FC2ブログ

残雪の山、秘境駅遥か

200602ooshirakawa-tadami2424D-1.jpg
キハ40の活躍もあと数日となったらしい、只見線小出口、続けます。残念ながら、そのあと数日、いかにも梅雨、という予報が出ているので、今一度の出撃はなさそうですが、先月から晴れ間を狙って3度の出撃、そのうちの一度は、破間川の渓谷に沿って、久しぶりに六十里峠を越えて、只見まで到達、途中、田子倉のスノーシェッド対岸で青2連のキハ40を待ちました。

会津若松口ほどではないにせよ、小出口にも多くの俯瞰ポイントがあり、同好の皆さんで賑わったようですが、こちらは例によって地面ばかり(笑) その中にあって、国道沿いからそのまま、こうして「らしくない写真」が撮れるここ田子倉は、貴重なポイントでありました。秘境駅田子倉も今は昔、この季節ならスノーシェッドの上の道路から駅跡に到達できるようで、もう一度、出撃機会があれば、行ってみたかったなあ。。。

これまでも、中央線や大糸線、あるいは飯田線で、頂に雪を少し残した夏山をバックに撮影したことがありますが、ここ小出口でも、ご覧のようにマンダーラより少ない(笑)残雪が美しく、ああ、来てよかったなあ、というもの詠嘆調にどっぷり浸ったのでした。そして、夕方の斜光線を求めて山を下り、麓の越後須原まで戻って、街の店に入って食べた須原そば、旨かったなあ! 後は、天気よどうぞこのまま~♪と、いつもの鼻歌で空を見上げていたのでした。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

新津キハ40、名残りの小出口

200610kitahorinouchi-horinouchi-kai1772D.jpg
3月のダイヤ改正で羽越、磐西から撤退した新津キハ40ですが、只見線小出口の運用のみは、代替のキハ110の専用装置改造などの関係で、改正後も残って、代走が続いていました。すでにキハ110の試運転が始まり、代走もあとわずか、と噂される今日この頃ですが、遠出解禁以来、けっこう通っていました。以前、「只見紅葉号」などのイベント列車で急行色の28・58や国鉄色の52が入線した際に何度か訪問し、その素晴らしい風景に刮目していたのですが、定期のヨンマルは撮ったことがなかったのです。

1日わずか5往復のローカル線、2両1編成が往復しているのかと思っていましたが、午前と午後で編成が変わるのですね。お昼に長岡から小出に回送された編成が午後の運用に入って滞泊、翌日午前の運用を終えて長岡へ戻る。そして翌日、前日に長岡へ戻った編成が小出に回送されてきて午後の運用に入る、これの繰り返し。で、新津へ回送されて、車両の差し替えが行われることもある……知りませんでした(笑) そして、天気と運用を睨み合わせて、朝の新幹線で長岡へ、の繰り返し。いやあ、楽しませていただきました。

この1か月ほど、青青2両の編成と、青+「只見縁結び」ラッピング車の編成が、ほぼ交代で運用に入りました。一度だけ、青青が青赤に差し替えられたことがありましたが、すぐに再度の差し替えで、撮影は叶いませんでした。当初は青青編成中心に撮影を開始、お昼の回送は、久しぶりの北堀之内のオーバークロスで待ち構えました。ほとんどの仲間が、郡山へ廃車回送されるか、新潟港からミャンマーへ船で行ってしまっても、代走で走り続ける、最後の新津キハ40。初夏の魚沼の美しい風景と相まって、想像以上に心惹かれていったのでした。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

春の坂道~キハ35柳生号 1971.3

710326kabuto4.jpg
思わぬコロナ禍で、せっかくの明智光秀大河「麒麟が来る」も中断を余儀なくされている昨今ですが、1971(昭和46)年の大河ドラマは伊賀の忍者、柳生一族の「春の坂道」、初めて加太の駅から中在家信号場まで歩いていく途中で、当時の通勤用気動車キハ35が6連も連なって、定期の快速列車に「柳生号」のマークを付けて現れたのには、度肝を抜かれたものでした。

すでに急行「大和」の栄華は今は昔、「かすが」はキハ28・58あたりの編成で、まだ走っていたのかな?(笑) 「柳生号」と言えば、D51牽引の12系編成が定番ですが、それより先に、こうした定期列車の大河ドラマ便乗ヴァージョンが走っていたのですね。振り向きざまを撮った後追いカットをご覧に入れますが、通勤型のキハ35が多客輸送にこうして充当されるところが、いかにも昭和のノリですね。

