夢をあきらめないで

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一昨日(6/20)、いくつかのコメントをSNSやブログで拝見して、そうか、ロクイチが動かなくなってもう10年なのか、と、そして僕は途方に暮れる(?!)思いでした。2008年6月20日、田端から大崎への単機回送、ちょうど昼休みにあたる時間で、午前中の会議終了後、大急ぎで何とか五反田のホームに駆けつけたのを、つい昨日のことのように思い出しています。

毎年夏の東京総合車セの一般公開が近づくと、今年は出ないかなあ、と思い続けて10年、ここしばらくはまったく姿を見せていませんね。何度か復活の噂が出ては消え、ま、これは都市伝説のようなものでしょう。それでも、いまだに車籍は抹消されていないと聞きます。SNSのどなたかのコメントを借りると「日本の働くオヤジ鉄の夢、ゴハチロクイチの復活」、、、そう、夢をあきらめないで、と岡村孝子も歌っているではありませんか有馬温泉!

3年前、クルマを買い替えたときに、もうナンバーを58-61にするのはやめようか、と思いましたが、いやいや、復活への願いを込めなくてどうする、と、やはり58-61にいたしました。10年で、東京も鉄の世界もすっかり様変わりしました。東京機関区の跡地は見る影もなく、品川駅の臨時ホームが上野東京ラインに変わって、ロクイチを知らない鉄世代も次々に育っています。それでも、ささやかに、夢を持ち続けましょうよ、あの頃のご同輩の皆さん!

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

紀勢を走ったイゴマル

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紀三井寺~黒江で撮った11年前の「紀勢線電化25周年記念号」の写真を引っ張り出してきました。余談ですが、2003年はそろそろデジタルへの転換期となり、ネガやポジをあらためてスキャンしなくても、データが出てきました。ただ、これは銀塩で撮ってポジスキャンしたもので、このカチッとした感じ、今の最新デジカメ画像にはなくて、もはや懐かしい感じがします。

紀勢線のゴハチといえば、窓Hゴム、シールドビーム2灯に改造された竜華のカマで、宮原のゴハチがこうして和歌山以南に入ったのは、たしかこの時が最初で最後だったと記憶しています。66号機の1灯化を最後の華に竜華からゴハチが消えて15年以上経ってから、突如として運転されたこのイベント列車も、今回同様の白浜折り返しで、ここから撮影をスタートさせ、これまた今回と同じように次の撮影ポイントに迷い続けたのが、昨日のような、遠い昔のような、複雑な気分です。

たしか、イゴマルはまだ、最初から最後まで離れることのなかった、宮原のクラの中で眠っているのですね。もしかしたら、そろそろ梅小路への移送が日程に上っているのでしょうか。もはや本線走行は望めない今、せめて美しい姿となったイゴマルとの、京都での再会に思いを馳せたいと思います。

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帰らない風景~紀伊富田1985

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紀伊浦神の海岸線と並んで、もうひとつ、今回のトワイライト団臨で再現したかったのが、紀伊富田の手前、鉄橋を渡ったところの、低い山をバックにした素直な築堤でした。今思い出してみると、今回のスジとけっこう似ていたのかなあ。時は1985年10月、EF5866の牽く天リウ座を、日の傾いた美しい午後の光線で撮影しました。

古座、紀伊日置と鉄橋をこなして、このあたりでもう1回。今回も2つの鉄橋に大多数の鉄が集結しましたが、28年前と違うのは日置と富田の間に停車がないことで、すでに数時間前から激パが伝えられる日置の鉄橋を避けて、懐かしの築堤に直行しました。ところが、現地に着いてみると、、、

ちょうど三脚を立てたあたりに、高速の延伸工事でしょうか、真新しいオーバークロスが出現し、アングルのど真ん中あたりには、家が数軒、建てられていました。そりゃあ、四半世紀以上経っているのですから、かつての風景が帰ってこないのは、仕方ありませんね。急ぎ、鉄橋の手前側に戻って、何とかワンカットをこなしましたが、このアングルで凸凸トワイライトがやってきたら、どんなに素晴らしかったか。大きなため息とともに、次なるポイントへ向けて、気を取り直したのでした。

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玉ノ浦の朝~熊野灘1985

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そのまま、復鉄2年目の30歳、若手サラリーマン鉄の、紀勢本線撮影の旅を続けましょう。1985年10月の大ネタは、サロンエクスプレス東京の新宮入線、満を持して登板した竜華のスター、EF5866号機を追って新宮に到達した我々は、そのまま翌日の天リウ座の団臨を中心に、海沿いや鉄橋のポイントで撮影を続けました。

当時、団臨用のカマを回送するため、定期の客レが重蓮で運転されることが時おりありました。この日も朝イチの121レが重連となり、下里~紀伊浦神の玉ノ浦と呼ばれるシーサイドを、朝の光を浴びながら、すべるようにやってきました。キラキラ輝いて最高にキレイだったけど、このコマの後、巻き上げ不良が発生、ベストタイミングは撮れずに終わったのでした。

古いポジケースに「121レ EF58139+EF5839」と書いてあるのを見て、そうだ、こんな当りのカマが重連で来たのに、どうしてもっと寄って撮らなかったのか、と通過直後に後悔したことを、ふと思い出しました。28年後の今回のトワイライト出撃、実はこのアングルを再現したいというのが、ひとつの決断理由でした。それほど、この朝の2両のゴハチの輝きは、海の色とともに、深く深く脳裏に刻まれていたのです。

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古座川鉄橋逍遥

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同じ古座川鉄橋の朝、進行方向は逆になりますが、29年前の写真を探し出してきました。1985年8月、おそらく新宮に夜行で着いて、すぐに折り返して、この鉄橋のたもとに向かったのだと思います。鉄橋の色、今と全然、違いますね。そういえばどこの鉄橋でも、けっこう定期的に色が変わります。錆び止めか何かの理由があるのかもしれませんね。

夏休みに、勇躍、最後のゴハチ定期運用の残る紀勢線に向かったのでしょう。竜華に残る最後の6両は、いずれも「ブタ鼻」と揶揄されたシールドビーム2灯で、66、139号を除いて正面窓もHゴム化され、何を好き好んでゲテモノを、それもゴハチ本来の本線筋から離れたローカルに撮りに行かなければならないのか、などと敬遠する向きも多かったのが、あの時代でした。

でも、いざ行ってみると、風光明媚な海沿いやシンプルな鉄橋アングルに魅せられるのが、当時の一般的なゴハチフリークの常でした。なぜか白いサイドのラインがあったりなかったりする、当時の12系も、今となっては懐かしいですね。21世紀の撮り鉄で賑わう古座川鉄橋に、1985年のEF58牽引121列車の幻影を、この日、はっきりと見たような奇妙な記憶が残りました。

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