして、ここでも、数分前なら素晴らしい夕陽が当たっていたのですが、この日どこでも遭遇した薄日になってしまい、リベンジへの禍根を残す結果となりました。

ふと思ったのですが、車内設備も昭和ノスタルジーで統一したという、この国鉄色もどきのキハ47、JRW岡山支社の担当者様の頭の中にどれぐらいその影響があったかわかりませんが、いすみ鉄道のT社長の発想とご努力が、その端緒というか、大きなファクターになっているように思います。自分だって、撮り鉄やらずに、フツーのゆる鉄人生過ごしてたら、乗るよなあ。こうして昭和ノスタルジーがセールスポイントになる時代が来た有り難さを、どこかで噛みしめないと、と思います。

閑話休題。当初は、本来ありえない国鉄色もどきなんてなあ~と思った、この種の塗分けですが、キハ28・58や52なき現在、すっかり見慣れてくると、悪くないどころか、すばらやしすぎて、すばらやしいくらいです。今後の末長い運転を願うとともに、津山でのお土産がゼンマイ仕掛けだけでなく(おみや核爆)、Bトレや鉄コレの登場を期待したいと思う今日この頃です。

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到着~バガン急行

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ヤンゴンから新首都ネーピートーを経てマンダレーに至る路線を、ミャンマー国鉄の東海道本線だとしたら、ネーピートーから高原地帯に分け入り、仏教遺跡バガンに至る路線は、いわば中央本線みたいなものでしょうか。そのネーピートー~バガン間を片道9時間強で結ぶ「バガン急行」に、ヤンゴンを追われたキハ52が、今も運用されているというのです。

その「バガン急行」上りのネーピートー到着を、少し手前のピンマナ付近で迎え撃とうと思ったのですが、踏切番のご家族曰く「さっき、行ってしまった」……万事休す! すっかり落ち込んだ私に、ガイド氏はそれでも優しい声をかけてくれて、終着ネーピートーまで行けば、まだ停まっているかもしれない、とりあえず行ってみましょうと、クルマは小一時間で、新しいけどガランとした雰囲気のネーピートー駅に至りました。

大急ぎで、バガンからの急行はまだか、とホームの駅員にガイド氏に尋ねてもらいました、すると、今もう、入ってくる。ホームは? このホーム!……全速力でホーム先端に至ると、すでに、この関東鉄道みたいな、小湊鉄道みたいな塗色に身を包んだキハ52が、構内外れに姿を見せたところでした。気がつけば、あたりは夕陽の色、光線状態はほぼ桜田です。こりゃあ、車で片道5時間、来た甲斐あったなあ。ミャンマー・ジャパニーズキハの白眉と言ってもいいこのシーンに、しばらくは言葉が出ませんでした。

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タラコ先頭、まあいいか

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ゲリラ雲とバルサン野焼の重連攻撃に遭ったセトジョウから、津山線へ移動しました。復路の大サロが岡山を発つまでの間、国鉄色もどきのキハ40で運転が始まった「みまさかノスタルジー」を撮ろうとの目論見です。まずは津山から岡山へ戻る昼前の上り列車ですが、さらにその後、津山へ行きたかったので、できるだけ北上してポイントを選ぶことにしました。

弓削を過ぎたところで、残り時間は15分、これはもう、大急ぎで立ち位置を決めるしかありません。弓削、誕生寺などというと、もうその駅間の言葉の響きを聞いただけで、往年のC11の短い客車列車の写真が、古いRF誌の撮影地ガイドから甦ってきそうです。幸い、開けたところで、光線もややトップ気味ながら、お昼でこれならいいでしょう、というド田んぼが見つかりました。

で、ほどなくやってきた「みまさかノスタルジー」、ご覧のように、タラコが先頭に増結された3両編成になっていました。この日(5/15)、因美線で運転された「みまさかスローライフ」接続の多客需要でしょうか。ヘッドマークが隠れてしまったのは残念ですが、これはこれで、国鉄時代ニッポンのローカル線へタイムトラベルという感じです。大サロデビューの頃には、非電化ローカルはこういうのが当たり前だったよなあ。そう思うと、いいではありませんか、タラコ先頭、とおおらかな気持ちになりました。

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和田山慕情

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城崎温泉着後、ヒルネ先の豊岡へ回送となる381系を「ありがとう」マーク側で捉えようと、玄武洞の前後でロケハンしましたが、なかなか適地がなく、結局「撮っただけ」に終わりました。これは、今月末にもう一度予定されている「あさしお」ヴァージョン?に賭けるしかありません。う~ん、11/28は他のネタもあるし……しばらく、迷うことにいたしましょう(笑)

残念ながら、復路の京都行きは夜、あとは、遅めの昼飯にして、伊丹に帰るだけです。通りがかりの蕎麦屋で、出石そばなるものを初めて食しましたが、旨かったなあ。いわゆる割子そばのスタイルですが、5皿をそれぞれ別の薬味で、というのがユニーク。満足のうちにそばを啜り終わったところで、ひくまさんにもうひとつ、リクエストしました。

和田山の構内に残る、煉瓦造りの矩形庫を見ていきたい。すぐにナビをセットしていただき、30分ほどで到着。往時はシゴナナが活発に出入りしていた古い煉瓦の庫は、すでに線路がつながっておらず、今にも朽ち果てそうな状況でした。でも、よく残っていたよなあ。豊後森みたいにどうにかすることは、できないのかなあ。。。

そして今度は、ひくまさんのリクエストで、播但線のキハ40を帰り道に撮って帰ることにしました。そう、播但線で写真を撮るなどと言うのも、40数年ぶりのことです。和田山の街のはずれに、秋らしく色づいた樹が、すくっと曇り空に立っていました。2両編成の後ろがタラコと聞いて、後追いで1枚。しみじみと、北近畿を巡った1日の最後にふさわしい秋の色ですなあ。。。

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Author:品川530
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