この加太の峠を越えるあたりは、まだJR西の管轄でしょう。京阪と伊勢を結ぶ観光路線に当たるこのあたり、使いようはまだいくらでもあると思うのですが、いかがでしょうか。そういえば最近は、著作権の問題もあるのか、大河ドラマによる地元の鉄道の盛り上がりを以前ほど聞かなくなりました。21世紀版、春の坂道。戦国を舞台にした今年の大河だからこそ、来年以降につなげる何かを期待したいと思う今日この頃です。

 

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

伊豆のなつ、14年後のお別れ

200629futakotamagawa47K8614F.jpg
昨日(6/29)、東急8500系残存車の最古参で、「伊豆のなつ」塗装で人気を集めていた8614Fが恩田へ廃車回送されました。今回も東急さんの名車引退時の通例で、やっぱり当日の朝運用に充当、清澄白河までの準急片道で、長津田へ回送で戻るという47K、往路の最後の営業運転は、梅雨の合間の晴れ間に恵まれて、伊豆急ハワイアンカラーを夏の光に照らされての走行となりました。順光でできるだけサイドの青帯も出したかったので、もう完璧に反・今ドキアングル(笑)、最近練習していたLED写し止めも何とか許容範囲に収まりました。

奇しくも、8614Fがこの青帯塗装となって「伊豆のなつ」号でデビューしたのが、14年前の同じ6月29日。いやあ、これは泣けますなあ。季節は梅雨から夏に向かう頃、駅の先端に集まる若い鉄の皆さんには、期末試験が終われば夏休みと、心踊る少し前の時期でしょうか。14年前は、この日から、伊豆半島の夏の魅力をPRしながら力走し、その14年後の同じ日に、青い装いもそのままに、恩田への片道切符を手にすることになるとは、、、

また、8614Fより前に東横線で初代「伊豆のなつ」号となった8007Fは、伊豆急ではなく、インドネシアに譲渡され、塗装が現地風に変わってからでしたが、私もジャカルタで再会しました。 こうしてみると、通勤電車の一生にも、いろいろあるなあ、としみじみ思うのです。ほんとうに、急激に数を減らしてきた東急8500系、あの爆音が田都沿線にこだましているうちに、天気のいい日は写真を撮りに行って、夕方から夜の表情を知らない街で、飲み屋を探したいと思います。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

8075レ、やっと晴れ!

200623kanie-eiwa8075-2.jpg
いま鉄割り込み、入ります。最後の貨物所属DD51がDF200と重連を組む関西本線の8075レを日の長い季節にきちんと撮っておきたい。それも、人気の関谷踏切などのドッカーンアングルではなく、中望遠を使ったシチサンアングルで。ちょっと撮影地を検索してみると、何か所かありました。そして、夏至の前後が順光となるところがなかなかいい。で、昼の天気予報で最終決断し、新幹線に飛び乗るというのを繰り返していたのですが、いやはや、ハードル高かったなあ、、、

梅雨の時期の通例ではありますが、お約束のように30分前の雲配給(笑) あとは通過時に晴れるか曇るかは時の運、3度目でヌル晴れ、4度目でやっとバリ晴れを頂戴しました。本当は、DFに障害物がかからないように、もう一瞬シャッターが遅いほうがいいのかもしれませんが、うちのカメラの連写性能ではこのあたりで納得しておきましょう(笑) 後ろスカスカ余り過ぎやん、というご意見には、日光川へ駈け上ってきた、名古屋近郊の空気感を残したということにしておきましょう(爆)

名駅へ戻って、この後の祝杯は、何と40年ぶりに連絡のあった、中学高校の後輩M君との楽しい宴となりました。そう、加茂中と紫高、それもテッケンの(笑) 彼は余暇を乗り鉄に費やしているようでしたが、やはり先日の台湾新幹線のドラマ「路」は熱心に見ていたとか、台湾そしてミャンマーにも乗り鉄しに行ったとか、やっぱり昔の仲間、妙な共通点がいろいろあって、面白かったなあ。ああ、年とっちゃったなあ、と嘆くばかりの昨今ですが、こういうことがあると、年とるのも悪くないなあ、と、ふらふらとほろ酔いで、新幹線のホームに向かったのでした。

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

プロフィール

品川530

Author:品川530
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR